第209話 謎多きパーティ
奈々とフォルネーシスのメンバー鳥型獣人ベレンは共に一個撃破、一個同時撃破で二個撃破とみなされた。
残りあと一個となったところで、奈々とベレンは二人睨み合いながら膠着していた。
そしてそんな二人を見ている両控室もまた盛り上っていた。
「しかし魔法を禁止されてるとしても、奈々とあれだけやれてるって凄いな」
「魔法もありなら、奈々姉が余裕で勝てそうっすけどね。
けど、急に羽が生えた時は驚いたっす」
「おそらく鳥型獣人系の人が希に持っている《鳥人化》とかいうスキルか、それに準じる何かでしょうね」
自分の番まで体力を温存しておくつもりなので、リアは暇な時に読むように竜郎から借りた様々な種族について書かれた本から得た知識を掘り起こした。
ちなみに竜郎は、まだそれを読んではいない。
「羽が生えて飛べるっていいなあ。
でもちょっとあのベレンとか言う人、より獣っぽくなったね。
あれはヤかも」
「手のこうに羽毛っぽいのが生えて、顔立ちも人間の顔から鳥っぽくなってるもんな。
でも、愛衣なら獣化してももっと可愛い気がする」
「ふふっ、ありがと。たつろーもきっとカッコいいよ」
「そうか?」
などと相変わらずな二人がいる中で、フォルネーシス側は騒然としていた。
「おいおいっ、あのちびっ子。天魔種じゃねーのか!?」
「まったく驚かされるねえ、むこうには。
あの目つきの悪い娘がヤバそうだと思ってたけど、とんだ隠し玉を持ってたもんだよ」
「しかもありゃあ、ただの天魔じゃないだろうな。
ここまで届くあの威圧感からすると、よっぽど高位の存在だろう。
一体どこでスカウトしてきたのやら」
「だがまあ、ベレンに勝ち目がないわけでもなさそうじゃのう。
どんなに相手が種に恵まれていたとしても、ありゃまだ若い。
ともすれば、生まれて数年と言った所かもしれんぞ」
「うへー。もしほんとーに数年でアレとかだったら、あたし達の努力が馬鹿らしくなるわねー」
順にニコラス、ビヴァリー、オーレリー、ミロウシュ、イダがそんな事を話しあっている所で、睨み合っていた奈々とベレンが同時に動き出した。
まだ四つ目のキューブが現れていないことを確認しながら、お互い超至近距離で相対す。
その時奈々は的を小さくするために《成体化》し、ベレンは翼を生やした状態での陸上戦は不得意なので元の状態になっていた。
お互い本気でやっても相手は死なないという妙な信頼関係を築きつつ、相手を地面に叩きのめす勢いで攻撃し、躱し躱され、反撃を──と、息する間もなく動き続けた。
そしてその時はやって来る。
「「───!」」
奈々から見て右手側、ベレンから見て左手側の円形舞台の切れ間ギリギリの場所にキューブが現れた。
今度もまた見つけたのは同時。
奈々は逸る気持ちを抑えながら、相手に何としてでも一撃入れてから向かいたかった。
そうしなければ、勝敗が自分にすら予想できなかったからだ。
それはベレンも同じの様で何とか一瞬でもいいから気を逸らせないかと、直ぐに向かいたい気を抑えながら相手に全力で攻撃を撃ち放つ。
お互いキューブの存在に気が付いていながら、どちらも向かえないという状況下がしばらく続く。
だが先に業を煮やした奈々が、この戦いで三度目の《急加速》を行った。
「はあっ!」
「甘いっ──」
「───っ!?」
ベレンは二度、奈々の《急加速》に痛い目を見せられていた。
だが二回も見せられて対応できない程、間抜けではない。
急激に加速した奈々の手の動きに合わせ扇でその攻撃を受け流しながら横に回転し、奈々よりも一歩向こう側に躍り出た。
そしてそのままキューブへと奈々に背をむけたが、後ろから迫ってきた攻撃に足を止めてベレンは振り返らざるをえなくなった。
それは奈々の竜牙に纏っていた竜力を槍の様にしてリーチを無理やり伸ばした攻撃で、放って置けば背中を刺されかねなかったからだ。
そして奈々は、また至近距離での攻防に巻き戻した。
けれど先と違い奈々の前方に、ベレンの後方にキューブが存在する状況に変わっていた。
つまり距離でのアドバンテージを握られてしまっているのだ。
だが、ここで奈々に不運が起きた。
「あ──」
「りゃあああっ!」
先ほどから手に持つ竜牙に無理に竜力を注ぎ過ぎたせいで、細かい亀裂がいくつも入ってしまっていた。
その為、ベレンに数度攻撃を弾かれた際に木端微塵に砕けてしまった。
竜の素材とはいえ所詮レベル1の素材には変わりなく、リアの《品質向上》も防具を優先してしまっていたせいでこちらまで手が回っていなかったのだ。
当然そんな絶好の機会をベレンが見逃してくれる訳もなく、容赦なく鉄扇を畳んで奈々の頭に面を放ってきた。
(《アイテムボックス》から出してる暇なんてないですのっ。
──ならっ)
「はああっ!」
「───っ」
武器が無いのなら、自前の爪を使えばいい。
奈々は《真体化》して、鋭くとがり黒く染まった爪に竜力を通して引っ掻いた。
その爪は奈々が予想していたよりもずっと頑丈で、自分の体の一部だけあって壊れる心配もなかった。
ベレンの右手の畳んだ扇で頭を打ち付けられるより前に右の爪で弾き飛ばし、左の爪で飛び掛かった。
「にゃにゃにゃにゃーーっ」
「猫なの!?」
口から漏れ出る言葉は緊張感に欠けるが、その一撃一撃は無視できない程の威力を持っていた。
なのでベレンは、その全てを両手の扇で受けざるをえない。
《スキル 引っ掻く Lv.1 を取得しました。》
「にゃにゃっ? ───ニャニャニャニャッ」
(急に攻撃が重くなったっ。いったい何が?)
ベレン達の考える人間の天魔はとにかく誇り高い。
だから竜牙を持った奈々に対し剣術スキル持ちだと勘違いしているようで、まさか獣の闘い方をする獣術系スキルを所持しているとは夢にも思っていなかった。
なので所詮苦し紛れの攻撃、最後の悪あがきとしか思っていなかった。
だが奈々のそれは予想を裏切り、獣のように精彩を持ったれっきとした攻撃になっていた。
そしてその認識の間違いが、今度は奈々に幸運を呼んだ。
「ニャーー!!」
「つっ──」
爪の先が、扇を握っていたベレンの右手の親指を僅かに切り裂いた。
それでも扇を落としはしなかったが、少し緩んだ。
それを目ざとく察した奈々は足先で蹴り上げて扇を一本遠くに弾き飛ばし、無手となったベレンの右側面を《急加速》で抜けて追い越した。
そしてそのままキューブに全力で走っていく。
後ろから迫る気力の斬撃をジグザグに動いて躱していく。
するともうキューブは目の前だ。
だがベレンはそこで追いついてきて、先ほど持っていた扇とは違う──おそらくスペアらしき扇を右手に持って両腕で奈々が振り返らざるを得ない、美しい桃色に可視化した気力がたっぷり乗った直接攻撃をお見舞いしてきた。
まともに喰らえばキューブを破壊する前に、奈々が意識を失いかねない。
なので奈々は振り向きざまに両手の爪で受けとめた。
流石にその攻撃を爪で受けたのは不味かったらしく、真ん中三本の爪の先が衝撃でへし折れた。
だが奈々は、それでも受けきった。
この時点でキューブは、奈々の真後ろだ。
けれど今もなお押してくる扇を受ける両手をどかすことも、踏ん張る両足を動かすことも、魔法を使う事も出来ない。
「まだ終わらせないわっ」
ベレンはここから逆転する気で、両手に力を込める。
しかし、奈々はそれにニヤリと笑った。私が勝者だと。
「───いいえ。これで終わりですの」
「は? どうや───あっ!?」
手も足も出なくとも、奈々には普通の人間には無いもう一つの攻撃方法があった。
奈々は着物の中に隠していた黒く細い矢印型の尻尾を出し、それでもってキューブを鞭の様に弾いて破壊したのであった。
〔これにて試合終了でーす。勝者、奈々さーん。
これにより『たつろーチーム』に勝ち1点が加算されましたー!
わーぱちぱち、どんどん、ぱふぱふー〕
「わたくしの勝ちですの」
「ぐぬぬぬっ。─────はあ……」
そこでベレンは力を抜いて扇を持ったまま、だらりと手を降ろした。
その様を見ていた奈々は《成体化》して幼女に戻ると、そのまま竜郎達の所へ帰ろうとした。
しかしふと視線の端に、ベレンの親指から流れる血が地面をポタポタと濡らしているのが見えた。
奈々は自前の生魔法でとっくに治し終わった右手を、ベレンの前に差し出した。
ベレンは握手だろうと思い血を拭ってから、奈々の小さな手を握った。
「特別に治しておいてあげますの」
「え?」
「それじゃあ、さよなら。ですの~」
「あっ、ねえ。どういう───ってあれ、親指の傷が…」
奈々はこちらの手の内をばらすことになってしまったが、なかなか面白かった試合であった為、その礼とでも言わんばかりにベレンの指を生魔法で治療した。
だけれどそれ以上の追及もさせるつもりはなかったので、奈々はててててーっと竜郎達の待っている控室へと走って帰っていった。
「勝ちましたの!」
「ああ、見てたぞ。
魔法を一切使ってないのに、純物理職に勝てるなんて凄いじゃないか」
「ほんと、ほんとっ」
奈々は控室の扉を開きしなに竜郎にガバッと飛びついて頭を撫でて貰うと、今度は愛衣にガバッと抱きついてそちらにも頭を撫でて貰った。
すると先ほどの熱量の高かった試合の余韻も残さず、奈々はニッコニコの笑顔になっていた。
「これで後、六勝ですね。うぅ……、私に回ってくる前に終わって欲しいです」
「なに弱気な事いってるっすかー。
リアっちも大事なうちの戦力なんすから、初めから弱気でいるのは良くないっす~」
「今回魔法は禁止だが道具を使っちゃいけないなんてルールは無いんだから、絶対に無理って事はなさそうだしな」
「あのボカーーンって奴とか。ぴかーって奴とか。
見た目じゃ何が来るか解らないし色んなパターンもあるから、いくらでもやりようがあるよっ!」
「ですかねー…」
ルール決めの時に、こちらもあえてそこに触れないようにビヴァリーと話していたが、あちらも何かしらの道具は使いたそうにしているのが感じ取れた。
なので向こうも生魔法使いの女性や、解魔法使いの男性辺りが何か使って来るであろうと竜郎は思っている。
だからこちらも、リアの時は遠慮なく使わせてもらうつもりだ。
そうなれば今もまだ不安そうな顔をしているリアも、相手に引けを取ることは無いだろう。
そんな事を思いながら竜郎は、今はカルディナとジャンヌに頭を撫でて貰っている奈々の方に視線を向けたのであった。
そんな風に竜郎達がすごしている最中。
フォルネーシス側は、ベレンが先ほど親指を治療してくれた事を皆に伝えていた。
「へー。治療してくれるなんて優しいじゃないか。よかったな、ベレン」
「何呑気な事を言ってるんだい、ニコラス。
あんたこの意味が解ってないのかい?」
「は? どーいうことっすか? ビヴァリーさん」
「私との戦闘中には爪が折れた時にも使わなかった回復系のスキルを、終わってから使ったってことは魔法系の。
……ううん。はっきり言うと、あれは生魔法だったわ。
一瞬だったから最初は解らなかったけど、思い出してみればあの治っていく感じはそれに近かったもの」
「生魔法って……。それじゃああの嬢ちゃんは、あんだけ動けるのに実は魔法職かもしれないって事なのか?」
ニコラスは「んなアホな」とまるで信じていない様子であったが、他の者は大真面目に考えていた。
「もしくはどっちも出来る、珍しいクラスって事もあるかなー?」
「かもしれんな、ディジャ。
そしてさらに、あそこにいるメンバー全員がそうであったのなら、あの人数でも我々と肩を並べる速さで来れたのも頷ける」
「道理で人数が少ないと思ったわい。
あやつら一人が儂ら数人分の仕事をこなせるのなら、確かにそういう事もあるだろうて」
「けど、もしそうなら態々むこうから魔法職と武術職を分けようなんて言わないんじゃないですか?」
魚人の女性ディジャ、壮年のエルフのオーレリー、巨人種ミロウシュの話に頷いていたデイナは、ビヴァリーのすぐ横でルール決めの話し合いを聞いていた内容を思い出していた。
「デイナの言う通り全員が両方使えるのなら、それを向こうが切りだしてくるのは妙ね」
「だね。私の時に生魔法を使われていたら、触られた時に体調をおかしくする位の事は出来るはずだもの。
もしそうだったら、直ぐに負けてたわ」
「とすると向こうには魔法が、もしくは武術が極端に弱点となるメンバーがいるのかもしれないな」
「まったく……。
なんでよりにもよって、こんな大儲けのチャンスにこんな訳の解らないパーティに当たっちまうかねえ」
魚人の女性イダ、鳥型獣人のベレン、バトルエルフのコデルロスの話を耳にしながら、ビヴァリーはそう言って盛大にため息を吐いた。
そして皆も同感だとばかりに、苦笑いを浮かべたのであった。




