第181話 反則?
〔これで最後の挑戦でーす。貴女が決めれば完封ですよ、頑張ってくださいね。では挑戦者様、石板に触ったままで復唱を────我は挑戦者〕
「ヒヒーーーン」
〔戦いを求めし魔なる物よ、我の挑戦に応じよ〕
「ヒヒーーーン、ヒヒーーーン」
ジャンヌ語で唱えていくと、こちらもしっかりとカルディナの時同様黒い渦が出てきた。
「俺には、全く同じことを言っているようにしか聞こえなかったんだが……」
「でもちゃーんと、言われた通りに復唱してたっすよ」
「みたいだねー。黒い渦が出てるし…………………………あれ? なかなか魔物出てこないね」
「いつもならこれくらいの時間で渦の形が変わり始めていたはずですのに、おかしいですの」
「案外ジャンヌさんの見た目に驚いて、立候補してくる魔物がいないのかもしれませんよ」
などとリアが冗談めかして言うと、竜郎たちはそんなわけないだろーと笑いながら返答していると、謎の声が急に話しかけてきた。
〔いやいや、実はその通りなんですよー。ちょっとデカすぎじゃね?って、皆腰が引けちゃってるみたいでしてー。
今、誰が行くか推薦式になって投票している最中ですので、少々お待ちをー〕
「魔物が投票って、どんだけシュールな光景があの石板内で繰り広げられているんだよ。ちょっと、見てみたいくらいだぞ」
〔投票と言いましたが、そんなイメージってだけですから実際に紙に名前書いて~なんてことはしてないですし、見ても面白くないですよー〕
「そうなんだ。私も見たかったのになあ。ねえ、たつろー」
「だよなあ、愛衣」
などと暇を持て余した二人がくっつき始めた時、ようやく渦は魔物の形に変化しだした。
それにジャンヌは油断なく後ろに数歩下がって距離を取り、魔物が完全に出てくるのを待った。
「tjzt,tr6i.ol7ro.7ryjyri」
「ヒヒン?」
そうして出てきたのは、全身甲冑を纏った三メートルはありそうな魔物。
頭部は赤色の金属、胴体は黄色い金属、右肩から右手先にかけては黒い金属、その左側は白い金属、腰下の骨盤周りは緑色の金属、右太腿から足先までは青い金属、その左側は紫色の金属で実にカラフルな魔物である。
そしてその背中にはオレンジ色の金属で二メートル半くらいの大きさ、先端にはトゲトゲの球体が付いた棒状の武器。俗に言う、モーニングスターを背負っている。
左手には灰色の金属でできた、こちらも二メートル半程の扇を持っていた。
ここまでは、ある意味この魔物にしてこの武器有りといった感じであったのだが、一つ。右手に持っている武器に、違和感を覚えた。
そこには純白の大理石に似た質感の、フォークのような三つ又の槍が握られているのだが、まずそこが様々な色彩の金属で統一されているこの魔物が持っているのに違和感がある。
そして何と言っても三メートルの巨体の魔物が持っている武器にもかかわらず、百二十センチほどしかない。持っている姿は槍というより、本当に大きなフォークを持っているようにしか見えなかった。
「……あの槍って──まさか!?」
〔ああ、気付いちゃいました?〕
リアが魔物の持っている槍に驚きの声を上げると、謎の声がとぼけたようにそんなことを言ってきた。
「気付いたってどういうことだ?」
「ここで、あの槍について説明することはルール的にありですか?」
〔あー、本当はダメなんですけどー。こっちもちょっとずるしちゃったんで、ここだけでなく、今の挑戦者様にも教えていただいてもかまいませんよー〕
ずるをした。その言葉に、皆の表情が険しくなってリアに説明を求めるように視線が集まった。
「あれは三百年ほど前に隣国リベルハイトの宝物庫から盗まれ、以来今の今まで行方知れずになっていたはずの天装。
唯一それを使っていたとされる天魔族の人間の名を貰い、ユスティーナと呼ばれた槍です」
「その天装の持つ効果は?」
「嵐と雷を呼ぶことができるそうです」
「魔法みたいだね。天装って、そんなことができるのもあるんだ?」
「はい。ですが、魔法とは少し原理が違うらしいのですが……」
と、その会話にジャンヌも聞き耳を立てながら頷いていたのだが、魔物は律儀に待ってくれはしないようだった。
魔物は天装の槍、ユスティーナを天高く掲げ、雷と嵐をジャンヌの周囲に巻き起こした。
その威力は、今の竜郎一人で雷と風の混合魔法を行った場合とほぼ同じ威力。まともに喰らえば、ジャンヌとて痛手を負ってしまうだろう。
そのためジャンヌは竜郎たちの心配げな声を耳にしながら、全力の風魔法でこちらも嵐を起こして何とか拮抗状態に持ち込むことに成功した。
「ブルルッ!」
「sirhrwi,irjh.orhkbprkh,ppp」
謎の声を発しながら、魔物はユスティーナにさらに気力を注ぎこんでいき出力を上げていく。
拮抗状態が次第に崩され、嵐から発せられる雷光にジャンヌの皮膚が所々焼かれていってしまう。
だがそれでもジャンヌは諦めずに、相手を睨み付け《竜角槍刃》を相手に放った。
その瞬間、風魔法へのリソースが割かれた影響で、雷嵐に押し込まれてダメージを負ってしまう。だが、再び風魔法を強めて最低限の被害に押し戻した。
また《竜角槍刃》は、放つより前に相手が察知して避けてしまったので、向こうにダメージを負わせることができなかった。
「これでは、ジャンヌおねーさまが危ないですの!」
「────いや。どうやら、形勢逆転のようだぞ」
「え?」
竜郎の視線を追うように、焦っていた奈々がジャンヌの方に向き直れば、敵が起こしていた雷嵐の勢いが次第に弱まっていっていた。
そうなればジャンヌは自前の風魔法だけで十分防げるようになり、それから一分もしないうちに完全に止んでしまった。
そして当の魔物はといえば……。
「何かぐったりして床に寝転んじゃってるんだけど、もしかして気力切れ?」
「だろうな。あれだけのことを、魔法でもないのに無理やりしていたんだ。
長くは持たないだろうとは思ってはいたが、案の定だな」
「それであれっすか。あんなになったら戦えないんすから、もっと使いどころを考えればいいのに、アホっすねえ」
「たぶん、ジャンヌさんが無理して放った《竜角槍刃》の威力に恐れて、あのまま決着を付けようと意固地になったんだと思いますよ。
平常時に撃たれたら、もっと威力もスピードも上でしょうし」
そうして皆の視線がジャンヌの《竜角槍刃》が作った跡を見れば、魔物が避けて当たらなかったので、そのまま床に直撃しており、そこへ深々と亀裂を入れてその脅威を見せつけていた。
ジャンヌは焼けた皮膚から煙を上げながら、目の前でバテている魔物の所まで行くと、それを大きな爪先で抓んで壁へと全力で投げた。
「klhig,oklpkpkp-k」
「ブルルルルッ」
壁に激突し、めり込んだ魔物に手を伸ばして引っこ抜くと、今度は下に叩きつけ、その衝撃で少しバウンドした瞬間に尻尾で打ち付けまた壁に埋める。
「ありゃあ……。ジャンヌちゃん、結構怒ってんねー」
「まあ、あれだけ好き放題にやられてたからなあ。おっ、魔物の方が反撃してくるみたいだぞ」
「見た目通り、頑丈な奴ですの」
すっかり観戦モードに移行した竜郎たちの目には、天装の槍ユスティーナを放り捨てて、めり込んだ壁から抜け出し背中のモーニングスターに持ち替えている姿が映っていた。
気力が少しは回復したのか若干動きはぎこちないが、それでも自分からジャンヌに立ち向かっていく。
それに対してジャンヌは、威風堂々とただジッと立って待ち構える。
魔物はモーニングスターを手に、扇は斜めに自分の前に構え、ジャンヌの右足へと攻撃しようとする。
それを許容するつもりはないので、ジャンヌは尻尾で打ち払おうとした。しかし、その尻尾の打撃を扇によって弾き返され、一瞬足を引くのが遅れていればモーニングスターの一撃を受けてしまうところであった。
ジャンヌが先ほどの扇の弾き返しがマグレかどうか確かめるように数度尻尾を打ち付けるが、その全てを返され、危うく自分を自分の尻尾で打ち付けてしまいそうになった。
なるほどマグレではなかったのかと満足したジャンヌは、風魔法で竜巻を起こし巨大で重い魔物を宙に巻き上げると、角に竜力を注いでいく。
そして身を屈め、扇で受けて弾こうと落下してくる魔物に対して《竜角槍刃》の突きを直接お見舞いした。
「jgiulk!!」
「ヒヒーーーーーンッ」
それは扇を貫通し弾き返すことすら許さず、そのまま魔物ごと串刺しにした。
どうやら見た目は全身甲冑だが、中身も全て外装と同じ金属が敷き詰められていた。
なので、かなり頑丈な造りをしていた──はずだったのだが、ジャンヌの《竜角槍刃》には効果を発しなかったようである。
《『レベル:29』になりました。》
「ブルルッ」
ジャンヌは鼻先の角に着いている魔物を、頭を振ってぞんざいに地面に放り落とした。すると魔物の死体は、ガンッと音を立てて床に罅を入れた。
それには目もくれずジャンヌが《成体化》すると、駆け寄ってきた竜郎と奈々が直ぐに魔力補給と生魔法での治癒を施した。
「よし、これで綺麗に治ったな」
「ヒヒーーン」
「どういたしまして、ですの」
雷で焼かれた皮膚を竜郎と奈々で綺麗に治した後は、何故あの魔物があの槍を持っていたのか説明してもらう必要がある。そう思っていることは謎の声側も承知していたのか、向こうから説明し始めた。
〔普段はこんなことしないんですけどー、あんまりにも嫌がるので、これあげるからいっといで~て言ったら、ようやく乗り気になってあの魔物が出てきてくれたんですよー。
魔物側に嫌々出てきてもらうのは、こちらとしても不本意なんですからー〕
「これあげるからいっといでーって、結構な代物なんだよな、あれって?」
そう言いながら竜郎は、あの槍に詳しそうなリアは見るとはっきりと頷いた。
「そうです。いったい、あれをどこで手に入れたんですか?
もしかして、ずっとあなたが持っていたんですか?」
〔えーと確か……三百年くらい前に、このダンジョンに八人ぐらいの男女がそれを持って入ってきたんですけどー〕
「もしかして、その人らが泥棒さんなのかな?」
「状況的にそうだろうな」
今の竜郎たち同様、身を隠すのにダンジョンは最適だ。それも、レベルが高ければ高いほど。
なのでその盗人たちも、わざわざ国境を越えて追跡者の目をくらませるために入ってきたのだろう。
などと納得している間にも、謎の声は話を進めていく。
〔二層目あたりで全滅しちゃったんですよねー。槍もちっともうまく扱えてないみたいでしたしー。
基本ダンジョンで死んだ者たちの所持品は、《アイテムボックス》の中も含めてこちらの管理下に入ることになってるんですよー。
それなら景品にしちゃえーって、ことで保管してあったんですよー〕
「こちらの管理下って、そもそも貴女はいったい何者なんですの?」
〔何者も何も、私はこのダンジョンですよー〕
半ば竜郎は予想していたが、他の皆と同様に絶句していた。ダンジョンとは、意思疎通が可能なものだったのかと。
「それじゃあ、もしこのダンジョンで俺たちが全滅したら、《アイテムボックス》内の物も含めて全部あんたの物になるってことか」
〔はい、そうですよー。置きっぱなしは良くないですからねー。
もしそうなったら、宝箱としてダンジョン内に設置したり、こういうご褒美的な景品に利用させてもらいますねー〕
「そんなことにはならないから、皮算用はよしてほしいっす」
アテナは自分がそんなことにはさせないとばかりに、はっきりとそうダンジョンに向かって公言した。
竜郎たちは攻略する気で来ているので、それに誰しもが頷いた。そして空気が緩んできたところで、リアが密かに気になっていたことをダンジョンに問いかけた。
「あの……、それであの槍はどうするんですか?
またダンジョンさんが、回収していくんですか?」
〔え? あれはあの魔物にあげたものですよ?
だからそれを倒した、あなた方の物ですー。捨てるならまた回収させてもらいますがー〕
「いやいや、それならこっちで貰うから。
念のため最後にもう一度確認するが、これは景品扱いじゃなくて、魔物の素材的な扱いでいいんだな?」
〔はい、それでいいですよー〕
しっかりと言質も取ったので、竜郎たちはまず槍を回収し、次に珍しそうな金属でできている魔物の死体とモーニングスター、穴のあいた金属製の扇もしっかりと頂いたのであった。
次回、第182話は3月1日(水)更新です。