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レベルイーター  作者: 亜掛千夜
第五章 呪われた少女編

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第211話 ジャンヌのプライド

 気獣技。

 それは武術系のスキルレベルが10に至って、やっと使用する資格が貰える。

 だが本当に使うには、より洗練された気力操作を身に着け、さらにスキルに宿る気獣に気に入られなければ、どんなにその人物が優れていようと一生使うことは出来ない。


 そして今ミッキーが使おうとしているのは剣術の気獣技で、その獣は獅子である。

 この獅子は勇気を好む。

 そしてミッキーが誰よりも前線に立って、仲間を逃がすために一歩踏み出した時、初めて獅子は彼を認めた。

 だが、認めただけではその力を完全には貸してくれない。

 その人物に合っていそうな部位だけを貸し与える。

 ミッキーの場合は身を守るたてがみと、相手を切り裂く右の爪五本だった。

 そして今回行うのは、その二つを合わせた気獣技である。


 短剣の鍔の辺りから赤く可視化した気力で出来た鬣がフサフサと溢れだし、剣先は気力によって刃先から五又の赤い刃がにょきりと飛び出した。

 それからミッキーは、嵐のように舞うジャンヌの巨体に向かって行った。

 狙うはジャンヌの真横にあるキューブただ一つ。

 それで勝てるわけでもないし、意味もない。

 けれどここで引いているような男が、ここまでダンジョンでやっていけるわけはない。

 闘志を燃やし、ただほんの少し、相手は何も思わないのだとしても、一矢報いてやろう。

 そんな気持ちだけ持って闘志を燃やし、フサフサの気力の鬣部分でジャンヌの尻尾や足に轢かれないように受け止めいなし、どんどん近づいていく。


 足元付近までミッキーがやってくれば、ジャンヌも流石に対処に出る。

 ジャンヌの目から見ても、危なそうな赤い五つの刃。

 何をする気かは知らないが、みすみす好きにさせてあげる必要もないのだから。



「ヒヒーーン!」

「ふおおおおっ!」



 もう体感で残り十秒も無いだろう。

 ここでキューブの破壊をやめても、ジャンヌの勝ちは揺るがない。

 なので全身全霊を持って、この男を止めてやろうとジャンヌは相対した。

 ただそこにいるだけで常人にとっては恐怖の対象であるのに、まともに正面に立たれて睥睨され、さすがにミッキーの心に臆病風が吹こうとする。

 けれどやや長い前歯で下唇を噛んで、痛みと共に臆病風を吹き飛ばす。

 そして鬣と五本の爪が生えた短剣だけを携えて、さらに前へ前へと駆けだした。



「ヒヒンッ!」

「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!」



 その意気やよし。

 そう言いたげに軽く嘶くと、ジャンヌは死なない程度に手加減した右手からのパンチをミッキーに繰り出した。

 手加減されているとはいえ、その巨体から放たれた一撃はそれだけで轟音を立てて迫りきた。

 ミッキーはそれに臆さず、自分からぶつかりに行く気概でさらに速さを増して走り出す。


 そして拳が当たる直前に前方斜め上に飛び出すと、鬣をクッションにして横に回転しながら受け流し、そのままジャンヌの腕を駆け上がっていった。

 当然ジャンヌは振り払おうとするが速度が思っている以上に早く、その前に眼前にまで迫られた。

 このまま顔面に攻撃する気かと思ったジャンヌは、反射的に左手を顔面の前に挿しいれた。

 だがミッキーの狙いはジャンヌではなく、あくまでその顔の横にあるキューブのみ。

 ミッキーは差し込まれた左手を無視してジャンプし、キューブに向かってナイフを振り上げた。

 その様を左手の指と指の間で見ていたジャンヌは一瞬、放って置くか、邪魔をするか迷った。

 あの一個のキューブは、別に惜しくはないのだから。


 だが。

 この男はまるで、それを直接ジャンヌの目の前で破壊することで、数字的敗北を内容的勝利に引き上げられると信じているように見えた。

 それを認めるか否かが、ここで動くか動かないかの分かれ道だったのだが──ジャンヌはそのプライドに賭けて中途半端な勝利を否定する。



「ヒヒーーン!!」

「──何とっ。じゃまですぞおおおおおおおお!」



 ジャンヌは顔の前に差し込んだ左手をさらに奥まで伸ばしていき、ミッキーの進行方向を阻害した。

 キューブは今やミッキーから見てジャンヌの左の手の平を越えた先、甲の後ろ。

 ミッキーは赤い爪の刃が五本生えたナイフを振り上げ、その手の平を切り裂く勢いで振り下ろした。



「ぐ─────がぁっ!?」



 だが現実は非情なり。

 ジャンヌの硬い外皮に阻まれて切り裂く事叶わず、そのまま虫を払うかの如く左手をミッキーごと払って舞台に叩きつけた。

 ミッキーは舞台の床に体をめり込ませ意識が朦朧とする中、ジャンヌが見せつけるかのように自分が壊そうとしていたキューブを右手で握り潰すさまを見届けた。



〔そこまで! 現時点を持って試合終了でーす。

 勝者は─────ジャンヌさーん。

 これにて『たつろーチーム』に、勝ち3点目が加算されまーす!

 わーぱちぱち、どんどん、ぱふぱふー〕



「ヒヒーーーーーーーン!」

「む…無念な…り……」



 片や勝鬨かちどきを上げ、片や悔しさが思わず口から零れ落ちた。

 そうしてジャンヌは《成体化》し竜郎達の方へと戻ろうとした時、試合が終わってなお床にめり込んだ状態で動けないミッキーが横目に見えた。

 ジャンヌは一瞬迷った後、ミッキーの方へとノシノシ歩いて行く。



「む……。なにを───ふおっ」



 ジャンヌは無言でミッキーの腕を甘噛みすると、できるだけ優しくめり込んだ床から引っ張り上げた。

 それから離してみても、どうやらまだ自分で歩ける状態では無いようなので、首根っこを咥えて小柄な男を一人敵側の控室まで運んで行く。

 そうして扉の前までやって来ると、ダンジョンがやったのか扉が開いたのでミッキーを控室の前において自分の帰る方向へと歩き出した。



「ミッキーさん。すぐ生魔法を使いますね!」

「デイナ殿。それは待つのだ。

 そなたの番が残っておるであろう。魔力は温存しておいた方がいいですぞ」

「本当に大丈夫なのかい?」

「ビヴァリー殿、心配ご無用……。

 ジャンヌ殿はしっかりと、手加減してくれていた様ですからな。

 ほっといても死にはしませんぞ。しかし……」

「しかしなんじゃ?」

「いえ……ね、ミロウシュ殿。

 完全敗北した上に、その相手に運ばれるなぞ、戦士として恥ずかしいと思いましてな」



 そう言いながら壁に寄りかって半身を起こし、ジャンヌの後ろ姿を何とも言えぬ表情で見つめた。



「完全敗北とは、ちと言い過ぎな気もするがのお」

「甘言はよして欲しいですぞ。

 せめて最後にと一矢報いようとしたところで、この様……。それのどこが──」

「ミッキー。あやつの左前脚を、もっとよく見てみい」

「? ───あ」



 巨人族のミロウシュに言われるがままに、ミッキーが後ろ姿から見えるジャンヌの左前脚を見てみれば、わずかにそこを庇うようにして歩いているのが見て取れた。

 それは間違いなくミッキーが、ほんの些細ではあるけれど、一矢報いた証であった。



「そうか……。私は最後に男を見せることが出来たのですな…」

「そうじゃのお。あの硬質な竜に傷を負わせたのだから、それなりによくやった方じゃて」

「まあ、結局は負けちまったんだがねえ」

「がはっ」

「ちょっ、それは言いっこなしですよ。ビバリーさん」



 ビヴァリーの一言にミッキーが完全にやられて項垂れると、それを必死でニコラスが励ましたのであった。


 一方、竜郎達はと言えば。



「ヒヒーーン……」

「ジャンヌ、怪我しちゃったんだな。

 直ぐに治してあげるから、こっちにおいで」

「ヒヒーーン♪」

「ジャンヌちゃんも、なんだかんだ言って甘えんぼさんだねー」



 ジャンヌは左前の五本の切り傷が入った足裏を見せると、優しく招き寄せてくれる竜郎にすり寄って甘え始めた。

 それに竜郎は「よしよし、痛かったなー」と優しく患部を労わりながら、手伝いをかって出てくれた奈々と一緒に生魔法で治療していった。

 傷自体はそこまで深いわけではなかったので、直ぐに跡も残さす綺麗に治療を終えた。



「しかしジャンヌが《真体化》状態で、しかも《超硬化外皮》まで使ってたのに傷をつけたか。

 気獣技ってのは、かなりの威力なのかもな」

「だね。普通の気力の刃とは、また違って見えたもん」

「おかーさまの参考には、なったですの?」

「うん。具体的にどうのこうのとは言えないけど、何となくこんな感じかなーっていうのは解ってきたかも」

「それじゃあ、剣術が10になったらできそうっすか?」

「あははー。それは、やってみないと何とも言えないよお」



 楽観的な気質を持つ愛衣だが、見た限り気獣技とは自分だけで何とかなるようなものに思えなかったので、そこはぼんやりとはぐらかしておいた。

 そうこうしている間にジャンヌの足踏みや尻尾、ミッキーを叩きつけた時にできた凹みなども完璧に整地し直したダンジョンが、次の組を発表し始めた。



〔それでは第四試合目を発表しまーす。

 じゃかじゃかじゃかじゃか─────じゃん。

 種目は相手のキューブ破壊二個。

 参加選手は、たつろーチームからアテナさん。

 フォルネーシスからは、ミロウシュさんの武術系対決に決まりましたー〕



「あたしっすね」「む。遂に儂か」



 名前を呼ばれたアテナとミロウシュが、扉へと向かって行った。

 その際、竜郎は相手の情報をアテナにしっかりと伝えておいた。

 今回の相手は、今までとは格が違う様に思えたので念入りに。



「アテナ。あいつは槍使いなんだが、何かそれに属さない力あるスキルを持っている。

 十分気を付けてくれ」

「それって、そんなに不味そうなんすか?」

「スキル名までは何とも言えないが、それは妙に色濃く見えたからな。

 それで無くても、あの中の武術系連中の中じゃあダントツに強いはずだ」

「……わかったっす。最初から全力でいくっす」

「ああ。できるだけ怪我はしないようにな。心配だから」

「りょうかいっす~」



 言葉は軽く聞こえたが表情はいたって真剣に、アテナは《真体化》して属性を纏わないただの防御として使うための《竜装》を纏い扉を開け放った。

 話しこんでいたせいで、相手は二メートル半のその身にしても大きな四メートルはある大槍と、二メートルの槍を左右片手で持って円形舞台で待っていた。

 アテナはそれでも悠然と歩いて相手に向かい合った。



「変わった鎧を着ておるのお。まるで竜人の様じゃわい」

「そっちはそんなでかい槍持ってるのに、片手でいいんすか?

 なんなら小さい方の槍はあたしが貰ってもいいっすよ」

「かーかかっ。心配には及ばんぞ。儂の体はちと特殊だからのお」

「どう特殊なんすか?」

「知りたければ、己の目で確かめるがよいぞ。かかかかっ!」



 ミロウシュは笑いながら槍が軽いのか、それとも力が強いのか、片手で両の武器を器用に回して見せた。

 アテナはそれを横目に見ながら、とりあえず大鎌は出さずに自然体に構えた。



〔今からお二方の周囲を付いて回るキューブを二つ出現させまーす。

 今回の種目は、こちらの開始の合図の後、二つの相手のキューブを先に壊した方が勝ちとなりまーす。

 何か質問はございますかー?〕

「ないっす」「ないぞ」



 二人がそう言った途端。

 その周りにキューブが二つ現れ、それぞれの周りをクルクル回り始めた。

 今回は、この二つのキューブを守りきれば勝ちという事らしい。



〔はーい。それでは早速、始めさせていただきまーす!

 3、2、1────始め!〕



 そうして、アテナとミロウシュの試合が始まったのであった。

次回、第212話は4月12日(水)更新です。

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