第212話 巨人種の本領
相手が動く前にアテナはまっすぐ走りだし巨人族のミロウシュの前に来ると、大鎌は出さずに鎧を纏った拳で顔面にむかって殴りかかった。
「──はっ」
「真正面からっ。面白いのお!」
それをミロウシュは一歩下がって頭を後ろに引いて躱し、右手に持った大槍でアテナの左肩に向かって強力な一突きを放ってきた。
アテナはその一撃を半身で躱すと、そのまま横に回転して遠心力を利用し《竜装》の尻尾をしならせキューブに向かって撃ちつけようとする。
しかしこちらは、左手に持った小さな方の槍で受け止められてしまった。
「かかっ、やはりそれも動くかっ」
「ならこれでっ」
アテナは右手に大鎌を出してキューブに振り降ろしたが、こちらは大槍に阻まれ、逆に小槍でこちらのキューブを狙ってきた。
「むんっ!」
「なんのっす!」
小槍の突きを大鎌を分裂させて左手で持つと、そちらでいなして守りきる。
だがミロウシュは右手に持った大槍を横に薙いで、アテナを遠くに吹き飛ばしてしまった。
空中で体勢を整えながら相手の小槍から放たれる気力の連続突撃を、三つに分裂させた鎌でもって両手と尻尾で打ち払いながら着地した。
「なんつー馬鹿力っすか。それにスピードも尋常じゃないっす」
「かかかっ。そういうお主は、まるで曲芸士じゃな。
だが、どうも本調子ではない気もするのお。
身体能力は高いが、鎌術はまだまだひよっこでキレがない」
「よく見てる爺さんっすねえ」
「否定しないという事は、本領を発揮できていないことは認めるのじゃな。
ふ~む。少々残念ではあるが、こちらは既に三敗中じゃし遠慮なく勝たせてもらおうかの」
「こっちは、負けるつもりなんてないっすよ」
「か~~かっかっか。その意気じゃて。
それじゃあ、──ここからは本気で行かせてもらうぞ。アテナとやら」
「───っ!?」
アテナの目に、ミロウシュの体が一瞬縮んだように映った瞬間。
とんでもない速さで真っ直ぐ突撃してくると、こちらのキューブ二つに向かって大槍、小槍を突いて一気に勝利を掴み取ろうとして来た。
だがギリギリ目で追う事が出来たので、勘も頼りに大槍は左手と尻尾の鎌を融合させ、その一本を手と尾で持って受け流す。
小槍は右手の一本で何とか払いのけつつ後ろに下がって距離を取ろうとするも、ミロウシュはそこから息もつかせぬ突きの連打を二本の槍で打ってくる。
「ほれほれほれほれっ!
下がってばかりでは行き止まりになってしまうぞっ!!」
「くっ、そっ。なん、なん、すか!」
《鎌術》を得て、魔法なしでもそこそこやれる自信がアテナにはあった。
だが、このミロウシュの猛攻撃を防ぎつつ後退するのがやっとだった。
どちらも重く早く、体捌きだけで躱すことも許してはくれない。
大槍は尻尾と左手の二本でないと力で押し負けてしまうし、小槍も突き、薙ぎと細かく攻撃を切り替えられて気を抜いた瞬間キューブは壊されてしまう。
魔法さえ使えれば突破口はいくらでもあるのだが、それは禁止されているのでこのままどうにかするしかない。
だがどう考えてみても、この男に武術のみで勝てるイメージが全く湧いてこなかった。
なのにミロウシュの言う通り、あと数秒もすれば円形舞台の行き止まり。
そこから先は崖の下である。
(何とかしないとまずいっす)
そんな事を思うものの、生半な事をしても状況を悪くするだけである。
一気に形成を逆転するほどの何か、そうまさに乾坤一擲な一撃が必要になってくる。
(運頼りってのはカッコ悪いっすけど。負けるのはもっといやっす!)
だがサイコロの目が10を出してくれても、何が強化されるかはランダムだ。
今この状況で魔法に関する項目が強化された所で、無駄に大きく消費して終わるだけ。
また気力量を強化されても、耐久を強化されても現状を覆すのは難しい。
となると、筋力か速力。このどちらかを上げて貰わなければ勝機は無い。
(でろでろでろでろ。
この際強化率は度外視でいいから、筋力か速力のどちらかを!)
右の人差し指に嵌めていた豪運の指輪の力を開放し、アテナはスキル《乾坤一擲》を発動させた。
すると自分を形造る魔力がごっそりと抜けた感覚と共に、目の前にニ十センチ程の大きさの十面ダイスが現れ回転し始める。
その間にもミロウシュの猛攻は凌がなければならないので、結果を悠長に確かめている余裕もなくアナウンスがアテナの耳に入ってきた。
《速力値が一時、大アップします》
アテナが暇な時にヘルプを使って調べた情報によれば、《乾坤一擲》の出た目の上昇率は──。
1:変化なし。
2:微微小アップ。
3:微小アップ。
4:小アップ。
5:中アップ。
6:大アップ。
7:特大アップ。
8:超アップ。
9:超大アップ。
10:超特大アップ。
となっている。なので。
(大アップって事は、6が出たって事っすね。
正直8以上が欲しかったんすけど、速力を引き当てられただけでも幸運だと思わないとダメっすね)
速力がぐんと上がっていく感覚が湧き起こってくる。
しかし一時的なので、悠長に遊んでいる暇はない。
ここで決められなければ、どちらにせよ負けなのだ。
「あああああああああああっ!」
「─────なんとっ」
雄たけび上げて、先ほどとは別人のように動きの素早さが切り替わり、ミロウシュの槍を体捌きだけで潜り抜け、脇を通る瞬間キューブを一つ破壊した。
本当は二つとも破壊する予定だったのだが、そちらはミロウシュの超反応でガードされた。
だが、それで終わらせるわけにはいかない。
今一時的にとはいえ速さで勝っているこの瞬間に、もう一つも破壊しなければならないのだ。
アテナは竜装の尻尾を床に打ち付け無理やり体の向きを反転させると、今度はこちらの番だとばかりに両手尻尾の鎌三刀流で打って出────ようとした。
だが、何故かアテナの足が止まってしまった。
それは別にミロウシュが何かしたわけではないのだが、本能が止まれと言っていたのだ。
「かーかっか!
──まさか、儂の半分も生きてないような小娘に……。
それも十全の状態でもないようなもんに…。
ここまでやる事になるとは思わなんだ」
「なんすか……それは」
その兆候は少し前からあったのだが、だからなんだとアテナは無視していた。
アテナと戦う前は二メートル半あった身長が、アテナに猛追撃している最中には二メートル強まで縮んでいた。
そして今、ミロウシュの身長は一メートル半。アテナよりも小さくなっていた。
だが、その身から発せられる威圧はアテナをもってしても無視できない程強大で、強化された今の状態で当っても、我武者羅に突っ込んで勝てるような相手ではないと体全体で理解した。
「悪いが、この状態は長く続かんのでのお。
──終いにさせてもらうぞ、アテナ殿」
「それはこっちも同じ事っす。次でケリつけてやるっすよ」
「かかっ! それはいいのお…」
アテナは身を低くして突撃体制を取り、ミロウシュは小槍でさえ身の丈に合わなくなった体形で、二本の武器を小枝でも持つかのように悠然と構えた。
そしてお互い見つめ合う事、数瞬。
しかし互いの体感では数十秒の時を過ごした後。
二人は同時に飛び出した。
そして交差する瞬間に、アテナは鎌三刀を持って全力で一個のキューブを狙い、ミロウシュは片手ずつに持った二本の槍で相手の周囲に漂うキューブ二つを貫かんとする。
「ぐっ」「なんとっ」
───その結果。
アテナは二つのキューブを同時に破壊され、ミロウシュの残り一個のキューブも破壊されていた。
これは引き分けか──そんな答えが誰の頭にも浮かんだようだが、この場で戦った二人と、そしてダンジョンだけは勝者を知っていた。
〔そこまでー! 現時点を持って試合終了でーす。
勝者は─────ミロウシュさーん。
これにて『フォルネーシス』に、勝ち1点目が入りましたー!
わーぱちぱち、どんどん、ぱふぱふー〕
「やっぱり、あたしの負けっすか」
「儂の方が、ほんのちいとばかし早かったからのお。
とはいえ、儂としてはこんなギリギリでやり合うつもりはなかったのじゃが…。
まだまだ修行が足らん様じゃわい。かーーーーっかっかっか!」
「って、あんた身長が──」
「おお。もう時間切れの様じゃわい」
そう言うミロウシュの体はみるみる内に膨らんでいき、ニメール、四メートル、そして七メートルを少し超えた辺りでそれは止まった。
「それが、あんたの強さの秘密っすか」
「それだけじゃないがのお。まあ、その一端ではあるじゃろうな。
これはスキル《肉体強化圧縮》。
その言葉通り、体を縮めれば縮めるほど力も圧縮されて強化されるスキルよ」
「仲間でもないのに、そんなペラペラ話しちゃっていいんすか?」
「別にばれても構わんわい!
目の前に敵としてくるなら、真正面から蹴散らすのみよ!
かーかっかっか」
「そりゃあ、剛毅な事で」
このミロウシュの持つ《肉体強化圧縮》は、巨人種が会得できるスキル。
だが、それを得ている巨人種は全体の一割にも満たない。
通常の巨人種が持つ体を縮めるスキルは《肉体縮小》で、これは殆ど全ての巨人種が会得できる。
それのおかげで普通の人間サイズの者達が暮らす場所でも生活が可能なのだが、これは縮むほど力も弱くなってしまう。
またその上位スキル《肉体収縮》というモノもあるが、こちらは強化はされないが、どんなに縮んでも元のサイズと同じ力が出せる。
そしてそのさらに上位スキル《肉体圧縮》。
肉体を圧縮して、より筋力を上質な物に底上げすることで筋力値を上げるスキル。
そして、それら三つのスキルを越えた先に有るのが《肉体強化圧縮》。
筋力を上質な物に底上げした上に、強化補正まで当てて全能力値を上げてしまう。
身体強化系スキルの中でも、かなり高位に位置するレアスキル。
それにより七メートルもある元の身長を一メートル半まで縮小し、アテナが一個のキューブを破壊する前に、ミロウシュは二個同時に破壊せしめたのだ。
もちろんこのスキルで圧縮するのは簡単ではないので、そこまで縮めるのは並大抵のことでない。
普段は訓練として体を慣らす様にして徐々に縮小率を上げ、常態で二メートル半が保てるようになっていた。
だが今回はそれを無視して一気に圧縮してしまった反動で、今ミロウシュは元の身長以下にできなくなっていた。
「しかし、この体じゃあ元の部屋に戻れんのお……」
「御気の毒っす。んじゃあ、あたしは帰るんで」
「おっ。……うーむ、どうしたもんじゃろのお」
自分たちの控室に戻れずに困っているミロウシュを無視して、アテナは自分の帰るべき場所に向かって行く。
その姿は今の戦いで負けたことなど大して気にしていない様にもみえるが、その内面は真逆の感情が渦巻いていた。
(負けた負けた負けた負けた負けたっ。
本気が出せなかったからなんて、ダサい事は言えないっす。
今あたしが出来る全部で負けたっす。言い訳しないっす。
でも次にアレとやり合う事があったなら、魔法も使わずに勝ってみせるっす。
絶対に、絶対にっ、絶対にっ!)
一度だけ両の拳を力いっぱい握りしめ、それから《竜装》を解いて《成体化》状態に戻れば、いつも通りのアテナがそこにいた。
そうして竜郎達の待つ控室の扉を開けて中へと入った。
すると竜郎は、何も言わずにアテナの頭をポンポンとして一撫でしてから迎え入れ、他に何も言わなかった。
ここで頑張ったな。とか、負けてもいいさ。とか、しょうがなかった。とか。
そんなありふれた言葉を、彼女にかけるのは相応しくないのであろうと考えたからだ。
なので愛衣が、すかさず話題を変えてくれた。
「そーいえば。さっきキューブを破壊した時に、あのデッカイ人って気獣技使わなかった?」
「え? あー多分、そうだと思うっす。
一瞬だけだったんで、ほとんど何をしてきたのかも解んなかったっすけど」
「だよねぇ。私も離れてたのもあったけど、一瞬黄色い気力が見えた気がしただけだったからさ」
「剣の時は赤色。槍の時は黄色。気獣によって、色が違うんだな」
「全部使ったら虹みたいになりそうですの!」
「愛衣にだったら、できるかもな」
「何それ、面白そう!」
などと、すっかり話が脱線し始めた頃。
ダンジョンから緊急アナウンスがガラス板を通して流れてきた。
〔えー。ミロウシュさんが舞台から暫くどけない状態になってしまった様なので、ここで休憩タイムを挟むことになりましたー。
フォルネーシスの皆さんから、謝っておいてくれと言われたのでー。
とりあえず、ごめんなさーい。以上、緊急放送でしたー〕
「どれくらい、なんでしょうね」
「さあなあ。けど向こうの都合なんだし、こっちの都合で延ばして欲しいなら延ばしてもらえるだろ。ゆっくり休もう」
そうして竜郎達はミロウシュが再び《肉体強化圧縮》が使えるようになるまでの約三時間もの時間を、食事や睡眠、読書やおしゃべりなどをしながら十分な休息を取っていくのであった。




