第216話 エルフの血?
解魔法でいちいち探りを入れなくても、竜郎の火魔法よりも爬虫人のオーハンゼーの解魔法のスキルレベルの方が高いのは明白だった。
さらに何かしらの、解魔法の精度をさらに強化するようなスキルを持ってもいる様でもある。
この状態で態々火魔法オンリーで挑もうなど、相手を舐めているのにもほどがあるだろう。
普通の人間なら、勝ち目はゼロだ。
「ふ──」
「何をしようとも無駄だぞ!」
オーハンゼーはすっかり調子に乗り始め、このダンジョンで低確率で手に入れられる水鉄砲の指甲。
要は指に嵌めれば水鉄砲が打てるようになるメリケンサックを、水魔法でさらに威力を嵩増した攻撃で次々とキューブを破壊して竜郎との差を広げていく。
だがそんな中で、竜郎は慌てる事なく今から行う魔法の準備の為に杖を前に出して集中していく。
そして竜郎は大量の火魔法の魔力を使って一気に構築、発動まで持っていく。
と、ここまでならオーハンゼーは発動前にかき消すことができる──はずだった。
「何だこれはっ」
「…解魔法使い何だろ。自分で調べてみろよ」
竜郎は魔法のせいで会話に集中できず、かなりぞんざい言い方になっていたがオーハンゼーは特に気にもせずに調べ始める。
そして直ぐにそれが何か言い当てた。
「───これは……精霊魔法!?」
「御名答」
その魔法は、一見しては只の火の玉を五百個浮かべただけの物である。
だが、その中身は全て違う魔法の波長を放っていた。
その理由は、その全てに精霊の意思を降ろして自由にキューブを破壊する様にお願いしたからだ。
精霊魔法は一時とはいえ、意思を持つ魔法を造るスキルだ。
それは中に入っている精霊の考えが少しでも変わるたびに、入れ物になった魔法も波長を変える。
例えばこれが十個程度なら、今のオーハンゼーが全力をもって臨めばその波長の変化にも追いついてみせる自信はあった。
だが、今この場にある精霊魔法の数は十を優に超えて五百だ。
とてもいっぺんに消せるモノでないし、竜郎は今もなお増やし続けている。
そしてそれらは好き勝手に動きながらキューブを破壊し、魔力が尽きれば消えていく。
明らかにオーハンゼーの魔法制御力を超えた、絶対的な魔法の量で竜郎は不利な火魔法という状況を覆したのだ。
これはエクストラステージで大幅にレベルが上がったのと、修めシリーズを12種コンプリートした上で、何度も難しい魔法制御を今までこなしてきた竜郎だからできる荒業。
ただそんな竜郎でも自身だけで今の状況を造りだすのは無理なので、自分は火の玉という器を沢山造ることに専念し、構築しながら精霊を降ろして後は丸投げする。
というスタンスを取ることができたのも、この量を生み出すことに一役買っていた。
それからは一方的だった。
先に開いていた差をあっという間に物量で押しのけて、オーハンゼーは魔法をできるだけ多く消しつつ、キューブを破壊しなければいけないという苦行を強いられる。
今では何をどう優先してやればいいのかも解らなくなり、ほとんど身動きが取れていなかった。
(もう一個解魔法対策を考えていたんだが、この様子ならそれを使う必要も無さそうだな)
そのもう一個というのは、《施錠魔法》で火魔法をコーティングする事。
そうする事で、まず鍵を解いてからでないと波長を読ませないようにするのだ。
もっと詳しく言えば、闇魔法で施錠魔法を弄る事で特定の魔法に蓋をして、相手の手間を増やし、ひいてはアンチ魔法をしにくくすると言えば解るだろうか。
自分自身で何度か実験したので、その面倒臭さは折り紙つきだ。
だが、このままやっても勝てそうであるし、竜郎自身二戦目が回ってくる可能性もある。
なのでこれ以上手札を切るのは控え、今のまま押し切る事にした。
そうして、あっという間に三分は過ぎていき……。
〔そこまで! 現時点を持って試合終了でーす。
勝者は─────タツロウさーん。
これにて『たつろーチーム』に、勝ち5点目が加算されまーす!
わーぱちぱち、どんどん、ぱふぱふー〕
「ふう。これで後二勝で終わりか」
「うぅっ」
さすがに二分以上もずっと魔法に集中していたので、頭が熱を持って少しぼーとしていた竜郎だったのだが、呻きながらぶっ倒れたオーハンゼーに慌てて声を掛けた。
「あのっ、大丈夫ですかー?」
「………………」
〔返事が無い。只の屍の─〕
「縁起でもない事言うな!
というか、なんでダンジョンがその文言知ってるんだよ!」
〔よくあるダンジョンジョークじゃないですかー。やだなーもー。
オーハンゼーさんは、限界を超えた魔法制御をし続けた結果。
オーバーヒートして倒れたってとこですよー。
ほっとけば治りますからご安心をー〕
「ならいいんだが……。──しかたない。
いつ起きるか解らないし、一応向こうまで運んでやるか」
竜郎は念の為、自分でも首筋に手を当てて脈が正常に動いていることを確認した後。
両脇を持って足を引きずるように、フォルネーシス側の控え室にオーハンゼーを運んで行った。
魔法職でステータス的には筋力は低い方ではあるが、それでも成人男性一人を引きずるくらいは竜郎にだってできる。
なので大した苦労も無く扉にもたれ掛らせるようにオーハンゼーを置くと、ガチャリと勝手に開いて中へと転がり込んでいった。
ダンジョンが気を利かせたらしいが、もたれ掛らせた背がビタンッと床に落ちて痛そうだった。
けれど、ここからは竜郎の領分ではないので、軽く会釈してから踵を返そうとしたその時、その背に向かってビヴァリーが話しかけてきた。
「君は精霊魔法が使える様だねえ。エルフの血でも入っているのかい?」
「さあ。どうでしょうね?
逆にエルフの血が入っていれば、皆使えるんですか?」
「さて、どうだったかねぇ」
「「…………」」
お前が教えるなら、こっちも教えてやる。
そんな視線を交わす事一秒。埒があきそうもないので、竜郎は一言挨拶を残して去ることにした。
「他に用がないなら、これで」
「ああ。オーハンゼーを連れてきてくれたこと、礼を言うよ。ありがとう」
「気にしないでください」
そうして今度こそ竜郎は、愛衣たちの待つ方へと歩いて行った。
「おかえりー」
「おっと。ただいま、愛衣」
控室に戻るなり愛衣に抱きつかれた竜郎は、軽く抱きしめ返して頬にキスをしてから離した。
「これで、後一回勝てばリーチですね。
このまま、私に当たらなければいいんですけど……」
「軟弱な事を言うなですの!
二人纏めてぶっ倒してやるぜっ。くらい言うですの!」
「無茶言わないでくださいよ、ナなあああああ」
相変わらずこの二人は仲が良く、奈々に肩をガクガク揺らされリアはされるがままであった。
そんなじゃれ付く幼女二人にほっこりしていると、次の対戦がダンジョンから発表された。
〔それでは第七試合目を発表しまーす。
じゃかじゃかじゃかじゃか─────じゃん。
種目は相手のキューブ破壊一個。
参加選手は、たつろーチームからリアさん。
フォルネーシスからはハブルルさんの武術系対決に決まりましたー〕
「わ、私ですか……」「む。俺か」
先ほどあんな事を言っていたから、引き寄せたのではと思いたくなるほどタイムリーな選出にリアは不安そうな顔をするも、直ぐに切り替えてビシッと背筋を伸ばした。
そして相手側は、のんびりと立ち上がって扉に向かい始めた。
「どうやら、ハブルルって人物は盾術を使うみたいだ。
攻撃型じゃないから、そうそう危ない目にも遭わないさ」
「そうですか。ちょっと安心ですね」
「頑張るですの!」
「はい。頑張りますね、ナナ」
奈々が肩にポンと手を置いて鼓舞するとリアは両の拳を握って気合を入れ、腰にぶら下げた手榴弾をいくつか追加して十個ほどぶら下げる。
それから柄が長く打撃部が小さな金槌を持ってから、扉を開けて円形舞台へと向かって行った。
〔ルール説明は必要ですかー?〕
「大丈夫です」「大丈夫だ」
〔なら結構ですー〕
そうダンジョンが言うと、リアとハブルルの周りに一つずつキューブが現れた。
今回はこの一個を守りきった方が勝ちという訳だ。
〔はーい。それでは、始めさせていただきまーす。3、2、1───始め!〕
「「……………………」」
と……始めの合図がなされたものの、どちらも動き始めなかった。
リアは《万象解識眼》で相手の持ち札を全部見透かしつつ、円形舞台の素材を確認していくため。
ハブルルは盾での待ちを基本とし、攻撃はカウンターが主なので大きく純白の金属でできた盾で身を固めていた。
(体の一部を金属に変えるスキルがあるみたいですね。
あとスピードは鍛冶師の私と同じくらい。
攻撃スキルは無いから、上手く逃げ回れば私でも勝機はあるかもしれませんね。
けど、あの盾は素材が上位すぎて破壊するのは難しいですし、形も変えられるみたい……天装かもしれませんね。
どうあの防御網を抜けるかが鍵……と)
ハブルルの分析を終えたリアは、床を解析していく。
(素材は私でも自由に変えられるレベルですね。
これなら、地形は私の好き放題にできそうです。それなら──)
舞台の素材を解析し終えたリアは《万象解識眼》を打ち切って、腰につけた手榴弾を一つとってピンを抜き、自分とハブルルの中央付近、円形舞台の中心部に放り投げた。
それに何だと警戒しながらハブルルが盾から覗き見ている中、さらにぽいぽいと四つほどピンを抜いた手榴弾を誰もいない円形舞台に放り投げていく。
やがて一番最初に投げたものから順に舞台の床に落ちると外装部分が弾け、中から無色透明な液体の様なものがこぼれだして周囲に流れていく。
そしてさらにその液体は他の液体に引き寄せられるように伸びていき、円形舞台の中央に大きな円を描くように謎の透明物質が覆ってしまった。
覆われていないのは、リアとハブルルがたっている円形舞台の外周部だけである。
その段階になっても、あくまで自分から動く気が無いようなので、リアは手に持ったハンマーに鍛冶術で造りだした赤茶のハンマーを重ねると、その先端に赤茶の火を灯す。
(あの娘は、鍛冶師なのか。レベル上げの為にでも連れてきたのか?)
どんなことを相手がしてきても、それを防ぐ自信があった。
なのでハブルルは、あくまで不動にして鉄壁の構えのまま様子をうかがう。
そんな中、リアは見られている事を理解しながら前に歩み出て赤茶の火が付いた金槌を透明な液体に叩きつけた。
するとその透明な物体が可燃性液体の様に赤茶の火が燃え広がっていき、数秒で円形舞台半分をリアの鍛冶師の火で覆ってしまった。
これは新しくリアが開発した、鍛冶師の炎になる直前の何か。
その何かを詳しく説明することは出来ないし、それが解るのはリアだけだ。
なぜならそれは気力と魔力から造られ、炎になる前の一瞬に存在する謎の物体。
鍛冶師の炎を《万象解識眼》で観察し、直接触らなくても火を灯せないかと研究した成果である。
もしこれを鍛冶師が観ていたのなら、この光景を見て正気でいられはしないだろう。それだけ、ありえない事をしているのだから。
でも何故、態々そんな面倒な事をするのか。
最初から手榴弾で鍛冶師の炎を出せばいいじゃないかと思うだろうが、それでは地面に炎は灯せない。
その物質毎に何なのか、その理解ができていなければ炎は対象に染みない。
手榴弾はしょせん無機物。物を考えることも、理解する事もできない。
なのでこうして前段階の物体をまき散らし、その物質を理解しているリアが灯すという二段階の工程が無ければ再現できなかったのだ。
(相手は体を金属化して、硬くすることができる。
以前の魔物みたいに、直接攻撃になるような物を造っても意味がない。
だったら──)
「はっ!」
「……なんだ?」
例え舞台の床を棘だらけにしても、足を金属化してしまえば効果は無い。
なので摩擦係数を限りなくゼロにした、氷以上に滑る物質に作り替えた。
これは見た目では解らないように、偽装もしているので解魔法でもない限り見抜けないはずだ。
そして相手はまだ、火が消えただけとしか思っていないだろう。
だからリアは、あの場から少しでもハブルルを動かし滑らせ体勢を崩せば、その一瞬の隙を突くことができるかもしれない。
もとより物理系のステータスは筋力も耐久も劣っているのだから、ガチンコ勝負などできようはずもないのだから。
(あの人を動かせる攻撃は……───)
そうしてリアは不動の城を動かすかの心持で、ハブルルへと挑んでいくのであった。
次回、第217話は4月19日(水)更新です。




