第227話 しぶとい魔物達
ここまで近づいてくると、小さな魔物の正体も見えてきた。
それは蚊にそっくりな、十センチの虫の魔物。
ただの蚊でもそれだけ大量にいれば脅威だというのに、それが強く巨大なモノであればさらに厄介なことになる。
竜郎は霧の中に入ってしまう前に、その異様な光景に背中が粟立つのを感じつつ、カルディナ達と協力して魔法の準備に取り掛かる。
今回は火、土、風、毒、雷、光、闇の混合魔法で、火、風、毒、雷を光でブーストし、闇魔法で土をより固くした刃を混ぜ込んだ竜巻。
それをこちらに気が付いて、群れで一斉に襲い掛かってきた巨大蚊の霧に撃ち放った。
そして最近の技術や研究の発展によって開発された、よりコンパクトに、より強力に爆発と火炎と雷撃をまき散らす新型手榴弾。
リアはその新型手榴弾を竜巻の後を追う様にスタッフスリングで、魔物に向かって適当に放りこんでいった。
「やっぱり強いな。
今までなら竜巻に吸い込まれた瞬間、形すら残らず消えてっただろうに」
「ですね。私の手榴弾もソコソコ強化できたはずなのに、爆心地の間近にいる魔物以外は平然としてますよ」
以前よりも装備品も強化された上に、竜郎とカルディナ達の五人がかりでの混合魔法でもあるというのに、その中で数秒生き続ける程タフになっていた。
そしてさらに、その中でも特に強い個体は自力で這いだし、重傷を負いながらも竜郎達に三百匹ほど襲い掛かってきた。
「結構こっちに来るよっ。どうする?」
「相手は手負いだが、あの吸血針は危険そうだな。
こっちに近づかれる前に───何だ?」
「なんか、足場が斜めになってきてないっすか?」
そうして全員が下を見ると、そんな様子は一切なかった水平な筏と水面が進行方向に十度ほど傾いていた。
そしてその傾きは急激に増していき、二秒後には傾斜八十度の滝になってしまった。
「おわっ!?」「たつろっ!」「ピィッ!」「ヒヒーーン!」「こっちですの!」「ひゃいっ!?」「おっとと」
足場が水平から突然八十度の急斜面になったら、その上に乗っている人間はどうなるか。
まず竜郎たちは足場を外され、水面に添って下に突き進んでいく筏を眼下に収めた。
そしてこのままでは、どこまで続くかも解らない底へ向かって真っ逆さまだ。
なので愛衣はまず放り出された竜郎を棒術の気獣技の猿の巨腕を二本だして片方の手で掴みとると、もう片方で《真体化》してこちらに手を伸ばすジャンヌの指先を掴んで一気にそちらに手繰り寄せた。
そして他に飛べないリアとアテナは、それぞれ《真体化》した奈々とカルディナが確保した。
これで問題は終わりかと思えば、勿論そんな事は無く……。
こちらがそんな状況だというのに、十センチの蚊の魔物の大軍が直ぐ目の前にまで迫ってきていた。
「皆! 筏を見失わないように下に向かいつつ、魔物を倒してくれ!
もしかしたら筏を見失うと、出口が解らなくなるかもしれない!」
水の流れがあればそちらに向かって行けばいいのだが、ここは本当に目印の無い水面だ。
筏を見失ったら、方角すら見失いかねない。
「それは美味しくないねぇ。
そんじゃあ魔物は私とたつろーがやるから、ジャンヌちゃんは筏を見る方を優先して、その余力で戦ってくれる?」
「ヒヒーーン!」
そうして筏の追跡はジャンヌに任せ、ジャンヌの大きな手の平から背中に移動した竜郎と愛衣は、魔物に接近される前にレーザーと鞭で的確に始末していく。
奈々とリアもこちらに合流し、魔物討伐に加わっていく。
そしてカルディナとその背に乗ったアテナは、合流しないで竜郎達とは逆サイドに回って撃破していく。
急斜面に添う様に筏を追って行きつつ、ようやく全てを殲滅させ終えれば角度も段々と水平に戻っていった。
その途中で本当はニ、三匹確保しようと思っていたのだが、思っていた以上にタフで殺さなければ動きは止められそうになかったのもあって、それは叶わなかった。
そうして筏の上に全員が揃って着陸した。
「ふう……。やっと一心地──」
「ピュィー!」
「───付けそうにないな…」
「また魔物?」
「ああ、すぐ来るから盾を張ってくれ。こっちに突っ込んでくるぞ」
竜郎とカルディナの水中探査に平たく、三十センチから一メートルの魔物が筏の四方八方を取り囲んで、何百匹ものが物凄い勢いで向かって来る反応があった。
なので愛衣が気力の盾をドーム状に張っていると、水面からまっすぐこちらに飛び魚の様に跳ねて突撃してきた。
「剣みたいな形をした……お魚ですの?」
「食いではなさそうだけどね」
「食料よりも、むしろ武器になりそうだ」
そういう竜郎達の目には黒い気力の盾に阻まれ、筏の上でピチピチ跳ねる鱗の生えた切れ味鋭そうな剣が写った。
そしてそれは秒ごとに増えていき、筏いっぱいに乗り上げて水の中へと筏が沈みそうになってしまう。
「このままだとまずいですね。
はやく落とさないと、完全に筏が水没してしまいます」
「だな。それじゃあ、今回はこんな感じでいこう。まずはジャンヌには──」
竜郎は口頭で手早く魔法の概要をカルディナ達に伝えると、さっそくそれに取り掛かる。
「という事で愛衣は、この盾をドーム型じゃなくて煙突型にしてくれ」
「あいあいさー!」
愛衣の了承の声と共に形が変化していき、高さ十メートル程の何枚もの盾の気力で造られた煙突型に変形した。
それを見届けてから竜郎は、カルディナと一緒に土と闇の混合魔法で漏斗のような形の軽くて頑丈な代物をその煙突に乗せた。
それから火と光の混合魔法の魔力を土魔法で造った漏斗に混ぜ込んで、それが真っ赤になるほど熱していく。
それができたら今度は、ジャンヌと一緒に風魔法を光でブーストし、盾の煙突の周囲に竜巻を起こして筏の上に乗っている剣魚を浮かせ、土魔法で造った漏斗に乗せていく。
すると高温に熱せられた漏斗の上に乗っていく剣魚達はドロドロに溶け始め、管を伝って竜郎達のいる盾の煙突の中に落ちてくる。
そこで竜郎はまた土と闇魔法で造ったバスタブの様な容器を用意して、そこへ真っ赤に染まった元魔物の液体がある程度溜まるのを待った。
そして溜まったら、氷魔法を光魔法でブーストして急速冷凍する。
そうして固まった灰色に黒っぽい不純物が混ざった金属の様な塊を、《無限アイテムフィールド》にしまいこんでいった。
これにより次々と魔物は剣を鋳潰す様にして、竜郎の《無限アイテムフィールド》にしまわれていき、その数を減らす。
そしてそれと共に、筏も元の高さまで浮上し沈没の危機を脱した。
「その魔物の素材は何か使えるのかな?」
「さあ? でも見た感じ体の周りは金属みたいだし、後で成分抽出を使って内臓と魔石と金属を分ければ何かしらには使えるだろ───と」
「どうしたんですの? おとーさま」
「いや。上で溶けない奴がいるから何かと思って調べたら、水魔法系のスキルで体から水を出して温度を下げてるみたいだ」
「それはほっといても大丈夫なんすか?」
「ああ。そのスキルが、高レベルで使えるやつだけが残ってる状態だからな。
ほっといても数的に沈みはしないだろうし、あっちの魔力が先に尽きて他のと同じ運命を辿るだろ」
そう判断した竜郎は気にせず大量の剣魚を鋳潰していると、また筏が進行方向に向かって傾き始めた。
それに皆が飛ぶ準備をし始めたのだが、今回は傾斜三十度ほどで収まったので立っていられない程ではなかった。
「今回は大丈夫そうだ──っ!?
とんでもなくデカイのが下から来るぞ!」
「え、デカイの?」
竜郎が反応を察知してから数秒後、巨体に見合わぬ素早い速度で筏に近接すると、十メートルはありそうな巨大な剣の形をした腕を二本持った、エイのような平たい形で15メートルの巨体を持つ魔物が現れた。
そしてそれと同時に二本の腕の巨剣をクロスしてから、ハサミの様に筏の上に乗る竜郎達を切り裂こうとした。
「ぐっ──。こいつ結構力が強いよ!
今ので私の盾に罅が入っちゃった」
今もなお続く剣魚達の突撃ではびくともしなかった愛衣の気力の盾を、この巨大な魔物は一度の挟撃で罅を入れて見せた。
だがその罅も愛衣が直ぐに修復したので、問題は無いかと思われた。
けれど今の攻撃は、この魔物にとってほんの挨拶でしかなかったようだ。
エイ型の魔物は腕に気力を込め始め、何らかの斬撃系統のスキルを撃ち放とうとしていた。
それは竜郎の精霊眼からみても、かなりの威力を秘めていることが窺えた。
そしてさらに追い打ちは続く。
なんと竜郎達の乗っていた筏が前後にガタガタと揺れたかと思えば、そのままの状態で回転を始めた。
おかげで遠心力で飛ばされないように、足を踏ん張りバランスを取る事も考えなければいけなくなってしまう。
しかし何故か剣魚たちはその影響がなく、振り落されることも無く筏に積載されていき沈めようとしてくる。
「馬鹿正直に受ける必要はないんだ。皆、一旦上に避難するぞ!」
そう声を上げるのと同時に竜郎は愛衣に抱えられ、リアは奈々に抱えられた状態で飛び上がって飛び立つジャンヌの背に乗った。
そしてカルディナは自分で飛び立ち、アテナは自力でジャンヌの背中までジャンプして乗り込んだ。
そうして全員筏の上から逃れた瞬間、エイ型の魔物の攻撃が筏の上を水平に通り抜けていった。
そのたっぷり気力の乗った斬撃は愛衣の盾の強度に迫るほどの威力を持ち、ジャンヌの超硬化外皮でさえも傷を負いかねない危険な技だった。
そして空振りだと気が付いたエイ型魔物は、一度水底へと潜っていった。
「逃げたんすか?」
「違う。助走をつけてこっちに突っ込んでくる気だ」
「ええっ!?」
「ジャンヌ! 筏を見失わない程度に、もっと高度を上げてくれ!」
「ヒヒーーン!」
ジャンヌが更に高度を上げ始めた途端に、エイ型の魔物が水面から飛び出し上空を飛んでいるこちらよりも高く舞い上がった。
そしてその平たく大きな体で滑空しながら、十メートルもある二本の巨剣を鋏の様に交差して構え、ジャンヌを真っ二つにしようと迫ってきた。
その一撃は先ほどよりもさらに技の冴えが増し、ジャンヌでも直撃は危ないと竜郎は精霊眼で、愛衣は危機感知で察したので直ぐに対処に入って行く。
「右腕一本は私に任せて!」
「じゃあこっちは左腕だ!」
愛衣は右手に宝石剣、左手に天装の槍ユスティーナ。さらに軍荼利明王を起動して、鞭と棒を持たせる。
竜郎は杖を構えてカルディナと一緒に魔弾を生成し始める。
そうしてまず一番早く準備ができた愛衣が、空中飛びで宙を蹴って一気に肉薄すると右腕の刃の付け根の前に躍り出る。
そして右手の剣からは真っ赤な気力が溢れ出すと、それが巨大な獅子の右腕へと形造られ、左手の槍からは黄色い気力が溢れ出し虎の咢の形を取った。
さらに軍荼利明王に持たせた棒からは薄茶色の気力が溢れ猿の巨椀が、そして鞭からは黄緑色の気力が溢れ、投擲スキルの気獣の猪の頭の形になる。
「てりゃあああっ!」
愛衣はその全ての気獣技を一斉にけしかける。
まず軍荼利明王に持たせた棒から出た猿の巨椀と、鞭の先端から出た猪の頭が刃に突撃し勢いを削いだ。
そして一瞬動きが遅くなった所を見計らって、愛衣は両手に持った獅子の巨椀と虎の巨大な咢を腕の付け根に浴びせ、気力の爪と牙で肉体から千切り取ろうとする。
だが骨も肉も硬く、それだけやってもまだ切り離せなかった。
「まだまだっ!」
なので愛衣は最後の止めとばかりに右足の踵に白竜の牙を、左の踵に黒竜の牙を出し、空中で前宙しながら両の踵を同時に当てた。
それでようやく右腕は完全に千切れ、下へと落ちていった。
一方竜郎が担当する左手の方は、まず爆発属性を宿した魔弾を光魔法でブーストして強力な一撃を左腕の付け根に当てる。
すると盛大に爆ぜながら、巨大な穴が穿たれた。
そこへ奈々が呪魔法でアテナとジャンヌの魔法力を強化した上で、その二人でのダブル風魔法でさらに腕の穴をドリルで削るかのように広げていく。
そして後一押しと言う所で、竜郎とカルディナが更に爆発属性の魔弾を《連弾》を使って直ぐに二撃追加で撃ち放って左腕ももぎ取った。
こうして両腕の武器を無くし、その魔物は完全にただの巨大なエイと化した。
けれど、それでも魔物はまだ戦意が十分残っていた。
そんな中。奈々に抱えられて魔物の下に潜り込んでいたリアが、以前よりも強化されたロケットランチャーを取り出し、狙いを定めて大きな口の中めがけて射出した。
それは見事に口の中に吸い込まれ、体内で大爆発を起こしさらに毒を傷口にまき散らす。
けれどそれでもまだ意識があり、巨体をジャンヌに向けて滑空していく。
「もういっちょ、ぶち込んでやるですの!」
「これ、ストックがあんまりないんですけどね」
そんな事を言いながらも既に次弾を装填し終わったリアがトリガーを引くと、それも綺麗に口の中に吸い込まれていき二度目の大爆発と毒をお見舞いした。
そうしてようやく毒が回り始め、エイ型の巨大魔物は水面へと力なく落下していくのであった。
 




