第210話 情報漏洩の代償
お互いのチームが、それぞれ話し合いを終えた所でダンジョンは次の組み合わせを発表してきた。
〔それでは第二試合目を発表しまーす。
じゃかじゃかじゃかじゃか─────じゃん。
種目は相手のキューブ破壊一個。
参加選手は、たつろーチームからカルディナさん。
フォルネーシスからはイダさんの魔法系対決に決まりましたー〕
「ピュィーー」「私ね」
両控室から選出された者同士が声を上げた。
竜郎はまた向こう側を《精霊眼》で覗き見て、最初に反応のあった人物が何のスキル持ちなのかカルディナに教えておく。
「イダっていう人物は、雷と光の魔法スキル持ちみたいだ。
カルディナだと相性がいいかもしれないな」
「ピュィーーイ!」
「任せておいて! だそうですの」
「心強いね!」
そしてもう一方、フォルネーシス側ではと言えば。
「向こうは、あの鳥さんみたいですよ。イダさん」
「てっきり誰かのテイムした魔物か何かだと思ってたんだけど、違った様ね」
「何らかのスキルで鳥に化けているのかもしれない。注意した方がいいぞ」
「ご忠告どうも、ハブルル」
デイナがカルディナが扉から出てくるのを見て驚いた様に魚人の女性イダに報告すると、一同あの動物、もしくは魔物もパーティーの一員だったのかと驚いていた。
そんな中、魚人の男ハブルルは先ほどの奈々の時のように何かありそうだと注意を促した。
そうしてイダもカルディナに少し遅れて、扉を出てまっすぐ円形舞台に伸びる一本道を渡っていった。
そして両者が円形の舞台に立ったところで、ダンジョンのルール説明が始まった。
〔今からお二方の周囲を付いて回る、キューブを一つ出現させまーす。
今回の種目は、そのキューブをこちらの開始の合図の後。
最初に相手のモノを壊した方が勝ちとなりまーす。
何か質問はございますかー?〕
「ピュィー」「ないわよ」
両者同時に首を横に振った。
するとカルディナとイダの周りにキューブが現れ、周囲を惑星のように持ち主を起点としてゆっくりと円を描くように回り始めた。
試しにカルディナとイダは動いてみると、そのキューブは回りながらこちらの動きに合わせて位置をずらした。
〔はーい。それでは早速、始めさせていただきまーす! 3、2、1────始め!〕
「ピュィーーイイ!」「はああああっ」
動き始めたのは同時だった。
カルディナは竜郎に相手が雷魔法と光魔法の使い手だと教えられていたので、水の細かい網目の分厚い防御層で雷を受け、それを二層目の土でアースのようにして地面に流す雷対策を組み上げた。
そしてそれと同時に、イダは光魔法でブーストした煌めく雷を手に持った杖からまっすぐカルディナに向かって放った。
片や相手の手を予想しての完全防御。
片や相手を探る為、小手調べの光雷攻撃。
結果。解りやすいほどに明暗を分けることとなった。
カルディナは強力な雷攻撃をたやすく受け流し、相手は完全に手の内を読まれていたことに驚き、思考に空白が生まれた。
その一瞬の隙の中でカルディナは、解魔法で相手のキューブの位置を探査し正確に位置を把握。
水と土魔法で二重コーティングした、極小の魔弾をセット。
それを小さな水の網目から狙いを定め、撃ち放つ。
「───っ」
けれどイダはそれに直ぐ反応して、雷の壁を目の前に築いて魔弾の防御とした。
しかしそんな急ごしらえされた魔法と、カルディナがここまで全て一つの工程として造り上げた魔法とでは、どちらが勝つかなど明白だ。
土と水のコーティングと魔弾の一部は損失しながらも、その魔法は雷の壁を越えた。 その時その場所に回ってくる事を解魔法で探査していた箇所へ、それは吸い込まれていき、そのまま魔弾はイダのキューブを撃ち抜き破壊した。
それは試合開始の合図から十秒も経ってはいない、本当に一瞬の試合となった。
〔これにて試合終了でーす。勝者、カルディナさーん。
これにて『たつろーチーム』に、勝ち2点目が加算されましたー!
わーぱちぱち、どんどん、ぱふぱふー〕
「ピュィーーーーーーーーーー!」
「───うそ。もう終っちゃったの……?」
まったく予想だにしなかった超短期決戦に、終了の合図がもたらされても未だ信じられずにイダは呆然としていた。
しかしカルディナは軽やかに空を飛びながら、さっさと竜郎たちの元へと去っていった。
「えー……」
そんな飛び立つ後ろ姿を見ながら、イダは杖を《アイテムボックス》にしまい、とぼとぼ踵を返したのであった。
「ピュィ!」
「速攻で決まったね!」
「下手に何かさせる前に倒してしまうのが一番安全だろうし、最善の手だったかもな」
竜郎は愛衣と一緒にカルディナを招きよせて、頭を撫でて可愛がり、こちらは実に和やかな雰囲気だった。
その反対にフォルネーシスは、暗くなっていた。
「瞬殺だったよ……。ごめん、みんな」
「まあ、相性も悪そうだったから仕方ないと言えば仕方なかったのだろうが…」
「あそこまで完璧に初手に雷魔法対策してこれたって事は、コデルロスの言っていた通り、こっちの情報が漏れちまってるみたいだねえ」
「事前にバレているつもりで行動した方が良いか」
こうして早くも二敗し、まさかこのまま一勝も出来ずに終わるのではと何人かが思い始めた所で、ダンジョンは次の対戦方法と対戦相手を呼び始めた。
〔えー。ではもう次へ行ってしまいましょー。
第三試合目を発表しまーす。
じゃかじゃかじゃかじゃか─────じゃん。
種目は五分間キューブ破壊対決ー。
参加選手は、たつろーチームからジャンヌさん。
フォルネーシスからはミッキーさんの武術系対決に決まりましたー〕
「ヒヒーン!」
「ジャンヌとは誰の事だっ?
まままさか、あの目つき悪い女では……うぅ、腹が痛くなってきましたぞ…」
ジャンヌは意気揚々と。
人種と小型動物の獣人のハーフ、ミッキーは、喉笛を掴まれ睨まれた時の恐怖がぶり返し脂汗を流しながらフラフラと動き始めた。
だがジャンヌがアテナでないと解るや否や、胸をなでおろしながら額を拭った。
そうしてお互い円形舞台に立って向かい合うと、ダンジョンのルール説明が始まった。
〔今回の種目は、こちらの開始の合図の後。
この舞台上に大量にキューブが出現しまーす。
それを五分間の間により多く破壊した方を勝者としまーす。
個数の判定はこちらが正確に判定できますので、お二方は壊すことに専念してくださいねー。
それでは何か質問ございますかー?〕
「ヒヒン」「ないですぞ」
ジャンヌとミッキーは同時に頷いた。
それを確認したダンジョンはさっそく、開始の合図をカウントし始めた。
〔はーい。それでは早速、始めさせていただきまーす! 3─〕
(一時はどうなる事かと思ったものだが、どう見てもあちらは鈍重な獣。
吾輩の敵では無いですぞ! ふはははっ)
「ヒヒーン……」
ミッキーは、その速さを生かした短剣をメインとした剣術家。
その目に映るジャンヌは堅牢堅固ではありそうだが、機動力に欠いた盾役だった。
ミッキーの剣でジャンヌの硬い皮膚を切り裂く自信はこれっぽっちも無かったが、今回は倒すのではなくキューブの破壊個数を競うだけ。
逃げ回りながら破壊しまくれば勝てるのだ。
そんな考えから、これは貰ったと内心ほくそ笑んでいるのが表層に漏れ出て不気味に笑うミッキーの姿に、ジャンヌは「何この人ー。気持ち悪ーい」と思った。
〔2、1──始め!〕
開始の合図と共に、四方八方に床から空から大量にキューブが湧きだした。
それにミッキーは《アイテムボックス》から、両手に緑と青の金属で出来た短剣を取りだし、走りながら気力の小さな斬撃を無数に飛ばし次々とキューブを破壊していった。
「ふははっ。どうだ! これでは吾輩にいいいい──」
「ヒヒーーン!」
吾輩に追いつけぬであろう! と言おうとしたようだが、ジャンヌはそんな言葉を聞きもしないで、ミッキー程ではないが、それでも十分俊足の領域で走り回っていた。
キューブはジャンヌの体のどこかに当たりさえすれば軒並み破壊されていき、上方にある物は角から《成体化》状態から繰り出される《角槍刃》を放ちそちらも一回で複数個破壊していた。
「はっ、反則ではないかっ。何故にそんな速さで走れるのだ!」
「ヒヒーーン」
「何言ってんだろーこの人ー。変なのー」と思いながら、ジャンヌは特に気にせずキューブをモリモリ破壊していく。
いくら速さで勝っていても攻撃範囲で負けてしまっているミッキーは、慌てて慢心を解いて剣術の気獣技を発動させた。
「獅子爪刃!」
「ヒヒン?」
その言葉と共に、ミッキーの短剣から一度に五撃もの赤い斬撃が飛び出していった。
それは何かと短剣を見てみれば、その先端から可視化された赤い気力で形成された獅子の爪の様なものが五本生えていた。
そしてその五本の赤い爪から飛んでいく小さな斬撃が、バラバラに散ってキューブを破壊していっているのだ。
ミッキーは手の動きも先ほどより早く動かし、残り時間に全体力と気力を賭けて動き始めた。
それにより、手数が以前の五倍以上。
ジャンヌの攻撃範囲の広さをも凌駕する手数で、劣り始めていた個数を挽回し始めたのだった。
それにジャンヌも面白くなってきたとばかりにニヤリと口角を上げると、足に力を込めて大地をより強く駆けだしたのであった。
一方、そんな競争の最中。
愛衣はミッキーの出した気獣技に興味津々だった。
「あの人、ししなんちゃら~って言ったとたん、一回の攻撃で五個も斬撃飛ばしてるよ。
もしかして、あれが気獣技って奴かな!」
「だろうな。剣術の気獣は獅子だったし、さっき叫んでた技の名前?も、獅子そーば?とか言ってたし間違いないだろう」
「あんな事が出来るようになるんだねー。
他にもなんか使ってくれないかなあ」
「今は無理じゃないか?
すごく必死な顔してるし、他のことしてる暇はなさそうだ」
「ちぇー。それじゃあ私はジャンヌちゃんを応援しながら、剣術の気獣技を研究させてもらおーっと」
そうして竜郎達が見守る中、一分経過ごとに何分経過。ジャンヌ○○個、ミッキー○○個。
と残り時間と、どちらが勝っているのかアナウンスで教えてくれていた。
残り四分時点ではジャンヌの方が勝っていたが、三分時点では僅差で勝利、二分時点でほぼ同数、残り一分では僅かにミッキーに負けてしまっていた。
競技として楽しいのはいいのだが、当たり前ながらジャンヌは負けたくはなかった。
風魔法や樹魔法を使っていのなら、ここからでも大差で巻き返すことは可能だろう。
だが今それをやってしまえば、その時点で反則負けが決まってしまう。
であるのなら、こちらも隠している余裕はない。
そう考えたジャンヌは、本当の姿を見せることにした。
「ヒヒーーーーン!」
「ん? 何を─────っ!? そーれは……だめでしょー…………」
「ヒヒーーーーン! ヒヒーーーーン! ヒヒーーーーン!」
「うをおわわわっ」
体のレベルを上げたせいなのか大きさも相まって、その身に纏う威圧感は上位の竜種そのものだった。
その巨体でジャンヌは円形舞台上で舞うが如く動きはじめ、長く太い尻尾もフル活動して床面を払う様に360度振り回し、先ほどとは比較にならぬほどにキューブを破壊していった。
一方でミッキーは、その尻尾の攻撃を避ける必要性が出てきてしまい、攻撃の手数が目に見えて減ってしまう。
当たれば死にはしないだろうが、自分の小柄な体格に当たれば重傷を負ってしまうこともあり得る。
そしてそれだけならまだしも、ミッキーの数少なくなった気力の斬撃も、その進路上に《超硬化外皮》で硬くなった手を出して、文字通り握り潰されてしまっていた。
「どひゃあああっ」
「ヒヒーーーン!」
「うひょおおーーーっ」
「ヒヒーーーン!」
それはもう独壇場だった。
ジャンヌが暴れ回り、その下でミッキーが巻き込まれないように必死で逃げ回る。
この時点で、既にジャンヌの勝利は決まった様なものだった。
だが事ここに至ってミッキーも悪あがきを、してみたくなった。
どうせ負けてしまうのだとしても、一矢報いてくれようと。
この男、普段はメンバー1の怖がりである。
だが本当の窮地に至った時、ミッキーは誰よりも前に出て囮をかって出る。
そしてその逃げ足の速さで、いつも無事に戻ってくる。
そんな男であった。
だからこそ、目の前に竜という存在自体が上位の者を前にしながらも、震えも恐怖も一切抱かず、それだけは譲らないとジャンヌの真横のキューブただ一つを睨み付けた。




