第244話 第四グループ1
アテナが開いた扉の中へと入って行くと、そこは真っ白な空間が広がっているだけだった。
そして他のメンバー全員も各担当の箇所に入っていったところで、開いていた扉が勝手に閉ざされた。
すると真っ白な空間が揺らめき始め、やがて床一面に柔らかな赤い高級絨毯が敷き詰められた。
そして豪華な装飾がなされた壁。
天井には悪魔のようなおどろおどろしい趣味の悪い絵が描かれて、それ一つで数年遊んで暮らせそうな煌びやかなシャンデリアが、複数吊るされ下を照らしていた。
「なんすか、ここは。やたらと豪華な場所になったっすけど…」
そんな事を言いながらも周囲を警戒していると、アテナから百メートル以上先にある向こう側の壁の辺りに、段差の浅い階段が奥に向かって作られていく。
それから一番上の段に、漆黒の玉座が床からニョキリと生えてきた。
その様子を漏らさず見ていると、壁や天井から一斉にファンファーレが鳴り響いた。
「やかましい部屋っすね。今回の魔物は相当変わり者かもしれないっす」
未だ現れない魔物を探していると、玉座の真上の天井に穴が開いたかと思えば、そこから柵もなく宙に浮かぶ足場で作られた螺旋階段が玉座の前まで伸びてきた。
何だとアテナが視線を送っていると、大きな獅子のような足がニュッと出てきて、ゆっくり下へと階段を下降しながら、その全貌を晒していく。
その魔物は全長二メートルで、二本の獅子の形状をした足で立って歩き、下半身は獣の毛で覆われていた。
お尻からは蛇──というより、五メートルはある自立型のワームの尻尾がうごめいていた。
そして上半身は筋肉質な人間に近い形状だが、幅は二メートル近くある広い胸。
腕は肘から先が無く、代わりに足よりも長い剣の様な爪が三本ついていた。
頭は獅子そっくりで、フサフサの鬣まで生えそろっている。
けれど頭の横から牛のように湾曲した銀の角が二本。天頂部からは、真っすぐピンと立った黄金の角が一本生えていた。
そんな魔物が悠々と玉座の前に降り立つと螺旋階段は消失し、偉そうに足を組んで座ると背を反ってふんぞり返った。
「無駄に時間かけて登場しておいて、なんなんすかアイツは」
「クククッ──クハハハハハハハハッ」
「──人間の言葉がしゃべれるんすか?」
「クハハハハハハッ!」
「……ああ。それが鳴き声なんすね……。
生理的に無理っす……。誰か代わってくんないっすかねぇ…」
とんでもなく面倒そうな性格をしていそうな魔物に嫌そうな顔をした後、もうさっさと倒してしまおうとガントレットをつけた状態で竜装を展開した。
そして王様気取りで遠方から座って見ている魔物に、アテナは大鎌を出して雷と風の魔法を内包した斬撃を横薙ぎに撃ち放った。
だが魔物は椅子に座ったまま肘の先から生えた両の剣爪を振り上げ、そこに黄金の角から生じた黄金の雷を纏わせると、それをロケットのように斬撃に向けて六本全部射出した。
すると射出して直ぐに、剣爪は新しい物が生え変わっていた。
「……………………おっと、このままじゃ不味いっす」
その黄金の雷撃を纏った六本の爪剣はアテナの斬撃によって三本は消失したが、残りの半分は真っすぐ、こちらに向かって来ていた。
一瞬あるものに気を取られて呆けてしまったが、アテナは直ぐに気持ちを切り替えて横へ飛んだ。
すると黄金の雷を纏った剣爪が三本。先ほどまでアテナのいた場所に突き立ち、周囲を雷撃で破壊した。
「やっぱりあの雷。見かけ倒しの、ただの雷って訳じゃ無さそうっすね。
それにあの真ん中の角……」
アテナが気を取られてしまった要因である黄金の角。
何故かそれにアテナは、こんな気持ちを抱いていた。「おいしそう」と。
魔力でその存在を維持しているアテナ達にとって、食事は無用の長物。
魔力が欲しいといった感覚を抱いたことは数あれど、お腹がすいた。あれが食べたい。などという欲求とは無縁──のはずだった。
しかし今。アテナは獅子の顔を持つ魔物の天頂部に、アンテナのように生えている黄金の角が、食べたくて食べたくて仕方がなかった。
「なんなんすかね、この感覚。
妙なスキルとか魔法って感じじゃ無いっすし……」
そう。これは間違いなく自分の身から生じた欲求だと、アテナは確信していた。
そして自分の体がそれを欲しているのなら、それは必ず意味を持っているはずだ。
「そういえば……──おっと」
魔物が黄金の雷を纏った剣爪の射出を、左右に行ったり来たりしながら躱す中、アテナの中で一つ思い当たる事象に気が付いた。
以前ジャンヌは盾のアイテムを食べた事により、その力を自分に取り込んでいた。
あの時は波長が合っているのを感じ取ったから、食べた。
と言っていたが、何故真っ先に食べるという方法に思い至ったのか。
あの時のジャンヌもこんな気持ちだったのではないのかと、アテナは今さらながらに納得した。
「なら、奪い取るしかないっすよね」
あの角を食べたい。そして我が身に取り込みたい。
今まで感じたことのない、そんな欲求に突き動かされるままに、アテナは行動を再開した。
アテナは帯電した剣爪を身のこなしだけで躱しながら、両手と竜装の尻尾の三刀でもって、鎌の斬撃の雨を浴びせながら駆け寄っていく。
だがその斬撃の雨を前にしても玉座から立ちもしないで、四方八方に剣爪を連続で飛ばして弾いていた。
その態度にイラッときたアテナは、風と雷の放射魔法を全力で放った。
すると魔物の尻尾がスルスルと飛び出して、その魔法を吸い込み始めた。
けれど許容量を超えて爆散し、肉片を魔物自身やその周辺に飛び散らせ、吸い残しの威力の弱まった魔法だけが残る。
しかしその魔法も、黄金の角から強力な金雷を放って打ち破り、そのままアテナに向かって真っすぐ、それがやってきた。
「こんな直線の魔法なんて余裕っす」
確かに雷の速さは身を持って知っている。
だがその軌道は単純。アテナは態々無駄に消費することもないと、横にずれて躱して見せた──その瞬間。
魔物はアテナ自身ではなく、その手前に、まるで牽制するかのように剣爪を撃ってきた。
当然当たりもしない攻撃など無視して、その手前に刺さった剣爪を飛び越えようとした。
けれど先ほど躱したはずの黄金の雷が、後ろから迫ってきている事に気が付いた。
「──なっ」
それは周りに燻らせていた、琥珀色の竜力の煙を展開していたからこそ気付けたのだが、何故そんな事になっているのか解らずに、とりあえずジャンプして躱す。
けれどそれを見越したかのように、魔物は帯電させた剣爪をアテナのいる上方に打ち出した。
このまま飛び上がった勢いのまま上昇しては串刺しになってしまう。
なので急いでリアに造ってもらったガントレットからワイヤーを射出して地面に打ち込み、土魔法で無理やり下に向けて引っ張らせた。
そうして上に撃ち放たれた剣爪の回避には成功したのだが、アテナの目の前を先ほどジャンプして躱したはずの雷撃が通過していくのが見えた。
その軌道線を驚きながらも目で追って見ていると、その雷撃はアテナの上方を通り過ぎようとしていた剣爪に当たって反射したのを目撃した。
「──そういう事っすかっ」
「クハハハハハッ。クハハハハッ」
反射した雷撃がアテナの方に跳ね返って来たものを、ワイヤーを土魔法で曲げて躱すと、その先にある剣爪に当たって、またこちらにやってきた。
どうやら現在そこらじゅうに突き立っている剣爪は、雷撃の威力をそのままに反射しあう性質があるらしい。
アテナが回避した剣爪は実は攻撃ではなく、自分に有利な場所づくりだったのだと思い知らされた。
もしここにリアがいたのなら、直ぐに看破してのけたのだろうかと考えながらも、この攻撃を止めさせるには消し飛ばすしかないと鎌を一つの状態にして構える。
そして迫りくる黄金の雷撃に、土の魔法と竜力が乗った大鎌の一撃をお見舞いした。
これでとりあえず目前の危機は去った。だがこれで終わるわけもなかった。
「クククッ。クッハハハハハハッ」
「この──!」
魔物は大量の黄金の雷撃を用意していて、それを一斉に角から撃ち放ってきた。
斬撃を複数回に渡って打ち込んで幾つか消したものの、残った電撃は方々に散っていき、四方八方に散らばる剣爪に反射しながら、こちらへと迫ってくる。
まさに全方位攻撃。このうちアテナに到達するまでに、破壊できる数など半分がやっと。
アテナは竜装を土属性に切り替えて、琥珀色の煙の竜力を雷属性にして網の目に広げた。
そしてそれと同時に黄金の雷が到達し、まず外に網目のように張った雷属性の膜に流れて弱体化し、それでも残った分はアテナの土属性にして分厚く変形させた鎧が地面に受け流そうとする。
「──ぐああっ」
しかしその威力を完全に消す事はできず、受け流しきれなかった雷撃にアテナは全身を焼かれてしまった。
「クハハハッ」
「お前……コロス──」
未だ玉座にふんぞり返ったままの魔物を睨み付ける。
だがなんてことはないとばかりに、魔物はまた人の笑い声に似た鳴き声を高らかに上げながら、先と同じ攻撃をしてきた。
それも無限の魔力でも持っているのかと言いたくなるほど、一回一回に強力な威力がこもった魔法を、繰り返し繰り返し壊れたレコードの様に放ってくる。
しかしアテナはそこから動かず、竜力のレールを玉座に向かって敷き始めた。
そしてそれが繋がる間、アテナは次から次へと遠慮なしに放たれる黄金の雷撃による全方位攻撃に耐え続けた。
下手に動き回るより、亀のように防備を重ねて耐え抜き、一気に突き抜けるのが一番いいと考えたからだ。
肉体から煙が上がり竜装の中で焦げた匂いが充満するが、その痛みを凌駕する怒りで耐え抜いてみせた。
そして竜力のレールに足の部分だけ雷属性にした鎧を載せて、レールの属性も合わせた。
その瞬間。雷撃の速度で玉座にまで突っ込み始めた。
それでも退こうとしない魔物は、黄金の雷撃を纏わせた剣爪を連続で撃ち放ってきたが、それは鎌で打ち払いつつ致命傷だけは避ける。
そうして体中に分厚い土の鎧を突き抜けた剣爪を刺しながら突き進み、その勢いのまま魔物に突撃。
「グハッ──ハハハハッ」
「ハアアアアァァッ!」
玉座は破壊され見事後ろの壁に叩き付けられた魔物は、それでもなお余裕ぶって雷撃を放ちながら両手の剣爪を振り回す。
しかし黄金の雷撃は先ほどより威力がなく、アテナが鎌を振りぬけば完璧に相殺する事ができた。
なのでより警戒すべきは、剣爪による重い一撃の方になっていた。
「………もしかして、あの玉座は飾りじゃなくて、何らかの魔法強化アイテムだった?
道理でアホみたいに魔力を持っているはずっす」
これまでに魔物が撃ち放ってきた魔法に籠った魔力は、竜郎の全魔力量すら容易く超えていた。
おそらく魔法力強化と魔力回復効果は絶対にあったのだろうなと、今は壊れてボロボロになった漆黒の玉座にチラリと視線を向けた。
そう考えると、この部屋の豪華さも、あの登場時の演出も、妙に偉そうな態度も、玉座に座っている事に違和感を感じさせない、一種の舞台セットであったのだろう。
アテナは斬撃と雷撃を交わし、ここまで突っ込んでくる間に刺さった剣爪を体から抜きながら、ジリジリと魔物に近寄っていく。
体中焼かれ、剣爪に穿たれた傷もあって決して軽傷ではない。
けれども欲しいものは目の前だ。
アテナは空腹に耐えるかのように、魔物を壁際に追い詰めていく。
しかしこの魔物。物理的な行動も強く、弱体化したといっても直に当たるのは不味い黄金の雷撃もあって、最後の一押しを中々させてくれない。
けれど壁際の狭い空間での戦闘は、この魔物は得意ではなかった。
現に鳴き声一つ上げる余裕もなく、死に物狂いで凌いでいるのだから。
「これは疲れるから、あんまやりたくなかったんすけど……。
──こいつをぶち倒せるのならっ」
アテナは竜装の尻尾部分を四本追加し、そちらに小さくなった鎌を持たせて、計七本の鎌で攻撃を開始し始めた。
それには魔物もついていけなくなり、体中に切り傷を増やし始めた。
これなら──。そんな風にアテナの心が緩んだ時。それを魔物はしっかりと突いてきた。
「クハハッ」
「っりゃあ──って、何すかこれ」
絶妙なタイミングで魔物は顔の両横から生えている銀の牛角から、二本の銀の雷を放ってきた。
けれどいくらほんの少し気が緩んだとはいえ、まともに食らうほど、だらけていた訳でもない。
アテナはちゃんと両手に持った鎌でそれを切断するべく、横に薙ぎ払った。
そしてその攻撃は間違いなく当たり、消し飛ばした──かのように見えたが、手に持った鎌に銀色の雷が帯電していた。
しかし別段しびれるわけでもなく、ただそこにこびり付いているだけで、切れ味も変わったように見えない。
それにアテナが余計、不気味に思いつつも、魔物を倒してしまえば終わりだと攻撃をしようとした。
すると今度は銀の雷を自分に向かって放出して、魔物自身が銀雷に包まれた。
「なん──っはあ!?」
「クハハハッ」
その瞬間、こちらの銀の雷が帯電した鎌と魔物の体が反発し始め、両手に持った鎌が後ろに飛ばされそうになる。
そしてその一瞬の間で魔物はアテナの横をすり抜けて、自分が先ほど造り上げた、剣爪の突き立った有利なフィールドへと入り込んでしまった。
さらに魔物はアテナを無視して四方八方に剣爪を飛ばして、銀の雷を帯電させていき巣作りに余念もなかった。
「これはまるで…………そうだ。磁石っす」
アテナは自分の鎌についた銀の雷を、自身の竜力で吹き飛ばしながら、先ほどの反発力に思い至る。
そう。あの銀の雷は電磁石の性質を持っている。
そして極は自由自在。突き放すことも引き付ける事も出来てしまう。
「まったく……」
アテナはせっかくの獲物がまた籠ってしまった事に徒労感を覚えつつ、相手のフィールドへと乗り出すべく、再び竜力のレールを敷き始めたのであった。




