第221話 閉じ込められると……
全ての油断を無くした愛衣によってバトルエルフのコデルロスは、壊されたことを気が付く前に二個ともキューブを破壊された。
その結果。この急遽開かれた試合も終わりを告げた。
「たつろー。勝ったよー!」
「え……。
あれ? 終わったの……か?」
まだ状況を理解していないのに、愛衣はそそくさと愛しい人の待つ場所へとすっ飛んで行ってしまう。
そんな後ろ姿をコデルロスは口をあんぐりと開けて見送っていると、ふと聞いた事が無い理知的な声が頭に響いてきた。
『私は直ぐに呼びかけに応じられたのだがな。
まあ、それでも一秒でも早くあの子に力を貸せるようになった事には違いない。
礼を言うぞ、小さき者よ』
「──っだれ……いや、まさか─」
声を聞いた事は無いが、その存在は何度も感じてきた。
(気獣様ですかっ!?)
『そうだ。まあ、こんな事はもう無いだろう。だから覚えていなくてもいいがな。
それで礼なのだが……お主、私のどこを貸してほしい?』
(そ、それはっ。私めに選ばせて頂けるのですか?)
『そう言っている。早く決めぬと止めてしまうぞ』
(えっ、えーと……。
では、片腕一本貸し与えて貰えないでしょうか)
『腕一本か。あい解った。
ふーむ。……お主には、既に左手は貸していたな。
ならば右腕一本貸してやろう』
(逆手の一本丸ごとですかっ!?)
左手が使えるので、左手一本使えればいいかな。と思っていたのだが、まさかの逆の腕を貸し与えてくれるとは夢にも思っていなかった。
そしてそんな気持ちを懐いている事を察していながらも、この猿の気獣はあえてこう言った。
『不服か?』
(いえっ、滅相もございませんっ)
『これからも精進することだ。さすれば、さらに力を貸す事も検討しよう』
(はっ。日々邁進していく所存でございます)
『ああ、それと。
言い忘れておったが、ここで話した内容は全て他言無用だ。
他言したのなら、二度とお主には力を貸さんからそのつもりでな。
──では、さらばだ』
(はい。ごゆるりとお休みください)
そうしてコデルロスの、一生で一度きりの気獣との対話が終わった。
いつの間にか握りしめていた拳が汗ばんでいることに気が付きズボンで拭くと、早速右腕一本を棍棒の先から出してみる。
すると薄茶色の気力で出来た、太く力強い右腕が飛び出した。
これさえあれば、さらなる高みへと昇れることだろうと、負けてしまったのにもかかわらず爽やかな気持ちで気獣技を打ち切った。
そして笑顔は不謹慎だろうと、表情を抑えながら控室へと帰っていく。
だが。かえってそれが不気味な顔をしていた為に、皆に心配されたのはまた別の話である。
竜郎は、満面の笑みで胸に飛び込んできた愛衣を抱きとめた。
「たつろー」
「ん、ご苦労さん」
胸に頭をぐりぐりと押し付けて甘えてくる愛衣の頭をよしよしと撫でると、さっそく先ほど使っていた気獣技の話になっていた。
「これは凄い気獣技だよ」
「ああ。なんか手みたいのが出てきたり、如意棒みたいに伸びたりするんだよな」
「そう!
だから棒状の物が近くにあれば、炬燵から出たくない時も遠くの物がちょちょいと取れるんだよっ。
凄くない!?」
「お、おう……。
なんか神聖なものっぽい気獣に、それをやらせる愛衣がスゲーわ」
「それ……普通の人がやったら力を貸してくれなくなりそうですよね…」
などとリアが冗談交じりで言っていたのだが、実は的を射ていたりする。
もし愛衣以外。
例えばコデルロスが炬燵から出たくないという理由で、使い走りの様に気獣技を用いろうとすれば、気獣は二度とその力を貸す事は無いだろう。
気獣の心情的には「何パシリにつかっとんじゃい。われぇっ!!」。
と言った所だろうか。
だが愛衣がそれをやった場合は、ちゃんと気獣は力を貸してくれる。
こちらの気獣の心情としては「もお、しょうがない子だねぇ」くらいで、孫娘のわがままを聞くおじいちゃん、おばあちゃんの様な対応になる。
また新しい体の一部を貸す時の対応も違ってくる。
普通の人間がドコソコを貸してほしいと思った場合。
「お前にはまだ早いわ、小童っ!」ぐらいの厳しい目で判断してくる一方。
愛衣の場合。
あれが使いたーい。と思えば、
「あれが欲しいのかい? どれ、アレだけじゃなくてコレも持ってきなぁ」
と、久しぶりに会った孫娘にお小遣いをあげる勢いでホイホイ貸してくれる。
武術系スキルの持ち主からすれば「なんだそりゃ!?」と思ってしまうほど、あまりにも対応が違い過ぎるのだが、それだけ武神というスキルは気獣達にとって大切なものなのだ。
「あ、なんか舞台に次の階層へ行けるポイントが出てきたっすよ」
「ほんとうですの」
真ん中にあった大きな円形舞台の全ての床面が、光る溜池に変化していった。
そしてさらに竜郎達側のガラス張りの部屋だけ扉が開き、そこへと行けるようになった。
「ここまで来ると、終わったって感じがするな」
「うん。色々身になる時間だったよ」
愛衣としては気獣技というモノをしっかりと見せて貰えた事で、どんなものなのか理解できてきた。
そしてさらにレベルも上がったのだから言う事は無い。
〔それでは勝者側のたつろーチームは、宝物庫へといってくださーい。
あそこに飛び込めばー、一っ跳びですよー〕
「いきなりだな。皆はいいか?」
「いいよー」「ピュイ」「ヒヒン」「いいですの」「大丈夫です」「OKっすよ」
「ということだ。それじゃあ行くか」
〔はいはーい〕
竜郎たちは開け放たれた扉から全員で出ると、光る溜池へと変化した円形舞台の前にまでたどり着いた。
そこで竜郎がふと向こう側に目を向ければ、ビヴァリーが手を軽く振ってきた。
なので竜郎は軽く会釈をしてから、皆で一斉にそこへと飛び込んでいった。
すると一瞬視界が真っ白に切り替わり、直ぐに宝物庫とやらにたどり着いた。
そこは薄暗い場所だが小さな明かりが等間隔に並んでいて、何も見えないというほどでもなかった。
そしてそんな空間の中で竜郎達の前後ろに金属質な壁と、階段も何もないのに壁一面には数えきれないほど無数の扉が付いていた。
そしてそんな扉が沢山付いた壁は、左右にある見渡せない程向こうまで続く幅広な道と共に延々と繋がっていた。
〔はーい。到着でーす!
ここが宝物庫になりまーす。
これより三十秒だけ、この空間にある扉の鍵を全て開けまーす。
その間だけ中にある宝は取り放題でーす。
けれど終わったら部屋の鍵は強制的に閉めてしまいまーす。
なので部屋の中にいるとー、閉じ込められて出てこれなくなってしまう点だけは注意しておいてくださいねー〕
「何それ、こわっ」
「ちなみに閉じ込められた場合、どうやったら出てこられるんだ?」
〔うーん……そうですねー…………。
貴方達みたいな方がまた来た時に、偶然その扉を開けて貰えれば出られますよー。
中は鍵を掛けられた瞬間時間が停止するので、死ぬことはないですしー。
現に何体か入ってますから、開けたらビックリなんて事もありますよー。
まあ、当たる確率なんて扉の数からしても数億万分の一でしょうけどー〕
「そっちの方が余計に恐いですの!」
「欲に捕らわれ過ぎれば身の破滅か…」
どうやら閉じ込められたら出る方法は無いと考えた方が良いようだ。
ということで、ラスト三秒前には扉の外に出ている状態である事。
という取り決めを厳守することで、最悪の事態を回避する予防策を立てておいた。
「それじゃあ、担当区画も決めておこう。
時間は三十秒しかないし、少しでも効率的に動いた方が良いだろうしな」
壁にはびっしりと数えきれないほどに扉が付いている。
この中に闇雲に突っ込んでいっても、無駄なロスが増えるだけだ。
なら最初から細かく開ける扉、順番を決めておけば被ることも迷う事も無い。
「それじゃあ私は、こっちの壁の上に昇って左から右に一気に開けてこうかな」
「んじゃあ俺は中段辺りに行こうかな。
風魔法で飛んだ方が、自分の足で走るより速いし」
愛衣は正面の壁を指し、その高くそびえる天辺部に並んでいる扉を指差す。
竜郎はそれよりも何段か下に降りた辺りを指差した。
それからも各々の意見を取り入れていった結果、竜郎と愛衣は前述したとおりに。
カルディナは飛行能力が高いので、愛衣とは対称の壁の天辺部の扉。
ジャンヌは《真体化》状態なら立ったままでも手が届く、竜郎よりも少し下にいった辺りを。
奈々は素早さと翼がある事から、竜郎とは対称の場所を。
リアは一番手前正面の扉を。アテナは後ろ正面の扉を。
「後は《アイテムボックス》の中身を必要なもの以外、一旦俺の《無限アイテムフィールド》に転送してからにしておいた方が良いかもしれないな。
それでもいっぱいになったら、遠慮なく俺の方に送りつけてくれ。
と、こんなもんでいいかな」
「うん。後はスピードとの勝負だね」
そうして全員必要最低限のもの以外は全て竜郎の《無限アイテムフィールド》に送り、十分容量を確保する。
そうして奈々と竜郎で全員にスピードアップの呪魔法をかけ、自分の担当区画に向き直って必要な準備も終わらせておく。
〔それじゃあ、準備はいいですかー?
時間はこちらでパネルを用意しておくので、ご自分で確認してくださーい。
一応五秒前には、こちらもカウントダウンはしますがー〕
「解った」
〔それでは、宝掴み取り開始まであと3秒。2──1──スタートです!〕
ダンジョンのスタートの声と同時に、全員一斉に駆けだした。
まず愛衣は身体強化で限界まで能力を上げると、壁を垂直に走って一瞬で天辺まで登る。
そして分身体を放ってソレには扉を開けさせていき、自分は中身も確認せずに《アイテムボックス》に根こそぎ放りこんでいく。
竜郎はそれに少し遅れてボードに乗り、風魔法で一気に自分の担当区画まで上昇。
ジャンヌは樹魔法も使って器用に扉を開けていき、中に指を突っ込んで《アイテムボックス》へ。
アテナは一番下の段の扉を次々に開けては、宝を《アイテムボックス》へ持ち去っていく。
そして逆サイド。
カルディナが《真体化》状態で一気に上昇。愛衣程ではないが、かなりの速さで天辺まで行くと前足で扉を開け放って宝を回収していく。
奈々はカルディナの下の段の扉へと《真体化》状態で、《竜飛翔》を行使しつつ壁を愛衣と同じように垂直に駆け上っていく。
最後にリアは自分の出来る範囲で、最小限の動きと共に確実に最下段の扉の中の宝を確保していった。
そうして、いつの間にか通路の真ん中に出てきた巨大パネルに表示された秒数が減っていき───。
〔残り時間5秒。4──3──〕
この時点で、先の取り決め通り全員扉の外に出ていた。
〔2──1──0。終了でーーす!
扉の鍵がかけられましたー〕
終りの合図と共に全員元いた場所に戻って来る。
そして竜郎はちゃんと全員いるかどうか確認しておく。
「皆ちゃんといるな?」
「はーい」「ピュィ」「ヒヒン」「ですの!」「いますよ」「いるっす~」
こうして全員の無事を確認でき、竜郎は胸を撫で下ろしながら戦果を確認していくのであった。
次回、第222話は4月26日(水)更新です。




