第219話 超常の杖
7勝でチームの勝利が決まるこの戦い。
たつろーチームは現在6勝。フォルネーシスは現在2勝。
竜郎たちはまだ四回も負けられる中で、ビヴァリー達はもう一回も負けられなくなってしまっていた。
その二度の勝利とて、このパーティの武術職最強の巨人のミロウシュが、相手が本気を出せない状況で辛くも一勝。
戦闘職でもない鍛冶師の小さな女の子相手に、やっとまともな勝利を収めて二勝。
と、たったこれだけ。
まさかここまでボロ負けするとは思ってもみなかったビヴァリーたちは、流石に今まで積み重ねてきたパーティとしてのプライドが傷ついていた。
「俺達は強い方の人間だと思っていたんだが、そうでもなかったんだな」
「井の中の蛙大海を知らず。といった所かのう」
「そうさねえ。まあ何処にいったって、上には上がいるもんさね。
別に誰も私達が世界最強だ。なんて思ったことは無いだろう?」
「ですね…」
ニコラスがポツリとつぶやいた言葉に、ミロウシュが「若いのう」といった目で言葉を返すと、ビヴァリーもそれに同調して最後にデイナがうつむいた。
そしてそんな暗い雰囲気の中、次の組が発表される。
〔それでは第九試合目を発表しまーす。
じゃかじゃかじゃかじゃか─────じゃん。
種目は四分間キューブ破壊対決ー。
参加選手は、たつろーチームからジャンヌさーん。
フォルネーシスからはビヴァリーさんの魔術系対決に決まりましたー〕
「ヒヒーーン」
「私だね。というか、また武術系に出てた子じゃないかい。
まったく不思議なパーティだねえ」
ジャンヌは魔法系で一番の警戒対象に当たったことで気合を入れ、ビヴァリーもこの雰囲気を打破するにはフォルネーシスのリーダーである自分が勝たねばならぬと、とっておきの杖を《アイテムボックス》から取り出した。
「──ビヴァリーさん。その杖って」
「ああ。もう負けられないからね。こいつに頼ることにするよ」
「でもそれって、使うと暫く魔法が使えなくなるんですよね?」
「まあしょうがないさね」
その杖は純白の棒の両先端に、金と銀の宝玉が付いたシンプルな物だった。
けれどその性能は凄まじい。
自身の魔法能力全ての特増大、魔力回復量は百倍に跳ね上がる正にとっておき。
だが十秒使う毎に杖の使用を終えた瞬間から、一時間魔法が使えなくなる副作用が付いていた。
なのでもし今回四分間フルでその杖を使ったのなら、二十四時間魔法が一切使えなくなってしまうのだ。
そしてさらに毛先が薄緑で後は白い小さな羽が付いたブローチを服にしっかりと取り付け、靴も別の物に履き替えた。
「本気ですね、ビヴァリーさん」
「私が負けるわけにはいかないからねえ。
なんたって、このパーティのリーダーなんだから」
そうして準備を完璧に整えたビヴァリーは控室を出ていった。
一方。ジャンヌは竜郎に充分気を付けるように言われていたので、最初から《真体化》して舞台に立って直ぐにでも魔法が発動できるように集中し始めた。
〔はーい。ルール説明も無用なようですので、早速始めさせていただきまーす。
3、2、1───始め!〕
「ヒヒーーン!」「ふっ──」
ジャンヌは大きく伸びた状態で足首に着いている腕輪型の杖の補助も受けながら、風と樹の混合魔法を発動。
それは周囲に風を巻き起こし、樹魔法で造った硬い種を何百粒も吹き散らすという魔法。
一方ビヴァリーは、とっておきの杖。名前をソルセルサクリというその杖を起動する。
すると、両先端に一つずつ付いていた金と銀の宝玉が煌めき始めた。
そして一気に力を解放する。
その力は元から強かったビヴァリーの能力を大幅に増幅し、ジャンヌの風魔法を自分の風魔法でねじ伏せ無風状態にし種を全て落とした。
その上で、さらに五つ。
強大な魔力で生成された風魔力の塊に、風精霊の意思を降していく。
すると精霊が宿ったその魔力が、急に現実味を帯びた人の形を取って受肉した。
「キューブを壊して」
「「「「「────」」」」」
「ブルルッ」
四人の風魔力からできた人形たちが一斉に頷くと、四方に飛んでキューブを破壊していった。
ジャンヌは必死で風を起こそうとするのに、ビヴァリーの魔法でねじふせられて上手くいかない。
その間にも風の精霊の意思を持った空を舞う人形四体に、キューブがドンドン破壊されて差を広げられていってしまう。
これは不味いと思ったジャンヌは、二つの選択肢を頭に思い浮かべる。
一つは今、猛烈な勢いでキューブの破壊を行っている四体の風人形を破壊するという事。
もう一つはその根幹を成し、ジャンヌの魔法をも邪魔するビヴァリー本人の無力化を図るという事。
前者は一つ一つに込められた魔力量が尋常ではないので、全て破壊すれば相当の損害を出す事ができそうだ。
だが後者を無力化できれば、全てを解決できる。
けれどこちらは後一分以内に出来なければ、巻き返しが難しくなる上に一番困難な道でもある。
迷う事一瞬、ジャンヌはビヴァリー無力化を選択した。
そしてそれは一番勝機の有る方法であった。
今現在ビヴァリーは、杖の効果で魔力回復量は百倍まで跳ね上がっている。
そのため強大な魔力を消耗した後だというのに、既にビヴァリーは完全回復していた。
なので前者を取っても直ぐに産み直されイタチごっことなり、アッサリと負けていただろう。
「ヒヒーーーン!」
「やはりこっちに来るかい。これは、骨が折れそうだねえ」
口調は億劫そうながらも、ジャンヌの威圧の嘶きもそよ風の如く受け流し、ビヴァリーは口元を緩ませ楽しそうに笑った。
そしてジャンヌが迫りくる中、ビヴァリーは履き替えた靴の仕掛けを起動した。
すると左右の靴の両側面部から、薄く丸い半月状の板が飛び出す。
そして服に付けたブローチに魔力を込めると、ビヴァリーの体重が羽の様に軽くなる。
丁度その時。
ジャンヌが手に巻きつけた植物の蔦を触手の様に伸ばし、ビヴァリーの動きを拘束しようと目の前までやってきていた。
だがビヴァリーは慌てる事なく杖に力を込めて風魔法を発動させると、体がタンポポの綿の様にすっ飛んで、あっという間に空高く舞い上がってしまう。
「ブルルルッ」
「ふふふっ。私は逃げ回るのは得意なのさ」
羽のブローチのおかげで、今のビヴァリーの体重は一キロも無い。
なので靴から飛び出した板にちょっと風を当てるだけで簡単に舞い上がり、宙を滑るように滑空できる。
ジャンヌも直ぐに《竜飛翔》で舞い上がろうとするが、《魔力減退粒子》を使った上でも風に押し潰されて、今のジャンヌの力をもってしても体を起こす事ができなかった。
この時点で既に十秒が経過している。
あと五十秒程でケリをつけなければ、巻き返しは不可能になってしまう。
「ヒヒーーン……」
本来《竜飛翔》は風の影響を受けないスキルだ。
なのに浮かべないのは、それすら押し潰すほどの圧倒的な魔力を孕んだ風で抑え込まれているというのもある。
けれどこのスキルは、何より初期動作として翼を広げる必要があるからだ。
だが今は暴風が上から吹き荒れて、力負けして翼を広げられない。
ジャンヌは現在守護騎士というクラスになっている。
守りに特化したこのクラスは、竜郎達を守護するのは最適なものではある。
だがその代償にステータスの筋力値も減ってしまい、筋力はクラスが変わる前よりも低くなってしまっていた。
だがジャンヌは守りたいが、竜郎や愛衣の邪魔をするものを悉く撥ね退ける力も欲した。
そこで目を付けたのが、樹魔法だった。
「ブルル…」
「ん? 何をしてるんだい?」
ジャンヌは体から樹の蔦を生やしていき、攻撃ではなく自分の体に巻きつけていく。
そして細かく、筋繊維の様にそれを顔以外の体中に巻き付けた。
そうしてその場に誕生したは、植物の筋繊維を纏った一回り大きくなったジャンヌだった。
「それで何───っ!?
樹魔法をそういう使い方する奴なんて初めて見たよ」
「ヒヒーーーン!」
レベル8の樹魔法では、ここまで細かい制御ができなかった。が、今は竜郎のおかげでレベル10。
ジャンヌは樹魔法で造った蔦をパワードスーツの様にして使い、自分の力を魔法でアシストして風の圧力を押しのけ立ち上がって翼を羽ばたかせて宙に舞い踊る。
ビヴァリーはこの使い方を見たのは初めてだと言っていたが、実はジャンヌは似たような魔法を見たことがあった。
それは妖精族のマリッカとその相棒ヨルンが、大蛇の姿から竜の姿になった樹魔法。
筋力値が減った時にどう補おうかと悩んだ時に、真っ先にジャンヌはその姿を思い浮かべたのだ。
そして今ジャンヌは魔法で体をアシストして、空中を逃げ回りながら風魔法で邪魔してくるビヴァリーを猛スピードで追いかける。
だが逃げるのが上手いと言ったのは間違いではないようで、元から飛行技術はそこまで高くないジャンヌでは機動力も負けてしまっていた。
この時点であと四十秒過ぎた。
今から逆転するには後二十秒程でビヴァリーを拘束、無力化し、残り全ての時間をキューブ破壊に費やさなければならない。
けれど樹魔法のパワードスーツの操作もまだ慣れていないのも相まって、どうしても宙を滑空するビヴァリーに追いつけない。
風魔法を使っても、向こうはさらに《魔力減退粒子》をも意に介さずに上位の風魔法で抑え込まれてしまう。
そして──時は過ぎてしまう。
目標の一分を過ぎてもビヴァリーを捕えきる事が出来なかったジャンヌは、最後に樹魔法パワードスーツで邪魔してくる相手の風魔法を撥ね退けながらキューブ破壊に奮闘する。
けれど元から高レベルの風魔法使いのビヴァリーが、副作用付きのソルセルサクリという強力な杖を使ったのだ。
魔法だけの対決でこれに勝つには竜郎と同じくらい複数の属性魔法が使え、同じくらい魔法に特化していなければならなかった。
〔そこまで! 試合終了でーす。
勝者は─────ビヴァリーさーん。
これにて『フォルネーシス』に、勝ち3点目が加算されまーす!
相手にリーチがかかっている中、何とか後に繋げましたー!〕
そんなアナウンスが聞こえた瞬間。
ジャンヌは樹魔法を解き、《成体化》して頭をがっくりと下げた。
そしてそれと時を同じくしてビヴァリーがソルセルサクリの行使を打ち切ると、その副作用によって魔力が一切出せなくなり体が鉛の様に重く感じた。
「ブルル……」
「─────うっ…………はあ……。
そんなにしょ気ることは無いさね。
私はこの後のダンジョン攻略に差支えが出るような真似までして、勝ちにこだわったんだ。一回くらい譲っておくれ」
「ヒヒーーン」
そう言うビヴァリーにも不服そうに鳴くが負けたのは事実なので、気丈な態度に戻って頷き竜郎達が待つ控室へと駆けていった。
「この杖を使わなかったら、少し危なかったかもねえ」
強力な力が得られるのはいいのだが、その代価に味わう体の重さにため息を吐きながらビヴァリーも仲間の待つ控室へと帰って行った。
ジャンヌが帰ってくると、竜郎がその頭を優しくぽむぽむと撫でてくれた。
そうしてジャンヌのメンタルケアを終えた後。
竜郎達はビヴァリーが持っていた杖や、明らかに重力に反した風魔法での浮遊に付いて話し合っていた。
「あの杖は魔法系等を最高レベルに強化する代わりに、使った時間に比例して魔法が使えなくなるみたいですね」
「ああ。それで試合後にあの人から魔力が見えなくなったのか。
あの空飛んでたのも、その杖の効果か?」
「いえ、体のどこかに軽量効果を発揮するアイテムを付けてたみたいですね」
「軽量って事は、体が軽くなるんすか。便利そっすね~。
その二つは、リアっちの方でコピーできるんすか?」
戦況によって体を軽量化できれば、戦術の幅も広がるかもしれない。
そんな考えからアテナがリアに問いかけたのだが、そうもいかないようだ。
「軽量のアイテムは直接見えない場所にある様でしたので、ビヴァリーさんにかかった効果から推察するしかなかったので無理ですね。
けど、あの杖の方は直接この目で観たので仕組みは理解しました」
「じゃあ、あの杖をリアちゃんが造れるの?」
「いいえ。無理ですね。
材料を集められたとしても、あの中身は超常の成せる業です。
人の手で再現できる類の物ではなさそうです」
「そうなんですの?
魔法が一時的に使えなくなるのは困りものですけど、場合によっては使えそうでしたのに」
このパーティーは魔法が使える者が多い。
そう言う意味でも、副作用ありきでも強敵相手の戦いでは役に立ちそうである。
けれどそちらは、人間のマネできる範疇を超えたアイテム。
どんなにリアが鍛冶術のレベルを上げていっても、完全にコピーは出来そうになかったのだ。
そう、完全には。
「けれど、あれを人が再現できるレベルまでダウングレードさせれば、あそこまでじゃないにしろ副作用なしで魔法を強化できる杖が造れるかもしれません」
「そうなのか?」
竜郎の今持っている杖は他の魔法も使い易くはなっているが、火魔法と風魔法に重きを置いて造られたものだ。
なのでできれば全魔法を網羅した杖なんか欲しいなあ。と、思っていた所だった。
「タツロウさんの杖は構想は練ってるんですが、それを実現させるのに研究がまだまだ必要です。
なので未だ出来そうにないですが、その機構も取り入れてみようと思います」
「それは有難いな」
「それに今、カルディナさん達が使っている腕輪型の杖を強化できるかもしれません」
「ピュィーー!」「ヒヒーーン!」「それは良いですの!」「ほしいっす~!」
今回のフォルネーシス達との戦いで、この層に来るまで負け知らずで来ていた戦績に傷がついた。
そのことで状況によっては負けてしまう事もあるのだと知った魔力体生物組は、より強くなれるのだと興奮気味にその朗報に喜びの声を上げたのであった。




