第214話 それゆけ愛衣ちゃん
弱点でも口から滑らせてくれと願いながら、ニコラスは愛衣に体術の気獣技について教えていく。
「体術の気獣技ってのは、そこいらのと武器を使うようなのと違って難しいんだ」
「そうなの?」
「ああ。だから体術は、正規軍なんかじゃ推奨されない。
だが、弱いわけじゃないんだぞ?
極めれば、どんな武器にも勝る肉体を得られる最強のスキルだと俺は思っているからな」
「ふーん」
最後の辺りでは、ニコラス自身の願望も混じっていそうなので、愛衣は話半分にそこは聞き流した。
そして得意げに語るニコラスと、自分の中央上三メートル付近にキューブが出てきたのを発見したが、今は気獣技について聞いておきたいのでとりあえず放って置いた。
「でも、なんで体術だけそんなに難しいの?」
「他よりも技が多彩ってのが一つと、その気獣である双子竜の性格に難があってだな」
「……双子竜? えっ、一匹じゃなくて二匹いたの!?」
「おいおい、そんな事も知らないのかよ。
自分のスキルについてなんだから、ちゃんと知っておいた方が良いぜ。
あと一応神さまみたいなもんだから、匹は失礼だからやめとけ」
「はーい」
ニコラスは何がきっかけで力の享受を打ち切られるか解ったものではないので、敬っておいた方がいいという事を伝えておく。
すると愛衣から素直な返事が返ってきたので、ニコラスも先生にでもなった気分で口がドンドン軽くなっていく。
「でだ。二体いるってことは、まずどちらの竜と相性がいいかとかも考えた方が良いのかもしれないぞ?
考えて解るこっちゃないが、何となくこっちの方がいいなあぐらいに決めてから毎日お祈りするといいなんて話も聞いた事があるからな。
俺も白と黒の竜どちらがいいか決め打ちで、毎日拝み倒したもんさ」
だがニコラスは反対の白い竜が力を貸してくれるようになったというのは、黙っておいた。
「え"!? 拝むもんなの、気獣ちゃんって」
「ちゃんは止めなさいって。
いや別に拝む必要なんか無いのかもしれねーがな。
君だってもし自分が双子だった時に、どっちでもいいから来てくれって言われるのは嫌だろ?」
「うーん。私が双子ねえ…」
愛衣は、そのもしもを考えてみた。
もし自分とそっくりな子がもう一人いたとして、竜郎にどちらでもいいなんて言われた日には、悲しくて死にたくなってしまう。
そんな事を考えただけで目が熱くなるのを感じ、慌てて冷静さを取り戻して誤魔化す様に声を張った。
「そうだね…。ちゃんと私か、私二号かは選んでほしい!」
「二号ってなんだよ…。ってまあ、そんな事は良いとして、そう言うこった。
後は向こうが応えてくれるまで、自分を磨くのが一番の早道だろう」
「ねえ。もしかして一生応えてくれない人とかもいるの?」
「もちろんだ。
それは何も体術に限った話じゃないが、このスキルが一番気獣技が使える人間が少ないという事は言っておくぜ」
「そうなんだあ」
何やらニコラスの話だけを聞けば相当なひねくれ者の印象を双子竜にもつが、愛衣には今も早く出たい、力を貸したいと訴えかけている素直でいい子としか思えない。
それは錯覚なんかじゃないと、愛衣にはハッキリと言える。
そして今まで呼べなかったのは双子なのに、二体いるのに一体を呼び出そうとする認識の齟齬が邪魔をしていただけでないのかと愛衣は思う。
そして改めて自分の中にあるスキルを意識して、そのさらに奥深くにいる力強き者を感じ取ってみる。
今度は超巨大な一体としてではなく、巨大な二体として。
(─────あ。……そっか、二人いたんだね。ごめん、間違えてたよ)
二体の竜が愛衣に向かって、そんな事で謝る必要はないと訴えてくるのが感じ取れた。
ちゃんと個を認識できたことで、より深くそれが感じ取れた。
そして今までずっとかかっていた靄が晴れたような、爽快な気分が胸中を埋め尽くす。
「ありがと、おじさん。色々解った気がする」
「おじっ。待ってくれ、俺はまだギリギリ二十代なんだが」
「え? そうなの?
外人さんの年齢は解り難いね!」
「外人さんって、君はこの辺り出身じゃないのかい?」
「うん。ずーーと、遠くから来たんだよ」
「ああ……、道理で」
「ん?」
「いや、こっちの話だ」
こんなに目立つ冒険者パーティなど、そうはいない。
であるのに、今まで誰一人としてその名を聞いた事が無かったのは、遠い異国の者達だからだったのだとニコラスは納得した。
だが、困ったことに自分ばかり喋って彼女の弱点を探る事は全くできなかった。
自分たちの目の前の上方にあるキューブをちらりと見るが、今動いてもかっさらわれるのがおちだ。
さて、どうやってあれを壊せばいいんだろうかと、ニコラスが冷たい汗を頬に流していると、愛衣が思いがけないことを言ってきた。
「いやあ、たすかったよ、おにーさん。
お礼と言っちゃあなんだけど、あのキューブはそっちにあげるよ」
「はっ? マジで!?
そう言って俺が壊そうとしたら、後からやっぱやめたーとか言って攻撃してきたりしない?」
「しないって。どんな風に見てるのさ。私のことを」
「いやー。ナイスおっ──」
ナイスおっぱい! と、ふざけようとした瞬間。
愛衣の眼光が鋭くなるのを感じた。
この男がチラチラ自分の胸の辺りを見ていることくらい、ちゃんと愛衣は気付いていたのだ。
竜郎以外の男に、この体に視線をやられるのは気持ち悪い事この上ないが、それはこの男に限ったことではないので無視していた。
が、言葉にされるのはまた別の話だ。
なので、ニコヤカに問い返してあげた。二度目は無いぞと殺意を込めて。
「お?」
「ないすおっ優しい人だなあーと……」
「うんうん」
「─────すーーーはあ。すーーーーーーはあ」
危機が過ぎ去ったことを感じ取り、長く息を吐いて深呼吸をして落ち着けていく。
そうしてニコラスは危機が去ったのだと、血の気を失った頭があったまるのを待ち、それからキューブに向かって拳を振りぬき気力の打撃を当てて破壊した。
これで、一対一。状況はイーブンに戻った。
だがこれでニコラスに勝ち目が有るかと言われれば、正直微妙どころか絶望的だった。
なんせ、相手のスピードに全くついていけていないのだ。
ニコラスは試合前に格好つけて「俺は自分で言うのもなんだが──つえーし、はえーぞ」なんてのたまった自分を心の底からぶん殴りたかった。
一方愛衣は、試合どころではなく。
今あふれ出そうとしている力の奔流をどうしようかと悩んでいた。
このまま解放すれば、恐らく気獣技が使える気はする。
だが、そうなると目の前の男を殺しかねない。
それは愛衣自身望む所ではないので、何とか殺さずにすむ落としどころは無いかと模索していた。
すると視界に、男が気獣技で白い鱗を全身に纏っていくところが見えた。
アレはどうやら、分身を作ったり防御力を飛躍的に上げたりできる様である。
(そっか。あれなら、自分の強化だけだし練習には最適かも!)
さてそうなると、どちらの竜にとなってくる。
鱗を持つのは何も白い竜だけではないのだから、どちらを選んでも出来るはずだ。
(うーん。でも、こんなに出てきたがってくれてるのに、どちらか片方だけなんて可哀そうだよね。
ん? なら二体とも一緒に呼んじゃえばいいんだ!)
その答えにスキルの奥底で密かに俺が先だと牽制し合っていた二体も、我が意を得たりと喜んでいた。
そしてその喜びは、目の前の男にも影響を与えていた。
(そう言えば、今日はやけに簡単に気獣技が出せるな。いつもはもっと強情なのに)
例えるのなら。
いつもは、なかなか起きてこない部屋の主を何度も扉を叩いてやっと出てくるのが、今日はちょっと呼びかけただけで素直に出てきてくれた。
と言った所だろうか。
いつもこれなら、他のスキルより重宝されてもおかしくないのになあ。とニコラスは思う。
そして全身に鱗を纏い、それはその場に残して横に身をずらすと分身の出来上がりだ。
今度は愛衣の存在は無視して二人がかりで、キューブを破壊しに行くという半ば捨て鉢な作戦に出ることにした。
そしてそんな風に、各々が各々の事について考えていた時、新たにキューブが出現する。
場所は愛衣の後方十メートル先。気が付いたのはニコラスが先。
これは行けるか、とニコラスとその脱皮した鱗で出来た分身が足に力を入れた瞬間それは起こった。
目の前の少女から、黒い気力と白い気力が同時に湧き上り始めたのだった。
「───っ。なんだよ、あれは!?」
そのほんの少し前。
愛衣は集中しながら、二体の双子竜の力を共に暴れさせないようにゆっくりと引き出していた。
(うーん。名前があった方が解りやすいかも。
じゃあ黒い子はクロちゃん。白い子はシロちゃんでいい?)
何とも適当な名付け方だが、二体は驚きと喜びの混じった感情を愛衣に伝えた。
愛衣は喜んでくれているようで何よりだと思うだけだったが、二体にとってその名は武神が呼ぶ時に使う名前と同じだった。ちゃん付けではなかったが…。
かの御仁も名付けは得意ではないのが幸いし、二体の双子竜はさらに力を愛衣に与えていく。
(シロちゃん、クロちゃん。貴方達の力、貸してもらうね!)
その心の声と共に愛衣の体から黒と白の気力が湧きあがり、モノクロームの鱗が体に纏われていく。
そして愛衣は脱皮でもするかの如く、鱗を脱ぎ捨て横へとずれていく。
すると愛衣の形をした鱗の塊だけが残り、それは愛衣の思うままに行動させることができると感覚で理解した。
と。普通なら一枚鱗を脱ぎ去ったら、また張り直さないと分身体を増やせないのだが…。
愛衣の場合は最初から数十層の鱗を纏っていたので、するする脱皮して分身体を十体作り上げた。
「やった! できたできたっ」
元気いっぱいに喜ぶ愛衣に合わせて鱗の分身体も、万歳して喜びを表現した。
すると、愛衣の耳にアナウンスが流れてきた。
《『レベル:50』になりました。》
《体術家 より 武将 にクラスチェンジしました。》
《スキル 一発多貫 Lv.1 を取得しました。》
「おおっ。こっちも! いえーいっ、やっほーっ」
「なんなんだよ、こいつは…」
クルクル回りながら謎の喜びの舞を踊りだした愛衣に、意味も解らずニコラスはおかしな者を見るような視線を向けていた。
さらに分身体は、その愛衣を崇めるように惜しみない拍手を送っている。
怪しげな宗教だと言われても納得してしまうだろう。
だがニコラスはすぐに正気に戻ると、これは好機だとばかりに愛衣には近づかないように大きく弧を描きながら、その後ろに有るキューブを分身体と共に目指した。
「おっと、キューブが先だね」
「くっ、正気に戻りやがったか」
「む。最初から正気だもんねー!
いけー愛衣ちゃん一号から七号!」
「げっ」
明らかに自分の分身体よりも高密度なエネルギーで生み出された愛衣の分身体が、七体もこちらに飛び出してきた。
ちなみに残り三体は、キューブを破壊に向かう愛衣の後ろを守る様に位置取っていた。
二対七では勝ち目はなさそうだが、それでも殺されることはないだろうと無理やりにでもニコラスは突貫をかましていく。
数が多かろうとも、一体を自分とその分身体で倒していけば何とかなるはずだと考えたのだ。
所詮分身体は、本体程細かい動きは出来ないのだから。
と、そう思っていたのだが……。
「ぐわあっ」
ニコラスの分身体は瞬殺され、本人も飛びかかってきた四体に手足を押さえられて全く身動きが取れなくなってしまった。
また鱗を造って抜け出そうとも思ったが、さらに三体がその周りを取り囲んでいる。
先ほど分身体を瞬殺した動きから察するに、ニコラスの今の力量では一体から逃げるのがやっとだろう。
なので無駄に消耗するだけだ。他に何か手段は無いかと思考を巡らせている間に、愛衣は悠々とキューブの目の前に到着した。
「よし。新しいスキルを試してみよう。
えーと……ふむふむ。こういうスキルなのね。てやっ!」
愛衣は先ほどクラスチェンジと共に覚えたスキル、《一発多貫 Lv.1》を発動させた。
すると無造作に出した拳の横に別の拳が並んで現れ、その二撃で持ってキューブを粉砕した。
どうやらこのスキルは、レベルの数だけ攻撃の手数を倍化してくれるスキルらしい。
勿論気力は消費するので強力な一撃でそれをやれば消費も倍になるのだが、大量に気力が余っている愛衣にとってはもってこいのスキルであった。
「これであと一個だね!」
「はなせーーー!」
そうしてニコラスは最後の一個のキューブを愛衣が破壊するまで、分身体に捕らわれたままだったとか……。




