第184話 作戦開始
まず一つ目に気になっていることを確認するために、自分をお姫様抱っこして片時も止まることなくウォーターカッターを躱していた愛衣に、竜郎は話しかけた。
「愛衣、後ろに回って死角から宝石剣の斬撃を飛ばしてみてくれ」
「あいあいさー!」
愛衣は自慢の脚力を生かし、ウォーターカッターの軌道を読みながら走って後ろに回りこみ、宝石剣から気力の斬撃を放った。
しかしそれは腰を捻って後ろを見てきたダンジョンが、右手のウォーターカッターを解除して水の盾を展開して防いだ。
そしてすぐにウォーターレーザーに切り替えて愛衣に向かって三本放ち、残りは他のメンバーに向けて放っていた。
しかし愛衣に放ってきたものは正確だったのに、他のメンバーに放っていたものはやや的を外していた。
このことからダンジョンは探知系の魔法やスキルは無く、目視と高い反射神経、それと一瞬で大魔法を造り上げる魔法生成速度だけで対応しているのではないかと竜郎は考える。
そして今度は、竜郎自身が魔法を使ってみる。
今回行うのは土、風、呪、闇、爆発の混合魔法。
まず拳大ほどの土塊に爆発魔法を付与し、さらに闇魔法で弄った呪魔法で風属性も付与、そしてそれを別途作った風魔法で暴発させないように慎重に吹き飛ばしダンジョンに向けて撃ち放った。
ダンジョンは直ぐにそれに反応して、爆発属性を持った土塊の直線上に水の盾を展開し受け止めようとした。
しかし、当たる直前で付与した風魔法が発動し右に直角に曲がる。それからさらに盾の幅を越えた辺りで、また付与した風魔法が発動し直進する。
そして盾を越えた先で左に直角に曲がりダンジョンの肉体左面部に突撃し、爆発した。
「当たったか?」
「ん~ん。体と爆弾の前に水盾を薄くして無理やり滑り込ませたみたい」
「じゃあ、ポイントは?」
「10のまま」
着弾後攻撃が止んだので、何かしら有効打を与えられたかと竜郎は思ったのだが、愛衣が冷静に見たままの状況を伝えてくれた。
それに竜郎は当たらなかったことに少し惜しいとは思いつつも、今回はまた別のことを知るためだったので問題はないと割り切った。
そんなことを思っていると、盾も無くしウォーターカッターも撃ってこず、逆に何をしてくるか解らない一瞬の膠着状況を向こうが壊してきた。
「今、貴方が何もしてないのに勝手に魔法を発動して、勝手に軌道を曲げましたよねー。
随分変わった魔法を使いますねー。どうやったんですかー?」
「秘密だ。だが、負けてくれるのなら教えてもいいぞ」
「それはできませんよー」
「来るぞ!」
竜郎の声とほぼ同時に、再びウォーターカッターが十筋飛びかい始めた。
また愛衣の腕の中に収まった状態で逃げ回る羽目になった竜郎だったが、確かめたいことは色々解ってきていた。
「なあ、愛衣でもあの水の盾は切れないんだよな?」
「だねえ。私の宝石剣の一撃でもあっさり止められちゃったし、あれ以上って───ん? どったの軍ちゃん?」
竜郎との会話中に愛衣の天装の弓、軍荼利明王が何も手にしていない五本のうち一本で肩をとんとんと叩いてきた。
喋ることはできないので具体的なことは解らなかったが、なんとなく愛衣にはその内容が解った気がした。
なのでそれを竜郎に伝え、宝石剣以外は《アイテムボックス》にしまっておいた。
「そうか、それをやればあの盾を一瞬でも割れるかもしれないと」
「うん、まだやってみないと解らないけど」
「じゃあ、やってみよう。そんでもって俺は、より確実にできるように場を整えてみよう」
「お願いね、たつろー」
「ああ」
そうして竜郎はメモを取り出し小細工をしてから、今も飛び回ってウォーターレーザーを躱しているカルディナに向かって叫んだ。
「カルディナ! Xだ!」
「ピュィーー」
「おっ、今度は何をしてくる気ですかねー。楽しみですー」
何をしようと防ぎきる絶対の自信があるのか、お気楽な声をダンジョンがあげる中、竜郎はカルディナがこちらに合流するタイミングを伺う。
そしてカルディナと目と目で合図しながら、まず竜郎が先ほどの曲がる軌道の土塊爆弾を少し改造して十個を杖の先から一斉に飛ばした。
するとまずはみな同じ向きにまっすぐ飛んでいくのだが、竜郎が何もしなくても呪を闇魔法で弄ってプログラミングした情報通りに付与した風魔法を使って、ダンジョンの水の盾の前で軌道を変えて十個が違う十通りの場所から囲い込むように着弾していった。
それにダンジョンはウォーターレーザーを止めて、両手で造った水の盾を薄くして広範囲に展開することで、現れた時からずっと同じ場所に立ったままで一歩も動かずガードした。しかし。
「──っ煙幕?」
「愛衣、今だ」
「了解」
十個の土塊が水の盾にはばまれ爆ぜた途端、その中から闇魔法で作った暗闇がダンジョンの視界を遮った。
そのタイミングで愛衣は竜郎を自分の後ろに隠し、軍荼利明王から宝石剣を受け取って両手に構える。
そしてその柄を握った両手に重ねるように、四対の軍荼利明王の手が重なり合った。
計五対の手で持った状態で気力を宝石剣に容赦なく注ぎ込んで振り上げると、一気に振り下ろす。
すると、一人の時よりも出力の上がった斬撃が撃ち放たれた。
それは今までのものと違い限りなく実像を持った斬撃で、まるで極彩色に煌めく宝石剣そのものの刃が飛んで行っているように見えた。
それにタイミングを見計らってやってきていたカルディナが、竜郎と一緒に魔弾、爆発の混合魔法を瞬時に完成させ、愛衣の斬撃に追従するようにダンジョンに向かって三つ連続で撃ち放った。
そして竜郎と愛衣の二人とカルディナは、互いに逆方向へと離れていく。
その頃になれば、愛衣の放った気力の斬撃がダンジョンに届いた。
軍荼利明王を使わなかったときの斬撃では、水の盾を切り裂くことはかなわなかった。
が、今回は竜郎の魔法のおかげで全体的に盾が薄くなっていたことも相まって、見事盾を切り裂き、水の盾に僅かな隙間をあけた。
その隙間に、竜郎とカルディナの爆発属性の魔弾がそこへと滑り込む。
その結果を具に観察するために、竜郎は探査魔法を行使する。
「───っ!?」
「二つヒット! 最後の一発は盾の回復の方が早かった」
竜郎は結果を探査魔法で観測しつつ、また一つ情報を取集していると、闇魔法の暗幕の効果も消えていき、ダンジョンの顔とその斜め上にあるポイント表記板も見えてきた。
するとダンジョンは楽しそうに笑い、ポイントは10から8に減っていた。
竜郎からしたら急製造の魔法にしてはかなり威力があったと思ったのだが、それでも1ポイントしか奪えなかったことに驚きが隠せなかった。
アレが当たった程度では、ダンジョンには大したダメージは与えられないということなのだから。
「まさか、こちらの盾を切り裂く人間がいるんですねー。
その後も、一瞬で私から有効打判定を取れる威力の魔法を作製する魔法制御力…。あなた方、本当に人間ですか?」
「人間だよ。本当に、どこにでもいるな」
「あなた方みたいな人間がどこにでもいたら、もっと世界は面白いことになってますよー」
どうやらダンジョンは冗談だと思ったようだが、竜郎は自分たちの元の世界の話をしているだけなので嘘は言っていない。
「では、もう少し難易度を上げましょうかねー」
「下げてくれた方が嬉しいんだが」
「あなた方みたいな、人間の中で強者と呼ばれる者たちに……負け犬の称号を刻みたいんですよー!」
するとダンジョンは指先にではなく、自分の周囲に二十個の小さな水球を浮かびあがらせた。
「まさか、アレ全部からさっきの水カッターが出てくるんじゃ…」
「そのまさかですよー」
「とりあえず避けまくってくれ!」
「はいよっ」「ピィッ」「ヒヒン」「はいですの」「わわわっ」「了解っすー」
愛衣たちははっきりと返事をし、リアは奈々の脇に抱えられた状態でまともに返事ができずに強制的に移動が始まってしまっていた。
先ほどの倍の数のウォーターレーザーを躱す必要があったが、それでも上から下へと舐めるような直線軌道は変わらなかったので、竜郎とリア以外なら何とかなるレベルであった。
しかしそれでも、これ以上増やされたらそれも危うくなってくる。
そしてさらに悪いことに、まだダンジョンはまったく本気を見せていない。やろうと思えばもっと増やせるだろうし、他の魔法だって使えるはずだ。
なのでこれ以上本気を出させる前に、短期決戦で一気に決めるほか竜郎たちに勝機は無い。
(短期決戦となるとあの手しかないが……。ゲームみたいな状況とはいえ、取りたくない手なんだよなあ。けど、迷っている余裕はないか。情報は大分纏まってきたし、今のうちにやるしかないっ)
竜郎は考えを纏めると、紙とペンを出して愛衣の腕の中で書き物を始めた。
「戦闘中にメモですか? さすが余裕ですねー」
「うるさいっ。こっちは、色々書き留めなきゃいけないことがあるんだよ!」
「そうですかー。まあ、やられない程度にお願いしますねー」
「たつろーは、私がいるから大丈夫だよーだ」
「なら、安心ですねー」
そして竜郎は四枚のメモを作成して、《無限アイテムフィールド》にしまって少し操作をしてからシステムを閉じた。
そして数分後、また《無限アイテムフィールド》から先ほどと変わった様子の無いメモを四枚取り出し、何もしないで再びしまった。
「愛衣、準備をしてくれ」
「わかった」
愛衣は先ほどの数分の間に竜郎から聞いていた作戦を取るために、システムを立ち上げ少し作業をして閉じた。
「仕込みはオーケーだよ」
「なら、始めるぞ──」
竜郎は愛衣の腕の中で杖を構え、ダンジョンに向けて前と同じ土塊を飛ばす魔法を三十個用意し、それを三回に分け十個ずつ時間差で四方八方へ向かって打ち放った。
発射までに時間をかけていたせいで、こちらが撃つことが丸わかりだったのもあり、着弾するまでにウォーターカッターで半分以上消されてしまったが、残りは思惑通り水の盾に当たって闇魔法の煙幕がダンジョンの周囲を覆ったのだった。
そのほんの少し前、竜郎の魔法にウォーターカッターの攻撃が集中し、こちらへの攻撃がおざなりになっている間に、アテナは豪運の指輪を使用してからスキル《乾坤一擲》を行使した。
すると自分から魔力がごっそりと抜けた感覚と共に、目の前にニ十センチほどの大きさの十面ダイスが現れ回転し始める。そして出た目は──。
「最初に10っすか。アイテム効果があるとはいえ、幸先いいっすね」
《魔法力値が一時、超特大アップします》
そんなアナウンスをアテナが耳にしたとき、煙幕がダンジョンを覆い始めた。
なので当初の予定通り、《竜力路》のレールをダンジョンに向かって真っすぐ敷いていく。その間に、奈々とリアのペアがアテナと合流した。
そしてレールを全て敷き終わると、アテナは琥珀色の煙と化した竜力に雷属性を持たせて盾のように前面に展開し、無属性のままだったレールも雷属性に変える。
それと同時にレールに足を乗せて大鎌を構えて荷物を背負い、竜装にも紫電を纏わせイカヅチの如き速さでダンジョンに突進を開始した。
一時的に数倍に跳ね上がった魔法力をふんだんに使って、普段ならあり得ない力で以って水の盾をぶち破り、ダンジョンの前に現れると同時に大鎌を振り下ろした。
「またこちらの盾を──!」
「うわっと」
アテナの鎌の斬撃により、また1ポイント減らしたダンジョンは、ウォーターカッターをアテナに当てた。
すると、アテナのポイントが一気に10奪われ強制送還されていく。けれど、その後ろからリアが大声を上げながら現れ金槌を振り上げた。
「はあああっ」
「そんな声を出したら、バレバレじゃないですかー」
暗闇でも声が聞こえればさすがに、探知能力のないダンジョンにだって居場所は解る。なので、ダンジョンは慌てずそちらにウォーターカッターを一本撃ち放った。
「それでいいんですのっ!」
「───っ!?」「きゃあっ」
リアがいる方向にダンジョンの目が集中している間にさらにその後ろ、《成体化》状態で隠れていた奈々がダンジョンのすぐ近くに現れた。
そしてリアにウォーターカッターが当たった瞬間、《真体化》して両手に持った竜牙でダンジョンに《かみつく》と毒魔法の魔力が乗った二撃を与え2ポイント奪った。
「─このっ!」
「それはだめですー」
リアがポイントを無くし強制送還される中で、奈々はさらにもう一撃浴びせようとした。だが、その前にウォーターカッターを当てられポイント全てを奪われた。
その時ダンジョンは、薄れだした闇魔法の煙幕の上方からカルディナらしき影が迫ってくるのが見えた。
なので上に向かって十本のウォーターカッターと、水の盾を展開した。
しかしそこに現れたのは、カルディナの形をした土人形だった。
そしてさらに、それが壊されたと同時にその中から闇魔法の煙幕が再び降り注いできた。
それにダンジョンが目を見開き、一瞬挙動が止まった。
そしてその一瞬の隙をついて、まだ色濃く煙幕の残っている側面部から本物の《真体化》したカルディナが《竜翼刃》を浴びせかけた。
「ピュィイイイーーーーー!」
「いつの間にこんな仕掛けっ」
「ピィッ──」
ダンジョンはまた1ポイント減らしながら、カルディナにウォーターカッターを当てて強制送還する。
すると直上から《真体化》したジャンヌが風を自分の周囲に展開させながら、ダンジョンめがけて鼻の先の角を突き出すように落下してきた。
これはカルディナの時と違い明らかに本物なので、躊躇することなく水のレーザーを放った。
(風を纏ってこちらの攻撃を逸らそうという魂胆のようですが、それだけでは無理ですよー!)
などとダンジョンは考えていた。確かにそれだけでは、ダンジョンの水のカッターを逸らし、致命傷を避けることなどできずジャンヌは強制送還されてしまうだろう。
しかし、ジャンヌはそれだけではなかった。
「なにっ!?」
「ヒヒーーーン!」
ジャンヌは大きな右手の拳の中に天装の槍ユスティーナを隠し持っており、ダンジョンが攻撃のモーションを取った瞬間、致命傷となる体の中心部に雷嵐を全力で展開した。
それは功を奏し、ジャンヌの全力の風魔法とユスティーナによる全力の雷の嵐が混ざり合い、水のレーザーを右肩部と左肩部へ逸らした。
それにより、ジャンヌは8ポイント失ったが、強制送還は免れた。
そしてその瞬間、ジャンヌの《竜角槍刃》が籠った角と風魔法と槍の力で増していた推進力も相まって、ダンジョンの水の盾をわずかに突き破り、角先だけが頭に到達した。
「このっ!」
「ヒヒンッ──」
ダンジョンはその一撃により、また1ポイント失い、今度こそ確実に水のレーザーでジャンヌを強制送還した。
そしてその時、天装の槍ユスティーナもジャンヌの持ち物扱いになって、一緒に送還されたのをダンジョンは見ていた。
ここまで実際なら竜郎が絶対に選択しない、カルディナたちの捨て身の攻撃のおかげでダンジョンの残り点数を3ポイントまで削ることができた。
だが、こちらはもう竜郎と愛衣だけしか残っていない。
1ポイントも取られていないとはいえ、相手の攻撃一発で10ポイントなど簡単に奪われてしまううえに、数が減って向こうの注視すればいい人間が二人になってしまったのも痛手である。
けれど二人は、ここまでカルディナたちにやってもらったのだから、自分たちが負けるわけにはいかないと、ダンジョンの正面に立ち最後の詰めへと移っていくのであった。