第182話 ダンジョンの楽しみ
回収作業も無事終わると謎の声──もといダンジョンが、ジャンヌの抽選をそろそろしていいかと尋ねてきた。
「ヒヒーーン」
「早くやってくれ、だそうですの」
〔はいはい。それじゃあ、いきますよー! 抽選ターイム。
じゃかじゃかじゃかじゃか────じゃん。出ました! 一等しょー〕
「ブルルッ」
特等ではないことにジャンヌが少し悔しそうな声を出していると、床から金の宝箱がせり上がってきた。
ジャンヌでは開けづらいので竜郎が蓋を開けて中を見ると、下部分が長く伸びた五角形で、五十センチほどのプラチナに輝く盾が入っていた。
「これ……なんだが、《成体化》状態じゃ持てないし、《真体化》状態でも小さすぎる。どうなってるんだ?」
「ヒヒン?」
貰った本人もピンと来ていないようで、首を傾げていた。なので、説明書を読めば何かわかるかと、箱の中に一緒に入っている羊皮紙を取り出して中を改める。
「ハルツェの盾? 所持者の耐久力と魔法抵抗力を上げる……持っているだけでいいのなら、体にでも括り付けとけばいいのか? どう思う、ジャンヌ」
「ヒヒーーン」
「ちょっと見せてほしいって言ってるっす」
「そうか、これなんだが」
竜郎は宝箱からそこそこ重量感のある盾を出して、ジャンヌに見えるように眼前に持ってきた。
それをジャンヌは、一頻り観察すると──。
「ハグハグッ」
「いや、オリンピックのメダルじゃないんだから、噛んでも─」
しょうがないぞ。と竜郎が言おうとした瞬間──バキンと金属的なものが折れる音がした。
ゴリゴリ、ムシャムシャ。さらには、そんな音までジャンヌの口の中から聞こえてくる。
竜郎や他の面々も唖然としていると、さらに竜郎の手から残りの盾を歯で抜き取って全部口の中に放り込み、ゴリゴリ、ガリガリ、バリンバリン、ムシャムシャムシャムシャ。と咀嚼していく。
そこでようやく、竜郎は我に返った。
「おいいいいい! ジャンヌ! そんなの食べちゃいけません! ペッしなさい! ペッ! ぽんぽん痛くなるぞ!」
「ブルルッ」
いつも物解りのいいあのジャンヌが、竜郎の言葉を聞かずに「いやいや」と駄々っ子のように首を振りながら抵抗し、結局全てを食べてしまった。
「た、食べちゃった…」
「食べちゃ駄目じゃないか……」
「───いえ、それで正解だったのかもしれませんよ」
「「え?」」
空色の目をしたリアの言葉に、竜郎と愛衣がジャンヌの方を見れば、体表面の皮膚が黒い光を帯びていき、やがて収まっていく。
するとその中から、さらに硬質化しツルリとした質感の黒い皮膚が現れた。
それはさながら、漆黒の鎧を纏ったサイといった感じである。
《スキル 超硬化外皮 を取得しました。》
《スキル 魔力減退粒子 を取得しました。》
「ヒヒーーン!」
「いやいや、ヒヒーンじゃなくてだな。どうなってんだ、リア?」
「これは恐らく、先ほどのアイテムを食べて取り込んだんだと思います」
「取り込んだって……、そんなことできたの?
それなら、他のアイテムも食べれば取り込めるってこと?」
「いいえ。ジャンヌさんが魔力体生物であったからというのもあります。
ですがそれ以上にあの盾のアイテムと、ジャンヌさんが恐ろしいくらいに波長が合ったからこそできたこと何だと思います。
そこいらのアイテムを同じように食しても、おそらく意味はないですね」
「波長が合っていた、か。それをジャンヌは感じ取ったから、食べたのか?」
「ヒヒン!」
ジャンヌは、力強く頷いて肯定した。
それを見ていたアテナは、指から外して口元に持ってきていた豪運の指輪を、そっとはめ直した。
「それじゃあ、あたしの指輪は食べてもダメそうっすね~。そんな感じはしないっすから」
「食べる気だったんですの?」
その一連の行動を見ていた奈々は、半ば呆れたように妹を見ていた。
そんな一幕に気が付くことも無く、竜郎はジャンヌに見た目以外に何か変わったところはあるかと聞けば、また頷いてみせた。
そうしてジャンヌは皆が見ている中、体から白金の粒子を放出しだした。
「ヒヒーーン」
「魔法を近づけてみてほしいそうですの」
「魔法を? 解った」
ジャンヌの要望通りに手の平に魔法で光を灯し、それを粒子の中に入れてみる。
すると竜郎の光魔法で造った明かりは白金の粒子の中に入った途端、スッと消えてしまった。
「ヒヒーーーン」
「へー。《魔力減退粒子》ってスキルらしいっすよ」
「減退と言ってはいるが、弱い魔法ならかき消すくらいに強力なわけか」
「物理は硬い鎧で、魔法はこの光の粒でかあ。ジャンヌちゃんは鉄壁だね!」
「ヒヒン!」
愛衣に褒められ、ジャンヌは嬉しそうに胸を張って喜んだ。
こうして竜郎たちはエクストラダンジョンの挑戦全てをそれぞれ一人ずつで乗り切り、景品や魔物の素材も手に入れた。
これでもうここですることはないな、と皆が思い始めた時。ダンジョンがまた、話しかけてきた。
〔全ての挑戦権をお一人ずつ使い、その全てに勝利を収めたことにより、隠しミッションを達成されたことをここにお伝えいたしまーす!〕
「「「「「え?」」」」」「ピィ?」「ヒヒン?」
突然の隠しミッション宣言に一同疑問符を投げかけ、とりあえず状況確認のために竜郎が代表して問いかけた。
「その隠しミッション? とかいうのを達成したら何かあるのか?」
〔ええ、とあるゲームの参加資格が得られます。
勿論こちらも参加するかどうかは自由ですが、こちらはパーティ全員での参加が義務付けられます〕
「参加するかどうかとか、義務とかどうのこうのより、まずそのゲームってのが何なのか言ってくんなきゃ答えようがないよ」
相変わらず結論を先に言わないダンジョンに、愛衣がせっついた。
〔ああ、それもそうでしたー。その内容は、裏ボスと勝負をすることでーす!〕
「裏ボスって……。そいつはどれくらい強いんだ?
裏って言うくらいだから、ここのダンジョンボスより強いんだろうが」
〔そうですねー。もしレベルで表すのなら、7万レベルぐらいですかね?〕
「じゃあこれで帰るんで、さよならー」
そんなのと戦ってられるかと、竜郎は帰り支度を始める。
すると、慌てたようにダンジョンは追加説明を矢継ぎ早に進めた。
〔いやいや、何も命がけで戦えとか、そう言うのじゃないんですよ?
生死をかけないタイプの試合みたいなモノなんですよ?
たとえ負けても死ぬことは絶対ありませんし、称号も貰えるんですよ?
とってもとーっても、お得なんですよー?〕
「死ぬことが絶対ないなんて、どうして言えるんですの?
そんな高レベルの相手なら、攻撃の余波だけでも死んでしまうかもしれませんの」
〔いやー、だって生身でやるわけじゃないですからねー〕
「生身じゃないって、どういうことだ?」
〔実はですね──〕
ダンジョンの説明によれば、生身ではなく精神世界での戦闘ということらしい。
それをもっと詳しく言えば、ダンジョンが用意した道具を使って、ここから別次元に用意された本人の能力ほぼそのままの状態の仮想ボディに精神だけを移動させる。
するとまず持ち点10ポイントをボス含め、その場にいる全員に与えられる。
そしてそのポイントがゼロになったら現実に強制送還され、裏ボスを強制送還させた際に、竜郎たちのパーティーメンバーが誰か一人でも残っていればこちらの勝ち。
逆に全員が持ち点を奪われ強制送還されたのなら負けという、本当にゲームのようなシステムらしい。
ちなみにマイナスポイントの内訳は、その人物の現実世界の肉体や身に着けている装備品のレベルにおいて計算され、有効打-1ポイント。致命傷-10ポイント。有効打以上致命傷未満-2~9ポイントが引かれるとのこと。
さらに攻撃を受けてもポイントが減るだけで、痛みすらないらしい。
〔痛いのは、こちらも嫌ですからねー〕
「なんだかその言い方だと、ダンジョンさんが戦うみたいに聞こえてしまいますよ」
あまりにも人間臭いダンジョンの言い分に、冗談交じりにリアがそんなことを言うと、ここで衝撃の発言がなされた。
〔え? そうですよ。裏ボスとは、このダンジョン自体。
といっても、あなたたちとは存在する次元が違うので、仮想ボディを造ってそれに入って操る感じなんで、こちらは大分弱体化してますー。
だから本体はレベル7万オーバーくらいかもしれないですけどー、そっちなら絶対に人間では勝てないといったレベルでもないと思いますよー?〕
その後もいくつか質問していき、どうするか考えてみる。
このダンジョンの言葉が真実なら、安全に強敵との戦いを経験でき、たとえ負けたとしても参加賞的な感覚で、景品一つと称号も手に入るらしい。
また勝った場合には、景品三つと参加した全員に経験値とSPを付与、さらに勝者だけが貰える強力な称号も入手できるようだ。
これだけ聞けば、デメリットが一つもない。
負けた時の称号も、マイナスの効果ではなくプラスの効果なようだ。
それならこれから先のことも考え、特に急ぎの用もないので受けるのが得策と言えるだろう。
「なら、受けてみようよ」
「だよなあ。他のみんなはどうだ? 受けることに反対の者はいるか?」
一人一人の顔を見ながら竜郎が確認すると、誰も異を唱える者はいない様子であった。
「解った。それじゃあ、受けるよ」
〔そうですか! なら早速──〕
「いや、それはまた明日にしよう。今日は動きっぱなしだったし、どうせなら準備もしたいからな」
〔えー、早くやりましょーよー〕
「随分やりたそうにしてるっすけど、そっちにも何かメリットがあるんすか?」
竜郎がまさに思っていたことを、そのままアテナが言い放った。それに対し、ダンジョンはあっけらかんとその理由を話した。
〔挑戦者さんが負けた場合に与えられる称号って、なんだと思います?〕
「そんなの知るわけないじゃん」
〔称号:負け犬。決して消えぬその称号を挑戦者たちに刻むのが、私の数少ない趣味なんですよー!〕
「…………決して消えぬって、例えばもう一度ここを探し当てて、同じようにまた挑戦して勝っても消えないっていうのか?」
〔そうです。称号効果は勝者に与えられる称号の下位互換なので無くなってしまいますが、表記自体は死ぬまで残りまーす。
ステータスを見るたびに負け犬の文字を見ているのかと思うと、───ゾクゾクしますー!〕
「あなた、悪趣味すぎますの…」
一同ドン引きである。
ゲームを受けるのは決まっているので、もしかしたらこのダンジョンの性癖を満たす一助となってしまう可能性も捨てきれないところがまた何とも言えない。
「ま、まあ、勝てばいいんすよね」
「あ、ああ。その通りだアテナ。そのためにも、英気を養っておこう。
ここには魔物も来ないらしいし」
そうして竜郎たちは、食事や睡眠、武器の整備や慣らしや作戦会議など、たっぷりと時間をかけて万全の状態を取った後、ダンジョンとのゲームに突入していくのであった。




