第187話 手造りマイホーム
家。竜郎もいつか愛衣と結婚し、一軒家を建てて愛しい人との子供と一緒に幸せなマイホームライフを……。
などと考えたこともあったが、まさかそれを大工さんではなく自分の手で造る日がこようとは、ここへ来る前の竜郎には想像すらできなかったであろう。
そんな気持ちを密かに持ちながら、竜郎は愛衣とリアとでどういう家がいいか話し合っていた。
始めはカルディナたちにも聞いていたのだが、この子たちには竜郎たちが快適に過ごせる家が最高の家だとはっきりと言われてしまい、それ以上建設的な意見が聞けそうも無かったからだ。
「でっかい豪邸つくろーよー」
「それはいいが、置き場所に困るだろ。
いくら容量制限が無くなったからと言っても、使う時大きすぎてどこにも置けませんでした~。じゃあ、困るだろ」
「そっかあ。でも元の世界ならまだしも、こっちの世界なら資産的にもそんな生活できそうなんだよねー。ちょっと惜しいなー」
「今後ダンジョンでも使っていくのなら、確かに大きすぎて置けないなんてこともあるでしょうし、いくつか大中小といった感じで造っておくのが良い気がしませんか?」
「んー……。それも考えたんだが、いっそのこと全部バラバラにしてみるのはどうだろうか」
「ほえ?」「と言いますと?」
「えっとだな───」
竜郎は首を傾げる愛衣と問いかけ直してきたリアに、今考え付いた家のイメージについて説明し始めた。
まず全部バラバラというのは、竜郎と愛衣が使う寝室、リアが使う寝室、リビング、それぞれの私室や浴室などを四角いボックス型で統一して、全て一個の家として作ってみるというものである。
またこれらは、レゴブロックのように横にも縦にも連結させられるようにする。
そうすれば必要な時に必要な部屋だけを、空いているスペースに合わせて組み立てられるのではないか。という発想だった。
「という感じで造ってみたらと思ったんだが、どうだろう」
「面白そうだね!」
「地形に合わせて、形が変えられる家ですか。確かにっ、アイさんの言うとおり面白そうです!」
「よし。それじゃあ、まずはその方向で考えていこう」
「うん!」「はい!」
方向性は決まったので、後は竜郎が鉄で小さな模型を作ってなんとなくの全体像を可視化していく。
目下の悩み事と言えば、部屋同士の連結方法だろう。
ただ上に乗せただけでは突風や大型の魔物、はたまた誰かの攻撃が少し当たっただけでもずれたり倒れたりしてしまう。
さらに、完全に隔離してしまったら部屋同士で移動する度に外に出てからその部屋の入口を通る必要が生じてしまう。
だからできれば、扉同士で繋げておきたい。
なので先ほど例えたようにとりあえず、レゴブロックのような凹凸をつけてはめ込んでみる。
しかしこれだと家ほどの重さを支えるには、それ相応に凹凸も深くしなければいけないので凸側はいいが、凹側の部屋はデッパリが邪魔でしょうがないであろう。
「ならいっそさ、壁を部屋同士の連結に使えないかな」
「壁か。部屋の枠だけ造って、その部屋の枠と別の部屋の枠の間に壁を付けて連結させると」
「ああ、それならスマートに行けるかもしれません」
竜郎はミニチュアの床板と中が空洞の四角い柱を十二本用意して、まずその柱で四角い立方体を造る。
次に壁を造って、部屋を形造っている枠の柱よりも少し細い中が空洞ではない柱を四つ取り付けて、先ほどの空洞になった横の面の柱の中に挿しこんでピッタリとはめ込んだ。
そしてその反対側にも最初と同じ手順で造った部屋を嵌めこめば、一枚の板で繋がった二つの部屋が出来上がった。
「これで色んな形の壁を造っておけば、色んな形でくっつけられるね」
「けど、上に積み重ねた時はどうしましょうか。階段を部屋内部に作るのはいいですけど、横長に連結させたときは邪魔になりますよね?」
「ならいっそのこと、上昇するだけの細長い空間を造ってみるのはどうだろう?
マンションのエレベーターみたいなのを、どうにかして作れないかな」
「えれべーたーとは、どのような物なんですか?」
リアは聞いたことが無いようなので、なんとなくこうなんじゃないかという竜郎が思い描くエレベータの仕組みを模型も使って説明すると、どういうものかしっかりと理解してくれたようだった。
「滑車で人が乗れる大きさの箱を上げ下げする道具ですか。
ですが、それだと取り付ける高さが決まってきてしまいますね。
調整すれば変えられそうですけど、高さを変えるたびに滑車の長さや道具の高さを変えるのは手間でしょうし、いっそのこと下から箱を押し上げるような仕組みにした方が良いかもしれませんね」
そうしてリアが提示してきたのは、何かで下から箱を押し上げようという仕組みだった。
こちらなら、昇れる高さは決め打ちになってしまうがリア曰く、十階くらいまでなら何とかできるかもしれないと、何か考えがあるようだった。
なのでそこはリアに任せることにして、今度は建材選びに取り掛かる。
今回は、できるだけ頑丈な物を造りたい。
なので、竜郎の《無限アイテムフィールド》内に入っている全ての石材、金属、魔物素材、宝石類などを少しずつサンプルとしてリアの《アイテムボックス》へと送り、壊している作業の間に調べてもらっていたのだ。
「色々調べてみた結果、今回手に入れた石材とジャンヌさんが倒したあの金属鎧の魔物の頭の赤い部分と骨盤辺りに当たる緑の部分の金属。
そして鉄とフェバス鋼を少しずつで、合成素材を造るのが最も硬く粘り強い建材ができると思います」
「そうなのか。でも、それってただやみくもに混ぜればいいってわけじゃないよな?」
「はい。ですので、比率と合成する順番を紙に書いておきました」
「うわあ。細かいねえ……。まあ私は、称号効果のためにたつろーに引っ付いているだけでいいんだけどさ」
竜郎に渡された紙を愛衣が首を伸ばしてみれば、かなり細かく比率や順番が記載されており、これは骨が折れそうだと覚悟を決めた。
「その素材に闇魔法でさらに強化するとしたら、硬さや軽さとかどういう比重がいいと思う?」
「それは……観てみないと解りませんね」
「そうか。ならまずは建材を造ってしまおう」
そうして竜郎はまず《アイテムボックス》の拡張時に得た複製を使い、現在4ポイントある内の2ポイント使用して金属鎧の魔物の死骸を二つコピーした。
そして同じく拡張時に得た成分抽出を使って、コピーした二つの死体から赤と緑の金属部分を全て抽出し、他の金属部分に混ざっていたものも根こそぎ吸い出した。
それからリアのメモ通りに混ぜやすいよう、素材を順番に並べていった。
「よし、これで準備は整ったな。それじゃあ、愛衣はくっ付いててくれ」
「解ったー。ぎゅーー」
「ふふ。相変わらず、仲がいいですね」
竜郎の背中に抱きついて、お腹側に手を回し御満悦な愛衣に微笑ましそうにリアは笑うと、空色の目に変えて間違いが無いように確かめていく。
それから休憩を挟みつつ、丸一日かけて闇魔法での硬さや重さも調整して大量の建材作りをした後、ようやく家作成に乗り出した。
家は装備品ではないので、魔法で全部造ってしまってもいい。
なのでそこは竜郎と愛衣に任せて、リアは奈々に手伝ってもらいながら別のことをしていた。
なんと、ダンジョンに渡された道具を解析したので、その技術を使って帰還石を使った魔道具作りに手を出していたのだ。
これなら勝手に魔石を加工する必要も無いので、この国の法律にも触れない。まあ、触れたところで個人的に魔法液にして使う分にはそうそうばれないだろうが…。
そうして竜郎と愛衣は家造り、リアは道具作り。
そしてその道具を全部屋に取り付けたり昇降機を造ったりと、そんなことをずっとしながら過ごすこと七日間。
ようやくそれは完成した。
「予想以上に時間が、かかったね」
「ああ、まさかリアがあんなに色々作れるようになるとは予想外だったから、こっちも取り付けに凝ったからな」
「でも、その分かなりいいものができました」
「立派ですのー」
現在はリビングルームと竜郎と愛衣、カルディナたちやリアの部屋などを教会内に《アイテムボックス》の機能を使って組み立て、どこまで変な形でもいけるかの実験をしていた。
今の形は、横に間延びしたV字型。
そんな不安定な組み立て方であっても、竜郎とカルディナの解魔法やリアの目でも耐震、耐衝撃性の観点からも合格で、満足いくものができていた。
「よし。中からも確かめてみよう」
「おー」
そうしてまずは現在全ての個室の起点となっている、リビングルームに入っていった。
まず扉を開ければ、中央には立派な石材で出来たラピスラズリ色の大きな丸テーブルと椅子が数席置かれていた。
そしてその椅子の中には、カルディナに合わせたうずくまれたり止まれたりする形の椅子、《幼体化》したジャンヌがぺたんとお尻を付けて楽に座れるように設計された椅子、奈々やリアのちびっこ専用椅子など、それぞれの形体に合わせたものもちゃんと用意されていた。
竜郎としては、ここで皆で向かい合って会議やおしゃべり、食事などを楽しみたいと思って造った物だ。
この机や椅子にもちゃんと装飾がなされており、芸術的才能のない竜郎と愛衣に替わり、リアが鍛冶師道具の彫刻セットなどで軽く誂えてくれた。
軽くといっても、世間一般では素晴らしいと評価されそうなものだったのだが。
そして部屋の右隅にはキッチンが置かれ、こちらも青い石材で造られた台と洗面台。
さらにダンジョンから貰ったアイテムを完璧に解析したリアが、手持ちの素材で簡易コピーした帰還石を動力にした水やお湯が出るアイテムが設置された水道が二つ。
石の食器やコップなどが置かれた棚、調味料や調理道具の棚なども完備。
さらにこちらもリアが簡易コピーした、帰還石を動力にしたコンロが三つ。
これで料理も捗ることだろう。
さらにこのキッチンルームは、この部屋から外せるようになっているので、《無限アイテムフィールド》でこれだけ取り出すことも可能にしてある。これで料理も捗る事だろう。
後はソファやら絨毯やらも置きたいところではある。
だがさすがにそれは今すぐに用意するのは無理なので、未だ殺風景ではある。そこは今後に期待といったところだ。
ちなみに、ここに限らず全部屋の天井には明かりが付けられている。
奈々が倒した天魔種の魔物の骨が、こちらの世界の電球的な物の役割となる物質の主原料で、最初に手に入った貝殻の粉や他にもいくつか魔物から手に入れた素材を混ぜ合わせることで、魔力に反応して光る素材を入手できたのだ。
そしてリアが帰還石から動力を得てそれを魔力に変換、金属鎧の魔物の左腕部分の白い金属が魔力伝導率が非常に高い物質だったことにより、それを細く電線のように伸ばして部屋の壁の中に張り巡らす。
そしてその線に魔力で光る石の様な素材を接続して、スイッチポンで明かりがつく仕様になっていた。
そうしてリビングを見終わったら、今度はこの部屋の右上にある浴室に向かう。
そこへ向かうには当然上に行く必要があるのだが、そこはリアが開発した昇降機の出番だ。
これはまたまた、ジャンヌが倒した金属鎧の魔物の素材が役に立った。
右足と左足部分の青と紫の金属部分は、魔力を通すと磁石の同極同士のように互いに反発し合う性質を持っている。
さらにその斥力は、通される魔力量が大きいほど強くなっていく。
その性質を利用し、竜郎の闇魔法で薄く硬く軽くした鉄板を互い違いに何枚か重ねていく。
そうしてこれまた帰還石を百個ほど動力に使用して魔力を得て、徐々に魔力を流したり減らしたりすることで、その鉄板の上に置いた人が数人乗れる金属の箱を押し上げる昇降機を造り上げた。ちなみに、この昇降機を設置する箱の形を調整することで斜めや横に進むものに変えることも可能らしい。しかもその調整は《無限アイテムフィールド》の分解と結合でできるレベルなので、面倒も少ないとのこと。
そうしてその昇降機に乗り込み、二つある△▽ボタンの内上へ上がる△ボタンを押せば、魔力伝導率の高い金属線を伝って帰還石から動力を貰い、魔力をゆっくりと流し始める。
すると竜郎たちは、ほとんど揺れることも無く快適に一階上に昇った。
「らくちーん! みんなこれを付ければいいのにー」
「無茶言わないでくださいよ。これに使用している金属、恐らくかなり貴重な物ですよ」
「他じゃあ、なかなか用意できないってわけか。というか、あの魔物本当にいい素材だったんだな。ありがとな、ジャンヌ」
「ヒヒーーン♪」
竜郎が横にいた《幼体化》バージョンのジャンヌの頭を撫でると、嬉しそうに鳴いてすり寄ってきた。それに竜郎も応えながら、昇降機をでて浴室に入っていく。
まずは脱衣所。
二人くらいなら余裕で入れそうな空間に、ぞろぞろ入っていきその先のスライド扉を開け放つ。
するとそこは浴室が真っ白い石材でできており、スイッチ一つで水とお湯が出る道具も完備。
さらにシャワーも付けたので、かなり元の世界に近い内装になっていた。
愛衣がそのシャワーに近づいて濡れないように気を付けながら、お湯のボタンを押すと、細かい穴のあいたシャワーヘッドから直ぐにお湯が降り注いだ。
「シャワー! やっぱりお風呂だけじゃなくて、こういうのも欲しいよねー」
「そうだな。それにシャワーだけ浴びられる小部屋も造ったし、これからは風呂に入る余裕が無くても、シャワーだけをさっと浴びることもできるようになった。
これはリアがあのアイテムを模倣してくれなきゃ、できなかったな」
「あれほど高性能には、まだできませんけどね。エネルギー効率や出力なんかが、向こうは桁違いですし」
「ああ……。でもな、あれは最早兵器だぞ。こういう風に生活に使うなら、これくらいでいいんだよ」
ダンジョンに貰った水、お湯、火がでるアイテムを、ダイヤルを回して最大出力で誰もいない所に向けて放ってみれば、水は放水車以上のレベルで噴出し、お湯は高熱で間欠泉の如き勢いで噴出。火に至っては、火炎放射器も真っ青な威力だった。
なので武器兼研究資料として、今はリアの《アイテムボックス》にしまわれている。
「ですね。けれど、あの帰還石から得るエネルギー効率をもっと再現してみたいです!」
「そうだな。けどその帰還石も巫山戯て《無限アイテムフィールド》内の速度を上げまくったせいで、今もあの袋から大量に溢れだしているんだよなあ…。だからもう、いくらでも使える」
「今、いくつくらいあるの?」
「さっき見たら億はいってた」
「それは、帰還石屋さんが開けそうですの」
竜郎が《無限アイテムフィールド》内で、一日二個帰還石を生成してくれる袋を適当に時間を早めて入れっぱなしにしていたら、パソコンのハードディスクを埋め尽くすウィルスかと言いたくなるほどの勢いでポンポン生成し、いまでは巨大帰還石タワーが作れるほど増殖していた。
「まあ、お金には今のところ困ってないから、電池みたいに使えばいいんだけどな」
そうしてシャワーを止め、風呂の方も動作チェックを終えたので、そこを出た。
それからも、各々の部屋に回っていき、一番上の部屋で飛んだり跳ねたりと強度を実地でも確かめていき、最後は家の外に出て《無限アイテムフィールド》に全てしまい直した。
「これで、当初の目的だった家もできたし、そろそろ攻略に戻るとするか」
「だねー。もう何日もここにいたし」
そうして竜郎たちは今日一日ここでのんびりしてから、また攻略に戻ることを決めたのであった。