第213話 興味津々
巨人族の男ミロウシュが、再び《肉体強化圧縮》が使えるようになるまでのインターバルの間。
竜郎達は自然体で過ごしていたのだが、フォルネーシス側は勝ったというのに皆一様に苦い顔をしていた。
「まさか、ミロウシュが最高レベルまで圧縮しても辛勝だとはねえ」
「しかも試合中のミロウシュの話では、あれで十全でないのだろう?
めちゃくちゃだな」
武術系のメンバーの要であったミロウシュであるのなら、見事に勝利を攫ってきてくれると信じて疑っていなかった。
そのせいもあって、余計に自分たちは負け戦をしているのではないかという雰囲気になってしまっていた。
そんな空気を敏感に感じ取った人種のデイナは、元気づけるように明るく声を張った。
「けど、勝てたじゃないですか!
それに今まで出てきた人らがちょっと変わってるだけで、リーダーっぽい男の子とか、弓を腰につけてた女の子にドワーフの子なんかは、雰囲気的にも常人レベルっぽいじゃないですか」
「見た目で判断しない方が良い。あいつらは姿を偽れるんだぞ。
現に俺達が接触した時には、ドワーフの少女などいなかったはずだ」
「そういえば、あの時いたやたらと印象に残らない顔をした女がいないな」
「おや。ニコラスには、そんな風に見えてたのかい?
私には黒い靄の塊に見えてたよ」
「俺はぼんやりと女性の形を取った黒い塊に見えていたな」
「そうなの? あたしはオーハンゼーと違って、ニコラスと一緒だったけど」
そこでビヴァリーは、未だ舞台上から動けないミロウシュ以外の全員からどういう風に見えていたのかを聞いてみた。
すると武術職は全員、何の変哲もない普通の人種の女性がいたと言い。
魔法職はデイナと魚人種の女性イダ、爬虫人の兄弟の弟ヌータウの三人は普通の女性に。
残りのビヴァリー、エルフのオーレリー、魚人種の女性ディジャ、爬虫人の兄弟の兄オーハンゼーと…魔法職の中でも魔法抵抗力が高い者には何か違ったものに見えていた様だ。
ただ一様に、その靄の正体は記憶に残りづらく、今の今までそう言うものだと思わされてしまっていた事に気がつく。
「これはかなり強い呪魔法か、強力な何らかの魔法的なアイテムによる仕業だろうな」
「しかし、その方法も気になるが……。
そこまでして隠そうとした、あのドワーフの女の子が気になるねえ」
「罪人……には見えぬし、表面的に接した性格通りならば、あ奴らがそんな人物をかくまうとも思えんですぞ」
「となると、何か隠したい理由があったと。
やたら先を急いで見えたのも、彼女の存在を隠したかったのかもしれませんね」
オーレリーの推察にビヴァリーがその理由を考察してみるが、これと言って思い浮かばず、大分動けるようになってきたミッキーも良案が浮かばず適当な理由を口にした。
そしてそれらを鑑みた結果。
最初の竜郎達の行動に繋がると、オーハンゼーが提言したのだ。
「何かあると思った方が良いねえ。
他のまだ出てきてない子らも気を付けるにこした事は無いが、得体のしれないドワーフの子にはさらに注意しておく事にしようかね」
などなどそれからも、ああだこうだと竜郎達について考察している間に、ミロウシュもようやく帰ってきた。
そうして長いインターバルも終わりを告げて、次の試合がアナウンスされる。
〔それでは第五試合目を発表しまーす。
じゃかじゃかじゃかじゃか─────じゃん。
種目は早打ち三個先取。
参加選手は、たつろーチームからアイさん。
フォルネーシスからはニコラスさんの、武術系対決に決まりましたー〕
「私だ!」「おっと、遂に俺の出番だな」
愛衣とニコラスは各々名前を呼ばれた瞬間立ち上がった。
それを竜郎は精霊眼で見つめて、相手のタイプを見極めておく。
「相手は《体術》がメインだ。
武術系同士の戦いで負けるとも思わないが、くれぐれも怪我はしないようにな」
「解ってるよー。それじゃあ、行ってくるね」
そう言って愛衣は竜郎の口に自分の口を軽く合わせると、そのまま扉を出て円形舞台を目指して歩いて行った。
一方ニコラスも、まさか自分で言っていた通りの人物が来たことで、少々舞い上がっていた。
デイナに恋心を懐いているのは勿論なのだが、それでも愛衣が自分の好みのタイプに属している事には違いないのだから。
そうして二人ともが舞台に上がれば、改めてダンジョンの説明が入る。
〔今回の種目は第一試合目と全く同じものですが、改めて説明した方がいいですかー?〕
「いらないよ」「必要ねーぜ!」
〔はーい。それでは、始めさせていただき──〕
「っと、ちょっと待ってくれ」
何故かそこでイケメンになりたかったんだろうな風な笑みを浮かべて、ニコラスが挙手をしてダンジョンの言葉を止めた。
〔え? やっぱり質問ですかー?〕
「イヤ、そうじゃねー。
そこの嬢ちゃんは、見た所弓使いのようだ。
なら矢を番えておいて構わないぜ」
「は? いや、別にそんな事しなくてもいいんだけど……」
「なになに、俺はフェアな男だからな。
それをしてもズルいなんて言わねーし、例えそれで負けても文句は言わねーよ」
「…………いやほんとに、余計なお世話だって」
「むっ、強情な嬢ちゃんだな。
本当に良いのか? 俺は自分で言うのもなんだが───つえーし、はえーぞ」
「強い?」
面倒臭い筋肉のおじさんだなあ。と思い始めてきた愛衣だったが、竜郎に体術使いだと言われていた事と、この目の前の男が言った強いという言葉に興味を持った。
「それって、《体術》の気獣技も使えたりするの?」
普通そんな事を言ったところで誰も手の内を明かすような事はしないのだが、この男は生憎普通ではなかった。
「おうよ!」
「今、私ね。気獣技にとっても興味があるんだー。
最初のべれんさん?の時は、よく解んなかったけど。
後の剣術の人とデッカイ人のは一瞬見れたから、体術のも見せてよ」
「ミロウシュのは、俺でも使ったかどうか良く解らなかったんだがなあ。
さすが弓使い、良い目をしてるぜ!」
勝手に勘違いしていくニコラスに対し、それを訂正する必要性を感じなかった愛衣はまあいいやと、そう言う事にして話を進めていく。
「まーそれでいいとして。見せてくれるの、くれないの?」
「それは、嬢ちゃんしだいだよ。
実際こっちはまだ一回しか勝ててないんだ。
女子供相手に使うのは躊躇っちまうが、必要だと思ったら遠慮なく使うぜ」
「そっか。なら、私が必要になる状況を作ればいいんだ」
「出来るもんならな。んで、本当に準備しなくていいんだな?」
「うん。大丈夫。それじゃあ、始めちゃって」
〔もういいようですねー。
それでは改めましてー。3、2、1───始め!〕
開始の合図と共に愛衣は駆け出し、ニコラスは何が来てもいいように身構える。
どうやら弓を番える事がズルだと思っているわけではなく、本当にそうする必要が無いのだとニコラスは察したからだ。
ニコラスにとって、今の愛衣は何が出てくるかわからないビックリ箱。
なので、どんな動作にも対応するために瞬き一つしないで観ていた──はずなのに、視界から愛衣の姿が掻き消えた。
「は? ──っ!?」
「ありゃりゃ、今の躱されたの初めてだよー」
半ば本能に近かった。
全身が粟立つような存在感が、自分の左横に突如現れた瞬間──。
反射的に身を引くと、先ほどまでニコラスの頬があった場所を少女の拳と細い腕が通り抜けていくのが見えた。
これをまた躱せるかとニコラスに問いかければ、解らない。と言うしかない程、ギリギリだった。
ニコラスは慌ててカウンターを放とうと右足で回し蹴りをするも、既にその場所に愛衣はおらず、蹴りを出して無防備になった真逆の右側にいた。
そしてそれに気が付いた時には、既に拳が右のわき腹に迫ってきていた。
「くっそっ──ぐぁっ」
「ん? 今、何かやったよね?」
右のわき腹を殴られる瞬間。
ニコラスは気獣技を行使し、純白の気力で竜の鱗の様な形をした物をそこに形成して何とか身を守った。
しかし完全に衝撃が消し切れず、二メートル程横向きに吹っ飛ばされていた。
愛衣は今白い気力の鱗が形成されたのをしかと見たが、今はもう消えてしまっているので、もう一度観察したくなった。
なのでまた足に力を入れる。
「なんだよ。なんなんだよっ、お前はっ」
「愛衣ちゃんだよ?」
「───っぐ。舐めんな!」
また視界から消えたかと思えば、今度は真後ろから間の抜けた声が聞こえてくる。
ニコラスはその瞬間、気獣技を使って自分の全身に真っ白な気力でできた鱗を張り巡らせる。
それから脱皮でもするかの様に、前に出ると鱗の分身体が出来上がる。
そしてその分身体に背を突き飛ばさせて距離を取りつつ、それを操作して真後ろにいる愛衣に向かって正拳突きを出させ、自分も気力を練って全身に白い気力の竜鱗を纏っていく。
「何これ面白い!! ──でりゃああっ」
「なっ──」
ニコラスは気獣技で造った鱗を纏い極限まで自身の耐久力を上げた所で、同じく気獣技で造った自身の分身と共に挟撃をかますつもりだった。
──だが、避けると思われていた分身の正拳突きに対して……愛衣は同じく気獣技でも何でもない、ただの気力を纏った拳で同じ様に受けて立った。
……その結果。
自分の気力をたっぷり使って造りだした分身が、木端微塵に霧散してしまった。
「そんな馬鹿な…」
気獣技で練り上げた気力とただの気力では、圧倒的に前者が勝る。
だというのに今、愛衣によって行われたのは、その法則を無視した力技。
つまりこれは、質にも勝る圧倒的な量でもって壊された事の証明に他ならない。
そしてそんな量の気力を使ったというのに、少女は嬉々として楽しそうに笑っているのだ。
ニコラスにはもう、ただの少女ではなく、一体の化け物が目の前にいるとしか思えなくなっていた。
「あっ!」
「え?」
愛衣が何かを見つけたかのように、ニコラスから一メートル右側に向かって飛び込んできた。
ニコラスは反射的に距離を取らなければと、後方に下がった──その時。
これが戦いではなく、キューブを破壊し合うゲームだった事を思い出した。
「これで一個ね!」
「何やってんだ……俺は」
自分の真横にあったキューブを無視して、後ろに下がった結果。
いともたやすく、何の抵抗もしないままに一つのキューブを愛衣に破壊されてしまった。
そのあまりにも情けない結果に、ニコラスは自分の頭を一発殴って冷静さを取り戻す。
「ねーねー。体術の気獣技って、分身の術が使えるの?」
「…………というか。君はそれだけ出来るのに、本当に気獣技ができないのか?」
「うーん。何か出たがってるのに、出してあげられないって感じなんだよねー」
「出たがってる? 気獣がか?
念の為聞くんだが……、君がさっきから使ってるのは弓術なんかじゃなくて体術だよな」
「そーだよ。だから、弓を番えなくてもいいって言ったじゃん」
「はっ」
ニコラスは出たがっているという言葉が信じられずに、彼女がただ出せない事を強がっているだけだと思った。
何故なら他の気獣ならいざ知れず、体術の気獣はそんな殊勝な心を持ち合わせてはいないからだ。
出なくていいなら絶対出てこないし、何より何を切っ掛けにして力を貸そうと思うのかも解っていないのだ。
例えば剣術のスキルに宿る獅子の気獣は、勇気を示した時に力を貸してくれる。
槍術の虎なら、誇りを。棒術の猿なら、勤勉さを。盾術の亀なら、忍耐を。扇術の魚なら、純粋さを。
などなど、それぞれ何を示せばいいのか解っているが、体術の竜。
それも、白と黒の双子竜は訳が解らない。
強さを見せつけたら力を貸してくれる様になったと言う者もいれば、大勢の前で冗談を言って滑った途端に使える様になったと言う者もいる。
そのタイミングは気まぐれで、しかも双子のどちらかしか出てきてくれない。
しかも使えるようになってからでも偶にこちらに応じず、力を貸してくれない時もある始末。
そんな気まぐれな双子竜が自ら出たがっているなど、上位の体術使いに言ったら笑われるのが落ちである。
だが、いくら愛衣が化け物的とは言え相手はレディーだ。
あえて恥をかかせるものでないと、ニコラスのフェミニストな部分が反応した。
そしてさらに。
この会話から何か活路が見いだせないかとニコラスは、あえて愛衣の話を親身になって聞いていく事にしたのであった。




