第204話 鶏との戦争
相手は毒を吐き、毒の爪を二本持つ三メートルのちょっと変わった鶏だ。
『ちょっと?』
『まあ危険度は段違いだが、頭が悪いってだけで扱い易くはあるからな』
ということで、巨大鶏誘導作戦を筆談で打ち合わせしていく。
作戦のすり合わせ作業も終わったので、さっそく行動に移り始めた。
まずリアがスタッフスリングを取り出して、そこに音と光が派手なだけの小規模の爆発と光魔法の混合魔法陣が刻まれた手榴弾をセットする。
そして竜郎とカルディナ達魔力体生物組は、魔弾with得意魔法の混合準備。
愛衣は軍荼利明王すべての手を弓矢の出力に回して、巨大な弓矢を番えて構える。
それぞれが準備できたかを目配せで確認し合ってから、リアは一度巨大鶏たちがこちらを見ていないのを確かめ、スタッフスリングを振って170メートルほど彼方まで飛ばした。
そして直ぐにリアは偽壁から飛び出したスタッフスリングを引っ込めると、屈んで身を潜め直した。
すると何もいない所に落ちた手榴弾が派手な音と光を立てて小さく爆発し、巨大鶏たちは一斉にそちらに向いた。
そして光の玉が花火のようにパチパチしながら宙に浮かんでいるのを発見する。
それが何かも解らずに、すっかりそちらに釘付けになった鶏たちは我先にとコケコケ叫びながらその光に向かって駆けだした。
『やっぱり、アホだな』
『でもこれ、他の魔物にも使えそうだよね』
『ああ。リアの手榴弾なら、魔法みたいに発動する寸前まで魔力も出ないし便利だな』
念話で竜郎と愛衣はそんなことを言いながらも、鶏たちが完全に密集するのを待つ。
そして光が段々と薄れ始めた頃。一か所に大量の鶏たちが集まり終わった。
そこで竜郎は、小さく右手をあげて振り降ろすと同時に偽壁を崩した。
崩れた音を感知した何匹かの鶏たちがこちらに振り向くが、もう遅い。
本来なら一人でしかできない混合魔法を五人分の出力で構築した複合属性魔弾と、巨大なサイズと威力を持った弓矢の三射が群れに向かって容赦なく撃ち放たれた。
「行くぞ!」
竜郎のその声と共に全員が中央のボタンのある場所に向かっていき、飛翔能力に最も優れたカルディナだけは予定通り赤いボタンに向かって真っすぐ飛んでいった。
後はボタンを押すまでカルディナを守り通し、後退。
そして次の部屋へと行くだけである。
大量の鶏が死んでいく中、直ぐに周辺から黒い渦が湧きだす。
そしてそこからまた追加の巨大鶏がコケコケ呑気にやってきて、竜郎たちに突進してきた。
「近くに来た奴は頼む。俺はカルディナを援護しつつ外周の魔物を狙う」
竜郎は右手に持った杖を上に掲げて、レーザーの準備をはじめる。
どうやらあちらさんは飛翔能力自体は鶏同様無いようだが、高く飛んでから翼を広げての滑空はできるようで、ボタンへと飛んでいくカルディナの後をそれで追いかけながら胸の辺りに付いた一本指の腕を二つ振り回していた。
「うちのカルディナが可愛いのは解るが、ストーカーはお断りだ馬鹿野郎!」
そう叫ぶと同時にカルディナのお尻を追いかけ回す巨大鶏の数だけレーザーを撃ち放ち、的確に後頭部を撃ち抜いていく。
そしてさらにそれは撃ち抜いた後、弧を描いて下に向かい地面を滑るような軌道を取って飛び上がらんとしている者たちも蹂躙していった。
今やレベルや称号などで底上げしたステータスによって、レーザーは撃ちっぱなしではなく、撃った後もしばらく動かせるようになっていたのだ。
そして愛衣はと言えば。
近くに来たものを倒すために手に持った軍荼利明王の本体を離そうとした時、何故か勝手にロボットハンドの方が動き出した。
それに愛衣が何じゃろな? と一瞬首を傾げていると、愛衣の腕を掴んで弓の射撃の構えを斜め上に向かって取らせた。
愛衣自身何か思惑があるのだろうと素直にその手に従い弓を一本番えて射撃の準備を取ると、八本の手が射線上に手の平をかざし、本来気力の槍とするエネルギーを一か所に集め風船のように丸く膨らんだ大きな気力の塊を造りだした。
このまま愛衣が番えている弓矢を放てば、その塊を射抜く形になる。
そして軍荼利明王は、それを撃てと愛衣に言っているように感じた。
なので、愛衣は迷わずに撃った。
すると愛衣の見立て通り射線上にあった気力の風船を撃ち抜くと、その弓矢は塊を矢先に刺したまま、誰もいない何もいない天井方向へと斜めに飛んでいった。
これに何の意味があるのだろうと、満足したのか腰の後ろに戻っていった軍荼利明王を気にしながらも、宝石剣に持ち替えていると、ようやくその意味を理解した。
愛衣が先ほど撃ち放った矢先の気力風船は、ある程度上昇したところで破裂。
それと同時に風船の中から大量の弓矢が現れ、下に向けて一斉に投下された。
その場所は仲間が誰もいない、魔物だけがいた区画。
上方より飛来した弓矢に、それらは次々と撃ち抜かれて死んでいった。
「おもしろーい。こんなこともできたんだね」
どうってことないぜと言わんばかりに、軍荼利明王は近くにまでやってきた鶏に掌から出した気力の槍を喉元に突き刺した。
一方ジャンヌとアテナは、二人とも《真体化》して二手に分かれて前に出た。
ジャンヌは竜郎から貰ったあの足に絡みつくスプラクという植物の種に、樹魔法を使って急成長と巨大化を同時に行う。
そして、それを鶏が数匹固まっている辺りに投げて絡みつかせ足止め。
元から強靭だった蔓は樹魔法でさらに大きく強靭にされた結果、纏わりつくバネ状の植物に鶏は嘴で突いても、一本指の鉤爪で引っ掻いてもどうにもできずに四苦八苦していた。
その間に、ジャンヌは風魔法で転がして別の個体に当ててさらに絡め取っていく。
それはまるで、粘着ローラーでゴミをかき集めているようにも見えた。
そうして大きな鶏団子ができたところで、そこに両の拳で連続でタコ殴りにしてすり潰していった。
そしてアテナは《竜装》雷モード、竜力の煙も同様に近づくすべてを電撃で焼き焦がしながら両手と尻尾で三つの鎌を操って復活する度に、駆け寄って殺していった。
奈々も竜牙を一本ずつ手に持って、愛衣と軍荼利明王が逃した個体を呪魔法と《竜吸精》も交えて噛み殺していく。
リアも近づかれれば安全ピンすら必要もないほど威力の無い、音だけの手榴弾を地面に叩きつけて破裂音を出し、それに驚き下を向いたところで頭を金槌で打ち据える。
中距離にいるモノに対しては近くに味方もいるので、ぶつかった瞬間トゲトゲの土塊ボールになる手榴弾で牽制していった。
当たれば刺さり、落ちてもまきびしのようになる優れものだ。
遠くのものは、ジャンヌとアテナが何とかしてくれているのでリアが手を出す必要もない。
そんな風に皆が援護してくれるのを信じて、カルディナはひたすら真っ直ぐ赤いボタンに向かっていき、通り過ぎざまに叩き押した。
すると先ほど壁にあった小さなボタンの所に、トンネルが開くのが見えた。
どうやらちゃんと正解だったようだとカルディナは安堵しながら、竜郎が開けてくれている道を通って皆のもとへと戻っていった。
「よし、カルディナが合流した! 後退しつつ、トンネルに向かおう!」
少し離れた場所で前線を維持していたジャンヌとアテナにもその言葉は届き、少しずつ後退を始めた。
その援護もしつつ竜郎達はトンネルの前で待ち構えると、ジャンヌ達と合流をしてから一斉にそこを通っていった。
そうして百部屋を抜けた百一部屋に辿り着けば、そこは前の部屋の半分ほどの五百メートル四方の空間が広がっており、さらにその中央には次の階層へといく光る溜池が中央に存在していた。
そしてようやく、この苦行が終わったのだと皆が悟ったのだった。
「やっと終わったな」
「これで行ったり来たりしないで済むね!」
そんなことを言いながら床に座り込むと、カルディナ、ジャンヌ、奈々、アテナがそれぞれ一体ずつ重傷を負ったり、衰弱して動けない巨大鶏を持ってきていた。
「これは、わたくしたちから おとーさまへのプレゼントですの!」
「ちゃっかり持ってきてくれたんだな。ありがとな、皆」
「ピィイッ」「ヒヒン」「どういたしましてですの」「いいってことっす~」
「それじゃあ、死んじゃう前に《レベルイーター》を使っとくな」
竜郎はそう言ってカルディナたちに感謝しながら、一番死にそうなジャンヌの持ってきた巨大鶏から《レベルイーター》の黒球を当てていった。
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レベル:41
スキル:《毒牙 Lv.5》《毒吐き Lv.5》《毒耐性 Lv.7》
《強酸唾液 Lv.1》
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(こいつ、唾液も危険だったんだな。
どっかでまた会う機会があったら気を付けておこう。
それ以外は毒関係のスキルだけと。……やな鶏だ)
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レベル:41
スキル:《毒牙 Lv.0》《毒吐き Lv.0》《毒耐性 Lv.0》
《強酸唾液 Lv.0》
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そうして全てのスキルレベルを回収し終わった後は、虫の息の四匹を二等分して奈々とアテナが止めをさしていった。
「よし。とりあえず一段落着いたし、ここまで駆け足で来たから疲れただろ。
いったん休んでから次の層に向かおう」
「だねー。とりあえず、私は一眠りしておきたいな」
「私もです」
魔力体生物組はまだまだ余裕で動けそうではあるが、人間組の竜郎達に不眠での行軍はご法度だ。
注意力が散漫になった結果、どんなしっぺ返しがくるか解ったものではないのだ。
「俺も寝たいってのはあるんだが、ついでにSPも使っておきたいからな。
カルディナたちのおかげで、また結構溜まったし」
「そうなの? じゃあ、氷魔法も十にできそう?」
「いやどうかな。今のSPが(428)で、氷魔法のレベルは4。
5~10まで上げるのにえ~と………………(540)必要だから、ギリギリまで取った場合で…………ああ、それでも9まで上げられるみたいだな」
「もうちょっとで属性魔法オール10になるわけね。
そうなると後は全部の上限解放を取って、重力魔法を取って、時空魔法と……なんか近くて遠いなあ」
「少し大げさな言い方になるが、全部10にしてからがSP量的に折り返しに近いからなあ」
帰りたいという気持ちもあるにはあるが、ここでなら大量のSPが入ってくるので、そこまで遠い話というわけでもない。
そんな風に前向きに捉えながら、竜郎は氷魔法のレベルを9まで上げた。
「これで、今のSPは(8)だな。今回はスピード重視で来てたから、あんまり取ってなかったが、次の層はもう少し狙ってみるか」
「うん。そうだね」
そうして竜郎達は小さな部屋を二つ出して、竜郎と愛衣、リアはそれぞれ分かれて入っていき仮眠をとったのであった。
それからの竜郎たちは、破竹の勢いでダンジョンを攻略していく。
ある意味、七層目のクイズの層が役に立ったのだ。
そこで散々ダンジョンに棲息する魔物や植性については学習させてもらったので、対処が楽だったのだ。
そうして日数を費やしながら十層、十五層と潜り抜け、現在は十九層目の次の層へ行くポイントを発見し終わった所で止まっていた。
何故ならその場所は高い山の沢に入って延々頂上を目指しつつ、トラップや流れてくる魔物たちの対処までしなければならないという鬼畜仕様だったため、現在全員が水浸しの泥まみれだったからである。
さすがにこのまま次の層に行くのは色々問題があると、広い山頂に家を組み立て取り出した。
そして風呂に入ってさっぱりし、疲れた体を癒すために警戒はカルディナたちに任せ、人間組はリビングにある大きなソファでぐで~としていた。
「ねー。レベル7のダンジョンって、何層から何層までの間にボス部屋の扉が見つかるんだっけー」
自分の胸に顔を乗せるようにして抱きついている愛衣がそう言うと、竜郎はその頭を優しく撫でながら以前調べた情報を堀り起こしていく。
「えーと。確か二十二階層から二十九階層で、レベル七のダンジョンのボス扉が出たはずだ。だから半分は過ぎてるな」
「そういえばボスには竜が出るとか、ここに入る前に別のパーティーの人に言われましたよね」
「ああ。ただ他にもボスは4種類いるから、運よく引き当てられたらの話だがな」
「運よくですか……。普通は運悪く、が正解だと思いますよ」
「ははっ、そうだな」
対角線上でボーと天井を見上げて疲れを癒していたリアと、そんな会話を交わしつつ。
竜郎はボスに竜がいると教えてくれた、恐らくあのパーティーの中核であろう女性冒険者のことを思い出していた。
(あの人らも、まだこのダンジョンにいるのかね)
「むっ。今たつろー、私以外の女のことを考えていましたね?」
「むっ。何故解った。おぬしさてはワシの心が読めるな?」
「ふははー。実はそうなのだー」
「本当は?」
「なんとなく?」
「逆にすげえな」
プライバシーもへったくれもないな。と思いながらも、良く考えれば愛衣に何を知られても構わないと思っている竜郎にとっては、別に大した問題でもなかった。
むしろそれだけ自分を見ていてくれる彼女が、より愛おしく思えてくるのだから、この男は完全にやられてしまっている。
胸にぐりぐりと頭を押し付けてくる彼女の体を、ぐっと上に上げて竜郎は大切なものだと言わんばかりに優しく抱き寄せ口を塞いだ。
愛衣も望むところだと、彼の口により積極的に吸い付いていった。
そしてリアは、このダンジョンに入ってから幾度となくこの光景を見てきたので、もうこの二人はこういう生き物だという認識が出来上がり……。
何も思わずに《アイテムボックス》から飲み物を出して、一息ついたのであった。




