第217話 そんな未来が有ったなら
まず今回の勝利条件は、相手のキューブを一個破壊するだけ。
なら相手に一切のダメージを与えなくても、壊せるのならそれでいいという事だ。
そこでリアは《アイテムボックス》から四つ手榴弾を取り出してピンを外すと、それを両手でいっぺんに魚人の男ハブルルに投げつけた。
すると右手の二つは上に、左の二つはハブルルの左右に散らばる様に飛んでいく。
「──なんだ? 嫌な予感がする。守りに入るか」
「盾術の気獣技ですか」
リアが投げたものは四方八方に魔弾が散らばる代物で、ハブルルにとっては裸で受けてもダメージが与えられない玩具の様なものだった。
しかしそれでも、その一発でキューブを破壊することは出来た。
それを上に二つ。左右に二つ。
それらをほぼ全面から降り注がせれば、動くに違いないとリアは思っていた。
だがハブルルは盾の気獣技を使うことにより、その場から一歩も動くことなく防いで見せた。
わざわざ謎の方法を使ってまで隠していた少女。
そんな事前情報があったからこそ、ハブルルは必要以上に警戒を持ってしまっていたのだ。
そうして使った亀の気獣技から借り受けたのは、甲羅。
盾から緑色の気力を湧きださせると、それはドーム型の甲羅になっていく。
それを被る様に頭上に構えれば、床面から上全てに防御シールドが張られてしまった。
リアの小さな魔弾の散弾で、それを打ち破れるべくもなく。
あっさりと、まさに無駄弾に終わる結末となった。
(今ので俺からキューブを破壊できるとは向こうも思っていないだろう。
何が狙いだった……?
先ほど床に何かしていたが、トラップでも仕込まれたか)
ただ円形舞台の外周部を除いた、全ての床が異様に滑りやすくなっている。というだけなのだが……。
ますますハブルルは警戒して、その場に根を張ってしまった。
(あの亀の甲羅の様なドームを破壊するには…………。
アレを使うほかないと……。さすがにアレは使っちゃまずいですよね)
アレとは、リアが奈々とふざけて使った超大型爆弾。
しかもあらゆる属性を混ぜ込んだ、リアの最高傑作でもある。
製作時間も、かかる労力も他の数倍だ。
なので壊すのが惜しいというのも勿論あった。
だが、それ以上に威力がシャレにならない。
下手したらハブルルの気獣技で造ったシールドを破るだけにとどまらず、その生命すら奪いかねない。
さらにこの狭い円形舞台の上でやれば、リアにも余波が舞い込んでくる。
そうなれば確実に自分もお陀仏だ。
そして最後に、複属性の魔道具など現技術ではオーパーツだ。
迂闊に人目に晒すのはまずい、という理由まであるときている。
なので、アレはさすがに却下せざるを得ない。
(アレ以外であの防御網を突破するのは、今の私の手持ちの火力じゃ難しいですね。
じゃあ、いっそ床下から何かでき……ん?)
あちらが守りに徹してこちらにやって来る気配がないので、のんびりと──とまではいかないまでも、かなり意識を思考に割いていた。
そんな中でも、念の為に警戒していた意識が違和感を感じた。
そしてそれが何なのかと《万象解識眼》で探っていくと、そこでようやくその正体に気が付いた。
そしてそれと同時に、リアは床を蹴って飛びのいた。
「───っ!?」
「ほう。随分散漫だったわりに、よく気が付いたな」
ほんの一瞬前までリアのキューブがあった場所に、床から飛び出してきた先の丸い金属の細い触手が通り過ぎて行った。
その正体はハブルルの盾。
リアはその盾が形を変えられる防具だというのは解っていた。
だがその形状変化は、常人なら四角を三角に、三角を星形に。と、それくらいの大雑把な事をするのが関の山である。
一部分だけを細く引き伸ばして触手のようにするなど、ありえないレベルだ。
だがこのハブルルという魚人の男は《金属化》というスキルのおかげで、先天的に金属の操作に長けていた。
形状変化できるこの様な金属の物に限られるが、それはまるで自分の手足の様に動かすことが出来るほど。
そしてあまり深くまで観てしまえば体力の減りが激しくなるので、消耗を控える為にもスキル構成位で止めていたのが裏目に出た。
リアは、《金属化》というスキルの裏の能力までは見ていなかったのだ。
「──くっ」
「もう何をしても無駄だ」
ハブルルの盾は表面を上に向けていてよく見えないが、真ん中にぽっかりと穴があいていた。
その無くなった部分は、盾側面部からリアの死角になる背中の後ろ側から床に板の様に変形させた金属を潜らせて伸ばしていく。
そしてリアに気が付かれる前に、床の下に蜘蛛の糸の様に細く伸ばした金属触手を張り巡らせたのだ。
そして準備が整い。不意打ちでリアのキューブを破壊しようとしたその一瞬前に、気が付かれたという訳だった。
しかし気が付いた所で、もうリアは包囲されていた。
隠す必要も無くなったのか、床から何本もの細い触手が飛び出してリアの体を絡め取ろうとして来た。
だがリアは《万象解識眼》を使って何処にどのように伸びているのか、今見えているワイヤー部分から完璧に読み取り紙一重で躱していく。
「なんだ……、何故躱せる?」
「ほっ、はっ、ひゃっ、とおっ」
本当に紙一重でありながら、体に纏わりつかせずにキューブにも破壊させない僅かな隙間に身を潜らせて躱しているリアのその動きは、まるで未来でも見ているかのようだった。
こちらのワイヤーのどこがどんな風に伸びてくるのか、手に取る様に見透かされているのだ。
はっきり言って、ハブルルからしたら気味が悪い。
「なんなのだ!
やはり、あっちのパーティーの奴らは皆おかしい…。
何故純粋な戦闘職でない鍛冶師が、俺の包囲網を躱せるっ?」
などとハブルルにも焦りが出てきているが、リアは表面に出ないようにしているものの、実はそれ以上に焦っていた。
最初の相手の解析の際に《万象解識眼》の行使をケチったせいで、今盛大に使わされているのだ。
その消費量は栓を抜いた風呂桶の様に、体力を削り取っていく。
気力を循環させて体力を嵩増ししても、到底追いつけない程に。
(足が重くなってきました。もう一分も続けていられない……。
──ならっ、もうやけっぱちです!)
リアは器用にワイヤーを躱しながら、滑りやすくなった床面に自ら飛び出した。
最初から滑りやすくなっていると知った上で上手く姿勢を取れば、器用なリアなら滑走できる。
見た目的には只の床を突然滑ってこちらに突っ込んでくるリアに、一瞬ハブルルの思考が追い付かない。
その間にリアは打撃部だけで五十センチはあり、片面からは黄金の水晶で出来た突起が付いている大きなハンマーに持ち替えた。
「そんなハンマーでは、俺の気獣技は破れんぞっ!」
「何もしないで負けるよりマシです!」
「面白いっ。ならば、受けてたとう!」
リアは滑る床を滑走して通り抜けてワイヤーの包囲網から逃れると、その勢いのままハンマーを振り上げてハブルルに向かってジャンプする。
「来てみろっ!」
そしてその大きなハンマーが、ハブルルの盾の気獣技による亀の甲羅型の鉄壁ドームに到達する一メートル手前程。
そこで、リアは手持ちのグリップをカチリと自転車のギアを変えるように一段階左に回した。
その途端。打ち据えようとしていた黄金水晶の、突起が付いていない反対側の面が爆発した。
「なんだっ!?」
「てりゃあああっ!」
リアのステータスによって底上げされた膂力と、その爆発による推進力も加わって、ハブルルの想定以上の力で持って甲羅のドームにハンマーが打ち付けられた。
だが───。
「あまいっ!」
「識ってますよ! それくらい!!」
爆発の力を借りても、そのドームはビクともしないで上に弾かれた。
だがリアの攻撃はこれで終わりではない。
リアはさらにハンマーのグリップを、もう一段左にカチリと回した。
するとまた先ほど同じ面が爆発し、先と同じ所を的確に打ち付けた。
それでもまた弾かれる。
なのでまたグリップを一段回して爆発からの、打撃を繰り返す。
けれど爆発する度に、そちら側の面が吹き飛び減っていっている事から後一、ニ回で弾切れだろうとハブルルは予想した。
そしてそれは正解だった。
これはハンマーの黄金水晶の突起が付いていない面に、爆発魔法のプレートとその動力の帰還石が五セット埋め込まれている。
爆発する度に使ってしまったプレートと、その周りの部分を捨てて、ハンマーが軽くなる代わりに五回爆発による推進力での打撃ができる構造になっていた。
そしてまさに今四回目を使って、リアはグリップをまた左に回して最後の五枚目にも火を灯す。
「りゃああっ!」
「無駄だ! 一撃ごとに軽くなっているぞ!」
「───ふっ」
そして最後の爆発の力を借りた攻撃が終り、ハンマーの大きさが半分と少し程にまでなった瞬間。
リアは握った右手を上に。握った左手を下に引っ張ると、ガチンッと音を立ててグリップが二つに割れて少しだけ長くなる。
すると今まで打ち付けていた面から気力や魔力に反応して吸い付く、強力な吸盤が六つ現れガッチリとハンマーを気獣技のドームに固定した。
そしてそれを確認した後。
リアはグリップを握った右手を左へ、左手を右へとカチリと同時に回す。
すると今まで以上の爆発音が響き渡り、黄金水晶の突起が杭の様にハンマーから打ち出され、今まで攻撃してきた一点に最後の一撃をお見舞いした。
「ぐううっ!」
「─────はあ……。
やっぱり無理だったみたいですね──」
その一撃はハブルルの最硬の技に罅を入れるに至るものの、その堅牢な牙城を崩す事は叶わずにリアはハンマーから手を離した。
そして体力を全て使い果たしてしまったリアは、ばたりと後ろ向きに倒れた。
「その若さで、しかも戦闘職でもない者が俺の鉄壁の技に罅を入れたのだ。
そこまで、悔しそうな顔をするものではない」
「…………どうであれ。負けは負けですからね。
やっぱり、悔しいですよ…。
見ての通り私はもう動けそうにないですから、キューブを破壊してもらってもかまいませんよ」
「そうだな。では遠慮なくやらせて貰おう。
我らに勝ちを譲ってやれるほど、もう余裕はないのでな」
そしてリアのキューブは情け容赦なく、ハブルルの鉄化した拳によって破壊された。
〔そこまで! 試合終了でーす。
勝者は─────ハブルルさーん。
これにて『フォルネーシス』に、勝ち2点目が加算されまーす!
わーぱちぱち、どんどん、ぱふぱふー〕
「あーあ。負けちゃいました…」
アナウンスによる、リアの敗北宣言が胸に重く響き渡った。
そうして負けを噛みしめている時に、ハブルルがリアに話しかけてきた。
「お前は鍛冶師なのか?」
「え? はい、そうですけど」
「その武器も自分で造ったのか?」
「あー、まあ。どうでしょうね」
勝手に魔石を使用しての魔道具作成は違法なので、とりあえずリアははぐらかす他なかった。
その事になんとなく気が付いたハブルルは、そこに突っ込むのをやめた。
「ふっ。まあいいか。凄い武器だった。それだけ言いたくてな」
「使う度に壊してしまう武器なんて、不良品ですよ。
だから私はもっと、もっともっと技術を磨かなければいけません」
まだ幼い少女から伝わってくる熱量の多さに、ハブルルは目を丸くした。
だがリアとしては当たり前の事で。
今まで動けなかった分。今が最高に楽しいのだ。
そして未来をもっと楽しくするために、頑張りたいと全身全霊で願っているのだ。
そんな気持ちに押されるように、ハブルルの口は勝手に喋り出していた。
「いつか、店を出したりするのか?」
「……どうでしょう。解りませんが、──そんな未来も有るのかもしれません」
子供の頃に夢見たシュライエルマッハーの店を継ぐことは出来ないし、今の自分がそこいらで店を開けば直ぐにモーリッツが嗅ぎつけてくるだろう。
それが無くなるまで、あと何年かかるか解った物ではない。
だから店など持てないのかもしれない。
でもそんな未来があってもいいなという願望から、そんな言葉がリアの口から自然とこぼれ出た。
その表情は、まだ年若い娘がするには早すぎる憂いを帯びていた。
だからこれはまた何かあるのだろうと、ハブルルはそれ以上の追及をやめた。
なので、一言だけ言い残して去っていく。
「いつか。そんな未来が来たのなら。
成長したお前に、ぜひ俺の盾を造ってもらいたいものだな」
「─────っ。はいっ。その時はぜひ」
「ああ」
そうしてリアは少しだけ笑顔を浮かべ、ハブルルの背を見送ったのであった。




