第252話 竜郎の知りたかったこと
それぞれに聞こえたレベルアップの内訳は下記の通り。
竜郎は、《『レベル:101』になりました。》と。
愛衣は、《『レベル:96』になりました。》と。
カルディナは、《『レベル:63』になりました。》と。
ジャンヌは、《『レベル:60』になりました。》と。
奈々は、《『レベル:62』になりました。》と。
リアは、《『レベル:81』になりました。》と。
アテナは、《『レベル:64』になりました。》と。
そして次にレベル10のダンジョン攻略特典が、それぞれに与えられていく。
《《《《《《《称号『高難易度迷宮踏破者』を取得しました。》》》》》》》
《《《《《《《スキルポイント(10)が付与されました。》》》》》》》
さらに竜を撃破したので竜郎と愛衣を除く五人には、称号『竜殺し』が。
竜郎と愛衣には称号『竜殺し+1』が手に入った。
けれどレベル100を超えた竜郎にだけ、もう一つオマケがついてきた。
《称号『越境者』を取得しました。》
「越境者? また気になる称号が増えたな」
「え? たつろーだけ、また別の称号覚えたの?」
「ああ。多分100レベル越えのプレゼント的な称号だと思うから、愛衣もそのうち手に入れられるはずだ」
「そんなのもあるん────皆! ここから今すぐ離れてっ!!」
「「「「「「────っ!?」」」」」」
愛衣が竜郎の称号を見るために、システムを起動しようとした──その時。
突然、愛衣の危機感知が警鐘を鳴らしてきた。
何かは解らないが、ただここにいたのでは危険だという事だけは解った。
なので自分はすぐさま竜郎とリアをひっつかみ、他のメンバー達にも逃げるように告げた。
カルディナ達は目を白黒させながらも、慌てて愛衣の言葉を信じて全力でその場を離れていく。
そしてその瞬間、それは起こった。
「何だっ!?」
愛衣の小脇に抱えられたまま竜郎が後ろを見れば、竜の死骸の背中がパックリと亀裂が入って勝手に開いていき、中から骨だけがズルズルと出てきた。
そしてそのまま長い体を一輪挿しの花の様に、ピンと頭のあった方を空へと向けて立ち上がった。
「何で!? 生きてるの!?」
「けどレベルも、ちゃんと上がりましたの!」
そして完全に直立に立つと、その体から真っ赤な灼熱色の超高熱を孕んだ骨の棘が、馬鹿みたいな速度で四方八方全域にわたって伸びてきた。
その棘は逃げる竜郎達の方にも当然伸びてきて、刺し貫こうと追いかけてくる。
けれど全員が伸びる前に逃げ始め、それからも全速力で逃げているため、何とか刺されずに済んでいた。
「どこまで逃げればいいんすかっ?」
「………………あと、十二秒ほどで収まるはずです!!
それまで全力で逃げてください!!」
「それくらいなら大丈夫かなっ」
竜郎とは逆の愛衣の脇に抱えられていたリアが、必死で後ろ向きながら《万象解識眼》で調べた事を伝えていった。
そしてそれはリアの言った通りに十秒に近づいてきたところで失速し始め、それから二秒後には完全に活動を停止した。
リア曰く、これ以上は大丈夫なようなので、とりあえず棘からは距離を取った場所で全員集まった。
「これは一体……何だったんだ?」
「死んだ後に、時間差で発動するスキルがあったようですね」
「それはリアっちの目でも解らなかったんすか?」
「はい。正確には死ぬと自動的に覚える様になっていたらしく、私が観た時には欠片も、そんなスキルはありませんでしたから」
「ダンジョンが仕組んだトラップみたいなものですの?」
「だと思います」
「レベル上げのアナウンスとか、ちゃんとしておいてからのコレか。
危機感知を持っていないパーティがこいつを倒した場合、油断して全滅って事もありそうだな」
「危機感知を持っていたとしても、あの速度で追いかけて来る棘から逃げる能力もなきゃ死人は出るだろうね」
そうして全員で巨大な赤い骨で出来た棘ドームを見上げた。
棘が伸びるのが収まった後でも、なおその骨は高温を保ったままで、素手で触れば火傷どころではなく溶けてしまう事は、ここまで伝わってくるその熱気が物語っている。
試しに水魔法で水をぶっかけてみたり、氷魔法で冷気を吹き付けてみたりしたが、それでも効果は無かった。
「こいつをどうするかな。
向こうまで行かなきゃ、竜の死骸を回収できないんだが……」
「丸々一体分だもんね。せっかくなら全部欲しいし、ここで帰るのも、もったいないし」
愛衣の斬撃で切り落としてもダンジョンの設備の様に、すぐ自動回復してしまうので、破壊しながら突っ切るという手も難しかった。
けれどそれは、リアが簡単な解決法を導いてくれることで解決した。
「それならこれ全部、竜郎さんの《無限アイテムフィールド》に入れちゃえばいいんですよ。
これはもう魔物ではなく、物体なんですから」
「──ああ。そんなんでいいのか」
試しに《無限アイテムフィールド》で回収してみようとすれば、あっさりと収納されてくれた。
そして遠く離れたところには、ちゃんと骨の無くなった竜の死骸が残っていてくれた。
これで取りに行けると、そちらに足を向ける。すると愛衣が竜の死骸のすぐ横で、白く光る小さな渦があるのを《遠見》で発見した。
「なんだろアレ。まだ何かあるのかな?」
「───アレは……ДЙΛΩ?
…………危険な物ではないですね。
言うなればダンジョンの意志みたいなモノが、可視化したといった所でしょうか」
「なんすかね、最後にお祝いの言葉でも送ってくれるんすかね」
「高レベルのダンジョンは、そんな事までしてくれるんですの?」
「んな事はないだろう。けど、危なくないなら行ってみよう」
ということで砂浜をザクザク歩いて竜の死骸のある場所まで戻ってくると、その白い渦がフワフワと竜郎達の前にまでやってきた。
それに若干警戒しながら身構えていると、聞き馴染みのある機械を通した様な声ではない、実際にそこにいるかの様な女性の声が聞こえてきた。
〔皆さーん。クリアーおめでとーございまーす〕
「ありゃりゃ、本当にお祝いの言葉だったよ」
〔いえいえ。これは流れに沿っただけですよー〕
「ってことは、まだこのダンジョンで何かあるって言う事か?」
もうそろそろダンジョンの外に出たいという意思を隠そうともしないで、竜郎が問いかけると、苦笑気味なテンションでダンジョンは言葉を返してきた。
〔いえいえ。そう警戒しないでくださーい。
ダンジョンとしては、これで本当に終わりですからー。
実はですねー。
今回リニューアル開店してから最初の攻略完了者という事で、その特典を渡すためにやってきた訳でしてー。
これは生まれたてのダンジョンや、レベルが上がったダンジョンの最初の踏破者に与えられるものなのでー。
こちらもルールに従って出てきた訳ですー〕
「リニューアルって、そんな生易しい変革じゃなかった気がするが……。
まあなんだ。何かくれるというのなら、変な物じゃなければ貰うが」
〔いえいえ、それは物ではないんですよー〕
「じゃあ、SPとかですの?」
〔いえいえ、そういうのでもなくてですねー。
こちらが提供できるのは知識ですー〕
「「「「「知識?」」」」」「ピィー?」「ヒヒン?」
あまりにも漠然とした答えだったので、改めてどういう事なのか竜郎が代表して聞いてみる。
そして聞いた話を要約すると。
どうやらこのパーティの一人だけだが、どんな質問でも一つだけ教えてくれるのだという。
例えば、このダンジョンがまだレベル7だった頃。
一番初めに攻略した者には誰にも見つけられていない、手付かずの超希少金属の鉱山を聞かれて答えたらしい。
また他のダンジョンでは、行方不明になった子供の居場所。殺したい相手の弱点。どうしたら今より効率よく強くなれるか。こういった感じの武器が欲しいが、どうしたら手に入れられるか。
などなど善悪問わず、望んだ答えを何でも教えてくれる。
「……あれ?
でもダンジョンさんって、外の事を知らないとか言ってませんでしたか?」
〔はいー。知りませんよー〕
途端に胡散臭くなってきたと全員が思った。
「…………じゃあ、どうやって答えるって言うんだ?」
〔どうやっても何もー。答えるのは、こちらではありませんしー。
実は私を介して世界と一時的に繋がれるんですよー。
だからーまあ、この世界に直接聞けるって感じですかねー〕
「世界と繋がる? 何だか凄そーだけど、後遺症とかはないよね?」
〔ないですよー。一時的に繋がるだけですしー〕
どうやら本当に何でも聞いたら答えてくれそうであった。
なので竜郎は、まずは全員に意見を聞いてみる。
「何か聞きたいと思っている事がある人はいるか?」
「「「「「「…………」」」」」」
特に誰も世界に聞きたいほどの疑問は無いらしい。
だが竜郎には、どうしても聞いておきたい事があった。
「それなら、たつろーが聞いちゃっていいんじゃない?」
「皆がそれでいいなら、是非にと言いたいが。本当にいいんだな?」
こんなチャンスは二度とないだろうからと念押しして問いかけるも、全員が竜郎を見て一斉に頷いてくれた。
それに竜郎はずっと疑問だったアレの答えが解るかもしれないと、期待と不安で胸の鼓動が高鳴ってきた。
もし知らないと、または無理だと言われた時。
自分はどうすればいいのか解らなくなってしまうからだ。
だがいっその事、ここでハッキリとしてくれた方が今後動き易くもなる。
なので竜郎は胸を押さえながら、一歩前に出た。
「じゃあ。俺が代表で質問したい」
〔解りましたー。それでは、この白い渦の中に手をいれてくださーい〕
「そこに手を……入れるのか?」
どこに繋がっているともしれない渦に、竜郎は手を入れるのが嫌そうな顔をした。
けれどその反応に、おかしそうにダンジョンは笑った。
〔大丈夫ですよー。噛んだりしませんからー。
それに現実世界の時間では一秒も経たない間に終わりますからー〕
「──解った。…………これでいいか?」
竜郎は心を決めて、思い切りよくズボッと白い渦に右手を突っ込んだ。
〔はい。結構ですー。それではー、いきま────〕
「──っ」
ダンジョンの声が途中で切られ、竜郎の耳は自分の息遣い以外、何も聞こえなくなる。
そして辺りを見渡せば、壁も天井も床も何もない真っ白な空間の中で、竜郎ただ一人。フワフワと、無重力空間にでもいるかの様に漂っていた。
「何だここ……? おーい、ダンジョン!
これからどうしたら──」
〔問いかけを持ちし者。ただ一つだけ、それに答えましょう〕
訳も解らずダンジョンを呼んでいた竜郎の耳へ、四方八方全部から響いてくるダンジョンと同じ──けれど持っている雰囲気がまるで違う穏やかな声が響いてきた。
そしてこれが世界の声なのだと、何故か竜郎には理解できた。
そこで竜郎は、この世界でカルディナを生み出してから、ずっと気になっていた事を口にしたのであった。
「この世界ではない。別の世界──いや。
俺のいた世界で、システムの力を全て使う方法を教えてくれ」
地球でシステムは使えるのか。それはずっと疑問に思っていた。
何故なら帰った途端システムが使えなくなれば、ステータスやスキルも無くなってしまう可能性が高い。
そしてそうなったとき、カルディナ達はどうなってしまうのか?
いくら自前の竜力を使って魔力変換し、それを取り込もうとも──それは延命措置でしかないと竜郎は知っていた。
何故ならそれは、竜郎の魔力を薄めて嵩増ししているのと同じことだからだ。
だから定期的に竜郎の魔力が完全に尽きてしまう前に、補充してあげなければ体が霧散して消えて──というより死んでしまう。
自分たちが帰れたからもういいや。そんな風に竜郎は考えられなかった。
道中の効率化という面も確かにあった。
けれど帰るためのSPを使ってまで、体のレベルを上げた一番の理由。
それはもっと高いレベルで造ってあげれば、完全な個として独立出来るのではないかと願ったからだ。
しかし、その兆候はまるで見られなかった。
だからこそ知りたかった。異世界のシステムを異世界で使えるのかと。
けれどそのまま聞いてしまったら、もしかしたら有るかもしれない特殊な起動方法までは教えてくれないかもしれない。
質問は一つのみ。
なら使えます。使えません。だけで応えられてしまうような質問は論外だ。
そこで竜郎は使えないのならそんな方法はないと言われ、何もしなくても普通に使えるのなら使えるといわれ、何か特殊な方法がいるならその方法を探れる質問を選んだというわけだった。
もしここで使えない。そんな答えを聞いてしまったら、どうしよう。
カルディナ達を見殺しにするしかないのかと、頭の血が下がっていくのを感じた。
そして五秒ほどの沈黙の後。世界はその問いに答えてくれた。
「システムは、この世界に溢れる目に見えない世界力とでも言うべきエネルギーを動力として動いています。
なのでこの世界ではない場所に行けば、本来は使うことはできません」
「──今、本来はと言ったな」
「はい。
なのでこの世界の世界力そのものを持ち込むことで、それを可能とします」
「それはっ─……どうやって?」
方法はと聞いたのだから、それ以上聞く権利があるはずだと、竜郎は逸る思いを努めて鎮めながら問いかけた。
「あなたの世界でシステムの機能を百パーセント使うには、大量の──人間の間で帰還石と言われている物質を持ち込み。
それを体に直接密着させる事で可能となります」
「帰還石? それって、これでいいんだよな?」
竜郎は《無限アイテムフィールド》から一つ帰還石を取り出して、誰にもいない空間に突き出した。
「はい。それです。
それを直接身に付ける事で動力のない環境にさらされても、その中に内包されたエネルギーをシステムが感知し起動します。
そうすればスキルなどの取得、使用。残金の確認、取り出し。身分証の提示。ステータスによる補正。など、全ての事が可能となります」
「さっき大量にと言っていたが、どれくらい必要なんだ?」
「起動だけなら一つでも事足りますが、スキル使用をする場合には、威力に応じて必要になります。
ですがどんなに強力なスキルでも、百もあれば事足りるはずです。
ちなみにですが、百個全てがくっ付いている状態であれば、その内一つに触れているだけで大丈夫です」
「──なるほど……良く解った。ありがとう。本当に助かった」
〔問いに答えられたようで何よりです。それでは、接続を打ち切──〕
そこでまた声が中断させられたように途切れると、竜郎は元のいた砂浜の上に戻っていたのであった。




