第192話 気になる場所
竜郎たちが近づいていくと、三メートル級のムカデの魔物は竜郎の魔法《粘着水》から何とか逃れようと暴れていた。
三つの穴をあけられ、背中と背中がくっついた状況にもかかわらず、随分元気そうである。
到底抜け出せそうではなかったため、竜郎が安心して近くまで寄っていくと、また懲りずに火炎放射を放ってきた。
しかしそれはカルディナと一緒に、竜郎がアンチ魔法の結界を張って難なくガードした。
それで火炎放射は効かないと理解したのか、今度は鋭い両顎に気力を込め始める。
「気力を両顎に集中させ始めた。何かする気だ」
「あたしがいくっす─────はっ!」
「ジィィィッィイ」
アテナが先行して走りだし、何かをする前に《アイテムボックス》から出した大鎌の背中で頭を下から上に殴って顎先を魔物自身の背中側に向けさせた。
するとその瞬間、顎から鎌状の気力の斬撃が放たれ、自身の背中に当たって弾かれた。
そうこうしているうちに、竜郎は真横までやってきて《レベルイーター》を当てた。
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レベル:48
スキル:《共食い進化》《かみつく Lv.6》《火属耐性 Lv.8》
《火炎放射 Lv.8》《鎌鼬 Lv.6》
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(《共食い進化》ねえ。これで、仲間を食って成長したわけか。
けどこれ、魔物をほとんど倒した状態でやられたからまだこの程度で済んだが、それでも軒並みスキルは高いしレベルもそこそこ。
百匹以上残ってたら、どんだけ進化したんだろうな……。まあ、そうなったら全部喰い終わる前に倒すだろうけど)
などと考えながら、まず竜郎はアンチ魔法できない《鎌鼬》から吸い出していく。
(それにしても、一番出力の弱い弓矢だといっても前よりも強化された弓の一撃だったはずだ。
なのにそれを弾いたってことは、ジャンヌみたいに硬化系のスキルを持っているかと思ったんだが…自前だったのか。それが一番驚きだな)
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レベル:48
スキル:《共食い進化》《かみつく Lv.0》《火属耐性 Lv.0》
《火炎放射 Lv.0》《鎌鼬 Lv.0》
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「よし、終了。今レベルが上がるのは、俺以外だと奈々かアテナだけか。
レベルは残しておいたから、どっちか止めさしてくれ」
「わたくしは先ほど大量に毒魔法で倒しましたので、アテナに御譲りしますの。それにレベルは一番低いですし」
「奈々姉、ありがとっす。それじゃあ、お言葉に甘えてあたしがやるっす」
そうしてアテナが《火属耐性》を無くして赤色が抜けた巨大ムカデに向かおうとすると、その背にリアが話しかけた。
「できればでいいんですけど、なるべく外殻を残した状態で倒してくれませんか? いい素材になりそうなんです」
「そうなんすか。それじゃあ、外殻の中身はどうっすか?」
「そっちは要らないです」
「了解っす。それでいいっすよね、とーさん」
「勿論」
そうしてアテナは、身動きが取れずまともな攻撃手段も無くしたムカデの前までやってくると、《真体化》して琥珀色の煙状の竜力を手足の刺青から立ち昇らせ、その煙を口から体内に侵入させていく。
この段階では、ただの煙が体内に入ったのと変わらない。
息苦しそうに吐き出そうとはしているが、死ぬほどの攻撃力は無い。
「ばーん」
「ジィッ───」
だが、体の中のあらゆる器官に纏わりつかせ、そのうえで雷属性に変えてしまえば、電撃によってその全てが焼き尽くされる。
そうしてムカデ型の魔物は内側を雷撃で焼かれ、焦げた臭いを口から吐きだし死んでいった。
「そんなこともできたんだな」
「けど、この煙もあたしの体の一部っすからね~。あんまりこういう風に使いたくはないっす」
「それは言えてるかも」
魔物の口から琥珀色の竜力煙が出てくるのを見ながら愛衣がそう答えている間に、竜郎は《無限アイテムフィールド》に魔物の死骸をしまいこんだ。
それからカルディナと一緒に探査魔法で何かないか改めて探っていると、右の壁の一段目、正面から右隅の洞穴の中の一部の壁面が、他とは違う材質でできていることに気が付いた。
何だか気になったので、皆でそこへと向かうことにする。
該当の洞穴に入って十メートルほど進んで右側の壁面をよく見れば、確かに一部分だけが周りと比べて微妙に色が薄くなっていた。
「ここか。特に何かあるわけでもないのに、何でここだけ材質が違うんだ?」
竜郎がカルディナと一緒に土と解の混合魔法で洞穴の壁面の内部まで探査してみるが、特に変わった様子は無かった。
それに首を傾げていると、リアが《万象解識眼》でそれを見て謎を解いてくれた。
「これは、隠し部屋の入り口のようですね」
「でも、たつろーが調べた限りだと、ここを掘っても何もないんだよね?」
「ああ。そのはずだが」
「今このままでは特に何があるわけでもないですが──、何かいらない棒きれを貰えませんか?」
「棒きれ? ──これでいいか?」
「はい。十分です」
竜郎が《無限アイテムフィールド》から何かの魔物の骨を出して渡すと、それを受け取ったリアが、それで材質の違う箇所をなぞり始めた。
するとなぞったところが淡く光り始め、綺麗に一周なぞり終わるとそこに扉が現れた。
そしてその扉は大きな錠前で閉ざされており、表面にはこんな文言が書かれていた。
「ムスティの足の数は何本か? 扉に触れて答えよ。ムスティってなんですの?」
「足の数を聞いてくるくらいだし、あのムカデの魔物の名前なんじゃないっすか?」
「リアの目では、ムスティってのが何なのかわからないか?」
「名前は第三者が勝手に付けたものにすぎませんので、解らないんです。
けど、あのムカデ型の魔物の足の数なら解ります」
「んじゃあ、それを言ってみよー。何本あったの?」
「31対でしたから、62本です」
リアに聞いたままに愛衣が扉に触れて「62!」と答えると、扉は消え去ってしまった。
「あれっ? 消えちゃった。今、62って言ったよね?」
「ああ。間違いない。それに、リアの言っていた62本というのも間違っていないんだろ?」
「はい。そのはずです」
「ピューーイ」
「また、別の所に同じような場所が出現したらしいですの」
「間違えたら、別の場所に移動する仕組みか」
「こうなってくると、隠し部屋の中身が気になるね!」
そうして今度は同じ右側の壁の二段目、向かって正面左から三番目の洞穴に入って行って行き止まりまで歩いて行く。
すると一番奥の壁に先と同じ材質の違う箇所を発見し、前と同じようにして扉を出現させた。
「問題は同じですの」
「この層とは関係あることを聞いているのだと考えると、あのムカデ以外に足のある魔物というと──」
「私が倒した奴!」
「だな。確か昆虫ぽい感じだったし、多分6本だ」
そうしてまた愛衣が扉に触れて「6本!」と答えると、扉を閉ざしていた大きな錠前が外れ落ち、ゆっくりと扉が開いた。
愛衣は念のため、後ろに下がって竜郎の横まで来てそれを見守る。すると、真っ暗な小部屋がその先に現れた。
まずは探査魔法で確かめながら、光魔法で光球を造りだして部屋の中に先行させて肉眼でも内部が見えるようにした。
明かりの下に照らされた内部には、大人の男が寝転んで入れるくらいの長方形の銀箱がどんと置かれていた。
「中に人間が入ってたりしないよね……」
「……一応、生き物はいないみたいだが」
「あの箱自体には、トラップの類はなさそうですね」
「なら、あたしが開けてみるっす」
「ああ、頼む」
竜郎の《精霊眼》、リアの《万象解識眼》で確かめた限りでは怪しい何かは見受けられなかったので、アテナが率先して箱を開きに行った。
そうして何が飛び出してきてもいいように正面には立たず、横から蓋を開けると中には栓のされた三角フラスコがぎっしりと何個も詰まっていた。
とりあえず危険物が飛び出してくる事も無さそうなので、改めて中を確かめていく。
三角フラスコの中にはそれぞれ液体が入っており、赤、青、透明の液体が入っていた。
「この赤い液体は、飲めば気力や体力疲労を回復するアイテムですね。
一回3口まで推奨で、消費期限は栓を抜いてから1週間が限界みたいです」
「消費期限とかあるんだ。それじゃあ、青いのと透明なのは?」
「青いのは魔力や精神疲労に効果があって、透明なのは毒や睡眠、石化、混乱など、あらゆる状態異常に効果があるみたいですね。
用法用量は赤い物とほぼ同じですが、透明なのは栓を開けてからも1か月は持つようです」
「石化とか、なんか恐ろしい状態異常があったんだが……。まあ、それは置いておくとして、言うなれば回復アイテムセットか。
もしも大量の魔物に囲まれて疲労している状況で、これを見つけたら狂喜乱舞しそうだな」
「なんか、ここにピッタリの宝箱だね」
愛衣のその言葉に、むしろそのための物じゃないのかと竜郎は思った。
そしてこの扉の問題も。
あれは明らかにムカデの事を聞いているような問いなのに対し、数えるのが簡単な方の魔物について聞かれていた。
もしムカデの足の数ではないと知った時、ダンジョンの挑戦者たちに他にも別の魔物がいるのではないかと考えるきっかけにもなるだろう。
そうなれば、自動的に核を発見するヒントにもなる。
そして空の小さな魔物を発見し、この扉をあければ回復でき、それからゆっくりと魔物発生の物体破壊に挑めばいい。
「やっぱりダンジョンってのは、ちゃんと攻略できるようになってるみたいだな」
「ですね」
リアも同じ考えに至っていたのか、竜郎の言葉に賛同していた。
そうして箱の中身を竜郎の《無限アイテムフィールド》にしまってから、それぞれに緊急回復用に何個か送っておいた。
「あれ? 他にも何か入ってるよ」
「本当だ。って、お金じゃないか」
竜郎が箱の底に入っていた三枚のコインを持ってそれぞれ確かめれば、1枚につき一律百万ずつ入っていた。
こちらは別にお金に困っていないうえに、リアはもしかして現在一文無しじゃないのかという、今更な問題に竜郎は気が付いた。
「リア。失礼を承知で聞きたいんだが、今いくら持ってる?」
「え? 1シスも持っていませんが」
「じゃあ、とりあえずこれを入金しておいてくれないか。所持金ゼロとか、こっちも気が気じゃないからさ。
それに色々作ってもらってるし、気にせず受け取ってくれ」
「はあ。それでは、遠慮なく頂きます────って、三百万シスっ!?」
三枚合わせて3万シス程度だと思っていたリアは、桁が違う値段に本当に良いのかと竜郎と愛衣に大きく見開いた真っ赤な瞳を向けてきた。
「こっちには黄金水晶とかあるし、気にしなくっていいよー」
「それに、これはリアのおかげでスムーズに手に入れられたようなもんだし。大丈夫だよ」
「わ─────っかりました……。それでは、もらっておきますね」
そうしてリアは所持金300万シスとなり、休憩を挟みしっかりと回復してから、次の階層へと竜郎たちは向かったのであった。