第180話 精確無比
カルディナは《成体化》した状態で石板の上まで飛んでいくと、鋭い足の爪でガシッと天辺を掴んで止まった。
そしてカルディナはそのまま《真体化》しないで、謎の声を呼んだ。
「カルディナは、《成体化》の状態で選ばせるのか。手堅いな」
「だねえ。あれ? そういえば、カルディナちゃんって呪文唱えられるの?」
「「「「あ……」」」」「ヒヒン!?」
ジャンヌは他人事ではないので焦っているが、カルディナの方は普通に進んでいた。
〔それでは挑戦者様、石板に乗ったままで復唱を────我は挑戦者〕
「ピュィーィーィ」
〔戦いを求めし魔なる物よ、我の挑戦に応じよ〕
「ピィイーーーピュィーユ、ピユィーューュー」
カルディナ語でそう唱えると、ちゃんと黒い渦は現れた。
「ああ、あれでいいのか」
「言っている意味は合ってましたから、そこが解っていれば、どんな言語でもかまわないようですの」
「ヒヒーーン」
「よかったっすね、ジャン姉」
ちゃんと自分も挑戦できそうだと安心している様子のジャンヌの右肩に、アテナがポンポンと手を置いた。
「あっ、魔物が出てきたよ。あれは…………何あれ?」
そう言う愛衣の目には、同じ大きさの輪形の刃を鞠のように球状に四つ交差させて、それらが怪しく鉛色に光っており、魔物というより無機物にしか見えない。
けれど、カルディナの解魔法にはしっかりと魔物と判定されていた。
カルディナは依然として《成体化》のまま、空を飛んで魔物から距離を取った。
すると、その魔物は四つの輪形の刃を回転させていき、鉛色の光がさらに増していく。
そして魔物は重力を無視して浮かび上がると、鉛色の光を刃に変えて数十もの半月型の斬撃をカルディナに向かって放ってきた。
「ピュィーーーー」
カルディナはその半月型の斬撃を解析魔法と探査魔法でどの程度の威力で、どの位置に、どのように、どれくらいの速さで向かってきているのかその全てを掌握していく。
そしてそれが終わった時、カルディナは行動を開始した。
鉛色の斬撃はその一つ一つに意思でもあるかのように、魔物からあさっての方角に放たれた斬撃も弧を描きながら正確にこちらに迫ってきている。
それをカルディナは、己の翼のみを頼りに空中を滑るように飛んで行き、時に身を捻り、時に上下に波打つような軌道を取りながらその全てを計算通りに躱していく。
そうしていると、やがてカルディナは上下左右全てを鉛色の斬撃に囲まれてしまっていた。
それに竜郎たちは息を呑むが、カルディナはむしろこうするために避け続け、誘導していたのだ。
四方八方からくる斬撃の檻が迫ってくるような状況下で、カルディナはまっすぐそれに突っ込んだ。
驚きの声が竜郎たちから上がるが、カルディナは斬撃と斬撃のわずかな隙間。
一メートルはあるカルディナの体格では、まず通り抜けられない隙間。
それが目前に迫った瞬間、カルディナは《幼体化》して身を雛鳥サイズに変化させ、ピンポイントでそこを潜り抜けた。
すると斬撃は何もない所でぶつかりあって、互いに打ち消し合って無くなった。
カルディナは慣性のままに宙を舞っている中で再び《成体化》すると、魔物に向かって斜めに急降下していく。
そのスピードが速すぎて、魔物は二回目の斬撃を放つ隙すらなかった。
しかしカルディナは魔物に接触する直前に、土魔法で造った土をバサッと掛けて、また弧を描くように上昇していく。
魔物はそのかかった土を振り払おうと体を震わせるが、カルディナが土魔法で操っているため、絡みつくようにして離れてくれない。
ならば斬撃で吹き飛ばしてしまおうとすると、カルディナが再び空から降下してきて土をかけられる。
魔物はウザったいだけでダメージがないので、もう無視して攻撃を再開しようと決めるが、土が邪魔で上手く輪形の刃が回転できない。
そうしてまごついている間に、カルディナから三回、五回、十回とドンドン土を盛られていく。
やがてその身が重くなって宙に浮かぶことができなくなり、高度を落として地面に着地してしまった。
その瞬間カルディナは土魔法で、先ほどまで纏わりつかせているだけだった土に命令を下し、魔物を土の球体の中に押し込めた。
「ピィィィィイィィイイイイーーーーー」
カルディナは鳴きながら魔物に急降下していき、立派な爪の付いた足でガシッと魔物の入った土のボールを掴むと、そのまま上空へと持っていく。
かなり重たいが、ステータスのおかげもあって問題なく天井すれすれまで上がっていくと、また急降下を始める。
今度は土のボールを持った状態なので、重さも加わり今まで以上に速度がついている。
カルディナは、地面に激突する前に土ボールを下に投げながら離し、地面にぶつかる瞬間土を天井側に集め魔物だけを床に叩きつけた。
そして自身は地面すれすれで低空飛行しながら、離れた所で着地した。
魔物は綺麗な円形だった刃がグニャリとひしゃげ、宙に浮かぶことも斬撃を飛ばすこともできずにガクガクと壊れた玩具のように振動していた。
「ピュィーー……」
まだ生きてたの? とでも言いたげな顔でカルディナは、再び宙に舞い今度は《真体化》した姿の四つの足で地面を蹴りながら低空飛行し、翼に竜力を目一杯注いでいく。
そしてそのまま魔物の横を通り抜けながら《竜翼刃》で切り付け真っ二つにし、身を捻ってもう片方の翼で縦に切り裂き天井まで上昇。
大型のネコ科動物のような太い後ろ足に土魔法で分厚い土を纏い、急降下から踏み潰して魔物は完全に平らな状態になって壊れた。
《『レベル:30』になりました。》
《スキル 竜翼刃 Lv.5 を取得しました。》
「ピュィッ」
カルディナは勝利を祝福するかのように聞こえてきたアナウンスに一声鳴くと、《真体化》から《成体化》して竜郎達のいる場所へと飛んでいった。
「お疲れさん。始終、カルディナの掌の上って感じの戦闘だったな」
「そうそう。とくに《幼体化》して斬撃の檻を潜り抜けたところなんか、最高に良かったよー」
「ピュィーーー」
竜郎に頭を撫でられ、愛衣に翼を撫でられご機嫌な顔でカルディナは勝利の美酒に酔った。
そして妹たちからも称賛の声を貰い、無事長女の面目が保てたと内心ほっとしていた。
〔それではそろそろ抽選タイムに入りますよー。いいですかー?〕
「ピィッ」
〔それではいきますよー! 抽選ターイム。
じゃかじゃかじゃかじゃか────じゃん。出ました! 二等しょー〕
「ピュッ!?」
「カルディナ…。俺の、そんな余計な部分は受け継がなくて良かったんだぞ……」
竜郎は一人くらい同じような子がいるのではないかと疑っていたが、カルディナがまさに籤運無いーずの一員だと確信し、慰めるように後ろから抱きしめよしよしした。
カルディナはショックを受けていた様子だったのだが、大好きな父親から何やらよしよしされているので、幸せな気分になって二等などどうでもよくなった。
そうこうしているうちに、床から銀の箱が出てきた。
カルディナは飛んで蓋に足をかけると、そのまま上に持ち上げて器用に開けた。
するとその中には透明で薄く、縦二十、横十センチの大きさのカードが入っていた。
「六人中四人がスキルカードか。別に悪くはないんだが、ここの景品ってほとんどがこれなのか?」
〔あなた方は元から持っている人たちなので、逆に言えばスキルカードくらいしか喜んでもらえそうなものが無いんだと思いますよー〕
「ああ、そういうことか」
「ピュィーー」
「え? ああ、はい。わかりましたの、カルディナおねーさま」
カルディナは手がないので、奈々に頼んで説明書を出して開いてもらう。
そして中を読んでいけば、それはやはりスキルカードで、そこには《魔弾》と書かれていた。
奈々からその説明書を竜郎が受け取り、カルディナや皆に聞こえるようにどんなスキルなのか説明していく。
「えーと……まあ読んで字の如し、無属性の魔力を弾丸にして飛ばすスキルみたいだな。
結構いいんじゃないか? カルディナなら、探査で遠くから正確な位置も掴めるだろうし」
「スナイパーみたいだね」
「まあ、どれくらいの威力かにもよるだろうがな。それでカルディナ、どうするんだ?」
「ピュイッ!」
「さっそくインストールしたいそうっすよ」
カルディナは箱の中に飛び込んでカードを咥えて出てくると、そのままモゴモゴとカルディナ語で「インストール」と唱えた。
《スキル 魔弾 を取得しました。》
「ピィーー」
「無事取得できたみたいだな。早速試してみたらどうだ?」
「ピュイ」
カルディナは早速誰もいない方向へ向けて、《魔弾》を発動させる。
無色透明な三センチほどの大きさの球体が出来上がり、それを前方へ放った。
すると向こう側の壁まで真っ直ぐ飛んでいき、壁に小さな凹みを作ると弾は消えていった。
何も考えずにスキルに身を任せた状態で放った弾丸の威力は、雑魚魔物相手くらいにしか通じなさそうだった。
それを魔力視で観ていた竜郎は、カルディナと相談しながら試行錯誤していく。
「弾丸の形は自由に変えられるのか、ならこう銃弾みたいな形にして回転も加えてだな」
「ピュイピュイ」
今度は球体ではなくライフルの弾のように細長くし、回転を加えていく。そして発射も、溜めに溜めてから放った。
すると、先ほどとは打って変わって本物の銃弾のように飛んでいき、壁を貫通して弾は消えた。
「威力を出そうとなると、溜めが必要になるのか。こちら側に余裕がある時は、今のも使えそうだな。それじゃあ───」
奈々やアテナに通訳してもらいながら色々試行錯誤していくと、こちらも竜郎の爆発魔法と同じように混合魔法で属性を付けることも可能なようだ。
となると、気になることが出てくる。
「俺の爆発魔法と、カルディナの魔弾で混合魔法ができないかな」
「ああ、ならあたしの雷魔法も混ぜてみるっす」
「なら、わたくしの毒魔法も──」
「それはまた今度な……。さすがにぶっつけ本番でやるには毒は恐い」
「……むう。残念ですの」
「ヒヒーーン」
「ん? ジャンヌの風魔法も混ぜてみたいのか?」
竜郎がジャンヌを見れば、うんうんと頷いていたので、魔弾、爆発、雷、風の混合魔法をさらに光魔法でブーストし、それを圧縮した小さな弾丸を生成した。
それを一秒にも満たないほどの時間だけ溜めて発射すると、壁を貫通どころか爆音あげて一面吹き飛ばした。
「わお。こりゃ凄いね~。でも、狭い所ではやらないでね」
「あ、ああ……。勿論解ってる」
「改めて魔法の恐ろしさが解りますね。というか、そろそろタツロウさんたちだけで一国の軍とも張り合えそうですよ…」
リアはどこか現実逃避した目で、大穴のあいた場所を見つめていた。
本来一人でないとできない混合魔法を、魔力体生物の特性を生かして四人分の出力でやったからできる技なのだが、威力だけ見たらかなり危険な魔法である。
「まあ、そんな予定はないから考えるだけ無駄だけどな」
「だよねー。別にこの世界を我が手に~とか、まったく興味ないし」
「タツロウさんたちがそれを言いだしたら、異世界からの侵略者ってことですよね。
それだけ聞くと、なんだかお伽噺みたいです」
「はは、ほんとにな」
そんな雑談を挟みつつ、最後の挑戦へと移っていく。ジャンヌは《真体化》して、巨大な姿に変化すると石板に向かいだす。
「ジャンヌは最初から《真体化》でいくのか」
「誰でもかかってこいやー。って感じかな」
そうしてジャンヌが指先よりも小さな石板に触れると、謎の声が最後の挑戦を受けさせるために話しかけてきたのであった。