第183話 ゲームスタート
いくつか状況に応じた作戦も考え、小技も色々考えて、食事に睡眠もとって体力気力共に万全の状態。
これで負けたのなら、もう大人しく負け犬の称号を皆で甘受しようと、そこまで決意を固めてから謎の声の正体ダンジョンを呼び出した。
〔いよいよ挑戦する気になったんですねー!
それではこちらも準備しますので、皆さんは石板の前にて少々お待ちくださーい!〕
準備とはなんぞ? と首を傾げながらも、竜郎達は大人しく石板の前へと歩いていく。
そうして少々待っていると、石板が床へと沈んでいき、入れ替わるようにしてそこから五メートル四方の鏡が出てきた。
そしてその鏡の前に、床に繋がった黒いコードと、その先にくっついたテニスラケットのグリップのような物が七つ出てきた。
それからさらに七つ、大きなリクライニングシートも出てくる。
「何これ? 座れってことかな」
「いや、それはちょっと待ってくれ。何が起こるか解らないしな」
「はーい」
そうこうしながら待つこと数秒、準備とやらが整ったのかダンジョンが話しかけてきた。
〔お待たせしましたー。それじゃあ、今から説明させてもらいますねー。
まず、そこに出てきた鏡は、早々にポイントを失って強制送還された人も今どうなっているのか解るよーに、状況がそこへ映し出されまーす〕
「モニターみたいなものか」
〔次に、コードの先に着いている物体を体のどこかに触れた状態にして下さい。
そして肉体の方は眠った状態になりますので、そちらの椅子に座って座席を倒すなりして楽な姿勢を取ってくださーい〕
「はーい」
竜郎たちは素直にその声に従って、グリップのような物を持ってからそのリクライニングシートに座り、背もたれを倒して寝転がった。
ちなみにカルディナと座席に収まるように《幼体化》したジャンヌは、座椅子部分に丸まって収まった。
〔これで準備完了です。心の準備はいいですか?〕
「ああ」「うん」「ピィ」「ヒヒン」「はいですの」「はい」「いいっすよ」
〔それでは、向こうで会いましょう〕
ダンジョンのその声を竜郎達は薄れる意識の中で聞きながら、深い眠りへと落ちていったのであった。
竜郎たちが目を覚ますと、そこにはスカイブルーの床石が一面に広がり、後は真っ白な壁と天井だけで、ジャンヌが《真体化》した状態でも悠々と動き回れるほど広大な空間に立っていた。
そして外見は全く同じなのだが自分の体に少し違和感を覚え、手を握ったり広げたりして動かすと、脳の指令と若干遅れて挙動していた。
それは皆同じようで、愛衣やカルディナ達も同様に体を捻ったり動かしたりしていた。
だがそのラグは一分もすれば無くなり、元の体と寸分違わず動かせるようになっていた。
「同期は完全にできたようですねー」
自分たち以外誰もいなかったはずの場所から、機械を通したような声ではなく、生身から発せられたダンジョンの声が竜郎たちの耳に届き、一斉に前方に目を向けた。
するとそこには、瑠璃色の裾丈が地面に着くほど長く、金銀宝石がちりばめられた豪華なドレスを纏い、狐耳に十本の狐尻尾をもった、竜郎よりも長身の美しい女性が優雅に佇んでいた。
「狐の獣人? それが、ダンジョンの本体なんですの?」
「いやいやー、違いますよー。私の本体はあなた方が入っているダンジョンそのものですからねー。
だから私が今回設定したパラメーター内で、一番動かしやすい仮想の体を造ったらこれだったというだけですー」
「───タ、タツロウさんっ」
「ん? どうした、リア」
ダンジョンが仮想の肉体について語っている時に、突然リアが慌てた様子で竜郎の袖を引っ張って屈ませると耳打ちしてきた。
「《万象解識眼》が使えませんっ」
「──それは、あの獣人の姿のダンジョンに対してか? それとも」
「発動すらできません」
「ちょっと待ってくれ」
竜郎は嫌な予感がし、《レベルイーター》を発動させようとした。しかし起動しなかった。
『愛衣、《レベルイーター》がここでは使えないみたいだ。そっちは何かおかしなところはないか?』
『私?』
念話で竜郎と情報を共有しながら剣を振ったり、腰につけている天装の弓、軍荼利明王から八本のロボットハンドを出して動かしたりしたが、問題はなさそうであった。
『こっちは特に問題ないみたいだよ』
『そうか』「なあ、こっちで使えないスキルがあるんだが」
今一法則性が解らないので、竜郎は直接ダンジョンに聞いてみることにした。
「あー、それは申し訳ないですー。本当の体でないと使用できないほど、複雑な構成のスキルを持ってたみたいですねー。
けど、そういう特殊すぎるもの以外は使えるはずですからご勘弁をー」
「あたしらのスキルは全部使えるみたいっすから、本当にそうらしいっすよ」
「………………みたいだな。俺も他の属性魔法は、ちゃんと使える。他に通常の体と違う点はあるか?」
「そうですねー。その体では、ポイントが減るだけで怪我をしません。
後はしょせん生身ではないので、どんなにその体で行使してもスキルの成長はできません」
それ以外は特に無いようだが、こちら側は《レベルイーター》と《万象解識眼》の二つが使えない状態だった。
ちなみに愛衣の《武神》は、強力ではあるがおそらくスキルの構成とやらはそこまで複雑ではないようなので、スキル成長は望めないが弱体化することはなかった。
これなら《レベルイーター》で相手のスキルレベルを吸収したりできなくとも、戦うことはできる。
システムも問題なく操作可能なので、《アイテムボックス》などもちゃんと使えた。
……ただ、《万象解識眼》ありきの戦闘しか考えていなかったリアだけは、かなり弱体化してしまったのだが。
「他に質問はないですかー? 無いようなら、持ち点を付与したいんですが」
「ああ、頼む」
「それでは、持ち点10ポイントを配布しまーす」
相変わらずの間延びしたしゃべり方は変わらないのだなと思っていると、自分の頭の右斜め上辺りに透明なガラス板のような吹きだしが現れ、そこに赤い光でアラビア数字の10が記されていた。
ちなみに、リアにはこちらの世界の数字での10が表示されているように見えていて、システム同様その人物が一番認識しやすい文字が適用されているようだ。
こうして、ダンジョン含め全員に持ち点が配られた。
「それでは、開戦の合図はそちらの攻撃発動でいいですよー」
「ずいぶん余裕なんだね」
「余裕も何も、こちらはあなた方が勝てると思っていることが、可愛いとさえ思ってしまいますよー」
「舐めやがって、それじゃあお言葉通りこっちからやらせてもらうぞ」
「どぞどぞー」
自分が負けるとは一ミリも感じていないといった表情で、両の手の平を上に向けてどうぞと挑発までしてくる始末。
ここでは怪我もしなければ死にもしないというのは、この現実感のない自分の体そっくりの入れ物からなんとなく感じることができた。
なのでこちらはたっぷりと時間をかけて、相手の生存などまったく考慮しない一撃をお見舞いすることにした。
まず竜郎はいつもの杖とコートを、愛衣は鎧と軍荼利明王、そして自分の手には宝石剣一本。
軍荼利明王の八本の手の内三本には鞭と以前のジャンヌ戦で入手した天装の槍ユスティーナとモーニングスターを持たせ、後の残り五本中三本には手の平から気力の槍先をだし、残りは空拳で気力の爪を出しておいた。
カルディナは《真体化》して尻尾には腕輪型の杖を、ジャンヌは《真体化》して《超硬化外皮》を発動して元から硬質だった皮膚をさらに硬く変え、足には腕輪型の杖を装着した。
奈々は《真体化》して腕輪型の杖を腕に嵌め、さらにカエル君杖で魔法を補強、残った片手に竜牙を持つ。
リアは自分で作った鎧と金槌、アテナは《真体化》して《竜装》を纏って、前の戦いで得た鎌を手に持った。
こうして万全の状態にしてから奈々が、これから使う毒に対しての解毒魔法を呪魔法で全員に付与していく。これで例えこの空間全てに毒が蔓延しても、効果中は竜郎たちに被害はでない。
そして次に行うのは魔弾、爆発、土、風、毒、雷を光魔法でブーストした混合魔法。
カルディナを起点にして、竜郎とジャンヌ、奈々とアテナで構築、そして今できる限界まで全員のリソース全てを使って溜めはじめる。
「あー、それはさすがに直撃したらやばそうですねー。そこそこポイント持ってかれそうですー」
「でも、そっちから言ったんだから、ちゃんと撃つまで待っててね!」
「解ってますよー。ふふ、これは久々に楽しめるかもしれませんねー」
常人なら感知しただけで卒倒しそうな強大な魔法を前にしても、その余裕の笑みはダンジョンから消えることは無かった。
そして、こちらの準備は全て整った。
「いくぞ! てーーーーーーっ!」
「ピュィイーーーーーーーー!!」
発射のトリガーを握っていたカルディナは、竜郎の発射の合図とともに、魔弾を獣人型ダンジョンめがけて撃ち放った。
それは轟音上げて、横に高速回転しながら真っ直ぐ狙い違うことなく飛んでいった。
しかしダンジョンはそれを躱そうなどしないで、右手を前に出した。
そして水魔法で自身の体をすっぽり覆えるほどの大きさの盾を造って、迎え撃った。
それに竜郎は、水魔法一つで止められるはずはないと思っていた……のだが。
「うそ──だろ……」
竜郎とカルディナ達魔力体生物組の五人がかりでたっぷり時間をかけて作り上げた魔法が、一瞬で作り上げた水の盾に当たった瞬間はじけて消えた。
しかしそれを意外と思っていたのは竜郎たちサイドだけで、ダンジョンは当然の結果とばかりに笑みを深くした。
「威力は十分でしたけど、防いじゃえば問題ないですよねー」
「ピュィイイーーィィュューー」
「あの水の盾、見た目通りの質量じゃないそうですの」
「……みたいだな。あの水盾の1立方センチメートルの質量だけで、プール一杯分は軽いぞ」
「化け物っすねえ…。どこまで到達すれば、そこまで圧縮できるのか想像もできないっす」
そんなアテナの言葉に皆が同調していると、鋼とは比べ物にならないほどの防御力を誇る水の盾を消し去り、一歩たりともその場から動いていないダンジョンの姿が現れた。
「それじゃあ開戦の狼煙も上がったことですし、こちらからも───いかせてもらいますねー!」
そう言うとダンジョンは手を顔の前で交差させ、手の平をこちらに向けた状態で指の関節を引っ掻くようなポーズで丸く曲げた。そして十本の指先一つ一つに、一センチほどの小さな水の球体が現れた。
「──まずいっ、散開!」
「はははっ、正解です。防ごうなんて思わない方が良いですよー」
竜郎の指示が相手の魔法よりも一瞬早く届き、事前にその号令の時はこうすると話していた通りに、奈々はリアを掴んでその場から離脱。
カルディナは《成体化》、ジャンヌは《幼体化》して面積を小さくした状態で離脱。
アテナはそのままの状態で駆けていき、竜郎は愛衣にお姫様抱っこされる形でその場から散開した。
するとダンジョンは空を引っ掻くように交差した手を振り払い、指先にある十個の小さな水球から細い水が猛烈な勢いで噴出。
竜郎たちのいた場所の地面を、上から下へと舐めるように走っていった。
その威力はすさまじく、なぞられたスカイブルーの床石は、底が解らぬほど深く細い十筋の切れ目が出来ていた。
それは以前竜郎がやった、水を細く勢いよく射出して切り裂くウォーターカッターの超々上位版。
おそらくあれを生身で受けることがあったのなら、装備品の防御もステータスの魔法抵抗力値も無視して、バターのように竜郎たちを切り裂いてしまったであろう。
「無茶苦茶だね。あんなのどうやったら勝てる?」
「今はまだ解らんが、二つほど気になることが出てきた」
「そうなの?」
「ああ。だからそれが解るまで、俺の体全部預けていいか?」
「いいよ。たつろーの体ならいくらでも」
そうして竜郎は愛衣に抱えられたまま、三射目、五射目と続く指をウネウネ動かしてあちこちを切り裂いていく十筋のウォーターカッターをそれぞれ何とか躱していく。
他の皆も竜郎の方へチラチラと視線を送りながら、いつでも指示が聞けるようにダンジョンの周りを逃げ回っていた。
こんな出力の魔法をいつまでも続けていたら、普通ならとっくに魔力切れを起こしていそうなものなのに、ダンジョンにはまったくその兆候はなかった。
おそらく魔力の全体消費量的に、竜郎にとっての極小レーザー一回分くらいでしか無いのだろう。
竜郎は活路を見出すために、相手を観察しつづける。そうして、推測に基づく実験に入っていくのであった。