第233話 いったい何レベル?
いきなり難易度が爆上げされたのはダンジョンが、それぞれの階層の調整をミスしたせいだ。
そんな考えの元、竜郎達は十二日間という長いインターバルを取ることにした。
その空いた時間の中で各々が有意義に過ごし、今後のダンジョン攻略に向けて英気を養っていった。
そうして決められた期日を過ぎ、もし間違っていたのなら、もういいはずだろうと竜郎たちは次のステージへと歩みを進めていった。
結果として、難易度は変わらなかった。
というよりも、むしろ深く潜って行くにつれて道中の熾烈さは増していく始末。
そして極め付けは、レベル8のダンジョンならボスに到達していなければおかしい三十四層を越えてしまった事。
ここで竜郎たちは、ダンジョンが難易度を間違えてしまったのではなく。
自分たちが一レベルしか上がっていないと、そう思い込んでいただけだったのではないか。
そんな疑念を抱えつつ、次に行けばボス部屋に、次に行けばボス部屋にと半ばムキになりながら突破していく。
そして時はさらにさらに過ぎていき、レベル9のダンジョンの最深階層に当たる三十九階層をも超えてしまい……。
現在、竜郎達は四十二層目の、次へ進むポイントの前までやってきていた。
その層は足場が川と泥濘の密林で、何処までも高く続く分厚い木々と植物で上空を遮られ薄暗く、空からの攻略もさせて貰えなかった。
そんな中で強力な魔物と何度も交戦を繰り返し、罠を回避し時には打ち砕き──と突き進んできた。
その為レベル7のダンジョンの時は常に身綺麗だった竜郎達も、泥や魔物の体液で体中汚れて余裕がなくなっていた。
「一体、このダンジョンは何レベルなんだ。どこまで進めばいいんだよ…」
次の階層へ渡るポイントの周りには基本的に魔物などは現れないらしく、そこだけが唯一の休息場と化していた。
そんな休息場に警戒はしつつも尻餅をついて座り込むなり、竜郎は思わず愚痴をこぼしてしまった。
「もう回復薬も、最初に拾った時の半分を過ぎちゃったね…」
愛衣が先ほど飲んで空になったフラスコを、竜郎の《無限アイテムフィールド》に送りつつそう口にした。
道中回復系の薬を拾う事が何度かあったにもかかわらず、急な連戦などに対処するために惜しみなく使った結果。保有数が目に見えて減ってきていたのだ。
そしてこれが無ければ竜郎達ですら、ここまで来ることは出来なかったであろうし、攻略を続けようとも思わなかっただろう。
「これが後半分を切ったら、さすがに危ないですね。
ここまで来て勿体ないですが、撤退を視野に入れる時期かもしれません」
「だろうな。………………という事で、後一層。
ここを抜けた先もボス部屋に繋がっていなさそうなら、帰還石を使って帰ろうと思うんだが、皆はどうだろう?」
「私は賛成。さすがにもう厳しいよお…」
「私もです。確かに見たことも無い素材や珍しい物ばかりのここは、とても魅力的ではありますが……」
カルディナ達も異存はなかった。
基本竜郎の言葉に異を唱える事は無いが、それ以上に終りの解らない厳しい環境の中で次こそは最後だ。次こそは──。
そんな期待を何度も砕かれながら、この環境を進んできた人間組の心がすり減ってきてしまっている事が、何より心配だったからだ。
「ん。それじゃあ決まりだな」
「ふぅ……。じゃあ、まずはここで休憩してこー!」
ようやく区切りを決めたことで竜郎や愛衣、リアの心も幾分、余裕が出来た。
そんな様子を間近で見ていたカルディナ達は、胸を撫で下ろしたのだった。
それから一人づつ簡易用シャワールームで身支度を整え、一泊して完全回復した後。
次の四十三層目へと飛び込んでいった。
四十三層目にたどり着いて直ぐ、手慣れた風に辺りを解魔法で探っていく。
そうして敵性の存在が感知されなかった事を念入りに確認してから、竜郎は複属性魔法の結界を解いた。
「なんだろここ。扉が5つ?」
その場所には、愛衣が口にした通り5つの扉が存在しており、正面には全長三十メートルはある巨大な扉。
左手には十メートルの大きな扉が二つ。
右手にも同じ大きさの扉が二つ
と、ちょうど扉に囲まれるように位置づけられた場所に、竜郎達は立っていた。
そして巨大な扉と大きな扉の大きさ以外の違いはと言えば、正面の扉だけに横八メートル、縦六メートルのこれまた巨大な五角形の南京錠がぶら下がって鍵がかけられていた。
「前の扉だけに鍵が掛かってるって事は、左右の扉の中に先に入れって事だろうな」
〔はーい。そうですよー〕
「「「「「──っダンジョン!?」」」」」「ピィッ!?」「ヒヒン!?」
〔どもどもー。お久しぶりですねー皆さーん。
話すのはレベルアップ以来でしょうかー〕
お隣さんが作りすぎた煮物を持ってくるくらいの気軽さで、突然ダンジョンに話しかけられ、竜郎達が驚き固まってしまった。
だが直ぐに正気を取り戻し、もし次に出会う事があったのなら聞こうと決めていたことを、竜郎が代表して問いかけた。
「確かに話すのはレベルアップ以来なのは間違いない。
そこで質問したいんだが、一体今お前は何レベルのダンジョンなんだ?」
〔あー。やっぱり気になっちゃいますー?〕
「当たり前だよ!
どこまで潜れば終わりが来るのかも解んないから、きつかったんだから!」
〔いやあ。見てましたよー。
どんどん心をすり減らしていくのが──快感でしたー!〕
「レベルが上がっても悪趣味なのは変わんないんすね」
〔そりゃあ、そうですよー。
こちらはレベルが上がっただけで、存在自体が変わったわけじゃないんですからねー。
それでも最初に何層目か教えて差し上げたじゃないですかー。
あれもダンジョンとしては、あまり褒められた行動じゃなかったんですよー?〕
「まあ、そこはもういいとして。それで、一体あなたは何レベルになったんですか?」
話が脱線し始めてしまったので、リアが焦れてダンジョンを急かしにかかった。
するとダンジョンは、こともなげにこう言い放った。
〔今こちらのダンジョンは、レベル10となっていまーす!〕
「レベル9の最大層数を超えた時点で、それ以上だとは思っていたが……。
レベル10か……」
「一気に三レベルも上がったんですの?」
〔はいー。結構レベルが上がらないように我慢していたんですけどねー。
けどその為に新しく造ったボスの子がー、レベル7の規格に合わない子として出てきちゃいましてー。
でももう配置しちゃいましたしー。
どうやらそっちに合わせる形で、無理やり10まで引き上げられてしまったという理由もあるんですよー。
いやー。竜種の魔物の製造は、もっと慎重にやるべきでしたよーはいー〕
その言葉に、竜郎達は以前。この層に入る直前に、初めてビヴァリー達のパーティに会った時に聞いた話を思いだしていた。
四種類のボスが前々から確認されていた所に、一種類。竜種の魔物が発見されたと言っていた事を。
「どうやら前に聞いた竜種のボスってのが、その規格外のボスってことか。
そりゃあ、いつも通り7のレベルのボスを狩りに来たところで、いきなりレベル10のダンジョンのボスが出てきたら逃げるわな」
「命からがら逃げてきた。とか言ってたもんねー」
愛衣にとっても印象的な話だったので、その時のことを詳しく思いだせていた。
「それでまた出てきたって事は、また、あたしらに何かをさせようって事っすよね」
〔はいー。勿論ですよー。
ダンジョンと人間はそう易々とコンタクトを取ったりは、しないものですからねー。
特殊な状況以外で話しかける事なんて、まずありませーん〕
「そう言う割には結構、話している気がしますの」
〔ですねー。私も一つのパーティと、こんなに何回も話したのなんて初めてですよー〕
「それじゃあ、そろそろ俺達が何を此処ですればいいか教えてくれないか?」
〔おっと、忘れてましたー〕
「忘れないで下さいよ…」
そんな事だから調整を間違えたんじゃないかと疑ってしまったのだと、リア以外の面々もジト目で虚空を見つめた。
それを見ていたダンジョンは誤魔化す様に今回、竜郎達がこなさなければならない事を伝えてきた。
〔まず初めに。ここを抜ければ、後はボスへの挑戦だけとなっていまーす。
ここまでお疲れ様でしたー〕
「まだ終わってないけどな」
〔はいー。まだメインディッシュ一歩手前ですからねー。
そこであなた方挑戦者には、前ボスたちを弔って貰いまーす〕
「弔う? お線香でもあげて、手を合わせればいいの?」
愛衣の頭の中で見たことも無い前ボス四つのお墓に、手を合わせる竜郎や自分の姿を思い浮かべて眉を顰めた。
〔いえいえ。違いますよー。
ここでの弔いとは、最後の務めを全うさせてあげて欲しいという事ですー。
今回レベルが上がった事により、その子達の役目は終わりを告げましたー。
ですから、最後に戦った末に散らしてほしいんですよー。
ちなみに、これはレベルが上がった全ダンジョン共通で行われる儀式みたいなものでしてー。
ボス前に辿り着いた挑戦者の誰かがここを越さない限り、何人もボスの顔を拝む事は出来ませんのであしからずー〕
「レベルアップしたてのダンジョンならではの、イベントって事か」
「しかも誰かが一度でも越えたら、二度と挑戦できないイベントでもあるって事ですよね。
それは今までみたいに、何か報酬などはあるんですか?」
〔こちらからは特に、そう言ったものを差し上げることはありませんがー……。
しいて言うのなら、倒した魔物の魂でしょうかー〕
「たましい? ……なんだか呪いみたいですの。
そんなものを受け取って、本当に大丈夫なんですの?」
〔そんなオドロオドロしい物じゃないですから、大丈夫ですよー。
自分を倒した存在の糧となると言った所でしょうかー。
こんな状況じゃなきゃ絶対、手に入れられない物ですしー。
貰っておいて損は無いはずですよー〕
「糧になるっすか。それはちょっと興味出てきたっす」
制限された状況とはいえ、以前巨人種のミロウシュに負けてからというもの、アテナはより強さに貪欲になっていた。
そしてそんなアテナだからこそ、真っ先に武術系スキルに魔法系スキルを混ぜるという発想に思い至ったと言っても過言ではないのだ。
だからこそ仮にもレベル7のダンジョンの長をしていた存在。
それを飲み込めるという千載一遇の状況に、アテナの闘志はちょっとどころか盛大に燃え盛り始めた。
「それじゃあ俺達は、その四体と戦っていって勝てばいいと。
だが態々ダンジョンが出てきたって事は、他にも説明が必要な何かがあると思っていいんだよな?」
〔ええ。殺し合うのには変わりはありませんが、今回も少しルールがありまーす。
まず解りやすい物から説明させて頂きますとー、今回は30分という時間制限がありまーす〕
「相手の強さが解んないから、長いのか短いのか判断できないね」
「そうですね。でも、このメンバーで一気に当たれば三十分くらいなら─」
大丈夫なのでは? というリアの言葉を遮って、ダンジョンがルールを付け足してきた。
〔いえいえ。誰が全員で一体をタコ殴りに出来ると言いましたー?
三十分で四体全てを倒して貰います。
そして四つの扉を開けられるのは同時で、閉じる時も同時です。
どこか一つでも中で戦闘が始まれば、終わるまで開きません。
この意味は、お解りになられますかー?〕
「……つまり。戦力を四分割して、同時に戦闘開始。
その上で三十分以内に倒して、ここに戻ってこいと。そういう事か?」
〔そのとーりでーす! 理解が早くて助かりますー。
ああそれと、もう一つ。
その四体の子達はボスをやってた時より強化されてますので、気を付けてくださいねー〕
「強化っすか。でもその分、こっちの糧になる量は?」
〔増えますねー〕
「そうっすか」
なら異存はないとばかりに、アテナはやる気を漲らせて頷いた。
そんな姿を横目にしながら、さてどうするかと竜郎は思案していく。
「それは一度戦いが始まった場合。帰還石での脱出は可能か?」
〔可能ですよー〕
「なら、いざという時は安心だね」
「ああ。だったら受けてみるっていうのは、決めてもいいだろうな。
となると、あとはどういう風にチーム分けしていくかだが…。
なあダンジョン、別に挑戦は急がなくていいんだろ?」
〔はい。扉を開けなければ、いつまでもここにいてもかまいませんよー〕
「よし。なら一旦整理するためにも、ここまでで成長した全員のステータスを確認して、それからどういうチーム分けをするか考えていこう」
「はーい」「ピィーイ」「ヒヒーン」「解ったですの」「はい」「了解っす~」
そうして竜郎達は、各々のステータスを公開していくのであった。




