第189話 ようやく次の階層へ
教会を出てまっすぐ進み階段を下っていくと、ダンジョンの正規ルートに戻る水場が見えてきた。
そこへと竜郎たちは飛び込んで頭まで完全に水に浸かると、再び止まっていた機能が動き始めた。
《《《《《《《『耐深海モード』再開します》》》》》》》
そんなアナウンスと共にシステムが起動して、残り秒数を表示してきた。
なので急いで深海の洞窟を抜けて、元いただだっ広い深海へと躍り出た。
それからは、ここに来た時同様《真体化》したジャンヌにワイヤーで繋がり、その大きな翼で水を掻きながら上を目指してもらう。
その間に出てくる魔物は、竜郎たちで何とかしていく。
さらに深海で活動できる時間を延長するボタンのある鳥籠を探して、耐深海モードの時間延長も忘れずにしておく。
そんなことを一時間も続けていただろうか、やがて竜郎とカルディナの水中探査の魔法が海面を捕えた。それとおまけの存在も。
それを皆に伝えるべく、竜郎は水魔法で振動を増強させて声を張り上げた。
「みんな! この深海地獄の出口が見つかった!」
それが伝わると、皆の表情に喜びが浮かんだ。
やはり耐深海モードで呼吸も圧力もかからないとはいえ、時間に追われながらただ闇雲に上に行くというのは辛いものがあったのだろう。
だがもう一つ、伝えなければいけないことがあった。
「それともう一つ! 海面一帯に巨大な魔物が複数体いるのを確認した。
探査魔法から伝わってくる感じから、イカかタコ系の多足型の魔物だと思われる!
それが何体も海面一杯に足を広げて、蓋をしていると考えてくれ!」
「うえー。気持ち悪そー」
愛衣のその言葉は水の壁にかき消されて上手く他の面々には伝わらなかったが、その気持ちは皆同じようであった。
しかしその気持ち悪い魔物を倒さなければ、お天道様は見られない。
竜郎は《精霊眼》を発動し、相手が物理タイプか魔法タイプか見極めるために目を凝らした。
すると気力の色の方が魔力より強く、水魔法持ちに観られる色が少し混じっていることにより、物理寄りだが水魔法系統のスキルを持っていることがうかがえた。
「何らかの水魔法系のスキルを使ってくるようだが、そっちは俺とカルディナと奈々で何とかする。だから皆は、物理系統の攻撃に注意してくれ」
声が上手く届かないので、皆頷いて了承の意を伝えた。
水魔法の挙動は、《精霊眼》で観ればその発生前に察することができる。
なので、カルディナと水魔法の逆位相である呪魔法使いの奈々にアンチ魔法の準備を事前をしてもらっておく。
そうして戦意は十分にジャンヌが翼で水を掻いて浮上していくと、やがて海面まで数十メートルといった所で向こうもこちらに気が付いた。
その魔物は、触手を一斉にこちらに伸ばしてきたのだ。
「はああああっ!」
それに対し愛衣は、ダンジョン戦の時にやった軍荼利明王の手を全て使った宝石剣の斬撃を放った。
水の抵抗などまるで無視して、煌めく斬撃は無数の触手を束で切り裂き、上にいた魔物本体をぶち抜いて海面の向こう側へと飛んでいった。
しかしまだ魔物は何体も海面を漂っており、さらに愛衣にやられた魔物の体液を嗅ぎつけてか、竜郎たちの行く手を阻むようにそれらが密集してきた。
そして竜郎の《精霊眼》に、水魔法系統の魔力が海面から下に向かって大量に放出されていくのが見て取れた。
どうやら密集した全ての魔物が、同じ魔法を使おうとしているようだ。
「カルディナは解析を始めてくれ! 奈々は呪魔法の魔力を展開! 俺が形を整える!」
「ピィー」「解ったですの!」
カルディナがまだ発動すらしていない水魔法の魔力を解析していき、どんな魔法の形を取るのか調べていく。
そして竜郎はその結果を基に、奈々の魔力を使って逆位相のアンチ魔法を作り上げていく。
そしてここでも、竜郎の《精霊眼》が役に立った。
解魔法から伝わる感覚でしか理解できなかった敵の魔法の位相の形を、目でもはっきりと視認することができるようになったため、以前よりも早く無駄なく構成できるようになっていた。
(この目がリアの呪いの時もあれば、もっと楽にできたのかもしれないな)
などと関係ないことまで考える余裕すらある中で、相手の魔法が完成した一秒以内にはアンチ魔法が完成していた。
どうやら大量の渦潮を造って海流を乱し、こちらを翻弄しようとしていたらしい。
その一個一個は範囲は広いが体を引きちぎるほどのモノではなさそうだったが、多数に巻き込まれればあちこち体を引っ張られ、かなり危険な魔法であったろう。
しかし今回は、その全てを水が渦を巻き始めた途端にキャンセルしたので不発に終わり、海面に浮かぶ魔物たちは何故発動しなかったのか解らずに動揺している様子だった。
そしてこちらは、その間に一気に畳み掛けさせてもらう。
竜郎はジャンヌと混合魔法を使い、水と風で先ほど相手がやろうとしていた魔法よりさらに強力で大きい渦を生み出した。
その魔法で密集していた大型のイカ、もしくはタコ型の魔物をかき集め、段々と渦を縮小させていき、さらに無理やり圧縮するかの如く一か所へと集めた。
その時点で既に何体か死んでいたが、容赦なくさらに小さく渦で畳んでいく。
その間にアテナは《竜装》を纏うと、《竜力路》をその渦の中心部に向けてまっすぐ伸ばしていく。
そしてジャンヌと繋がったワイヤーを腰からはずし、竜郎に目で合図した。
すると竜郎は真水を水魔法で生み出して皆の周囲を覆うと、アテナが一人突出して前に出た。
「行くっすよ──」
水の中でそう呟くと《竜装》や《竜力路》、手足から発生していた琥珀色の煙状の竜力を電属性に変化させる。
そして《竜力路》の雷のレールに乗って、海中に紫電をまき散らしながら圧縮された魔物たちへと突っ込んでいった。
その瞬間、竜郎とジャンヌは魔法を解除し渦を止めた。
そうすれば圧縮されて生き残っている魔物たちは解放されて、海へと散っていくであろう。
しかしその前に雷の塊のような存在が到達し、その全てを紫電で焼きながら轢き殺した。
「よし。終わったっす~」
「ご苦労さーん!」
周囲の魔物を一掃し、こちらを振り返って手を振るアテナに労いの言葉をかけながら、竜郎たちもアテナがいる海面近くへと急いで向かった。
そうしてようやく、全員が海から抜け出し一斉に海面へと顔を出した。
《《《《《《《『耐深海モード』一時解除。残り時間は停止しました。 》》》》》》》
一時解除ということは、残り時間を使ってまだ探索できるのだろうとは思いつつも、竜郎は辺りを見渡して次の階層へのポイントを探す。
あの光る溜池は何らかの力を持っているはずだと、《精霊眼》を発動。
辺りは真っ暗闇になったが、正面から右斜め前の方向に愛衣たちや、ここから離れた場所にいる魔物たち以外の丸い溜池の形をした、見たこともない力の色を捉えた。
「あっちの方角に暫く行った所に、次の階層へのポイントがあるはずだ」
「それも、精霊のおめめで見えたの?」
「ああ。意外と便利だな」
虹色になった目を見て言った愛衣のその言葉に、竜郎は頷きながらそう言った。
最初は微妙かと思いきや、障害物全てを無視して力だけを見るこの目は、力あるものの探索に無類の力を持っている。
力なき人間も魔物も、この世に存在しないのだから。
思わぬ所で思わぬ収穫を得たと喜びつつ、魔物の死骸を《無限アイテムフィールド》に回収してからジャンヌに乗せてもらい、次の階層のポイント目指して飛んでいく。
「俺たちが戦ってたのって、でかいタコだったのか」
「上から見ると壮観ですのー」
海中から見上げていた時も大きいとは思っていたが、上から見るとまだまだうようよ漂い、上にいるジャンヌに長い手足を必死に伸ばして捕らえようとしていた。
「あれって食べられるのかなー。一匹釣ってみていいー?」
「いいぞー。後で調べてみよう」
「あれを食べるんですか? 美味しそうな見た目ではないですが……」
「とーさんたちの世界だと、アレに似たのを食べるんすよね?」
「そーだよー」
愛衣はアテナの問いに答えながら、鞭を取り出し下にいるタコに向かって伸ばしていった。
鞭はグングン細く長く伸びていき、巨大タコの脳天に突き刺さりそのまま足の付け根辺りにあった口まで貫いていった。
それを確認したら、愛衣はジャンヌの背中で足を踏ん張って鞭を釣竿のように振り上げた。
するとタコごと飛んでいるジャンヌよりも高く釣り上げて、鞭から気力を抜きながら思い切り引っ張って抜きとった。
その魔物は頭から綺麗に穴をあけられているというのに、未だに元気に落下しながら蠢いている。
「たつろー。四つに切るから回収おねがーい!」
「解った。ジャンヌ、切った瞬間下に回ってくれ」
「ヒヒーーン」
愛衣は鞭を軍荼利明王に渡して宝石剣を構え、気力の斬撃を縦横十字に放ってタコを四分割した。
そのタイミングを見計らってジャンヌが飛行速度を上げて一気にタコの死骸の下に入り込むと、体液が散らばる前に竜郎の《無限アイテムフィールド》に回収した。
それから次の階層へのポイントに着くまでに、さらに三体のタコを回収したうえで光る溜池へと入っていった。
エクストラステージに入り浸っていたせいで大分遅くなってしまったが、四階層目にようやくやってきた。
また入りしなに攻撃が飛んでくるかと警戒していたのだが、そんなことは無く、静かな細流が聞こえるだけであった。
足元が濡れる感覚と共に周りを見渡せば、二十メートルほど先にある茶色い壁の上から水がチョロチョロと流れており、足元には幅三メートル、高さ二センチほどの浅い水場が真っ直ぐと伸びていた。
そして左右を見れば、茶色く二段になった壁があった。その壁には一段目には八つ、二段目にも八つの洞穴があいていた。
それ以外には特に何もなく、後ろを見ても正面と同じ水がチョロチョロと流れる茶色い壁があるだけだった。
「えーと…。なんもいないけど、どうしよっか」
「《精霊眼》で観ても何も見えないってことは、ここには魔物が存在しないってことか?」
「次の階層へのポイントも無いっすか?」
「ああ、無い。カルディナは何か見つけたか?」
「ピィーーイ」
「特に何も、だそうですの。リアの方はどうですの?」
「《万象解識眼》でも、特に何もないとしか……」
「だよねー」
それではどうすれば次へと行けるのかと、周辺に何かないかと見渡すもやはり何もなく、途方にくれそうになっていると、不意にカルディナの探査魔法に魔物の反応が現れた。
「ピユィー!」
「魔物か。って、なんか……」
「なんか?」
「全員戦闘態勢に移ってくれっ。大量に魔物が雪崩れ込んでくるぞ!」
「「「「「───!?」」」」」
先ほどまでは静寂そのものだったというのに突然大量の魔物の反応が、左右の壁の洞穴の中から現れ、それらの徘徊する音がだんだんと大きくなってくる。
急いで皆も武器を構えて、迎撃の準備を整えた。
そうして左右計三十二の洞穴から、こぼれるようにムカデそっくりで、大きさが一メートルほどの魔物が竜郎たちめがけてやってきたのであった。