第22話 謎植物と念話
ドラゴンの目撃やコウモリの襲撃からさらに時間が経ち、今は三回目の見張りを終えた竜郎がスヤスヤと眠っていた。
一方愛衣は、石の上で胡坐をかいて、気力を一部分だけに発生させる訓練をしつつ、月をチラチラと気にしていた。
「ん~こないなぁ」
そう愚痴る愛衣は一旦作業を止め、後ろに手をついて空を仰いだ。
(私もドラゴン見たかったなぁ、また来ないかなぁ)
二回目の見張りの交代の時に、あまりにも大仰にドラゴンについて語る竜郎を見て、自分も見たくなってしまったのだ。
しかし、この世界にドラゴンが存在することは確かだが、そうポコジャカ出てくるような相手でもない。結果、愛衣は空しく空を見つめているだけだった。
「はあ……」
そのことに薄々勘付いていた愛衣はため息を一つ吐き、また気力の訓練を再開した。
それからしばらくたった後ガサガサと川向こうの茂みから音がし、警戒をしながら注視していると、細長い何かがピョンピョンと跳ねるように水柱を立てながら、水面に複数飛び込んでいくのが見えた。
(あれは……ヒマワリに似てないことも無いけど────なにアレ?)
そいつらは全長二メートル有るか無いかで、ヒマワリに似た赤い花を咲かし、その下からは太い茎と、そこから腕の様に伸びた蔓と手のように生えた葉っぱ、足の様に二股に分かれた太い根っこが生えていた。
じっとしていれば色違いのヒマワリでギリギリ通りそうなものなのに、その葉と根の手足を器用に使って平泳ぎをして川の中央までやってきていた。
その様を不気味なものを見る目で、愛衣は観察を続けた。
やがて、全七体の個体が川の中央に集まると、前一列に整列しだした。それが終わると、突然ビシッと蔓を水平に伸ばして動きが一旦止まり、雰囲気が変わった。
(────何をする気なの)
固唾を飲んで愛衣が見守るなか、動かずにジッとする謎ヒマワリたちの腕が一斉にくねくねと動きだし、やがてそれは茎、根と伝っていくように、全身を使ってくねくねしだした。
それを何秒か続けると、いたるところをくねらせた謎ダンスを披露し始めた。
(なんじゃそりゃっ)
体をガクッとさせながら、心の中でツッコミを入れている間にも、動きが激しさを増していく。
フォーメーションを直線一列からの円形にしたり、菱形からの三角形と、実に連携のとれた動きで変えていき、バレリーナのようにクルクル回ったり、足を垂直にして飛んだりと、ある意味見世物としては面白くなってきた。
愛衣も不気味なものを見る目からダンスを楽しむ目に変わり、もしこのまま終わったらスタンディングオベーションをかます勢いで、身を乗り出して観客とかした。
(すごい、すごいっ。おおっ、今度はシンクロみたいっ)
水面から顔を出し、それぞれ交差するようにクロールしながらすれ違い、根っこだけ水面から直角に出して、片足?だけをくの字に曲げ、沈んでからの垂直跳び。
そんなサーカスにいたら大人気になりそうな多芸を見せつけると、いよいよクライマックスへと向かっていく。
全員が水面から顔をだし、回りながら七体で綺麗な円形を取っていき、やがて一体が真ん中へと入っていく。
そして今までの流麗な動きが嘘のような激しいダンスを踊り、水飛沫を上げた。
その動きはまさに、生命の力強さ、生きることの難しさ、そして存在していることへの喜び。そんなものを訴えかけてきたと後に愛衣は語る。
そうしている間に、段々と花の部分が月明かりを吸収するように光を帯びていき、目を細めるほどの輝きを放ちはじめた時、ピタッと動きを止め、蔓を大空へと広げポーズを決めた──その瞬間、パンッと花の部分が弾け飛び、何かが一斉に辺りに広がり、風に乗ってフワフワと森全体へと広がっていった。
そして花を無くした他の部分は水に崩れ落ち、土左衛門のように蔓と根っこを広げ、ピクリとも動かず川の流れのままに下流へ攫われていった。
(なんてシュールな絵面なんだろう……)
そんな気持ちのままに土左衛門を死んだ魚の目で見送っていると、頬に何かが当たった。
なんだろうとそれを掴みとると、それはタンポポの綿のような、植物の種子だった。
(そうか、これを飛ばすために散っていったんだね……)
指でつまんだ種子を手の平に乗せて、風に攫わせる。それはすぐに愛衣の手から離れ、木々が生い茂る方へと旅立っていった。
愛衣は哀愁を帯びた表情でそれを眺めた後、空を見上げ呟いた。
「ドラゴン来ないかなぁ……」
──と。
日が水平線上から立ち上り、辺りをその光で照らしていく。そんな光景を竜郎は見つめながら、異世界三日目の朝が来たことを実感した。
それから愛衣を起こし、二人で最後のおにぎりを分け、そこの川で捕まえ《アイテムボックス》で綺麗な切り身に分解して火を通し、焼き魚をおかずに食べた。
「あと少しで町に続く道が見えてくる。残りも頑張っていこう」
「んーっようやく終わりが見えてきたって感じだね。あーはやくベッドで眠りたーい!」
「同感だ。そのためにも早速出発だ!」
「おー!」
ようやく終わりが見えてきたことでモチベーションも上がり、意気揚々と二人は歩き出した。
「なあ、愛衣は俺の魔法で何かやってほしいこととかあるか?」
「どったの急に?」
竜郎は隣で歩く愛衣に何気なくそんなことを聞いていた。
「んーとりあえず、一番やりたかったレーザーも何とか形になってきたし、他の魔法をどう使っていこうかと思ってな」
「やってほしいことねえ、たつろーには何かないの?」
「いくつか案はあるんだが、新しい属性をどの順番で取っていこうか迷ったから、他の人の意見をば、と」
「適当に全部とってみて──ってのは駄目だったね」
新しい属性は、取得が後になればなるほど取りにくくなっていく。そんな中で適当に考えて取ってしまうと、いざアレを高レベルで使用したいと思った時、絶望的なSPを要求されることになりかねない。
だからこそ、何かで代用できるものは、できるだけ後回しにしておきたいと竜郎は考えていた。
「使ってみなきゃちゃんとは解んないんだし、何がどのレベルで、どんなことができるのか、そういう情報を町で集めてから改めて決めるって手もあるんじゃない?」
「ああっ、そうか! 別に焦らなくてもSPがなくなるわけじゃないし。
サンキュー、そうすることにする」
「お役にたてて光栄ですわ」
「うむ、大儀である。ってなんだこれ」
とりあえずの方針が決まり、肩の荷を下した竜郎は、もう一つ気になっていたことを確認することにした。
「愛衣も《響きあう存在》って称号持ってるだろ?」
「もちろん。たつろーと一緒にね」
ふふふと嬉しそうに竜郎に笑いかけた。それがなんだか可愛くて、思わず愛衣の頭を撫でながら、本題に移る。
「念話が使えるということみたいだけど、試しにどんなもんかやってみないか」
「いーよ。それにしても、たつろー限定のテレパシー。なんか特別って感じ!」
「感じじゃなくて、実際特別だろ」
「え、今なんとっ? 後生やー後生やからもう一回言ってくんなましー」
そう言ってしな垂れかかってくる愛衣に照れてしまった竜郎は、ここで念話を使って有耶無耶にする作戦に出た。
『あーあー聞こえますか―』
「びゃっ!?」
『びゃってなんじゃい』
「いや、驚いちゃって~、えーとこうかな?」『たつろーたつろー届いてる?』
『────確かにいきなり来ると、びゃってなるな』
『でしょー、なんかびゃって感じがするもん』
そこで竜郎はびゃっという表現を、何かに当てはめられないか考え、ひとつ似たような感覚を思い出した。
『例えるなら後頭部をいきなり擽られるような、絶妙に擽ったいと、擽ったくないの狭間? って感じか?』
『それや、工藤!』
「いや工藤ちゃうがな。んー使った感じ特に疲れたりとかないよな?」
「うん、全然だいじょーぶ!」
ふんすっといった風に、愛衣は両肘を腰の辺りで引いて大丈夫アピールをしてきた。竜郎は自分も特に疲れがないのを確認し、かなり便利な能力が入ったと満足げに笑った。
「後はどれくらいの距離で有効なのかだが、それは今はいいか。
町に行ったときに愛衣が迷子になったら使ってみよう」
「迷子になんてなりませんー。そういえばこれとかって、日本に帰ってからでもできるのかな」
「……いや、どうだろ? そもそもが、どういう仕組みで成り立っているのかさえ定かじゃないし、何とも言えんな」
「そうだよね。けど、日本かーなんかすでに懐かしいとすら思える言葉になってきたね」
「まだこっちに来て数日だが、中身が濃すぎたな」
そうして二人は、この数日であったことを頭の中に思い浮かべていった。
その光景は、たったこれだけの期間でよくもまあこんなに……と言うほど、イベントたっぷりでお送りされていた。
「……もう数か月はこっちにいる気さえするね」
「だなあ。まあ、こんな体験できるやつなんてそういないんだろうし、どうせだから楽しんでいこう」
「うん!」
そうして頷き合うと、二人で手を取り合って町へと向かって突き進んでいった。