第254話 分霊
属性魔法のスキルレベルを底上げ出来る、新たな《魔法域超越》というスキル。
これを使って一時的に底上げされた魔法で、果たしてカルディナ達の体を造る事が出来るのか。
そんな疑問の元、さっそく竜郎はこのスキルを起動して確かめてみる──つもりだったのだが……。
「ちょっと待った」
「うええっ。どったのたつろー?」
繊細な技術を要求される行為なので、突然のスキルレベル上昇でも振り回されないように、後ろから抱きついてもらっていた愛衣の戸惑いの声が、竜郎の耳のすぐ近くから聞こえてきた。
そしてその戸惑いは他の──カルディナ達も同様で、揃って首をかしげていた。
「いや。どうせなら、もっと出来る事をやってから、やった方がいいと思ってな」
「とゆーと?」
「竜力をさらに上げて、竜魔力をもっと増やしてから、やってみようって事だな」
「あっそっか。せっかくレベルはそのままに倒せた上に、大量にお肉も手に入ったんだから──」
「竜力も沢山あげられますの!」
「そうっすね。どうせ造るなら、完璧な状態でやった方がよさそうっす~」
「ピュィ」「ヒヒン」
いきなり水を差されたような感覚だったが、理由を聞いてみれば皆も納得顔になった。
なので竜郎はさっそく転がしたままになっていた竜の巨大な遺骸を、《無限アイテムフィールド》に収納。
そして《レベルイーター》が使える最小単位、98.2立方センチメートルの竜肉ブロックを《無限アイテムフィールド》内に沢山作っていく。
その間に愛衣達は竜郎が出したキッチンで、肉を焼く準備をぱぱっと整えた。
「んじゃあ、一個一個レベルイーターを使っていくか」
現在所持している肉はレベル1~7、14、28、29、33、54、57、59、64となっている。
そして今回の竜はレベル96。
なので時間と手間をかけてコツコツ8~13。15~27と空いている隙間を埋めるようにして、1~96までの肉のブロックを完全コンプリートさせた。
「……なんというか。
普通なら絶対できない方法ですし……裏ワザが使えたとはいえ、ここまで執拗に1レベル刻みで竜の肉を集めた人なんて、未だ曽て誰もいないでしょうね……」
「《レベルイーター》使っているだけで結構な時間かかってるし、良くたつろーは同じ作業をずっと続けられるよね」
「これは何というか収集欲が働いてしまってな。
出来るのなら、キッチリやっておきたい性分だし」
「そういえば、竜扱いされているわたくし達も食べて意味があるんですの?」
「それも実験だなあ。
意味がないならないでしょうがないし。それで竜力が増やせるのなら万々歳だし」
「それもそうっすね~」
という事で、順番を間違えないように小さく一口サイズに切った竜肉をカルディナ達は1レベルから。
竜郎と愛衣は8レベルの肉から順に、上のレベルの肉を食していった。
そしてお味の方はと言えば、やはりレベルの高い肉に行くほど美味しく感じた。
けれどカルディナ達魔力体生物組は、特に美味しいも不味いも感じなかったらしい。
けれど竜郎と愛衣以外の全員が、ちゃんと《竜を喰らう者》を覚えられた事は確認できた。
なのでお次は、カルディナ達は竜肉を食べることによって竜力を増やせるのかという話題に入っていく。
「ピィイーーー!」
「ヒヒーーン!」「増えてますのー!」「おお~。増えてるっす~」
どうやら竜扱いされていようとも、ちゃんとそこは適用されてくれるらしい。
そうして一口肉とは言え、96個も食べたリアはお腹が外から解るほど膨れていた。
別に分けて食べてもよかったのにと思いつつも、どんどん上がっていく竜力につられるままに食べてしまったのは、竜郎と愛衣も同じだった。
そして現在、竜郎と愛衣とリアの竜力は実に11400。
竜郎とリアに至っては、元から所持していた気力と魔力を合算した物よりも多くなっていた。
さらにカルディナ、ジャンヌ、奈々、アテナは元からあった竜力に11400がプラスされた状態になった。
「なんと言うか……やりすぎた感がハンパないね!」
「多分システムを造った奴がいるんなら、こんな風に増やされるとは思わずに設定したんだろうなぁ──」
竜郎はそう言いながら、遠い目をして茜色の空を見つめた。
けれど愛衣を含めそれ以外のメンバーは、普通にもう慣れてしまったようで、リアも逞しく竜力が今後の鍛冶業にどんな風に応用できるのか考え始めていた。
「皆、順応力高いな」
「まあ、気にしてもしょうがないしね。
たつろーもラッキーくらいに思っときなって」
「今さら戻せるわけでもないし、戻したい訳でもないからな──よしっ。
んじゃあ腹も膨れて竜力も増えたし、さっそくやるか!」
そうして完全に思考を切り替えた竜郎は、杖を構え十二個全てのコアを起動した。
「じゃあ、やるぞ」
「うん。がんばって、たつろー」
「ああ」
最初の時同様、万全の体制で臨むために愛衣には後ろから抱きつくようにしてくっ付いてもらっている。
そんな吐息が耳にかかるほどの近さでの声援に、背中を押されながらスキルを起動する。
するとその瞬間。竜郎の体が大きな何かに、上へと思い切り引っ張り上げられるような感覚を覚えた。
けれど今もなお竜郎の足は砂浜についているので、先ほどの感覚は錯覚なのだと理解した。
妙な事で乱された心を落ち着かせてから、さっそく大量に手に入った竜力をこれでもかとふんだんに盛り込んだ竜魔力を使って、竜郎はレベル17の《陰陽玉》を造り上げる。
「──確かにスキルレベルは上がっているな。
これ一個に、ビックリするくらいの力が内包されているのが解る」
レベル14では到達できない出力で造られた陰陽玉は、造り出した本人ですら驚くほどの物だった。
逆に言えば、その認識が正当に至ったわけではないレベルのスキルを使っているのだと実感させてくれた。
「だね──ここにいても、肌がピリピリするよ」
「大丈夫か?」
「うん、大丈び──大丈夫」
愛衣は魔法抵抗力が低いからだろうなと推察しつつ、今度は近くで解析してくれているカルディナとリアに視線を向けた。
「これはカルディナの体として、ちゃんと利用できそうか?」
「ピィ──ピュイ」
「私も観た感じ問題なさそうです。
その状態は疑似的にではなく、限定した時間の中で完全に3レベル上がった状態にするスキルの様ですから」
カルディナもリアも問題はないと判断したようだ。
ならと。さっそくカルディナが、そちらへと体を乗り換えることにした。
今まで以上に強大な竜魔力で造った陰陽玉を維持しながらの情報の移植作業は困難を極め、完全に体を換装するまで二十分以上かかってしまった。
なので魔法の移植は解魔法一つだけに絞って、そちらをスキル効果で14レベルになった因子を移植し直した。
「──っと。これで終わっ──ん……」
「どうしたの?」
「効果が切れたみたいだ。一日一人に一個の魔法更新でギリギリって事だな」
前とは逆に下に落ちるような錯覚と共に、竜郎から上がった分のレベルが下がっていったのだと感覚で理解した。
そうしてカルディナの体が《成体化》状態になっていく。
その姿は以前と変わりない。けれど前以上の力を内包している事は、見ただけで解った。
そんなカルディナを竜郎が見ていると、何やら訴えかけるようにして竜郎の袖をくちばしで引っ張ってきた。
「ん? どうしたカルディナ」
「ピィーーーィイイ。ピュユユュイーーー」
「どうやら、いきなりクラスが変わって新しいスキルを覚えたらしいっすよ」
「そうなんですの!? うらやましいですの」
「多分、体が変わった事に影響してるんだろうね」
「えーと、どれどれ……」
何がどうなったのか詳しく見るために、カルディナのステータスを全員が覗いていく。
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名前:カルディナ
クラス:疾速刃竜
レベル:63
竜力:13052
筋力:913+20
耐久力:623+80
速力:1000
魔法力:1580
魔法抵抗力:1540
魔法制御力:1697
◆取得スキル◆
《真体化》《成体化》《幼体化》《分霊:遠映近斬》《竜飛疾風》
《竜飛翔 Lv.12》《竜翼刃 Lv.10》《真・竜翼刃 Lv.3》
《解魔法 Lv.14》《土魔法 Lv.10》《水魔法 Lv.10》
《魔弾》《自動追尾 Lv.3》《竜力回復速度上昇 Lv.8》
◆システムスキル◆
《アイテムボックス+4》
残存スキルポイント:327
◆称号◆
《解を修めし者》《土を修めし者》《水を修めし者》
《すごーい!》《竜飛鳳舞》《竜刃之権化》
《デヴェルリュート》《高難易度迷宮踏破者》
《竜殺し》《竜を喰らう者》
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「ただの刃竜から、疾速刃竜っていう──多分上位クラスに変化したのかもな」
「それで覚えたのが、《分霊:遠映近斬》と《竜飛疾風》。
二つも覚えたんだ」
「ピィーー。ピイイーーューーーユーーー。ピィー。」
「そうじゃないみたいですの。
クラスチェンジで覚えたのが《竜飛疾風》で、体の変化で覚えたのが《分霊:遠映近斬》。だそうですの」
「体の変化で覚えたって事は、私たちもレベルを上げてもらえれば似たようなスキルを得られるかもしれないっすね」
そう自分の期待も込めてアテナが言っている間にも、ジッとスキルを見て《万象解識眼》で解析していたリアが顔を上げた。
「この《分霊:遠映近斬》──分霊というのは、ある意味生物でありながら神域に手をかけた存在が生み出せるアイテムといいましょうか……。
自分自身を切り分けて、霊的な道具を造り上げると言いましょうか……」
頭では解っていても、それをどうやって他人に理解できるように説明しようか。
そんな迷いを如実に顔に出しながら説明してくれるリア。
けれど結局、百聞はなんとやら。そう思った竜郎はリアの頭をポンポンと撫でて礼を言うと、カルディナに実際に見せてもらう事にした。
「ピィー」
すぐに了承しながらカルディナは《真体化》した。
《分霊:遠映近斬》は、そちらでないと発動できないスキルだからだ。
そしてカルディナは分霊を意識し始めた。
するとカルディナの頭上に天使の輪っかに似た金輪の周りに、太陽のマークの様に柄の無い金の短剣が何本も剥き出しで展開し浮いていた。
「これは──一体どういうものなんだ?」
「ピィイイーーー」
カルディナには既に使い方が解っているらしく、すぐにそれを教えてくれた。
まずカルディナは14レベルになった解魔法で探査を走らせる。
その範囲はかなり膨大で、人間の頭でそれをやれば情報をある程度絞ってもパンクしてしまうだろうと竜郎が思うほど。
そうして砂浜の中も含めて大きな球状に探査魔法を展開し終わると、頭の上にあった日輪のような輪を操って、自身と竜郎の前にまで浮遊状態で持ってくる。
それからカルディナが分霊に向かって念じると、それが一メートルほどの大きさにまで拡大されたかと思えば、その輪の中に動画が映しだされた。
「これは私達だよね?」
「ああ、それもリアルタイム映像だ」
そこに移っていたのは、砂浜に佇む竜郎達の頭が見えた。
それはまるで上空からビデオカメラを回しているかの様だった。
そしてその映像は、このダンジョンを出るポイントを映し出したり、遠く離れた砂浜で竜の骨から逃げた時に付けた足跡を表示する。
それからまた切り替わって、今度は竜郎の顔がドアップで──。
「これってもしかして、探査魔法の範囲内だったら、どこでも映せるってこと?」
「ピィーー」
カルディナはしっかりと頷いて肯定してくれた。
「それは便利だな。探査魔法でもある程度細かな形は解るが、色つきで姿どころか微細な表情まで解るんだから、来るモノに対してのより正確なプランが立てられそうだ」
「探し物とかにも便利そうっす」
「ピィーユュー」
「ですが、それだけじゃ無いみたいですの」
そうしてカルディナはもう一つの機能を発動させる。
すると展開されていたナイフが、輪をなぞる様に高速回転し始め、砂浜の地面を電ノコの様に切り刻んでいく。
さらにその内のナイフ一本だけを巨大化させたり、全てを巨大化させてより広範囲にわたって切断する事も出来るようだ。
「それにこれ、輪っかの部分もナイフの部分も全て刃断防御が張れますよね」
「ピィイ」
「そうなのか。じゃあ斬られないように受け止めても、触るだけで切り傷が刻まれるってことか」
そしてさらにカルディナが力を込めていけば輪が手品のように増殖していき、最高五個まで増やすことも可能。
もちろん五個で別々の場所を映す事も可能だし、五個全てを攻撃に使うこともできるスキルの様だ。
「これは使用制限とかもないんすか?」
「ピィイーーー」
「へー。特にないんすね」
「けれど壊されないように注意した方がいいですね。
それ一つに、カルディナさんの構成魔力がかなり使われているようですし」
「まさに身を分けて造り出したってことね」
破壊されても魔力さえ補充できれば再度召喚は可能だが、補給できない状態で破壊されれば劣勢になってしまう可能性もあるらしい。
「けどまあ──今のカルディナの力から言ったら、それを破壊できる奴なんて殆どいないだろうけどな」
竜を喰らう者の称号効果でカルディナの竜力は一気に増えた。
そして新しく増えたもう一つのスキル、《竜飛疾風》。
これは地に足がついていない状態の時、速力を2倍にするという常時発動型のスキル。
《成体化》状態では《疾風》という下位スキルに強制変換され1.2倍まで強化率が下がるようだが、それでも強力だ。
今のカルディナは捕まえるだけでも困難な上に触れただけで身を切る防御を持ち、空から大量の竜力を使っての波状攻撃も可能。
さらに隠れても解魔法で見つけられる上に、追尾攻撃も放てるときている。
「けど慢心は禁物だけどね」
「ピィーー」
勿論解ってるよ!と言わんばかりに一声鳴いて、《成体化》状態に戻ったカルディナなのであった。




