第243話 第三グループ
《真体化》したジャンヌが開いた扉の中へと入って行くと、そこにはただ真っ白な空間が広がっていた。
そして他のメンバー全員も各担当の箇所に入っていったところで、開いていた扉が勝手に閉ざされた。
すると真っ白な空間が揺らめき始め、やがて床や天井、壁に至るまで全てが真っ青でツルリとした硝子のような質感の、超広大な箱空間に切り換わっていく。
その後、床一面から海水が湧き出し始め、やがて水位三メートルほどのところで、それは止まる。
その瞬間ジャンヌの前方、百メートル先あたりに魔物が出現した。
その大きさは一見、《真体化》したジャンヌと同等の十二メートル程。
しかしそれは、現在見えている高さは──という注釈がつく。
そいつの下半身は巨木が如き太さの蛇の尾の形をしており、海水の中でさらに十二メートルほどの長い尾が渦巻いていた。
そして上半身は人と同じ形状で肌色は紺青、かなり発達した筋肉を持っていて腕は六本。さらに、その片手五本づつの指には鋭い青い爪。
顔は鯨の顔の肉をそぎ落として骨格だけにし、薄皮を張り付け直したような形状。
しかし口元には切れ味の鋭そうな、何本ものサメを思わせる青い歯が顔を覗かせ、吊り上った目は妖しく赤く光っていた。
「オオオオオオォォォン……」
「ヒヒーーーン!」
その鳴き声は大地の底から響いてくるような低音で、どこか人の恐怖心を煽るような、体にべったりとこびり付くような声だった。
ジャンヌはそれを吹き飛ばすかのように、大きく嘶き威嚇した。
だが魔物はあまり反応は見せず、ただ静かに赤い瞳でジャンヌを見ていた。
それに怪訝そうに眉間にシワを寄せたジャンヌであったが、あれが倒すべき存在であるというのは解ったので、直ぐに臨戦態勢に入った。
新しい武器。巨大な鉈を両手に出して、竜力を纏わせる。
そして試運用と牽制もかねて、威力をセーブした風と火の魔法が入り混じる斬撃を二撃放ってみる。
これをどのように対処するのかと観察していると、魔物は六本の腕を組んで余裕を見せつつ口を大きく開いた。
「オオオオオオオオオオオオオオッ!!」
それは口から、そしてさらに体全体を楽器のように震わせて、音の波動で二つの斬撃を掻き消してしまう。
「ヒヒーーーン」
力をセーブしていたとはいえ、ただ大声を出しただけで掻き消せるほど軟な攻撃でもなかった。
となれば振動による攻撃スキルを持っているのだろうと、ジャンヌは冷静に判断していく。
そうこうしている間にも、今度はこちらの番だとばかりに腕組みしていた六本の太い腕を前に突き出した。
それに何をとジャンヌが見ている中で、その掌に水が湧き出し六メートルサイズの水で形成された斧が六本現れた。
それは確かに水で出来ているのだが、握ることも斬ることも出来るであろうことは、そのリアルな質感からも伺えた。
そして魔物はその六本の水斧に気力を注ぎ込むと、水の魔力も含んで強化された斬撃を六つ放ってきた。
そこでジャンヌがしたことはといえば。
「ブルルルッ」
先ほどされたように腕を組み、仁王立ちしながら《超硬化外皮》と《魔力減退粒子》を全力で展開。
六つの斬撃は《魔力減退粒子》で水の魔力が消失していき、斬撃はジャンヌの固い皮膚に傷一つ負わせることは叶わなかった。
「フォォォォォオオオオオオォォォォン」
「ヒヒン?」
見事無傷で防いで見せたジャンヌは、ドヤ顔で怒りを煽ってやろうとしていたのだが、その思惑とは真逆の反応を見せられ「何こいつー」と首を傾げた。
なんとその魔物は自分の攻撃を容易く防がれたのにもかかわらず、まるで何年も会えなかった友人にでも再会したかのように、それは嬉しそうに口元を歪ませて笑っていたのだ。
けれどいつまでも、それを見ている必要などない。
ジャンヌは遊びは終わりだとばかりに樹魔法を発動させて、全身に植物の筋肉を纏う。
そして樹魔法で刃のような葉を持つ植物の種を成長させて、それを風魔法で大量に敵に向けて放ち、自分も空を飛んでその後を追う。
その行動にますます嬉しそうに口元を歪めた魔物は、六本のうち四本の水斧を水の球体にすると、そこから水の弾丸──というよりも水の砲弾を葉の刃の数に匹敵するほどの数を放ってきた。
そして葉の刃はどんどん打ち払われる中。
ジャンヌは水の砲弾を蹴散らし樹魔法によって底上げしたパワーと、風と火魔法の混ざった全力での鉈の二刀を縦に振り下ろして、肩を切り落とそうとした。
しかし魔物も只でそれをやらせてくれるはずもなく、水玉を再び水斧へと変えて六本の斧で受け止めんとする。
けれどジャンヌの力が勝り、片手で三本ずつ切り裂いて肩に到達した。
だが斧によって大分勢いが削がれてしまった為、刃先が少し食い込むだけに終わってしまった。
けれどこのまま下に力を込めてさらに深手を、と考えた時。
魔物がまた口を開いて、音の波動を飛ばしてきた。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
「ヒヒンッ!?」
その瞬間体を纏っていた植物の疑似筋肉繊維が、振動によってボロボロと崩れていき、体に触れていた鉈も刃こぼれしだした。
これは不味いとジャンヌはすぐに鉈を上に振り上げ、竜飛翔で後退しようとする。
けれど魔物は、そのまま片側三本ずつの太い腕を融合させて、さらに力を増した二本の腕で後退するジャンヌの腹に二撃お見舞いした。
「フォオオォォオオオ!!」
「ブル"ッ!?」
その二本の太い腕から繰り出される攻撃は、確かに大した威力だった。
けれどジャンヌの装甲を破れるほどでもなかった。
しかしその拳はジャンヌの装甲に罅を入れ、内部に的確にダメージを負わせて後方へ吹き飛ばした。
どうやら拳からは空気中に放たれるよりも、さらに強力な波動を生じさせていたようで、腕力と波動両方の混成攻撃によって打ち破ってしまったらしい。
バシャーンと海水に打ち付けられながら立ち上がり、殴られた腹部二か所を確認してみれば、自慢の装甲に大きな拳の跡がクッキリとつけられてしまっていた。
さらにリアがジャンヌのために造ってくれた二本の巨大鉈も、真ん中よりも先端寄りの一部分がかけてボロボロになってしまっていた。
「ヒヒーーーーーーーーーーーーーーンッ!!」
魔物にこちら以上の代償を払わせるべく、ジャンヌは怒号を上げながら竜角槍刃に風と火の魔力を乗せた竜角風火槍刃を飛ばした。
「オオオオオオオオォォォォォォォォオオオオオオオオォン──」
その斬撃は最初に鉈で放った物とは比べ物にならない威力で襲い掛かり、音の波動の壁を押し切って魔物の腹部を抉り取った。
盛大に青い血が吹き出し海水を染め上げるが、直ぐに水が体から湧き出し傷口を覆って止血した。
だがその瞬間ジャンヌの装甲の罅が入っている部分に向かって、針のように尖った尻尾の先端が伸びて穿とうとしてきた。
「ヒヒンッ」
ジャンヌはそれを水飛沫を上げながらサイドステップで躱しつつ、火魔法で海水を蒸発させて水蒸気で相手から視界を遮る。
闇雲に二撃目を放とうか、それとも戻ろうか魔物が迷った一瞬を見逃さず、ジャンヌは、その尻尾に左の爪を思い切り突き刺した。
けれど、ただ突き刺しただけではない。
爪の先には、ジャンヌの為に竜郎が造ってくれた物。
樹と闇の混合魔法での品種改良済みの種が挟まれていて、それを尻尾の中で樹魔法を使って急成長させた。
「──ボオ゛ッ!?」
その種は尻尾の中で肉を掻き分け螺旋状に成長していき、魔物の胴体に向かってグルグル伸びていく。
だがこの種の秘密は、それだけじゃあない。
ここからが真骨頂。竜郎が一番念入りに改良した部分は、成長力に非ず。
ジャンヌは爪先から火魔法で業火を噴出する。
「ヒヒーーン!」
「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォン!?」
この植物は異様に発火性が強く、導火線──と言うよりもガソリンに浸した布が如く尻尾内部で燃え盛る。
そして根元が燃えてもなお成長し続ける植物の先端に向かって、螺旋状に胴体へと向かって尻尾の中の肉を炭に変えながら突き進む。
その激痛と、このままでは自分の尻尾をホース代わりに、胴体内部まで焼き尽くされてしまうという焦りの中で、魔物は一つの決断を下す。
六本の腕から水を湧き出させ、全てを合わせて長大な水斧を造り出すと、それを自分の尻尾に向かって振り下ろした。
「オ゛オ゛ォ゛ッ」
「ヒヒーン……」
切れ落ちた尻尾の末端から螺旋状の植物が飛び出して、そのすぐ後から炎を吹き出す。
そしてその炎を利用して、自分のまだ残っている尻尾を焼いて止血した。
それにジャンヌは「わー。いたそー」と、ドン引きしていた。
けれど魔物は相当今のが腹に据えたようで、顔の笑みは消え憤怒の表情を浮かべていた。
魔物は長大な斧を水球に戻して、そこからさらに水を足していき、五メートル級の水の砲丸を六個造り上げる。
さらにその砲丸は一つ一つの手に、水で出来た伸び縮みする頑強な鎖に繋がれ、それをグルグル自身の周りで遠心力をつけてから、ジャンヌに向かって六個すべてを投げてきた。
「フォオオオオーーーーーーーーーーン!」
「ヒヒンッ」
ジャンヌは竜飛翔と風魔法も使って急上昇し、それを躱す。
が、水の鎖に繋がれた砲丸は六本の手に繋がったままなので、水飛沫を上げつつ直ぐに腕を振り回してジャンヌの後を追わせる。
ジャンヌはカルディナほど飛行能力が高くないので、風魔法の補助を得て何とか砲丸の嵐を潜り抜けていく。
その一撃一撃の威力だけならまだ平気なのだが、先にジャンヌの装甲を破った拳同様。
鎖を伝って強力な波動の力も有していた。
なのでまともに食らえば、また装甲に罅を入れられてしまうだろう。
「ブルルル……」
近づかなければ勝てそうだと思っていたのに、しっかりと強力な遠距離攻撃の手段まで有していることに、ジャンヌは内心舌打ちする。
そしてさらに悪い事に、こちらからも先ほどから竜角風火槍刃を放って攻撃しているのだが、でかい図体と短くなった尻尾の割に素早く動いて躱されてしまっていた。
かなり遠方からの攻撃というのも、その回避に一役買っているようだ。
このままでは時間切れどころか、決着すらつけられない。
そんな気持ちからジャンヌは、再び接近するしかないと結論付けた。
なので全力で風魔法を行使して、風を操り一気に加速。
鎖に繋がれた砲丸を全て置き去りにしたまま、魔物の後ろに回り込んで竜角風火槍刃を直接叩き込むべく突進していく。
魔物はそれに対し砲丸を引き寄せるのも、武器を生成し直すのも時間が足りないと判断し、片側三本づつの腕を融合させて太い二本の腕にして真正面に構える。
そして、そこから水を出しながら手袋のように手を覆う。
「ヒヒーーーン!」
「フォォォオオオォォオオォン──」
そんなもので止められるものかと、ジャンヌは強気に風と火を操り体の周囲に炎の竜巻を形成しながら回転も加えて勢いを増していく。
魔物も戦意は高く、受け止める気満々で太い二本の手を前に出して衝撃に備える。
「ヒッヒヒーーーーーーーーーン!!」
「ォォォォオオオオオオオーーーーーー!」
ジャンヌの巨体が炎をまき散らしながら目の前にやってきた瞬間、魔物は手から水の鎖を出しつつジャンヌを絡め取り勢いを止めようとする。
けれど鎖は炎で蒸発して脆くなってしまっているのもあって、回転を止める事も出来ずに千切れ飛んでいく。
だが魔物は諦めずに手で真剣白羽取りをするかのように角を両手で挟み込み、掌を抉られ、腕を焼き焦がしながらも波動を送ってへし折ろうとする。
一進一退。まさにそんな言葉がピッタリ嵌るほど互いに勝利を疑わず、一切の油断もなく集中し、ジャンヌは相手を貫こうと、魔物は角を破壊しようと躍起になった。
けれどそんな状態は、片方の限界によって幕を下ろすことになる。
──ピシッ。そんな音がジャンヌの角から響き渡った──その瞬間。
ジャンヌの角が、バキンッと音を立ててへし折れてしまった。
「──ッ!?」
「ォォオオオオォォン!」
ジャンヌは自慢でもあり、自身最強の武器でもある角をへし折られ、ショックで目を見開く。
それとは真逆に、魔物は角をへし折る事に成功し喜びの声を上げる。
だがその不快な喜びの声が、消えそうになったジャンヌの闘志に火を灯す。
「ヒヒーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!」
「ォォオオ゛オ゛ッ!?」
ジャンヌは角を折った事で油断していた魔物の両腕に、思い切り左右の爪をそれぞれ突き立てる。
そして両手の爪の先から、植物の種を植え付け一気に成長させる。
これは先ほど尻尾を切り取る羽目になったあの植物。
腕から螺旋を描きながら肉を抉って胴体を目指す。
ジャンヌはそこに火をつける。するとその炎もまた、先と同じ悪夢を再現し始める。
「オ゛オ゛ッオ゛オ゛ッオ゛オ゛ッーーン゛!?」
魔物は焦りながら腕を六本に戻そうとするも、中で植物に縫い付けられてしまって離れてくれない。
魔物は急いで最悪の手段を決断する。そう──切断である。
もうただ激痛を訴えかけるだけの存在を切り離すべく、右肩へ口を開けて噛みついて、その鋭利な歯で肉を引き千切り、首を振って骨を折って毟り取る。
左肩も同じように噛みついて取り去れば、何とか体内に完全に侵入されるのだけは防げた。
「フォォオオオォォォオオォン……────?」
と。そこで安心した魔物であったが、ふと。何で焦って腕をもぎ取っている間に、攻撃されなかったのだろうかと不思議に思う。
だが、その答えはすぐに解ることになる。
先ほどまでは無我夢中でまるで気が付かなかったが、自身の前方から生まれてから一度も感じたことが無いほどの、圧倒的な殺意を感じ取った。
このダンジョンで一番初めに造られて、一番初めに主として置かれ、数千の時を経てきた魔物がだ。
背筋が凍るような感覚を味わいつつ、恐る恐る魔物が横を向いていた視線をゆっくりと前に向ければ──そこには自分と同じく腕を、そして翼を無くしたジャンヌがいた。
しかし鼻の先には、先ほどへし折った物よりもずっと大きく立派な角が生え、風を纏い、樹魔法で造った植物を燃料にさらに燃え上がる火を纏い、真っ赤に光っていた。
そしてジャンヌは後ろ足二本で立って前傾姿勢を取り、たっぷり時間を使って圧縮した風を爆発させ、その身ごと飛び込んできた。
魔物は殺意の恐怖に圧倒されながらも、余力を度外視した波動を全力で周囲にまき散らしながら海水を振動で蒸発させていた。
ジャンヌはその攻撃にさらされ、体中の装甲に罅を入れる。
だが闘志は揺るがず、疾風の如く魔物の胸に巨大な角を突き刺した。
「──オ゛オ゛オ゛オ゛ッオ゛オ゛ン゛!」
「ヒ……ヒ──ヒヒーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!」
胸に突き立ったところで勢いが止まってしまったジャンヌは、それでも前へ前へと進んで頭を動かし体内をかき回していく。
魔物は死を悟ったが、それでも道連れにしてやるとばかりに、ジャンヌの装甲が一番脆くなっていた右肩に噛みついて直接波動を送る。
右肩の装甲は完全に剥がれ落ち、生身で食らったジャンヌの肩は消し飛んだ。
だがその瞬間。
勢いが止められてから直ぐに圧縮し直していた風を開放し、振り上げた尻尾から竜尾閃を後ろに向かって叩き付け、その勢いのままに魔物の胸を突き破って向こう側へと抜け出した。
「──ォ」
「ヒヒン……」
胸に穴を空けて事切れる魔物と背中を向け合いながら、同時に海水へと前のめりに倒れこんだ。
だが勝敗は、完全についたようだ。
《『レベル:50』になりました。》
《称号『フォーネリウス』を取得しました。》
《守護騎士 より 聖竜 にクラスチェンジしました。》
《スキル 竜聖剣 を取得しました。》
ジャンヌは右肩と両腕を失い、体中罅割れながら海面を揺蕩う。
やがて強制的に《幼体化》して、回復のための眠りについたのであった。




