第224話 その宝箱は…
突発的に決まった十二日間という休暇であったが、竜郎達にとっても決して無駄な時間でもなかった。
まず二日目の夜に当たる時間帯。
この時、竜郎と愛衣は《無限アイテムフィールド》から出した家のリビングの羽毛のソファでイチャついていたのだが、目の下に隈を作ったリアがフラフラとやって来た。
「リア……。ちょっと寝た方が良いんじゃないか?」
「そうだよー。いくら健康になったからって、無理したら体に毒だよ」
「ですね、これを渡したら一旦寝ます……」
そう言いながらリアが二人の前に出してきたのは、貸していた竜郎と愛衣のスマホだった。
そしてそれを素直に二人が受け取ると、さらにリアは《アイテムボックス》からスマホよりも三回りほど大きく、十センチ程の厚さの箱も一つ渡された。
「これは?」
「すまほ を充電する魔道具です。
動いてる所も見たかったので造ってみました。
二つとも充電してみたので、電源がつくか試して貰えませんか?」
「「充電!?」」
まさか異世界で充電器が手に入るなどとは思っても見なかった二人は、慌てて電源ボタンを長押しした。
すると元の世界で見慣れた起動画面が表示され──竜郎は愛衣の最高に可愛く写ったショットの、愛衣は竜郎が最高にマヌケ顔をしたショットのホーム画面にまでくれば、電池マークが100%にまで復活していた。
「凄いな、ちゃんと動くぞ」
「ホントだー! えい──」
愛衣がリアに向かってカメラを起動し、パシャッっという音と共に写真を撮ってみた。
「今の音は?」
「写真だよ。ほら、今のリアちゃんのかおー」
「風景を写し取るんですね。
──て、本当に酷い顔……。続きは明日にしますね」
「ああ。そうした方がいい。一人で部屋までいけるか?」
「わたくしが連れてきますので大丈夫ですの!」
「ふふっ。偉いねー、奈々ちゃんは」
「はいですの~」
愛衣に褒められて頬をだらしなく緩ませた奈々が、張り切ってリアを送り届けにいった。
その背を見送りながら竜郎は異世界充電器をこねくり回して、裏側にある蓋を外してみれば、そこに帰還石を嵌めるソケットがあるのを発見した。
「これも帰還石が動力になっているのか。
どうやってるのか想像も──って、愛衣はまたなんでいつもそんな俺のマヌケ顔の写真を待ち受けにするんだよ」
「えーいいじゃん。かわいいよ? この寝落ちする一瞬の半目顔~」
「よくないわっ。俺なんて見ろ。
俺的愛衣のベストショットからさらに厳選した、このウルトラ超絶美少女を!」
「二人で水族館に行った時のだね。これこそ奇跡の一枚だよぉ」
その一枚は愛衣から見ても中々可愛く撮れたもので、マンボウが後ろに見切れ、愛衣が笑顔で写っている写真だった。
けれどそれを素直に受け入れるのは恥ずかしかったので、おどけて見せる。
だが竜郎はそんな愛衣の心を見透かした上で腰を抱き寄せ、目と目を合わせ、吐息がかかるほどの距離になるまで顔を近づけた。
「これが奇跡なら、俺は毎日奇跡を見てるんだな」
「──もうっ。何言ってるの! ──んぐ───んっ」
愛衣が顔を真っ赤にして竜郎の胸を軽く押した時、竜郎はさらに引き寄せてキスをした。
そうして夢中でキスにふける中、愛衣は頭の片隅で竜郎の写真について考えていた。
実は愛衣も自分のスマホのフォルダには竜郎の写真が大量に存在し、その中でもお気に入りのベストショットも存在していた。
そして最初は、それを待ち受けにしていたのだ。
では、なぜ彼女はそれを待ち受けにしないのかと言えば、ホーム画面に戻るたびに心臓が高鳴ってしまい顔が赤くなってしまうのを、友達にからかわれてしまったからだ。
別にからかわれた所で竜郎なら逆にのろけ返して友人をドン引かせるプロなのだが、愛衣にはそこまで開き直れない。
だからこそ、心がほっとする意味でのベストショットを待ち受けにしたのだが、これは竜郎には秘密なのであった。
そうして二人はそのまま寝室へと直行し、眠らない夜を過ごした。
そんな翌日。
リアは一眠りして多少顔もスッキリした所で、二人に詳しい説明をしにリビングまで降りてきた。
「なんか。今度はお二人の方が眠たそうな顔してますね。
昨日は眠れなかったんですか?」
「えっ。あー……まあ、そんなところだ」
「うんうん。そんなトコだよ」
その何かを誤魔化すような二人の表情と喋り方に、リアは直ぐに答えに至った。
「──ああ、昨夜はお楽しみでしたね。って奴ですか」
「「何故そのフレーズを!?」」
大分打ち解けて、そんな事も言ってくれる様になってきたリアとの謎の漫談を軽くしたところで、充電器についての説明を受けていく。
リア曰く。この充電器は帰還石から得たエネルギーで魔力を得て、その魔力で雷魔法を起こして電力を得る。
そうしてスマホをこの渡された充電器の表面にある溝に置いてスイッチを入れれば、リアが完璧に調整した電力が供給され充電がなされるという仕組みらしい。
「竜郎さん達の世界では魔力が無いので仕方ないですが、こっちの世界でやるなら電気エネルギーは非効率的ですね」
「そうなのか」
「ええ。魔力と電気を比べた時、圧倒的に魔力の方がエネルギーを得られます。
そして電気を作る手間と魔力を生み出す手間という点においても、この世界では圧倒的に魔力なんです」
「へー。じゃあ、もしこっちの世界でこういう機械が出た場合。
電気で充電じゃなくて、魔力で充電って感じになるのかな」
「と思います。それでですね、少しまた動かせる状態でお貸し願えませんか?」
「ああ、勿論」「いいよー!」
かなりプライベートな内容も含まれているが、これも生活向上、戦力増強の為であり、何よりここまで一緒に戦ってきたリアにならと二人は快くスマホを渡した。
そしてそれに礼を言いながら受け取ると、リアは再び研究に没頭していった。
それからさらに一日が過ぎた頃。
家の天井で魔物が来ないか監視していたカルディナが、部屋の中にだけ響くチャイムを鳴らして敵襲の合図を送ってきた。
なので急いで竜郎と愛衣は完全武装して、既にジャンヌとアテナが待ち構えている外へ飛び出す。
すると、数百メートル先に魔物の反応が一体あった。
そしてその頃になると、リアとその助手をしている奈々も完全武装でやって来た。
「一体だけど、けっこう大きいな」
「どのくらいの大きさなの?」
「五メートルくらいで、何か四角い奴だな」
「そこそこの大物ですの」
「腕がなるっす~!」
「どんな素材が取れるか楽しみです」
「ピィーイ」「ヒヒーーン」
それぞれが、それぞれの考えを持ちつつ、これから来る大型の魔物を待ち受ける。
そうして魔物が近づいて来るほどに、ズッズッと何かを引きずる様な音が広がってきていた。
そこで竜郎は今回手に入れた便利グッズの内の一つ。《遠見》が付与されている眼鏡をかけて、自前で《遠見》スキルを持つ愛衣と共に薄暗い向こう側に目を凝らした。
すると金ぴかに光り輝く五メートル程の巨大宝箱が、えっちらおっちらその身を引きずりながらこちらを目指してやってくるのが見えた。
さらに体を揺らすたびに蓋がパカパカと小さく開いて、その中に蠢く肉が見えていた。
「なんかでかい宝箱が見えるが……俗に言うミミックってやつか?」
「わたくしもみたいですのっ。おとーさま、その眼鏡を貸してくださいですの」
「解った、解った。ほら」
「ありがとですの!」
竜郎が遠見の眼鏡を外して手渡すと、今度は奈々がニコニコしながら遠くを眺めて魔物を観察し始めた。
「うーん。でもミミックってさあ。普通宝箱に擬態してジッとしてるもんじゃないの?
随分自己主張の激しいミミックさんだこと」
「あれじゃあ、宝箱と間違えて開けることなんて絶対ないっすよ~」
「───っ!? みみみ、皆さん!」
「どうしたんですの? リア」
空色の方の目で解析していたリアが、突然血相を変えて似非ミミックを指差した。
「あの中身の肉が欲しいです!」
「えっ、あいつ美味しいの!?」
「食べちゃ駄目ですよっ」
「えー。じゃあ、何に使えるの?」
「あの中身は特殊な肉で形成されていまして、あらゆる形状や硬さに急変化できるんです。
多分ナナのカエル君杖の改造にも使えると思います」
「絶対とっ捕まえて、今すぐ中身を刳り貫くですの!!」
「奈々姉の目がやばいっすよ、とーさん」
自分のお気に入りの杖が強化できると聞いて、目の色変えて奈々が直ぐにでも飛び出そうとしていた。
「あー……。まあ、皆も出来るだけ中身を壊さないように倒してくれ。
ただ、怪我をしそうなら遠慮はしない事。
それでリア、肉を傷つけない最適な倒し方は解るか?」
「あれは底板に肉体がへばり付いている状態なんですけど、そこから剥がすと内臓が全部出てくるので死にます。
あとは残った綺麗な外の肉だけを使わせてもらえば良いわけです」
「今さらっとグロいこと言ったよね……」
「底板を引っぺがせば良いんですのね!」
そうして対処方法も聞いていると、向こうが大分こちらに近づいてきていた。
そこで何か来るかと思い全員が身構えていると、突然動きが止まってその場で硬直した。その様はまるで、本物の宝箱のように見えた。
「なんだ……?」
「ようやく本業を思い出したのかな?」
「今更すぎるっす」
その今更過ぎる擬態に呆れつつも、動かないなら好都合だと竜郎は氷魔法補助の杖を出すと、氷魔法を光魔法でブーストし床面を凍り付かせる。
すると今度はジャンヌが風魔法でこちらに巨大ミミックを吸い寄せ、氷の上を滑らせるように近くまで来させたところで、カルディナが魔弾と土の混合魔法で箱の上部分に向かって発射した。
狙い通りの場所に的確に土の魔弾が着弾すると、その衝撃で床面の氷部分で滑ってひっくり返って裏側をこちらに向けた状態で突撃してきた。
そこで竜郎は素早く《レベルイーター》を当てて、スキルレベルを回収して行く。
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レベル:46
スキル:《金色体》《形質変化 Lv.7》《かみつく Lv.5》
《剣術 Lv.3》《斧術 Lv.2》《扇術 Lv.2》
《槍術 Lv.2》《盾術 Lv.2》《槌術 Lv.2》
《棒術 Lv.2》《鞭術 Lv.2》《鎌術 Lv.2》
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(なんだこれ!?
レベル自体は高くないが、ほぼ全部の武術系スキルが揃ってるじゃないか。
どんな──)
竜郎がそんな風に驚いていると、宝箱が独りでにバカッと開いて中から橙色の粘土のような塊が飛び出してきた。
かと思えば、それらが形を細かく変えて剣や槍、斧や槌、盾や鎌、肉食動物の歯形模型など、ありとあらゆる武器に形を変えて何本もこちらに襲い掛かってきた。
「そういう事かっ」
これは《形質変化》というスキルを使って特殊な肉体を様々な形や硬度に変えてしまうもので、それを使ってあらゆる武術系スキルを行使するというある意味では超劣化版の愛衣の様な存在だった。
だがその攻撃の手数は恐るべきものだが、一個一個は大したことは無い。
なので竜郎抜きでも、他の面々で戦えない程でもなかった。
皆がそうして守ってくれている中で、竜郎は優先して《形質変化》のレベルから吸い取っていく。
「よしっ。めんどくさそうなスキルは全部吸い取ったぞ」
そういう竜郎の目には細かな形質の変化ができなくなり、ただの長く伸ばした弾力のある肉の鞭を振り回すだけの存在が映った。
なので次は鞭術を奪ってから、かみつく、剣術と順繰りに頂いていく。
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レベル:46
スキル:《金色体》《形質変化 Lv.0》《かみつく Lv.0》
《剣術 Lv.0》《斧術 Lv.0》《扇術 Lv.0》
《槍術 Lv.0》《盾術 Lv.0》《槌術 Lv.0》
《棒術 Lv.0》《鞭術 Lv.0》《鎌術 Lv.0》
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「スキルレベルは全部頂いた。後は床板を剥がして倒してくれっ。
振り回しているのは俺で何とかするから」
「はいはーい」
なるべく魔物の肉体を傷つけないようにしていたので、避けるか受け流すしかできない状況だった。
なので、竜郎は氷と風と光の混合魔法で輝く吹雪を浴びせて肉を凍らせて動きを封じていく。
その間に愛衣達がミミックが入っている金ぴかの宝箱の底をトッテンカッテン叩いて穴をあけ、そこから手を突っ込んで底板を引っぺがしていく。
声を上げられたのなら壮絶な悲鳴をあげ暴れだしそうな状況だが、体は竜郎がガッチリと凍らせているのでビクともできない。
そうして底板にくっついていた肉を引っぺがしていくと、どろりとした中身がこぼれて魔物の精気が薄れていき、最後には完全に死亡した。
「おとーさま。早く回収してほしいですの!」
「ああ。解ってるよ」
カエル君杖一色に染まった頭の奈々に苦笑しつつ、竜郎は内臓含め全てを《無限アイテムフィールド》にしまいこんだ。
「ねえ、たつろー。
あいつ見た目はゴージャスな金ぴかだったのに、板を剥がしたらただの鉄だったよ」
「《金色体》っていう、前に出てきたビックイモムーと同じスキルを持っていたんだよ」
「まー。本物の宝箱でもないっすから、見た目だけ誤魔化せれば充分っすからね~」
「そりゃそうだね」
そんな事がありつつ。
竜郎は綺麗にミミックの肉だけを分離してリアに送り、その日は過ぎていったのであった。




