第19話 響きあう二人
竜郎は先の可能性を実現すべく、まずは情報を集めていく。
「愛衣がやったさっきのアレって、具体的にどうやってやってるんだ?」
「んー、気力を体に纏って…それを拳に集めて…バンと殴る…こんな感じ?
ホントはあいつらがやった爪の斬撃を飛ばすみたいに放てるらしいんだけど、うまくできないから直接当ててるの」
「あれ飛ばせんのか……リアル波ドゥ拳も夢じゃないな──ってそうじゃなかった。
要するにあれって気力を使ってやるってことだよな」
「そうだね」
その言葉に「やっぱり気力か」とつぶやくと、竜郎は考えを纏めていく。
「愛衣の気力を、俺の魔力に上乗せして、それをアイツにぶちかまそう」
「私の気力を上乗せって、そんなことできるの?」
「不可能ではないはずだ」
どこか確信をもった目で、愛衣を見つめ返した。
この竜郎の言う気力に魔力を、或いはその逆を融合させる技術はこの世界に確かに存在していた。またそれを気魔混合と呼ぶことも竜郎は知っていた。
竜郎はどちらかと言えば時間をかけて強くなっていくタイプであり、愛衣は最初から強くなっているタイプであった。だからこそ、初期の段階ではどうしても愛衣に戦闘で劣ってしまっていた。
しかし、その溝を埋めようと、色々な可能性をヘルプを使って模索していた。その途中「気力が余ってんだから、魔力に変換できないか」、そんな発想から気魔混合に行き着いた。
けれどこれは、気力と魔力がほぼ横ばいに成長する斥候タイプのクラスに属するような者が、いざというときに使う技術である。
それを、どちらか片方に大きく寄っている純粋な武術職や魔法職がやっても、やたら集中力を必要とするくせに、微量の上乗せしかできず割に合わない。
だったらその分得意な方に集中した方が効果的だと結論に至り、竜郎はこの記憶を封印していた。だが、もう片方の上乗せを他人に任せてみてはとここで考えた。
けれど、自分の魔力と他人の気力を合わせるというのは、自分だけで行うものより輪をかけて難しい。魔力も気力も自分自身そのものと言ってもいい純粋なエネルギーであり、それを受け入れるということは、その他人を全肯定できるほどの信頼が必須条件になってくるのだ。
さらに混ぜた後も、お互いの意思が統一されていなければ、エネルギーはすぐにバラバラに散っていってしまう。
他人であり、それはまた自分でもある。
そんな精神状態で挑んで初めて成功する超難易度の技術と言える。
それをぶっつけ本番でやろうとするのだ、有識者がみれば馬鹿なことをするものだと笑うだろう。
けれど、竜郎はそんなことは知らないし、できると確信していた。
「さっそくやるぞ」
「それはいいけど、私はどうすればいいの?」
「まず俺の背中に抱きついてくれ」
「うええっ、なんで!?」
「お互い密着してやった方が成功する気がするんだよ」
「そう……なの?」
「ああ、早くしないと奴さんが動き出すぞ」
黄金水晶の熊は、足もそうだが内臓の損傷が見た目以上に酷く、もはや動き回ることはできない状態だった。
けれどそれを悟られるわけにはいかないと気丈に振る舞い、自分はまだやれるんだぞと、肩で息をしながら何とか三本の足を震わせ立ちあがり、二人を睨み殺さんとする。
それにまんまと騙されている竜郎たちは、いつ動き出すか気が気でなく、話し合いながらも警戒は怠れなかった。
「わかった。──んと、これでいい?」
「もう少しギュッと、お互いの鼓動が伝わるくらいに頼む」
「──んん、これでどう?」
「ばっちりだ。じゃあ、拳に気力を集めるみたいに、俺にそれをやってくれ」
「……やってみる」
意識を集中させて、気力をまず自分自身に愛衣は纏っていく。
それができたら、今度は竜郎を自分の一部だと思いながら、気力を流入させていく。
「────これは、すごいけど……キツイッ」
流れ込んできた膨大なエネルギーを自分の魔力と混合させようと苦心する。しかし、混ぜようとするのに水と油のようにするすると避けられてしまう。なんでだと、竜郎は焦ってしまい余計に混ざらず、それどころか外に出ていこうとしてしまう。
「ぐっ…」
「たつろー」
「……?」
「だいじょーぶ、だよ」
歯噛みする竜郎に、愛衣はそう言ってより強く抱きしめた。
すると、それこそが魔法の様に竜郎の熱した頭が冷えていき、愛衣の温もりと心臓の鼓動が響き、同調し、どちらの鼓動か解らなくなる。
そしてその状態になったとき、気力が外に出て行こうとするのが止まった。
それを感じてようやく竜郎は理解した。これも愛衣自身であるのだと。
今まではただの力としか見ておらず、ただただ自分の魔力に取り入れようと躍起になっていた。
けれど、それは間違いだった。取り込むのではなく、混ざり合う。お互いがお互いを認め合い、高め合い、融和する。どちらか一方だけでは成立しないのだ。
そして竜郎は、愛衣の気力を受け入れる。
すると、融けるように自分の魔力と交じり合って新たなエネルギーが生まれ始める。
「俺たちが求めるのは、目の前の敵を打ち砕く力」
「うん」
愛衣はそれを肯定する。そして竜郎は気力でも魔力でもないエネルギーを、魔法に昇華させていく。
求めた力の形は拳の形。これは愛衣に引っ張られたのだろう。竜郎の前に暴力的なまでの力が宿った、一メートルの拳が生まれた。
そしてその拳は白炎を纏い、やがて横にグルグル回転していき手首の位置からバチバチ火花が飛び交う。こちらは竜郎に──だろう。
そして、準備は整った。
「これで……」
「おわりだっ!」「おわりっ!」
寸分たがわず同時に叫ぶと、拳は流星のように轟音上げて、火花まき散らし、熊へと放たれた。
「グオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーッ」
黄金水晶の熊もただではやられないと、死力を尽くして片足だけで瞬間立ち上がると、転ぶように両手の爪を迫る巨大な拳にぶつける。
しかし、それは無駄だった。触れた瞬間に爪は砕け散り、その勢いは変わることなく熊の胸を撃ち抜いた。
「──ゴ」
拳が熊に当たるとその異常なまでの力を大いに発揮し、熊の前面部全てを、血の一滴も残さず消し飛ばした。
ボトボトッと音を立てると、そこには後ろ半分の毛皮と、水晶だけが残っていた。
《《『レベル:27』になりました。》》
《《称号『打ち破る者』を取得しました。》》
《《称号『響きあう存在』を取得しました。》》
「ん?」「称号?」
二人して声を上げるが、とりあえず横に置いて、ようやく終わったとその場にへたり込んだ。ちなみに愛衣は未だに竜郎の背中を抱きしめたままである。
「ん~つっかれたー」
「重いよ、たつろー」
背中の愛衣にもたれ掛るように背伸びをし、二つの柔らかい丘を今更ながら堪能する。愛衣は愛衣で竜郎とくっついていることで安心でき、まさにWin-Win状態であった。
そうして二人でいちゃいちゃし終わる頃には、すっかり日が暮れてしまっていた。
「ああ、結局なんの準備もできずに夜になってしまった」
「あそこでブタマロが別方向に逃げてくれてたら、金のクマゴローたちとも戦わずに済んだのに」
「金のクマゴローはまあいいとして、ブタマロ? え、なんでマロ?」
「よーく見るとね、眉毛の当たりが麻呂眉になってたんだよ。気付かなかった?」
「いや──ぜんぜん。牙の方しか見てなかった」
「そっか、まあそんな理由だよ」
「おう、んじゃちなみに青い水晶の熊は?」
「青のクマジロー」
「なぜ次男になった…」
相変わらずのセンスに脱帽の竜郎であった。
「さて、とりあえずどうしたもんか」
そう呟きながら竜郎は辺りを見回すと、金のクマゴローの水晶が目に入った。
「なあ、あれ持ってたらお金になるんかな。やたら頑丈なうえにスゲー綺麗だし」
「宝石に見えないことも無いもんねー。でもあれだけの量入るかな?」
五メートルはあった熊の後ろ半分全てにびっしり生えていたのだから、その量も相当なものとなっていた。
「今回SPが大量に入ってるから、俺も《アイテムボックス》をとるよ。
これだけ苦労させられたんだ。ちょっとくらい俺たちの今後の生活の憂いを減らしてもらわなきゃ割に合わん。
青のクマジローも含めて全部持っていってやる!」
「おーがっめつーい」
「なんとでも言ってくれ。システム開くたびに所持金ゼロ表示は何気に心にくるんだよ……」
「あぁ……」
愛衣にも心当たりがあったようだ。
それから竜郎は《アイテムボックス》を取得して、さらに《アイテムボックス 拡張機能追加+1》もとってみた。効果は、容量アップと保存時間遅延という、中に入れたものの時間の経過を遅らせてくれるものだった。
そして、まだ追加であるかと見れば、《アイテムボックス 拡張機能追加+2》の表示がされていた。追加項目には容量アップと分解と表記されていた。これも気になり取得した。
+2があるなら+3もあると見ればやはり有り、追加項目には容量アップと結合とあり、これは入りきらなかったらでいいかとスルーした。
「さて、ガンガン詰め込むぜ!」
「おー」
月明かりに照らされながら、素材を回収すべくまずは毛皮と水晶だけになったものを竜郎の《アイテムボックス》に入れると、試しに分解をやってみることにした。
これもヘルプ同様、分解を選択してどういう状態に分解してほしいのか考えれば、システムで可能な限り実現してくれるらしい。
竜郎のイメージとしては、水晶と毛皮の分離だ。すると、思った通りの結果が出た。
システムのアイテムボックスを選択してリストを眺めると、しっかり別々に表記されるようになっていた。
念のため大き目の水晶を一つ外に出せば、美しい黄金の水晶だけが月の光を反射してキラキラと幻想的に輝いていた。
「────綺麗。これで指輪とか作ってもいいかも」
「ああ、それもいいかもな。異世界素材の指輪なんて、地球じゃ絶対に手に入らないだろうし」
「そういう打算的なことじゃないんだけどなぁ。まあ、それでこそたつろーか」
「いやいや、ちゃんと綺麗だとは思ってるから。ああ、ほれ、いくつか渡すから愛衣も持っとけ」
「はーい」
そうして金のクマゴロー素材を回収し、腹に穴を開けた青のクマジローAを収納し、半分土に埋まって腹部がぺちゃんこになったBも回収した。
「よしっ。それじゃ、寝るとこ探しに行くか」
「ちょっと待って、先にこの状態を何とかしない?」
そうして自分たちを改めて見てみると、片や土や砂利を付けた少年、片や獣の血にまみれた少女。
二人はまず身なりを正すことを優先することにした。




