第225話 レベルアップ
そして六日目の昼の時間帯。
竜郎と愛衣が家の外で、当たっても痛くない玉でキャッチボールをして《軌道修正》を覚えるべくカーブの特訓をしていた。
愛衣の素の不器用さと運動音痴。こればかりは武神様でもどうにもできないらしく、なかなか難航していた。
そんな時、リアが竜郎の元にやって来た。
「タツロウさん。
これ、お借りしていた杖に試作型魔力機構を取り込んだ物をくっつけてみたんですけど、ちょっと使って見せてくれませんか?」
「ああ、いいぞ。じゃあ愛衣、ちょっと休憩な」
「おー──って。なんかたつろーの杖、ごっちゃりしちゃったねー」
「ええ、あくまで挙動を確かめるだけなので、本当に無理やりくっつけただけなんです」
竜郎が最初に手に入れた火と風魔法に補正が付く杖。
それの持ち手以外の場所に、四角い箱がナットの様に何個も杖に挿し込まれていた。
さらにその全てが何本ものワイヤーで繋がれていたので、見た目がかなり悪くなっていた。
そしてそんな明らかに試作品な杖を受け取ると、見た目同様重量もかなり増していた。
「──重いな。けど、ステータスのおかげで持てないほどでもないか」
「ええ。けど直ぐに外せますので、あんまり心配しないでください」
「解った。それじゃあ試しに火魔法と風魔法でも使ってみるかな」
「わーい。カッコいいのをおねがーい」「お願いします」
愛衣は完全にギャラリーと化し、リアは《万象解識眼》を発動して研究者の様な表情で杖を見ていた。
そんな中かっこいい魔法とは何ぞやと一秒ほど考えた竜郎は、風魔法で起こした風に、小さな火の粉をいくつも入れてグルグルと周囲に火の粉の流れる風の川を造って見せた。
それに愛衣はパチパチと手を鳴らした。
「使った感触はどうですか」
「なんか、前よりもさらに魔法が使い易くなった気がするな」
「ええ。私が取り付けた機構もちゃんと上手く動いているみたいですし、大丈夫そうですね。
それじゃあ、また貸してもらえますか?」
「ああ、頼んだ」
竜郎から杖を受け取ったリアは、また工房に戻っていった。
そんな後ろ姿を二人で見送った後は──。
「それじゃあ、練習再開するか」
「うんっ」
そう言って仲良くカーブの投球練習を再開したのだった。
それからまた時は過ぎ、その間にさらに三匹分の巨大ミミックの肉とSPを手に入れた十日目の朝。
愛衣はめでたくカーブが投げられるようになり《軌道修正 Lv.1》を覚え、それからすぐに《投擲》もスキルレベル10にまで上げて《投を修めし者》という称号も手に入れた。
そして十一日目。
ようやくリアの研究が一段落着いて、その成果のお披露目と相成った。
まずは竜郎の杖から。
「まだ新型の杖に組み込もうとしている機構を別の杖で試している段階ですが、これでも十分従来の物よりは優れていると思います」
「ありがとう。それじゃあ、さっそく使ってみるな」
リアに預けていた杖からゴチャゴチャした四角い箱一個を残して消え去り、配線も無くなって大分すっきりした杖を受け取った。
重さもゴチャゴチャしていた頃に比べたら、かなり軽量化されているので、これなら普段使いでも悪くはなさそうだった。
そして使い心地の方では。
「いい感じだ。
最初に買った時よりも、もっと魔力が素直に動かせるし、心なしか魔法力も上がっている気もするぞ」
「へー。それって、あの杖に一個ついてる箱のおかげ?」
「はい。そうです。
今はいつでも修正できるように外付けなので不格好ですが、それでも魔法力と魔法制御力を強化、補助してくれているはずです」
そうして竜郎の杖のプチアップデートが終わった後は、今度は奈々のカエル君杖・改(仮)のお披露目である。
奈々は嬉々としてカエル君杖を取り出して皆の前で取り出して見せるが、見た感じは何処も変わっていないように見えた。
「それって、何が変わったんすか?」
「見るですの!」
待ちきれなかったアテナが聞くと、奈々はカエル君杖を膨らませ始めた。
すると今までと変わることなく魔力を吸って膨らみ始めたのだが、奈々がカエルの正面を地面に向けてちょっと魔力の流し方を変える。
すると──ドシンという音と共に、カエル君杖の膨らんだカエルフィギュアの両手が動いて地面に張り手をかまして見せた。
「すごーい! 動くようになったんだ!!」
「魔力の微妙な調整でコントロールができますの。
今はまだ時間が無くて手だけですけど、魔法の方もちょっとだけ強化してもらったんですの」
「面白いっすね。
これはミミックの肉の素材を使ったから、出来るようになったんすか?」
「はい。もう少し改造していけば、もっと思い通りに動かせるようになるはずです」
「そりゃあ、この先が楽しみだな」
「はいですの!」
そうしてリアの実験も研究も一段落着いた一行は、この日は休んで次の日からまたダンジョン攻略に乗り出していくのであった。
ダンジョンに二度目の別れを告げてさて次の層へ、という気持ちになっていた時。
竜郎はリアの専門特化について、現在どうなっているのか聞くのを忘れていた事を思い出した。
「そう言えば、結局リアは魔力頭脳っていう専門特化を取ったのか?」
「はい。何故か五個分の枠を要求されてしまったので、残り四個しか取れなくなってしまったんですが」
「えっ、それでも取ったんだ」
「これは完全に造り上げることができれば、全ての装備やアイテムに転用できる技術になるはずです。
なので、むしろそれでも安いと思ったくらいですよ。
おかげで研究も前より進んでますし」
専門特化で魔力頭脳を取得したことにより、今の鍛冶術以上に製作の冴えが増した。なので研究も思った以上に進んでくれたのだ。
「そんじゃあ、残りの四個は決まってるんすか?」
「魔力頭脳の研究途中で、魔導兵装っていう三枠消費で取れる専門特化が出てきたのでそれも取りました」
「また豪快に使ったな。
その魔導兵装っていうのは、リアが造ってるあのハンマーみたいな奴って思っていいのか?」
「ですね、あれはまだ試作品ですけど。
ちなみに残り一つは保留にしてあります」
リアは《万象解識眼》で様々な物や事象を見てきたおかげで、他者とは違った道が開けたようである。
そして最後の一つも、また何か変わったモノが来るかもと残すことにしたのだ。
「それじゃあ、すっきりした所で行くですの!」
「だな」
そうして竜郎達は、一斉に光る溜池に飛び込んでいった。
それから次の階層を二日かけて抜け、現在は宝物庫の層も合わせて二十四層目までやってきていた。
そこは二十五メートル四方の巨大な筏の上に出たかと思えば、海の様にだだっ広い水上を延々と一方向に向かって勝手に進むという階層だった。
ただ不思議な点があり、水は流れ一つないというのに筏が勝手に進んでいた。
「筏の上か。結構頑丈そうだし、この上でも十分戦えそうだな」
「でも攻略するのに、ずっとこの上にいるだけでいいのかな?」
「けれど見た限り何も有りませんし、しばらくはこの上で揺られるのが良さそうですよ」
竜郎の《精霊眼》やリアの《万象解識眼》で周りを見渡しても、見えるのはただ水面が広がるだけで島の類や流木などの漂流物すら何もない。
ということで竜郎達が取れる選択肢は、自分たちで筏を離れて独自にこの海原に打って出るか。
水を潜って新天地を探索するか。
このまま水流も無いのに勝手に動く筏に身を任せて、どこまで行くのか確かめるか。
この三つの選択肢が妥当であろう。
「まだどんな所かも解っていないのに、ウロチョロするのも危ないっすもんね」
「つまらないですが。それが無難ですの」
奈々がただ黙って揺られている自分の姿を想像し、暇そうだとため息を吐こうとした時。カルディナが、さっそく敵の反応を感知した。
「どうやら暇しないように、ちゃんとアトラクションを用意してくれてるみたいだぞ」
「美味しいアトラクションだといいなあ」
愛衣は透き通った綺麗な水面を覗いて、まだ見ぬ食材を想像していた。
「ふふっ、また食べ物ですか? アイさん」
「だって水場ときたらお魚だよ!」
「海水じゃないし、いるとしたら淡水魚だな。
寄生虫が恐いから、焼くなり凍らせるなりしないと」
「塩焼きが食べた~い!」
「うっ、美味しそうですっ」
リアもダンジョン内で生活する様になり、食欲も旺盛になってきた。
竜郎と愛衣ほどではないが、リアも乗り気になって腰にぶら下げた手榴弾に手をかけた。
「食料にするなら、あまり身を壊さないようにしないといけませんの」
「あたしの鎌で首を落としちゃえば、血抜きもすぐ出来てお得っすよ」
「ピィーイ」「ヒヒーーン」
竜郎と愛衣が乗り気になっているのを感じたカルディナ達も、戦闘意欲が増していき完全武装でお出迎え体制を完璧に整え終わった。
そうして待つこと一分と少し、その魔物は現れた。
「「「「「「「……………」」」」」」」
さぞ美味しい魔物が出てくるのだろうと待ち構えていた末に現れたのは、ワサワサの茶色い毛むくじゃらで、円盤型の物体が水面に浮いた状態で筏の周囲をグルグルと回り始めた。
「うぇー。美味しくなさそー」
「今、解魔法で調べてみたんだが……。
あの見えてない水の中の方に、小さい足がびっしりと付いてるみたいだ。
ありゃ魚とかじゃなくて虫だぞ」
「虫はちょっと……」
平たい円形の魔物の反応だったので、ヒラメのような平らな魚型の魔物を想像していたのだが……現実はそう甘くは無い様だ。
さすがに昆虫食は誰も望んではいない。
「そんじゃあ、遠慮なくやっちゃっていいっすか?」
「ああ。たの──」
食材にするつもりは全く無いので、とっとと倒すなり捕獲するなりしてしまおうとした瞬間。
竜郎達の体が何かに押しつぶされるような、強大な力で筏に押さえつけられた。
「ぐっ」「ううっ」「ビィッ」「ブルルッ」「くっ」「うっ」
「なんすか……、これ」
魔物の仕業かと思いつつ竜郎とカルディナは直ぐに解析魔法をかけて見れば、どうやら向こうも苦しがっているようである。
「リアっ、何か解るか?」
「これはΥЗΨКёЯ!?」
「なんて言ったの!?」
言葉なのか奇声なのかの判断すら付かない謎の言語を口ずさんだリアに、愛衣が聞き返していると突然景色が切り替わった。
「今度は何だ……」
「体を押し潰される感覚は無くなったですの」
そこは何もなく真っ白で超広大な空間が広がっており、その場に竜郎たち全員がぽつんと立たされていた──。
そんな事が起きる十数時間前。
竜郎たちと宝物庫へ行く権利をかけて戦ったフォルネーシスのメンバーは、攻略方法は解っていたのだが、小さなミスが重なりダンジョンからの脱出を余儀なくされていた。
「まったく。あのままいたら危なかったねえ」
「まあ、今回はあそこで引いても利益は十分じゃて」
リーダーのビヴァリーと巨人種のミロウシュが、帰還石を使って元の入り口に戻るための最後の白い部屋から階段を上りつつ、そんな事を話していた。
そうしてその後ろに他の疲労したメンバーたちも付いてきて、全員がダンジョンの外へと出ていった。
「──ビヴァリーさん。なんか、ダンジョン変じゃないですか……?」
「ええ? 変って──確かにおかしいねえ…」
人種の女性デイナが何となく後ろを振り向き、ダンジョンへ入る光る溜池を見る。
するといつもは白く輝いているその場所が、真っ黒に染まっていた。
「これは入らない方が良いな。
ちなみに俺たち以外で入っていたのは、あのタツロウとやらのパーティだけだったか?」
「今は他のパーティも新ボスの竜対策に追われて、入るのを控えていたはずだからね」
「あの子達、出てこなくて大丈夫かな」
「それは運次第だろう。
俺達は運が良かったから、何かが起こる前に出てこれたんだ」
「まあ、案外何も起こらないかもしれないし。
中で会える可能性が殆どないのに、私らが命を懸けてまで知らせに行く義理もないからねえ。
とりあえず、衛兵に暫く誰も入らせないように知らせて来る事にするよ」
そうしてフォルネーシスのメンバー達によって、このダンジョンは一時封鎖となったのだった。
白い部屋に飛ばされた竜郎は、これもダンジョンの何らかの仕掛けなのかとカルディナと警戒しながら辺りに探査魔法を飛ばしていた。
「リアはさっきここに来る前何か言っていたが、今の状況を説明できるか?」
「いえ。大まかに言うと、急にダンジョン内がグチャっとなったという感じでしょうか?」
「もしかしてダンジョンちゃん、バグっちゃったの?」
「バグったというのとは少し違う気がします。
どちらかというと再構築……あ」
そこでリアは何かに思い当たった様子を見せ、それを追う様にして竜郎も言葉尻から推測していく。
「再構築? ──って、まさかダンジョンのレベルが上がったのか?」
「かもしれません。
何千年と続くダンジョンの事ですから、『もうすぐ』も数十年単位の話だと思っていたんですが……。
どうやら本当に間近だったみたいですね」
「どうするっす? 一旦外に出るっすか?」
「そうだな。
せっかくもう少しで最深層までいけそうなのに、ここで出るのは癪だが……。
けれど此処に、後どれくらいいれば良いかも解らないし…。
──そうだな。あと十分待っても何も変わらなければ、帰還石を使って帰ろう」
「それが妥当だね。
まあ、ここで出る事になってもSPはたんまり溜まったし、いいっちゃあいいけど、ボスドラゴンは狩っときたかったなあ」
せっかく倒しても誰にも文句を言われず、誰にも見られる事もなく大っぴらに戦えるはずだったので、他の面々も愛衣同様残念がった。
それから十分が経つ。
なので竜郎は帰還石を取り出して、以前ビヴァリーに言われた通りに帰還したいと願ってみた。
「……………………みんな。どっかに帰る道ができてないか?」
「えーと、ざっと《遠見》で視た限りでは何もないよ」
「ピュィイー」
「ヒヒーーン」
「わたくしも、カルディナおねーさまも、ジャンヌおねーさまも何もないそうですの」
「私の《万象解識眼》でも特に何も…」
「あたしの普通の目でも、特に何も見当たらないっす」
「どういうことだ?
前にこれを持って帰りたいと思った時は、ちゃんと出来たはずなんだが」
実は帰還石に困らなくなった時、一度ちゃんと出口らしきポイントが出てくるのか試しに使った事があった。
その時はちゃんと、帰るポイントが現れてくれたのだ。
であるのに、今はうんともすんとも応えてくれない。
「これってもしかして……レベルアップし終わるまでここで待てって事?」
「俺がおっさんになる前に、終わってくれればいいがな……」
こうして、思いもよらぬ足止めを食らう事になった、竜郎達なのであった。




