第178話 新たな魔法
竜郎が石板に触れると、謎の声が呪文を促してきた。
〔それでは挑戦者様、そのままで復唱を────我は挑戦者〕
「我は挑戦者」
〔戦いを求めし魔なる物よ、我の挑戦に応じよ〕
「戦いを求めし魔なる物よ、我の挑戦に応じよ」
唱えた途端現れた黒い渦を横目に、竜郎は全力疾走で愛衣たちのいる場所まで走り抜けていく。
そして愛衣の目の前に立つと、杖を構え相手が動けるまで実体化するのを大人しく待ちつつ、他の準備もしておく。
そうして魔物は、完全に姿を現した。
それは人型でかなり細身ながらも引き締まった体型をしていて顔がワニという、リザードマンの親戚のような風体の魔物が現れた。
一見ひょろりとしているが、足の筋肉はチーターを思わせるほどしなやかで、スピードに自信があるタイプであろうことがうかがえた。
魔物は竜郎を目視でとらえると、ギュッと足に力を込めて飛び掛かろうとした。
けれど竜郎は魔物の姿など観察せずに、油断も侮りも無く、さっき考えていた作戦にすぐさま移行する。
「ごみーーーー!」
そう竜郎が叫ぶと《無限アイテムフィールド》から、ここまでくる間に集めてきた要らない魔物の死骸やゴミを一気に場に放出して魔物ごと埋め尽くす。
これならイメージから構成する時間も必要ないので、広範囲ながらも魔法より初動が早い。
魔物は突如出てきた大量のゴミに埋もれて、地面に押し潰されてもがいていた。
しかしそれでも、数秒で抜け出してこられるだろう。
魔物自体は重さなどものともせずに、ほぼ無傷の状態なのだから。
だが、抜け出すまで待っているつもりは毛頭ない。
「これでもくらっとけ!」
竜郎は火と土、風の混合魔法で、熱でドロドロに溶けかけた土塊を風の力で押しとばし、弾丸の如く魔物のいた辺りに打ち込んだ。
するとそれに警戒して、魔物がゴミ山から抜け出てくるのが遅れる。
そしてその間に、竜郎はその魔法をさらに昇華させていく。
今度は、火と雷と土と風と光と闇の混合魔法。
闇魔法で限りなく硬くした五メートルはあろう巨大な土塊を、竜郎の頭上斜め前に造りだす。
光魔法でブーストした火と雷をそれに大量に纏わせ、同じく光魔法でブーストした極限まで圧縮した暴風でもって、探査魔法で正確に探った魔物のいる場所へとぶち込んだ。
「くらえええ!!」
それはまるで隕石のように燃えながら雷光を瞬かせ、ありえないほどの風の力に押し流されて回転しながら、魔物のいる場所へと直撃した。
竜郎は愛衣たちも守るために瞬時に鉄を闇魔法で硬質化させた壁を築いて、さらに風の結界で余波を受け流していく。
轟音と共に教会全体が大きく揺れて竜郎は膝をつき、それが収まるのを待った。
《『レベル:53』になりました。》
魔物の死亡と皆の無事を確かめてから、竜郎は目の前に張った鉄の壁と風の結界を取っ払った。
──するとそこにはあんなに広かった教会の内部にクレーターができあがり、ほぼ半分が竜郎の魔法の余波で損壊していた。
特に魔物がいた辺りはひどく、巨大な大穴が穿たれ、周囲は未だにドロドロと溶けた床とその下にあった大地が煮えていた。
「あー……、やりすぎたか。《レベルイーター》なんて使ってる暇もないと思ったから、一撃で決められるものを思って全力でやったんだが……これほどとはなあ」
「まさに瞬殺。だったね! かっこよかったよ、たつろー」
唖然とする他の面々とは違い、愛衣は素直に無事に終わってくれたことを喜び竜郎の背中に抱きついた。
そしてそれでようやく、皆も正気に戻っていった。
〔長年ここで決闘をみてきましたが、ゴミを出して足止めした人を初めて見ましたよー〕
「フライングもしてないし、ルールの範疇だろ?」
〔ですねー。アイテムボックスから障害物などを出す人は、過去にいましたし。
まあ、教会を埋めつくす勢いではなかったですけどー〕
「それじゃあ、ちょっと片付け手伝うよ」
そう言いながら竜郎は、ゴミや瓦礫を後で利用するために《無限アイテムフィールド》にしまいこんだ。
拡張機能のおかげで、どんなものでもとりあえず入れておけば何かに使えるからだ。
そうして綺麗になれば、謎の声が建物内を綺麗に修復していった。
さすがに壊しすぎたせいか、直すのに少し時間がかかっているようである。
〔ふー。やっと全部修復が終わりましたー。
それにしても、あれだけいろんな属性が混ざっていて、その全てが高レベルなんて驚きましたよー。
あれじゃあ、大抵の魔物はイチコロですね〕
「けどまあ、被害を考えたら使う場所には気を付けた方がよさそうだ」
〔ですねー。では、そろそろ抽選してもいいですかー?〕
「……ああ、頼む」
自慢ではないが、竜郎は愛衣のように籤運が強くはない。
大型モールでやっているようなガラガラを回して当てるタイプの物では、いつも参加賞。
景品応募のハガキを何度か送ったこともあるが、全て梨の礫。
初詣のおみくじでさえ、大吉を引いた記憶がない。
ただ本人は愛衣と出会えたことで運を使ってしまったんだと、勝手にポジティブ解釈しているので、普段はそれほど気にしてはいないのだが。
〔それじゃあ、いきますよー! 抽選ターイム。じゃかじゃかじゃかじゃか────〕
(特等なんて当たるとも思っていない。そして一等とも言わない。だからせめて二等をくれっ!!)
愛衣に聞かれていたら、ずっこけそうな事を真剣に願っていると──。
〔じゃん。出ました! 二等しょー〕
「───よっしゃあっ!!」
「よっしゃあって、今までで一番低いんだよ……」
まるで特等が当たったかのように、ガッツポーズをとって喜びの声を上げる竜郎。
その姿にカルディナたちは首を傾げるばかりだが、愛衣は竜郎の籤運の無さは昔から知っていたため苦笑いしていた。
〔えーと、一人クリアで二等ってどちらかと言えば運が悪い方なんですが……。
ま、まあ、喜んでくれて何よりです。景品をどぞどぞー〕
謎の声すら若干困惑気味にそう言うと、銀でできた一メートル四方の箱が床からせり上がってきた。
そんな中、竜郎だけは上機嫌で宝箱に近づいて蓋を開いた。
すると中には赤く向こう側が透けて見えるほど薄い、縦二十、横十センチの大きさをしたカードが一枚入っていた。
「なんかリアの時のと色が違うが、似たようなのが出てきたな」
「ってことは、スキルカードなのかな」
「説明書を見てみましょうですの!」
「それもそうだな。えーと、これか。なになに……ああ、これもスキルカードで合ってるみたいだな」
「二等だと、どんなスキルなんですか?」
自分の時と同じスキルカードという事で、リアも俄然気になってきていた。
それに応えるためにも、竜郎はさらに説明書を読み込んでいく。
「スキル《爆発魔法》。なんか物騒なスキルだな。
えーっと、魔力を爆発属性にすることで無属性魔力爆弾を作れるスキル。
威力は使用時の魔力量に依存……って、なんか凄くね? 二等でこんなのくれていいのか?」
〔二等以上は本人が欲しいものが手に入るように設定されていますからねー。
けれどあなたは魔法で大概のことができてしまうので、選定もかなり限定されたようですねー。
ですので、二等中ではトップレベルに珍しいスキルカードが出たようですー〕
「ああ、そういうことか。んじゃあ、せっかくだしインストールしておくか」
「爆発魔法っすか。面白そうっすね」
アテナの言葉に頷きながら竜郎はカードを手に持って、スキル付与の文言を口にした。
「インストール」
《スキル 爆発魔法 を取得しました。》
「いっちょ上がりっと」
「ねね、ちょっとやってみてよ」
「わかった。それじゃあ、離れててくれ」
愛衣たちには下がってもらいつつ、自分の前にも風の障壁を作って守りを固める──と言っても、威力はセーブするつもりなので念のためにではあるのだが。
そうして安全策も取ってから、スキルに従って爆発魔法を行使してみる。
すると杖の先に魔力が丸く形造っていくのが、魔力視で見て取れた。
やがてそれは、野球ボールほどの白い靄の固まりとなって完成した。
解析をかけてみると、確かに爆発の属性が付いていることが解ったので、それを遠くに投げるために杖を振りかぶって振り下ろす。
すると、その白い靄の塊は竜郎の造った風の気流に乗って壁まで飛んでいき着弾すると、ボンッと音を立てて壁に小さな罅を入れた。
(今のが無属性の爆弾か。これって、混合魔法はできるか?)
竜郎は火に爆発の混合魔法を造り上げようとする、やや他の魔法よりも集中力や魔力を要求された。
それでもしっかりと、こちらの思惑通りに構成され真っ赤に輝く球体が出来上がった。
なんだか危険な匂いがするので、先ほどよりも慎重に壁まで風魔法で運んでいくと、着弾後爆発音を立ててその場所に炎が撒き散らされた。
(こわっ。とてもじゃないが対人戦には使えないぞ、こんなの。
だが、魔物相手には良いかもしれないな。よくこんな強力なのが、二等に入ってたな)
などと竜郎は不思議に感じているようだが、普通の者にはこの魔法は制御が難しく、最初に行った無属性爆弾だけでも暴発させてしまう危険性がある。
けれど竜郎はレベルもそれなりに高く、修めシリーズによる恩恵を複数受けているうえに、ここまで複数の魔法を制御することを何度も積み重ねてきた。
そんな竜郎だからこそ、簡単にできているというだけであった。
なので要するに、これは使い難いという理由で二等に入っていたのだ。
その後もいくつかお試しで魔法を使ってから、皆と合流しなおした。
「バーンって結構な音がしてたね。凄そうな魔法だったけど、使えそ?」
「ああ。多少制御が難しい程度で、ちゃんと扱えそうで安心したよ」
「それでは、次はわたしの番ですの!」
竜郎の新魔法を見てテンションが上がった奈々は、自分も早く何か欲しいと勇んで石板のあるところまで進んでいった。
その背に応援や心配の声を受けながら、《真体化》して片手に竜牙。
もう片手にカエル君杖を持ち、腕輪タイプの杖も装備し物理も魔法もどちらもいけるようにしておく。
「それじゃあ、頼みますの」
〔はいはーい。それでは挑戦者様、復唱を────我は挑戦者〕
「我は挑戦者」
〔戦いを求めし魔なる物よ、我の挑戦に応じよ〕
「戦いを求めし魔なる物よ、我の挑戦に応じよ」
黒い渦が出てきても、奈々は常態のまま構えもせずに魔物が完全に出現するのを待つ。
そうして黒い渦は形を成していく。
大きさは成人男性ほど、背中からはコウモリのような漆黒の翼、それ以外の形は《真体化》した奈々と同じ褐色の肌の人間そのものなのだが、顎は異様にシャクレており、口元からは下だけに二本、十センチほどの牙が伸びていた。
そして緑色の異様に大きな目が二つ、額には赤い目が一つ。鼻は潰れて豚のよう。
耳は横に長くエルフのようだが、耳たぶが床に着くほど長かった。
さらに顎からは、無精髭のように小さな棘が何本も出ていた。
「なんだが、気色の悪い魔物ですの。中途半端にわたくしに姿形が似ているのも、また腹立たしいですの」
「イヒヒヒッ」
「笑い方も気持ちわる──これは!?」
奈々は、不意に体から力が抜けていくような不快感を味わった。
これは不味いと、こちらからも《竜吸精》でもって相殺にかかった。
相手が行ってきたのは《魔吸精》、上位の天魔が持つ触れずに吸精できるスキル。
ランク的には《竜吸精》の方が上なので、同じスキルレベルなら相手の《魔吸精》を打ち破って《吸精》し返せる。
だが、今回は相手の方がスキルレベルは上。なので、互角の状態で打ち消し合っていた。
「なら呪魔法でっ!」
「ヒーーーーーーーーヒヒヒヒッ」
「くっ、打ち消されてますの。その赤い目に、秘密がありそうですの」
呪魔法で鈍足効果を与えて倒そうとしたのだが、額の目が光り輝き妙な紅い波紋を空気中に打ち出すと、呪魔法の効果が減退してかなり弱くなっていた。
「ならこれでーー潰れろ──ですの!」
「イ゛ッ──ヒヒヒヒヒ」
持っていた杖に魔力を注ぎ、上についていたカエルを膨らませ、それでもって魔物に叩きつけた。
しかしその魔物はそれを両手で何とか受け止め、口元を嫌らしく歪めて嘲るように笑っていたのであった。
「ブチ殺しますの……」