第245話 第四グループ2
アテナは剣爪がばら撒かれたフィールドに、竜力路で突っ込んでいく。
今度は一切の強化もされていないので、最初の時のように竜装と竜力の煙のバリケードを越えてくるレベルの攻撃は来なかったので安心した。
そうして周囲の物を吹き飛ばしながら突撃してくるアテナに対し、獅子の顔を持つ魔物は自分に向かって強力な銀の雷撃を放って帯電させる。
そしてアテナが包囲網に完全に入った──その時。
周りの一面に突き立っている剣爪の尖った方に、帯電させていた銀雷の電磁石をS極に変換。
自分は前半分をN極に変換して、周囲の剣爪を自分に向かって一斉に引き寄せた。
すると魔物に真っすぐ突っ込んでくるアテナに、何十本もの剣爪が取り囲むように四方から飛んできた。
(まあ、そう来るっすよね──)
けれどこうなる事は、あの銀の雷が電磁石の類だと解ってから察していた。
だからこそ、今回の竜力路は普段と違うのだから。
「──ふっ」
「クハッ?」
魔物は当然、前同様自分に突進によるタックルをかましてくると思っていた。
しかしアテナは魔物まで数メートルという所で失速し始め、以前とは比べ物にならないほどの遅さになると、目前で上へとジャンプして逃げてしまった。
魔物の方は、ただ猛烈な速度で真っすぐ突撃してくる事しかできない、脳筋スキルだと思っていた。
しかし今回の竜力路は、初めの加速は確かに雷属性による物だった。
けれど途中から風属性へと変えたのだ。
風ならば突風から、そよ風まであるように速度を調整できる。
そのため段々と速度を落としていき、最後は土属性に切り替えて急ブレーキ。
そうして緩んだところでジャンプして逃げた、というわけである。
魔物は思い通りに来なかったことに瞠目していたが、直ぐに気を取り直して自分に剣爪が突き刺さる頃合いを見計らい、自身の極を反転させてアテナのいる斜め上方へと剣爪を弾き飛ばした。
「クハハハハッ!」
「おっ。合わせ技っすね」
その弾き飛ばした剣爪に向かって黄金の雷撃を打ち放ち、アテナに軌道をつかませない様に、上に飛んでいる剣爪にあちこち反射させながら迫りきた。
それでもアテナは慌てずに、両腕にはめたガントレットの細いワイヤーを計十本射出して飛んでくる数本の剣爪を確保。
土魔法でワイヤーを操作しながら、自分の竜力で帯電していた銀の雷を弾き飛ばしつつ、反射して真後ろから迫ってきた黄金雷に向けて剣爪を盾のように並べた。
すると思惑通りちゃんと反射してくれて、黄金の雷撃は何もない天井に向かって飛んで行ってしまった。
「クハッ──」
「……なんというか」
アテナは竜装を変形させてズングリムックリな形に変えると、それを土属性にして質量を嵩増しして、ズドンと魔物の前に落ちてきた。
そして元の形状に竜装を戻し、体部分は土属性。右腕右足は雷属性。左腕左足は風属性に切り替えて、煙の竜力は雷風にして周囲に展開する。
魔物は急いで黄金の雷撃を撃ち放つが、それはアテナのワイヤーの先にある数本の剣爪ではじかれて明後日の方向へ行ってしまう。
なので再び銀雷をアテナに向けて放つ。だが周囲に展開した、雷風の竜力に阻まれて届く事はなかった。
ならばと、自分の極を切り替えて周辺の剣爪を引き寄せてみる。
しかしアテナの竜装の五本の尻尾に握られた小さな鎌によって弾かれ、ただ自分に向かってくるだけ。
「あんた。玉座に座っていた時は、やばいって思ったんすけど」
「クハハハッ!」
徐々に歩み寄ってくるアテナに向かって、剣爪に黄金雷を帯電して打ちまくる。
絶対に近づけてはならないと、本能が告げてくるのだ。
しかしアテナは風の竜装部分で受け流しつつ、手に持った二本の鎌で絡め取って、ガントレットから出ているワイヤーに持たせて束ねていく。
「それがなくなったら──大したことないっすね」
「クハハハハハハハハハハハハハァァァアアアアアアアア!」
魔物は言葉は解していないが、馬鹿にされた事だけは理解したようで、怒り狂いながら自分からアテナに向かってきた。
雷撃を滅茶苦茶に振りまきながら、両肘から先に生えた剣爪を演武のように振り回す。
アテナはそれを竜装の風部分で受け流しつつ、殴打と斬撃、そして魔法で迎え撃つ。
そして滅茶苦茶なようであって、ちゃんと殺すことを考えられている猛攻をすり抜けて、怒っている魔物の王冠のようについていた黄金の角を、雷属の竜装越しに右で握った。
「その冠は、あんたにゃもったいないっす」
「クハハハァァアアアハハハッァァアア!」
「ぐっ──」
もぎ取ろうと握る手に直接黄金の雷撃が放たれ、さすがにアテナもダメージを負ってしまう。
けれどそれが欲しくてたまらないアテナは、決して放さず力を込めていく。
だがそれに合わせて銀の雷撃も放とうとしてきたので、腹を蹴って強制的に止めさせる。
「だからヨコせ。ソれハ、アタしノ物ダ!」
「グァァアアアアアアアアアアッ!?」
ベギッ。そんな音と共に頭蓋骨の一部を剥がしながら、アテナは黄金の角を毟り取った。
頭から血を吹き出し脳が見えている魔物に鞭打つように、ついでとばかりに両脇の銀の角にも手をかけようとする。
けれど魔物は、目に涙を浮かべて全力疾走で逃げだした。
それにほしいものは手に入ったからいいかと、アテナは毛皮と頭蓋骨を取り払って、綺麗に黄金の角だけにする。
そして自分の服でキュッキュッと磨くと、円錐型のアイスでも食べるかの様にガリガリと食べていく。
「ふぅ──ん……─んぅ……ん──」
体の内側に何かが沸き立つような不思議な感覚を味わいながら、アテナは角の先の一欠片すら残さず全部平らげた。
《スキル 燦然輝雷 を取得しました。》
それがどんなスキルなのか。アテナには調べる必要もないほど良く解っていた。
何故なら、もうこれは自分の体が持っている性質なのだから。
「あとは命を貰うだけっすね」
「クハッ…クハハッ…」
自分の角を食べ始めた姿に対して、不気味な何かを見る様な視線を送りながら震えていた魔物を、アテナは睨んだ。
これはもうダメだな。と、少し残念そうに頭からダクダクと血を流す魔物に見切りをつけ、新しい力を使うために大鎌を一本両手に構えた。
そこへ竜力と燦然輝雷を使った雷魔法の竜力を纏わせれば、大鎌の刃に黄金の雷が宿った。
そしてそのまま横一文字に振り抜くと黄金の斬撃が飛んでいき、魔物の首を容易く跳ね飛ばした。
「……何か。最後の方は情けない奴だったっすね。
よくあれで、前はボスを名乗って──っ!」
アテナが愚痴りながら撤収作業を始めようとした─その時。突然強力な爪の斬撃が降り注いできた。
アテナは咄嗟に飛び退けば、先ほど立っていた場所に縦に五本の爪痕が刻まれていた。
そして前を見れば、首を落としたはずの魔物が巻き戻されるかの様に戻っていき始めると、体がボコボコッ、ベキベキッと内側から砕けるような音が聞こえてきた。
その様を警戒しながら見ていれば体積もドンドン増していき、そこには五メートルはあろう巨大な獅子が立っていた。
「──ックハハッハハハハハッハハハアアアアアアアアアアアアアアァァァ」
「その鳴き声。そうっすか、あんたっすか。
ってことは、さっきのは前哨戦みたいなもんだったんすね」
向こうは完全に無傷。気迫からも気力体力魔力、全て完全回復していると言っていい。
それに対してアテナは玉座に座っている時に受けた傷にまみれ、竜力も回復してきてはいるが大分減ってしまっている。
完全にペース配分を間違えてしまっている状態だった。
「ずるいっすねぇ。自分だけ完全復活とか」
だが、そう言う彼女の口元には笑みが浮かんでいた。
消化不良だった戦いが、まだ楽しめるのかと……新たなる欲望を満たそうとしてくれる魔物に自然とそうなってしまったのだ。
そうしてアテナは竜力を鎌に込め直していると、ふとその色が深紅に染まっている事に気が付いた。
そして鎌を覆うように、深紅のよく切れそうな歯が何本も鋸のように形成されていった。
《『レベル:50』になりました。》
《鎌術師 より 闘竜 にクラスチェンジしました。》
《スキル 不滅の闘志 を取得しました。》
「壁を越えた? ──ん、これがその原因っすか」
触れただけで切り裂かれそうな歯が何本も生えた、深紅に染まった大鎌を見て、やっとそこで、これが気獣技なのだと理解した。
そして先ほど覚えたスキルの効果も、ちょうど発動条件が満たされているので実体験で味わっていた。
「不滅の闘志。名前だけ聞くと、闘う意思が無くならないって意味だろうっすけど……。
ようは戦意が高ければ高いほど、ステータスが強化されてくっていうスキルっすね」
疲弊しているというのに、力が漲ってきているのを直に感じているアテナは、そう推察した。
しかしそれは少し違う。
このスキルは確かに戦意が高ければ、どんな状態であっても最低限の強化はしてくれる。
だがそれ以上に負傷や疲労、残存気力や魔力量などの消耗度が重要になってくる。
そして相手のレベルや消耗度も加味されて、自身が不利な状況になればなるほど、その時の戦意の高さを数値化して乗算するかの様に、ステータスをグングン上げていく。そんなスキルであった。
つまり心が折れない限り、どんな不利な状況でも覆す可能性を秘めている。と言えるだろう。
そして突然、気配の密度が跳ね上がったアテナを、油断なく睨んでくる巨大な獅子に、こちらも睨み返した。
すると向こうも負けじと一歩前に出て、数瞬の沈黙が流れる。
「クハハハハハッ!」
「──ん」
沈黙を破ったのは獅子の魔物。
それは巨躯を信じられないほどの速さで動かし、四足で華麗にジャンプすると、アテナを雷撃の纏った前足二本で叩き潰そうとしてきた。
しかしそれをアテナは琥珀の煙を雷属性にして、跳ねてきた雷撃を受け流しつつ横にずれて難なく躱す。
けれどそのちょうど動いた先に見越したかのように、ワームの尻尾。それも人型だった時よりも堅そうな金属質な肉体に変化したものが、大口あけて迫ってきていた。
「──はあっ!」
「──ビッ」
足を切ろうとしていた気獣技纏う大鎌の一撃を切り替え、側面から攻撃してきたワーム尻尾に横一文字に切れ込みを入れた。
そのまま斬撃と化して飛んでいき、横にぱっくりとワームの口から中ほどまでに重傷を負わせた。
だがアテナは、自身の体を形成する魔力が減っている事に気が付いた。
けれどそれを考えている間にも、強烈な右前脚の一撃が降り注いできたので、大きく後ろに飛んで躱した。
(たぶんさっきのワームの仕業っすね。前も魔法を食べようとしてたっすし。
魔力吸収系のスキル持ちだったっんすね)
ただでさえ減ってきていた魔力を、余計に消耗してしまった事に苛立ちを感じるが、それでもアテナは負けるつもりはない。
自分は闘いを求めた竜郎の心に導かれて、この世に生を受けたのだ。
一度ゲームとは言え負けはした。
だがもう二度と、相手が誰であろうと、どんな状況であろうと、負けるつもりは一切ない。
その気持ちに呼応するかの様に、またステータスが上がっていき、体がどんどん軽くなっていくのを感じる。
「便利なスキルっすね。あたしにピッタリっす──」
「クハハハアハハハハハハハハアーーーーッ」
そこで魔物は口から雷撃の光線を放ってきた。
けれどアテナはその場からどかずに、真正面から燦然輝雷を行使した黄金の雷魔法を、鎌を杖代わりにして横向きに放射した。
「はああああああっ!!」
その雷は元の強さと、ステータス強化によって容易く光線を消し飛ばし、魔物の体を蹂躙する。
そのおかげで横半分に切り裂かれながらも、魔物の陰に隠れて機を狙っていた尻尾のワームは完全に死んでくれた。
だがこの燦然輝雷は消耗がかなり激しいスキルの様で、アテナから竜力をごっそりと持っていってしまった。
このスキルは雷魔法系統のスキル全てに適応できるもので、それを光魔法以上に強化して放てるようにするもの。
けれど光魔法のように程度を調整できないので、その全てを全力以上の一撃にしてしまうのが難点だった。
「ギャンッ」
「獣らしい声もあげられるんす──ね!」
そのまま一気に決めてしまおうと、疲弊する度に上がっていくスキルを十全に生かしながら一足飛びに近づいて、気獣技を纏った鎌で首を刈り取ろうとした。
「クハハハッ!」
「──ちっ」
けれど黒焦げになり煙を所々から上げながらも、サイドステップで躱して雷撃を纏った頭突きでカウンターまでしてきた。
それに舌打ちしながら鎌を振り下ろす動作を止めて、その勢いで前宙しながら竜装の尻尾で竜尾閃を放ち頭を叩いて勢いを止める。
そして空中で回りながら一回転して戻ってきた大鎌で、頭を縦に割ろうと振り下ろす。
けれど素早く後ろにひかれ、顔の表面に縦一文字に浅い傷を負わせるだけに留まってしまう。
魔物は傷を無視したまま大口を開けて、また雷の光線を全力で撃ち放ってきた。
このままでは直撃コース。威力も凄いのだが、それよりも速度が速い攻撃。
なので避けている暇は無いとアテナは、また黄金の雷撃で迎え撃った。
「──はあっ」
「ギャロロロゥグルゥォゥルルゥッ」
光線を消し飛ばしながら口から体内へと黄金の雷撃は侵入していき、今度は中を焼き焦がしていく。
しかしそれでも雷耐性でも持っているのか、死に至るほどのダメージにはならなかった。
だが足取りが一瞬ふら付いたのを、アテナは見逃さない。
「──ふっ」
「ギャッ」
深紅の鰐の歯が張り巡らされた大鎌を振りぬき、前左足を鋸のように骨ごと切断した。
ブシャッと血をまき散らしながらも、アテナをこのまま近くに置いては不味いと察した魔物は、引き剥がそうと全身全霊を持って周囲に雷撃をまき散らした。
このまま止めを刺そうと思っていたところなのだが、死に者狂いの一撃は危険だと雷風土の三重の竜装に変換して、さらに煙竜力も同じように防御に回した。
アテナが完全に守りに入ってくれている間に、魔物は後ろに飛んで逃げようと足に力を入れた。
「クハッ──?」
しかしその瞬間。何かに後ろ足を縛りつけられ、訳もわからず後ろに向かって仰向けに倒れこんでしまった。
何が足にと見てみれば、そこにはアテナの腕のガントレットから伸びたワイヤーが竜装を覆って強化した状態で、仕掛け罠の様に輪っかを作って足を縛りつけていた。
それを何とか引き離さねばと魔物は足をバタつかせるが、暴れるほどに意志を持って動くワイヤーに絡め取られて離れない。
「つーかまーえたっす」
「────ッ!?」
人型から獣型になった事で、一言でいうのなら頭が悪くなっていた。
なのでこの魔物は、目先のことに注意を持っていかれがちな傾向にあった。
それ故。忍び寄って来たアテナに耳元で囁かれるまで、足に絡みつかれるワイヤーに夢中で気が付けなかった。
魔物は直ぐに口から雷光線を放とうと顔を向けた。
しかし、そうする前に断頭台は動き始めていた。
「おわりっす──」
「…………────」
アテナは鎌の気獣技にプラスして、黄金の雷撃に風魔法まで混ぜ込んだ斬撃を首に叩き込み、防御力としてはかなり高そうであった鬣すら切り裂いて、綺麗に頭を切り落とした。
首がなくなっても数秒手足がモゴモゴ動いていたが、直ぐにそれも収まり──。
やがて完全に、その活動を止めた。
《『レベル:57』になりました。》
《称号『ドナルアンペリオン』を取得しました。》
「おっ、結構レベルも────ガウゥ?」
ようやく終わり、熱した気持ちが冷め始めた時。
アテナの体を維持する魔力が許容範囲外となって《真体化》を維持できなくなり、強制的に《幼体化》して小虎になってしまった。
「ガァ。ガァウガガー」
まあ、しょうがないかあ──と気楽に受け止め、素材回収は後にして、体を休めるべく、その場にゴロンと寝転んだのであった。




