第179話 怒った奈々は
奈々はカエル君杖をしまって、もう片方の手にも竜牙を持った。
竜郎たちといる間はほとんど補助に回っていたのであまり機会はなかったが、物理戦闘モードに頭を切り替えた。
もちろん、《竜吸精》は相手の《魔吸精》に対抗するために使ってはいるのだが。
だらりと両腕を下に垂らし、魔物を鋭い眼光で睨み付ける。それだけで竜特有の威圧感を覚え、魔物は冷や汗を流しつつも果敢に嘲りの笑みを保っていた。
それに奈々は、口角をニヤアと上に吊りあげた。
「狩りの時間ですの──」
「イヒッ!?」
魔物は、奈々が動き出したその一瞬。奈々の体を目で追えず、半ば勘で身を引くと豚鼻の先を竜牙で引っ掻かれた。
そしてそのまま舞うように魔物の周りを移動しながら、奈々は竜牙を振り回す。
「あら、避けるのが御上手。ふふふっ、でも体中引っ掻き傷だらけですの」
「ヒッ──ヒッ─ヒッ──ヒヒッ」
そんな風に挑発しながらも、さらに奈々の動きは冴えを増していく。
それを魔物は必死で紙一重で躱し致命傷だけはさけてはいるが、体中は薄っすら血で染まり始めていた。
このままで済ませるわけにはいかないと、魔物は長い耳たぶを震わせて超音波を周囲に放ち、近くにいる者の三半規管を揺らして平衡感覚を奪うスキルを発動させた。
これが普通の人間なら、バランスを崩し膝をついたところで止めをさす。というのが、近接戦がそこまで得意でないこの魔物のセオリーだった。
しかしそれは、普通の人間だったらの話である。奈々には不快な音を奏でているなあ、程度でしかない。
だが魔物は、そのスキルを使った瞬間気を抜いてしまった。
「イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ッ」
「あら、ごめんなさい。立派な耳たぶをしていたものですから、ピアスの穴でも開けてさしあげようかと思ったのですだけど──取れてしまいましたの。
それじゃあバランスが悪いですし……、もう片方も取ってあげますの」
「イ゛イ゛ッヒヒヒヒヒッーーーーーーーーーーー」
奈々がもう片方の耳たぶにも《かみつく》を使ってもいでしまおうと肉薄すると、魔物の血走った緑の二つの目から槍のように先端が鋭く尖った植物が飛び出してきた。
「ちっ、めんどくさい奴ですの!」
「ヒヒィーーーーッ!!」
その尖った植物は避けようとする奈々に、曲がりくねりながら追い縋ってくる。
それを奈々は右手に持った竜牙をしまってカエル君杖を出して膨らませ、それで殴ってへし折った。
しかし折れた先からまたにょきにょきと生えて迫ってくるので、このままこの植物の相手をしていてもきりがない。
そう考えた奈々は、カエル君杖を振り回しながら無理やり魔物に向かって突き進んでいくことにした。
魔物側からしたら、奈々に近づかれたら危険なのでなんとしてでも距離を詰めさせまいと、黒い魔力の球体を造りだして奈々にいくつも放ってきた。
それはカエル君杖で受けられそうにないので、呪魔法を使って自分の速度を最大限まで一気に押し上げ、黒球の放射と二本の尖植物の隙間を器用にすり抜ける。
そして──。
「イ゛ッ!?」
「てやああっ───ですの!」
「イ゛イ゛ッアアアアアアアアアッ」
急加速に完全についていけなかった魔物の右腹左腹に向かって、二本の竜牙で挟み込むようにして噛みついた。
それは体の側面を両側から貫通していき、腰骨まで到達して砕いてしまう。
魔物は痛みに叫びながら、背中の翼をはためかせて逃げようとする。
しかし、どんなに羽ばたいても体中に重りを付けられたかのように、動きが鈍くなっていた。
そしてそんな動きでは、奈々からは逃れられない。
奈々は一瞬で後ろに回り込むと、両手を振り上げ片方づつ持った牙で翼の付け根を左右同時に貫いて、肩骨辺りと繋がっていた翼の骨を砕いた。
魔物はまた叫びながら、根元から皮一枚で体に繋がっている翼を無視して今度は自分の足で逃げだそうとする。
けれど先ほどよりさらに体が重くなり、まるで水の中にでもいるかのようだった。
「これだけ何度も直接体内に呪魔法を使って、ようやくそれですの?
確かに、今までの魔物より強いと呼ばれるだけはありますの」
今、奈々が持っている竜牙には、リアに加工してもらった細い管状の穴が内部に持ち手から先端まで通っていた。
そして、その穴から呪魔法の魔力を体内に直接注ぎ込んでいたのだ。
弱い魔物なら、最初のかすり傷だけで十分呪魔法をかけられたのだが、存外この魔物の魔法抵抗力が高かったせいでここまで時間がかかってしまった。
だが、ようやく鈍足の効果が現れ始め奈々の手中に収まった。
「ヒヒィィッ──」
「あら、最初の愉快な笑い方はどうしましたの? 顔が引きつってますの、ふふふ」
魔物は痛む体に鞭打って必死で走っているのに、早歩き程度の速度しか出ないことに焦り、足がもつれて床に顔をこすりつけた。
その瞬間、再度呪魔法で自分の速度を上げた奈々が一気に迫り、牙を両耳の穴に向かって突き立てられ、魔物は死を悟った。
「ヒッ─」
「さようなら。ですの♪」
「──ィッ」
奈々はそのまま牙を押し込んで引き抜くと、同時に後ろへと飛んで耳から飛び出す体液を避けた。
《『レベル:26』になりました。》
《スキル かみつく Lv.6 を取得しました。》
レベルアップの声を耳にしながら、奈々は《成体化》していつもの真っ白い肌をした幼女の姿に戻っていった。
「何というか……普段は甘えん坊だけど、怒ると結構過激なのね」
「まあ、個性的でいいんじゃないか?」
「怒らせたら、一番根に持ちそうな気もするっすけどね」
「それはそうだとして、ナナって近接戦も得意なんですね。
いつもサポート役がメインだから、気が付きませんでした」
皆が今の戦いにそんな感想を懐いていると、そうとは知らずに奈々がトテトテ駆け寄ってきて竜郎の腰に抱きついた。
「勝ちましたの!」
「おうっ、見てたぞ。凄かったな!」
「私も見てたよー」
「ですの~~」
竜郎が頭を撫でて褒め、愛衣も褒めながら頭に手をやると、今度は愛衣の腰に抱きついて甘えていた。
こうして先ほどの鬱憤をはらし、心を十分満たしたところで謎の声が話しかけてきた。
〔そろそろ、抽選してもいいですかー?〕
「ああ、忘れてましたの。早くくれですの!」
〔忘れてたのに早くくれって……、自由な人ですねー。
まあ、いいですけどー。それではー、抽選ターイム。
じゃかじゃかじゃかじゃか────じゃん。出ました! わおっ、特等しょー!!〕
「よっしゃあですの!」
「特等か。奈々は、そっちのタイプなんだな」
本日二人目の特等の声と共に、床からプラチナ製の宝石が散りばめられた豪華な宝箱がせり出してきた。
奈々はたたたたーと駆け寄って、小さな手を蓋にかけて豪快に開いた。
すると中には紫色で、向こう側が透けて見えるほど薄い、縦二十、横十センチの大きさのカードが二枚入っていた。
「これもスキルカードのようですけど、二枚ですの?」
「説明書を読んでみたらどうだ?」
「それもそうですのっ」
奈々は紫色のスキルカードらしきものを二枚手に取って裏表をチラチラと見た後、箱の中に一旦戻して、その横にあった丸められた羊皮紙を手に取った。
「《毒魔法》と《解毒魔法》……ですの? もっと攻撃的なスキルが欲しかったですの」
〔ええ……。毒魔法って、かな~~~りレアなスキルなんですよー。
それに解毒魔法は、どんな毒にも対応できますしー〕
「そ、そうなんですの?」
〔そうですよー。毒系の攻撃スキルを持っている者は結構いますが、毒の種類は一つにつき一種だけしかないんですよ普通は。
でもこの毒魔法はありとあらゆる種類の毒を造りだせる、とんでも魔法なんですからー〕
「即効性とか遅効性とか、ですの?」
レアと言われて心が動き始めている奈々は、もう少し詳しい情報が引きだせそうだと謎の声に根掘り葉掘りきいてみると、どうやら遅効性や即効性、毒の強弱は勿論のこと。
麻痺から錯乱、昏睡、腐敗、発熱、おう吐、下痢、頭痛、幻覚などなど、まさにありとあらゆる種類の毒を扱えるようになるらしい。
これを自由に扱えるようになれば、歩く細菌兵器といっても過言ではなくなるだろう。
「呪魔法、生魔法、吸精、毒魔法でアストラル体の獣術家って、奈々は独自の道を開拓していくなあ」
「だあねー。でも、皆違うことができる方がチームとしては強いからね。
そういう意味では、さらに頼もしくなるって言えるかも」
「そうなんですの? では、インストールするですの!」
愛衣の一言がきっかけになり、奈々は二枚のスキルカードを片手ずつ持って文言を唱えた。
「いんすとーーーる! ですの」
《スキル 毒魔法 Lv.5 を取得しました。》
《スキル 解毒魔法 Lv.5 を取得しました。》
「あら? おとーさまやリアのスキルにはレベルがありませんでしたのに、何故わたくしのにはあるんですの?」
〔そのスキルって使い方を間違えるとー、周りの人はおろか自分まで殺しかねないやば~い魔法なんですー。
だから、段階を踏んで使いこなすように設定してあるんだと思いまーす〕
「セーフティーロックってことか。リアの時もそうだが、システムって意外とスキル保持者を守ろうとするよな」
「過剰すぎて、人生丸ごと足を引っ張られる場合もありますけどね…」
「まあ、リアちゃんのはかなり特殊だったよねえ」
最近見せなくなった自虐的な笑みを浮かべたリアにすかさず愛衣がフォローを入れている間に、ステータスを確認し終わった奈々はそれを閉じた。
これはさすがに試してみるようなモノが無いので、使用はまた今度ということになった。
「そういえば今更なんだが、出てくる魔物ってどういう基準で選ばれているんだ?
さっきの魔物なんて、明らかに奈々のスキルに対応してる奴に思えるんだが?」
〔あー気が付いてしまいましたかー。実はあの石板に触れた時に、挑戦者の外見情報が魔物たちに公開されましてー。
そこでそいつになら勝てそうだって、魔物が自分で立候補してやってくるんですー。
先ほどの選定は外見から《吸精》を持っていそうということで、それに対抗できる魔物が立候補してきたとそんなわけでして〕
「魔物達に公開って、どゆこと?」
〔あの石板には、数千種類の魔物の因子が入っているんですー〕
「その魔物の因子が私たちの外見を見て、戦いたがった者が現れるシステムになっていると、そういうことですか。
そうなると例えば、複数の魔物が同時にあいつと戦いたい──とかなったらどうなるんです?」
〔その時は、一番挑戦者との戦いを望んでいると石板に判断された者が選出されるんでーす〕
「じゃあ、あの骸骨野郎はあたしの外見を見て勝てる気でやってきたんすね。もっと、どついとけば良かったっす」
「わたくしも、あんなのに勝てると思われていたなんて心外ですの! 憤慨ですのーー!!」
何やら二人ばかり気炎を上げて吠えているが、竜郎はもっと別のことが気になっていた。
「その理屈からいくと、フル装備で全力状態の時に石板に触ると、相手にはどんな武器を使うのか、どういうタイプなのか丸わかりってことか?」
〔ふははー、ばれてはしょうがなーい。その通りでーす!
でも、それを知って最初からフル装備しておかないで、余裕ぶっこいて死んじゃった人も過去にいますしー、変に違う格好してたらむしろ相性最悪な魔物が出てきてやっぱり死んじゃった人もいますー。
ですから、その辺は自己責任ということでお願いしますねー〕
「そうか。まあ、俺の場合は何が来ようが同じことをしてたから、あれで良かったんだが……ふむふむ」
何かいいように持っていけないか考えてみるも、先ほど言われたように変に小細工して悪い結果を導いてしまう結果も充分あり得る。だが、その逆もあり得る。
なので、それは残りの挑戦者達に決めてもらうことにした。
「カルディナ、ジャンヌ。今いろいろ聞いたが、自分たちの思うように、好きなようにやってくればいいからな」
「ピュィーー」「ヒヒーーーン」
竜郎の言いたいことをしっかりと理解してくれたようなので、それ以上は何も言わず成り行きに任せることにした。
「それじゃあ、次はカルディナの番だな。頑張れ、カルディナ!」
「ピュィーーィユーーィューー」
「長女の威厳を示してきます。って言ってますの。さすが、カルディナおねーさまですの!」
「ヒヒーーン!」「カル姉かっこいいっす~!」
キリッとした顔で竜郎にそう言って妹たちから激励の声を受けながら、石板に向かってカルディナは飛んでいったのであった。