第241話 第二グループ3
奈々が毒魔法を10レベルに上げて、腐食毒を使いこなせるようになった場合。
それだけでこの馬型の体に、拉げた楕円の顔を持つゴーレムを倒せるのかと言われれば、答えはNOである。
毒魔法だけで死に至らしめようとするには、この魔物の素材は高位すぎた。
それこそ毒魔法を16、17まで上げなければ不可能なレベルだ。
そしてそんな事は当然、リアも解っている。
では何故、倒せもしない毒魔法のレベルを上げさせているのかといえば、それは素材としての質を落とす為である。
先ほども言った通り、この魔物を形作っている鉱物は極めて高位の素材である。
なのでリアの鍛冶術でも変形と創造をするには、イメージを伝える為に、回数にして152回は槌を振らねばならない。
それも寸分違わず同じ場所に、ちゃんと真芯を捉えた一撃をだ。
しかし戦闘をこなしながらそれをするには、時間が足りない。
だがもしも高位の素材から、中位あたりの素材に質を落とす事が出来ればどうだろうか。
その解答は、毒に侵され素材としての質が落ちた状態なら、一度イメージを伝えれば変形と創造が行えると《万象解識眼》により導かれた。
だがその為には奈々が覚えるまでの時間、一人であの化け物と対峙しなければならない。
まだレベルの壁を越えていない、しかも戦闘職ですらない自分がそれをやるには、今保有している武器だけでも足りない。
なのでリアは自分の生存率を上げるために、もう一つの一手を取る。
「本当は全部、鍛冶術に使いたかったんですけど…。
しょうがないですよね」
そう言いながらリアはシステムを立ち上げて、スキル取得一覧を表示した。
そして今回選ぶのは、《集中 Lv.10》。
リアはまだ魔物が氷から完全に抜け出せていない事を確認してから、システムからSPを支払ってそれを取得した。
(私の目が正しいのなら、これでいいはず)
万象解識眼が間違っていた事など今まで一度もなかったが、それでも本当に大丈夫かと高鳴る心臓を抑えながらそれを待った。すると─。
《称号 一心傾注 を取得しました。》
「よしっ。これなら─」
そう喜びの声を上げるリアの耳に、バリンと氷が砕ける音が響いてきた。
どうやら向こうも準備ができたようだ。
だが完全に抜け出してしまう前に、鍛冶師の炎になる前の透明液状物質である所の、鍛冶炎材の入った手榴弾を当てて、ゴーレムの体に広範囲にわたって透明な液体を染み込ませた。
するといよいよ向こうはリアに顔を向け、四足歩行で真っ直ぐ突撃してきた。
それに対しリアは努めて冷静に手榴弾を五つ《アイテムボックス》から取り出し、タイミングを見計らって三つを斜め前上に並ぶよう放り、残り二つは魔物のいない後方へと二股に分けて投げた。
そして投げた手榴弾が地面に向かって落ち始めたとき、魔物はすでに二メートルほどそこまで来ていた。
このままでは轢かれて死んでしまうほどの勢いだが、リアは一番手前に投げた手榴弾をジャンプして右足で踏み込んだ。
「よっほっはっ」
投げたそれを踏む度に土板と上昇気流が巻き起こる即席空中足場が出来上がり、三つの足場を駆け上がって魔物の上を通って躱しつつ、鍛冶炎をまとった柄の長い金槌で魔物に触れて鍛冶炎材を着火させた。
すると魔物は体の三分の一ほど赤茶の炎で覆われてしまう。
けれど魔物からすれば、火がついているのに特に体に異常はない。
なのでゴーレムは、これは自分の体の耐久力が相手の攻撃に勝っているから問題ない攻撃で、暫くすれば勝手に消えるのだろうと判断した。
なので特に慌てる事もなく、後ろに回ったリアに再度突撃すべく頭とお尻の位置と、足の向きを即座に入れ替えて反転。
そのまま鍛冶炎を纏った状態で地面に着地しようとしているリアの背中を、前足で潰そうと後ろ脚を蹴って飛び込んできた。
その速さは純粋な物理職でないリアでは、絶対に躱せないほどの速さだった。
しかし、ここで先ほどの称号が生きてくる。
「はああああっ!!」
リアは本来躱せないその攻撃を、足元に落とした空中足場の手榴弾を踏み込んで、バク宙のように後ろ向きに飛んで回りながら攻撃を躱してのけた。
そしてさらに躱されてすぐに後ろ足で蹴ってきた連続攻撃も、空中足場の手榴弾を使って右横、上、左、下とまるで愛衣の空中飛びを思わせるほどの反射神経で全て躱し、さらに鍛冶術を使った金槌で鍛冶炎の灯っている部分を殴ってカウンターまでこなしてしまう。
では何故、彼女がこのような事ができているのか。
それは先に述べた称号《一心傾注》の効果と、《万象解識眼》による合わせ技の結果である。
まず一心傾注の効果は、感覚の遅延。
これは集中の極致に至ることで、まるでスローモーションの世界にでもいるかのような感覚に入ることができる。
ただ欠点としては視野が狭くなり、目の前以外の情報が入って来辛くなるというのはあるのだが……。
そして《万象解識眼》。
これで攻撃の初動さえ観てしまえば、どこにどういう風な攻撃が来るのか解る。
そこで感覚の遅延で攻撃の初動を《万象解識眼》で解析、そして回避の道筋を組み立てて実行。
こんな風にして彼女は自身の反射能力を超えた動きを見せているのだ。
さらに先ほどお見舞いした一撃。
リアはこれまで魔物を素材として扱い、イメージを送って変形と創造をもたらす為に行ってきたのだが、今回は少し趣向が違う。
現在ゴーレムを見ても打ち付けた背中の、ほんの小さな一か所の鍛冶炎が消えただけで、他に何かが変わった様な跡はない。
だがゴーレムはリアへの攻撃を中断し、足を変形させて、しきりにそこをさすって首をかしげていた。
このゴーレムの素材は極めて高度な混合鉱物である。
なのでリアの今の鍛冶術では、一撃で致命的な変形を行う事は不可能だ。
だからこそ今回は形を壊すのではなく、素材の混合比率を乱したのだ。
リアの目から見るとその鉱物は芸術品といってもいいほど、完璧な比率で混ざり合っていた。
だが完璧であるほど、少しの変化が気になってくるというもの。
リアはほんの少し、それも表面のほんの一部分だけ微妙に混合の比率を崩した。
その結果。見た目からは何でもないのに、自身の体の微妙な変化が気になって、しょうがなくなっているのだ。
この感覚を人間で例えるのなら、蚊に刺された患部が痒くてついつい触ってしまう。というものに近いのかもしれない。
そう。今回リアが行ったのは、言ってしまえば、ただの嫌がらせにすぎなかった。
「けど、こんなのでも効果は覿面ですね」
これが人間であったのなら痒みなど無視して目の前の事に集中する事もできようものだが、そこは知能のない、目の前の敵をとりあえず倒す。
そんな思考能力しかないゴーレムだ。
それでもリアが明らかにゴーレムにとって危険な存在であったのなら、また違ったのだろうが、ただ避けるだけで攻撃も大した事がない小物としか認識されていない。
なので目先の痒みに手が伸びてしまった。というわけである。
「でも、それも長くはないですよね」
しかしそれも表面を少し変えただけでしかないので、そこを削ってしまえば極めて軽微な損失だけで元通りである。
なのでリアは上手くいった事に喜びはしながらも、魔物が気になる場所を削っている間に次の仕込みを終わらせておく。
「これだけばら撒けば大丈夫ですよね」
鍛冶炎材をそこら中にばら撒き終わり、今度は巨大なハンマーを取り出した。
それは以前みせたロケットハンマーと、パイルバンカーの混合兵器の最新バージョン。
今度のそれもハンマーの打撃部の中心部から、黄金水晶の杭の先が飛び出している。
けれど今回は、その後ろ側がロケットの噴出孔のような形状になって穴が開いていた。
そしてさらに持ち手の部分も十センチ幅の、上から赤、黄、緑の色違いの部分が加わっていた。
「それじゃあ、続きと行きましょうか。
今度は私をアナタの敵だと認めさせてあげますよ」
どこか自分に対してはおざなりで、奈々やカルディナを警戒しているように見える。
それはまだ使っていないスキルがある事からも、完全に省エネ戦闘の構えを解こうとはしない事からも間違いないだろう。
ただの時間稼ぎであるのなら好都合だが、このまま囮としての役割すら果たせずに奈々の方へ行かれてしまっては意味がない。
そう心に強く問いかけ直して、リアは手に持つハンマーの色のついてない柄の部分に右手を持って、片手一本でぎゅっと握りしめた。
そして魔物が再びリアを踏み潰そうと駆け出す中で、左手に取り出した手榴弾のピンを片手で器用に抜いて前に放る。
リアはハンマーを色のついていない部分に左手を、赤い部分に右手を添えて両手に持ち替えてから、手榴弾を思い切り踏み込んだ。
するとその手榴弾は今までの空中足場に加えて、強力な上昇効果も加えたものだったので、リアは一度のジャンプで十メートルほど跳躍した。
そして先ほどまで自分がいた場所にリアが見下ろす様に視線を向ければ、前の二本足を一本へ融合。
そしてさらに後ろ部分を細くして、その分を前足に盛って質量を嵩増しした一撃で、巨大なクレーターを作り上げていた。
「あれを食らったらペチャンコですね」
自分に対して必殺の一撃を冷静に分析しながら、重力に従って落ち始めようとする体の向きを整えて、手に持つハンマーを空中で構えた。
そして右手で握っている赤い部分の持ち手を、反時計回りにカチリと一度回した。
すると打撃部の反対部分、ロケットの噴出孔のように穴が開いた部分から猛烈な勢いで炎を吹き始めた。
リアはまるでロケットに引っ張られるように下に向かって、とんでもない勢いで魔物の背中に突撃していく。
だが反応できない速度では無い為、ゴーレムは背中から山嵐のような刺を何本も纏ってリアを串刺しにしようと待ち構えていた。
しかしリアもそうなるだろう事は予想していた。
なので慌てず完璧なタイミングを見極めるために、一心傾注の称号効果を発動させて体感速度をスローに変えた。
そして棘がハンマーの先端に触れるか否かといった瞬間。
リアは左手を上にスッと動かして、緑色の柄の部分を絞るように握りこみ、横に回転させる。
するとそれに連動してハンマーの打撃部分の向きも一緒に回転し、下から横へとすっ飛んで棘の部分を回避。
さらにリアは打撃部分と連動する緑の柄の部分をハンドルのようにして操作して、棘ゾーンから抜けた先で、横向きのU字型に移動してゴーレムの真横に回り込んだ。
ゴーレムは突然方向を変えた事にも対応して、足を腹の横から真横に曲げてリアを蹴り飛ばそうとした。
だがリアは右手を下にスライドさせて、真ん中の黄色い取っ手をカチリと回した。
するとロケットの火花が散っている噴出孔から爆発音が鳴り響き、さらに急加速と威力を増したハンマーの打撃がゴーレムの足と激突。
一撃目では互いに勢いを相殺しあいイーブン。
そこでゴーレムは、もう一度蹴りつけるために足を引いた。
けれどリアはそこでさらに黄色い部分をもう一度カチリと回して、二度目の爆発加速。
引いている足に吸い込まれるようにハンマーが横向きに飛んでいき、ゴーレムに直撃。
ゴーレムは無防備にそれを受けたことにより、馬でいうと左の横腹にあたる部分をへこませながら、三メートルほど向こう側へとすっ飛んで行った。
「うん。壊れてないみたいですね。
そろそろ試作型の名前を外していいかもしれません」
リアは《万象解識眼》でちらりとハンマーの状態を確認し、技術や素材の進歩によって、中身を補充すれば何度も使えそうだと確信した。
そんな事をしている間にゴーレムは既に立ち上がり、リアの真横にやってきて足を振り上げていた。
だがリアはここでも慌てず、何を思ったのかタップダンスでもするかの様に、右足と左足で地面をトトンッと打ち鳴らした。
すると魔法にでもかかったが如く、ゴーレムの重心を載せていた部分に落とし穴が生まれ、さらに下から飛び出した土に前半分を後ろに向かって押し出され、ぽっかり空いた穴に落ちていく。
実はリアが事前に方々に散らしていた鍛冶炎材は、土魔法の混じった特殊鍛冶炎材。
作るのに多少手間はかかるが、地面に付着すればどんどん染み込んでいき、手榴弾一個分を落とせば人がスッポリ埋まるほどの深さまで侵食する。
そしてさらに靴の踵部分に仕込んだ仕込みハンマーで、鍛冶炎を着火。
二撃目で変形と創造をこなして、地面を好き勝手に形づけたのだ。
「まだまだ私の番ですよっ」
そして穴から出てこられる前に、アイテムボックスからロケットランチャーを出して撃って撃って撃ちまくる。
そんな爆発の嵐の中で、何とかゴーレムはリアに対して向こう側の穴に出て距離を取ってきた。
そして新たに土魔法系統のスキルを発動させて、体から土を排出。
それにどんどんゴーレムは埋もれていき、数秒後には一個の土の山が出来上がった。
「どうやら私に夢中になってきてくれたみたいですね。
嬉しいですよ。あともう少し相手をしてください」
その土山はすぐに形を変えて、先ほどのゴーレムをそのまま拡大したかのような形状の、土の巨大ゴーレムがそこに佇んでいた。
「でもちょっと弾が尽きてきたので、早くしてくださいね。ナナ……」
頬を流れる汗を感じながら、リアは十五メートルはある巨大化したゴーレムへと向かって行った。
一方。
リアが孤軍奮闘している姿を最初こそ横目に見ていた奈々であったが、今まで見せた事もないような動きと共に、しっかりと囮役を務めている事に安堵し、ゴーレムの事は頭から追い出して自分のやるべき事に集中していく。
だが単純に毒魔法レベルを上げろと言われた奈々であるが、そんなに簡単にレベルが上がるのなら、とっくに上げている。
それにプラスして、まず鉱物を毒にかけるということ自体が想像できないので、イメージの産物である魔法にとってそれは痛手となっていた。
「そもそも鉱物は毒にかかっても苦しまないですし、血も臓腑もないですのにどうやったら出来るんですの?」
リアから送られてきた、そこの魔物ではなく、以前倒した岩山型のゴーレムの破片を手に持って様々な毒を浴びせていく。
けれど、ウンともスンともいわない。
そんな風にしている間にも時間はどんどん過ぎていき、焦りも加わってさらにドツボに嵌ってしまう。
そんな時、リアがちょうど地面に大穴を開けて落とし、その穴へと火器を盛大にぶちまけているのが見えた。
「性格に反して派手な戦い方ですの。
それに、あんなに簡単に地面の形を変えてしま……変える…………」
そこで奈々は小さく何かが引っ掛かった。
「そもそも毒とは、なんなんですの?」
奈々にとって毒とは、生物の体を破壊するモノ。
あるいは変調を促して弱体化させるツール。
「となると、ゴーレムにとっての毒とは……」
鉱物にとっての破壊とは砕ける、ということだろう。
では打撃以外の要因での壊れる原因はなんだろう?
「構造的に脆くなって自壊する?」
ではなぜ脆くなるのか。
それは元の性質が劣化、もしくは外的要因によって別の物質に変化してしまうから?
「変化……それはまるで…………」
そう。まるでリアが、いつも素材相手にやっている様に、素材に別の物質を混ぜて強化を行う──その真逆だ。
もしかして鉱物相手にウイルスをばら撒くようなイメージではなく、自分の毒を付着させることで別の物質に変化させ、強化ではなく弱体化させる。
それが金属や鉱物における、毒なのではないだろうか。
「別の物へと……」
だが奈々は金属や鉱物を見ても、それにどんなものを混ぜれば劣化するのか。
そんな事は解らない。
「けれど魔法とはイメージの産物ですの─ならっ」
奈々は手に握った岩山ゴーレムの破片に、今までとは違ったイメージで毒を浴びせていく。
だがそれでも中々変化は見られない。
けれど奈々にはこれが正解であると疑わず、リアが言ったのだからできるはず。
そんな友を丸ごと信じぬき、決して出来ぬと微塵も思わずイメージし続けた。
そして────。
《スキル 毒魔法 Lv.10 を取得しました。》
《称号『毒を修めし者』を取得しました。》
これで毒魔法のレベルは上がった。けれど、まだ手に持った鉱物は変化が見られない。
だが全ての条件が整った。
それから三十秒ほど経っただろうか。徐々に奈々の毒魔法が精度を増していき、鉱物は、その色を変えていく。
そして外側の表面がボロッっと崩れた。
「──出来たですの」
そういいながら軽く手に持った鉱物に力を入れて握りしめると、脆い砂の塊のようにグシャリと潰れて地面に零れ落ちたのであった。
《『レベル:50』になりました。》
《獣術家 より 邪竜 にクラスチェンジしました。》
《スキル 鉱石化の息吹 Lv.3 を取得しました。》
「反撃開始ですの──」
次回、第242話は5月24日(水)更新です。




