第194話 隠れた魔物
ビッグピポリンを引きずり出した竜郎は、動けないように雁字搦めに樹魔法で縛り付けてから、《レベルイーター》を行使した。
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レベル:42
スキル:《足再生 Lv.7》《引っ掻く Lv.4》《特殊粘液生成 Lv.4》
《拡散放水 Lv.2》
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(《足再生》って、なんで足限定? まあ範囲を絞ったおかげで、群を抜いてレベルが高くなれたのかもしれないな。直ぐに再生するわけだ)
竜郎はさっきレーザーで焼き切ったはずの足が、また生え変わっている姿を見つめた。
(後は、この《特殊粘液》か。次からは、これを使わせないように気を付けなきゃな。
いや……けどこれを回収しておけば、何かに使えるかもしれないな)
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レベル:42
スキル:《足再生 Lv.0》《引っ掻く Lv.0》《特殊粘液 Lv.0》
《拡散放水 Lv.0》
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スキルレベルを全て吸い取ると、水圧が無くなりパンパンに膨らんだビッグピポリンをアテナが止めをさした。
死体を回収し、床にまき散らされた粘液も、水魔法で水分を持たせてから、そのまま操って一か所に集め回収しておいた。
「そういえば、ここにピポリンがいるってことは、博士が実験に使って犠牲にしたピポリンたちはここから持っていったのかもな」
「だね。どうやって深海の魔物をたくさん捕まえるんだろって、ちょっと不思議だったし」
などと二人が納得しかけたところで、リアがその説に異を唱えてきた。
「それは無いと思いますよ」
「それまたどーして?」
「ダンジョンの魔物は、ダンジョンの外では生きられないからです」
「そうなのか?」
初耳の情報に竜郎と愛衣は、揃って首を傾げた。
「はい。外の魔物は基本的に食事などでエネルギーを得て、自分で魔力を生成できます。
けれどダンジョンの魔物は、ダンジョンから魔石経由で魔力を供給されていて、自力での魔力補給ができないんです」
「でも他の魔物を襲って、食べようとしているところを見たことあるっすよ?」
「それは魔物としての本能みたいなものかと。
そういった理由で食事をとったりもしますが、ダンジョンの魔物は生まれて死ぬまで、食事をしなくても生きていられるんですから」
「その代わりダンジョンの外に出てしまうと、活動するための魔力が底をついて死んでしまうと。そういうことでいいのか?」
「その通りです」
しかしそうなると、余計に博士がどのようにしてピポリンを入手してきたのかが気になってきた。
それはリアにも伝わったのか、こうではないかという説をリアは出してきてくれた。
「この辺りだと東にいった所にシュトラルン海という所がありますが、そこで仕掛けを海に放りこんで捕まえていたのではないでしょうか?
仕掛け自体の値段もさることながら、設置までの費用や運賃なんかを考えたら恐ろしい金額が吹っ飛びそうですけど……」
「けどそれも、領主レベルの人間がバックにいれば解決できそうだよね」
「ああ、それに顔が広く、腕利きの商人なんかもいればもっとやりやすいだろうな」
リャダスの領主とレジナルドの顔を思い浮かべつつ、この話は竜郎たちのなかで無事終着したのだった。
けれどその真実は、実は違う。
今は市長選で忙しい、妖精族の女性マリッカ・シュルヤニエミ。
彼女のパートナーである亜竜ヨルンは、実は深海にも潜れたりする。
人工魔石の生成計画にマリッカも一枚噛んでいるので、単にヨルンが頑張って捕まえてきたというだけの話であった。
ただ捕獲した海の場所や生きたまま保管する道具は必要なので、まったく見当違いというわけでもないのだが。
そんな実情があったことなどの知る由もなく先へと歩いていくと、数十メートル先の床に妙な違和感を覚えた。
大海犬の件から、こういった反応を放置するのは危ないと学んでいた。
一度周辺警戒は解いて、愛衣たちにはいつ敵が来てもいいように構えていてもらう。
その上で竜郎は、カルディナと一緒に全力で探査魔法を、その違和感のあった床面に広げていく。
「そういうことか」
「どーゆうことだ?」
「また同化系のスキル持ちがいるみたいだ。
あの床は本当は他よりも一段低くなっていて、そこへ板みたいな形をした魔物が嵌って、誰かが上を通るのを待ち構えているんだ。
そうすれば見た目には、ただの平らな床だしな」
「その調子だと、天井とかにも出てきそうですの」
「それはありそうっすね」
竜郎はこの魔物が次にいつ出てきてもいいように、具に解析して次に出てきても直ぐに解るように反応をできるだけ詳細に覚えていった。
ちなみに《精霊眼》を常に発動していれば解るだろうが、かなり上手く同化しているのか、完全に視界を変化させなければ見えない。
なので解魔法で解るようにしておいたのだ。
それからまた少しだけ近づいてから、竜郎は愛衣に鉄で造ったボールを渡した。
そのボールは野球ボールのような網目が再現されており、これで変化球も投げることが可能そうである。
「これで、《軌道修正》の練習をすればいいの?」
「ああ。今から印をつけるから、その範囲内に投げてみてくれ」
「はーい」
光魔法で、魔物の体部分と床部分が視覚的に解るようにラインを引いていく。
特に向こう側からの動きも無いので、こちら側は遠慮なくやらせてもらえそうであった。
「じゃあ、最初はこの下に落ちるカーブ?をやってみるね。えーと、指はこうで……ふむふむ」
愛衣は投擲スキルの書籍を《アイテムボックス》から出して、紙で付箋しておいたページを開けると、ボール片手にモゾモゾと指を動かした。
そうして形を覚えた後、立ち上がって投球フォームをとった。そして───。
「とりゃあああ!─────あれ?」
ズドンと、……自分の足元付近に鉄の玉を叩きつけていた。
「指から上手く抜けなかったんだな。そんなに全力でやらなくてもいいから、まずは軽くやってみたらどうだ?」
「ううん。次はいけるよ!」
「どこからそんな自信が……。ほら次の玉」
「ありがと!」
半ば呆れた目で竜郎はもう一球目を渡す中、愛衣は自分を疑うことなく二投目を振りかぶった。
「とおおおっ! ───ありゃ?」
ズガンと、今度は天井に鉄の玉がめり込んでいた。
「今度はすっぽ抜けたか」
「っかしいなあ。ちゃーんと、書いてある通りに投げてるのにー」
「だからな。愛衣は元からそんなに器用な方じゃないんだから、最初はもっとかるーくだな」
「そんなことないもん。次はいけるもん!」
「もんて……駄々っ子かよ。はあ、解ったよ。気が済むまでやってみよう」
「うん。たつろー大好き!」
そうして愛衣に抱きつかれれば、竜郎は全てが許せてしまうのだから、愛情というものはある意味で恐ろしい物である。
それから何球もの鉄の玉を犠牲にし、ようやく魔物相手に着弾した。
「──ギギッ」
「当たったよ!」
「ああ、でも今のほとんど只のストレートだったけどな」
二人が話している間にも、居場所がバレていることにようやく気が付いた魔物は、ベリベリと床から剥がれるように這い出てきた。
それは先ほどの床との同化を解くと、二メートルの正四角形の形をした青色の分厚い板に、ニ十センチほどの丸い口が表面にびっしりついており、その裏側からはイソギンチャクのような触手が歯ブラシのように生えてきて、床を磨くようにしてこちらに近づいてきた。
さらに表面の口がチンアナゴのようにニョロリと一斉に飛び出して、涎を辺りにまき散らしていた。
「何あれっ、チョー気持ち悪いんだけど!」
「キモイですのーー!」「……うっ」
愛衣や奈々は素直に気持ちを口にだし、リアにいたっては見た目だけで吐きそうな顔をしていた。
向こうからまっすぐ来てくれるので、竜郎は《レベルイーター》をタイミングを見計らって黒球を吹いてから、愛衣に盾を張ってもらい後ろに下がった。
とその時、腐卵臭が鼻を突き始めた。
なんだと思って竜郎が調べてみれば、魔物が撒き散らしている涎からその臭いが漂っているらしい。
愛衣とリアは本気で吐きそうになっていたので、後ろに下がらせ奈々に介抱してもらいながら、竜郎は竜郎で生魔法で吐き気を抑えながら風魔法で臭いを押し流していく。
それでも完全には消せないので、水魔法でシャワーのように向こう側に浴びせかけ臭いの元を洗い流していく。
魔物の方は豪雨のような状況の中、平気な風にこちらに近づいてくる。
そしてその頃になって、先ほど吹いた《レベルイーター》がようやく当たった。
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レベル:39
スキル:《平面同化 Lv.7》《激臭涎 Lv.4》《かみつく Lv.4》
《隠密 Lv.2》
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(やたら隠れるのが上手いと思ってはいたが、同化と隠密二つのスキル併用による産物か。
──ってそれどころじゃない。この臭いの元を断ち切らねばっ)
竜郎は最優先で《激臭涎》を吸い取っていき、臭いの根源を消し去った。
そうした後はジャンヌとアテナが風と雷の混合魔法でダメージを与え、こちらにそれ以上近づけさせないようにしていった。
しかし殺さないように手加減しているのと、予想以上に魔法抵抗力が強いからなのか、じりじりと距離を詰められ竜郎を焦らせた。
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レベル:39
スキル:《平面同化 Lv.0》《激臭涎 Lv.0》《かみつく Lv.0》
《隠密 Lv.0》
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「よし、止めをさしてもいいぞ!」
竜郎は黒球を飲んだ直後にそう言って、ジャンヌたちに合図した。
すると、アテナが《真体化》して大鎌を手に突っ込んでいく。
その際ジャンヌの風魔法が追い風になり、さらに増した速度で横に回り込む。
雷魔法を纏わせた大鎌を横一文字に振り抜いて、にょろりと飛び出していた口を一気に切り裂き、体液が出てこないように傷口は雷撃で焼いた。
「──ッ」
「はあっ」
さらに触手がブラシのように束になった足も切り裂き、ただの一枚の分厚い板へと変えてしまう。
《スキル 鎌術 Lv.1 を取得しました。》
「え? っと、まあいいや。えいやっ!」
最後にその板を足で踏み抜いて砕けば、その魔物は活動を完全に止めたのだった。