第175話 勝敗
背中側は穴だらけで血まみれ。
右足は膝関節部から逆に折れ曲がり、足裏が上に向いて使えないオブジェと化し、片手に持ったハンマーを杖代わりにしてバランスを取っている状態。
竜郎たちから見ても、もう勝負は決まったように見える。
だがリアはリアで、体力が目減りしてパフォーマンスが落ちてきている。これ以上、常時 《万象解識眼》を使うのは無理そうだった。
「ガア゛ア゛ーーーーーッ!!」
先に動いたのは、カラス顔の魔物の方だった。
右手に持ったハンマーと、無事な左足でドッタンバタンと、ややギクシャクしながらも大きな歩幅でリアに迫ってきた。
その目はなんとしてでもリアを殺そうと、血走っていた。
それに一瞬気おされながらも勇気を奮い起こし、また床に後ろ向きに走りながら金槌を引きずって赤茶の炎を染みこませていく。
魔物はこのまま走っても自分の足では追いつけないうえに、赤茶の炎地帯が広がっていることにようやく気が付き、別の一手をとることにした。
一度立ち止まり、左手に持ったハンマーを振り上げて構える。そして自分の目の前に石の塊のような物を魔法で生成して、野球のノックのようにハンマーで打ってリアに飛ばしてきた。
「ふっ─!」
リアは二十センチ大の石の塊をサイドステップで躱すと、引きずっていた金槌を持ち上げ赤茶の炎の終着点に叩き落とした。
それに魔物は自分の足元を確認して、赤茶の炎の上に乗っていないことを確認すると、安心して二撃目の石ノックを放ってきた。
それをまたリアは躱しながら床から金槌を抜き終わると、滅茶苦茶に引かれた赤茶の炎のラインが消えた。
しかし見た目には何も変わっていない。
魔物は不発に終わったのだと勘違いする。
不自然な軌道で飛んだり蛇行したりして向かってくるリアに、三撃目のノックを放つために位置をずらし、杖代わりにしていた右手のハンマーを、先ほどまで赤茶の炎のラインが引かれていた場所に置いた──その時。
「──ガアッ!?」
「滑りやすくなっているので、気を付けてくださいね。といっても、貴方はどこがそうなっているのか覚えてないでしょうけど」
まるで氷の上にでも置いたかのように、杖代わりのハンマーが滑って盛大にすっ転んでしまった。
その間にも、赤茶の炎を宿した金槌をもったリアが近づいてくているので、急いで立ち上がろうとする。
けれどあちこちが滑りやすい素材に変わっており、またどこがどうなっているのか目視では判断ができずに未だ上手く立てない。
その間にも、肉薄したリアに自分の体を触れさせては危険だと本能が警鐘を鳴らす。
カラス顔は死にもの狂いで左手にハンマーを強く握って、叩き潰さんと無理な体勢から振りぬいた。
「ガア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」
「はああっ!」
それに対してリアは、あの体勢からの一撃なら本気でやれば何とかなると観て、ハンマーに金槌で以って応戦した。
すると向こうのハンマーとリアの金槌がぶつかりあって、片や赤茶の炎を打撃部全体に染み付けた状態で弾き返され、片や根元からへし折れてしまった。
それに魔物は相手の武器を壊してやったと、笑みが浮かび一瞬気を抜いてしまった。
リアはそれを見抜いて、すぐさま《アイテムボックス》から二本目の金槌に同じ形の赤茶の金槌を重ね合わせた。
しかしその頃には魔物側もまだあったのかと、赤茶の炎を纏ったままのハンマーを何も考えずにリアに再び振り下ろしてきた。
リアはそれに先の再現のように、また互いの打撃部を打ち合わせ、今度はぐにゃりと入り込んだ瞬間すぐに切り返して引き抜いた。
「──ガア゛ア゛ア゛ッーーーー」
するとカラス顔のハンマーの打撃部は一瞬で形を変え、魔物の顔面に向かって長い何本もの棘状になって伸びていき、それが目や鼻、頬などに突き刺さっていった。
上手くいったことに喜びながらも、リアは気を抜かぬように意識しながら、今度は片手サイズの普通の金槌に持ち替え、赤茶の金槌と重ね合わせ炎を纏い、混乱しているカラス顔に肉薄して左肩をトントン、トントンと《万象解識眼》を使いながら軽く四撃入れた。
すると左肩関節部の皮が捲れ、骨は腕で目を覆うような角度になるように癒着させて固定した。
「ガア゛ーーーーー!?」
そして今度は右肩に同じように四撃入れて、今度は逆向きに曲げて背中に腕をくっつけるような形で固定した。
これで両腕、片足の形を壊されたことになる。まともに動けないと悟った魔物は、口を開いて黒い霧を吐き出そうとした。
しかしリアはその前に、クチバシにトントンと小さな金槌で軽く二撃打ち鳴らす。するとクチバシが変形し、上部が下部を貫いて開かないように固定されてしまった。
そして混乱の坩堝と死の恐怖に飲み込まれたカラス顔は、必死に逃げようとリアに背を向けイモムシのように這って逃げようとする。
しかし、それは自分から止めをさしてくれと言っているようなものである。
リアはモゾモゾと蠢く魔物の腰部分に、金槌をトントン、トントンと打ち鳴らし腰骨を変形させて背中とお尻をくっつけた。
「───ガッ───ァッ」
「痛かったですか? ごめんなさい。では、終わりにしてあげますね」
お尻と背中がくっついたことにより、頭頂部をリアの目の前に晒していた。
リアはトントンとそこを叩いて皮膚を捲り上がらせ、トントンと露出した頭蓋骨に金槌を当てた。
その瞬間、頭蓋骨が変形し、内側に向かって鋭い突起を伸ばし、脳を串刺しにした。
「──────────ァ」
《『レベル:35』になりました。》
「はあっ─────。勝てて、良かったです──」
「リアッ!」
《万象解識眼》の使い過ぎでもう立っていることすらできなくなったリアは、その場に膝をついて倒れ込んだ。
それに逸早く浮遊しながら滑る床を無視して駆けつけた奈々が、生魔法で癒していった。
「《万象解識眼》と、《鍛冶術》の組み合わせは凶悪だな」
「皮膚に覆われてる場合、同じ場所に二回触らないといけないってのがネックだけど、決まれば大ダメージだもんね」
竜郎たちは奈々がリアを介抱しに行ってくれたので、こちらは滑る床に気を付けながらゆっくりと近づいていった。
その後、リアも奈々の奮闘あって体力を回復し終えた辺りで、謎の声が空気を読んで話しかけてきた。
〔そろそろ、抽選タイムに入ってもいいですかー?〕
「──え? ああ、はい。お願いします」
〔いきますよー。じゃかじゃかじゃかじゃか────じゃん。出ました! 一等しょー!!〕
「また一等ですか」
〔まあ正直なところ、一人クリア者は一等が一番当たりやすくなってるんですよねー〕
謎の声が内部情報を暴露している間に、アテナの時と全く同様に床からニョキッと縦横一メートルほどの黄金の宝箱が現れた。
リアはそれに近づきパカッと開くと、黄色く向こう側が透けて見えるほど薄い、縦二十、横十センチの大きさをしたカードが一枚入っていた。
「今度はカードですか」
「一等ってことだから、リアちゃんにとっていいものだよね。なんだろー」
「はやく出してみるですの!」
「ちょっと待ってください。念のため、説明書を先に読んでからです」
好奇心旺盛な愛衣と奈々はそわそわしていたが、リアはアテナの時にもあった説明書もちゃんと付随していたので、先にそちらを取って中を検めた。
「スキルカード 《品質向上》。あらゆる素材の品質をより高いレベルに引き上げるスキルを付与する──って、なんですかこれ。凄いじゃないですか…。
これで一等って、特等を引き当てたらいったい何が出てくるんでしょうね」
「なんかとんでもなくお得そうなスキルだが、デメリットとか要求される何かとかはないのか?」
「えーと、主に気力と魔力──。ああ、同じ素材を消費ってのもありますね。
とにかくそのどちらかが要求されるだけで特別、私に害はなさそうですね」
「なら、安心だね!」
愛衣の言葉に、リアも頷きカードを手に取った。
そして説明書に書いてあったスキル付与の方法を読むと、手に持って一言唱えるだけでいいらしいので、早速皆が見ている中で実践してみることにした。
リアはカードの端と端を両手で抓み目の前に掲げると、その文言を口にした。
「インストール!」
《スキル 品質向上 を取得しました。》
「よし。ちゃんとできたみたいです!」
リアは自分のスキル欄を確かめて、嬉しそうに頬を紅潮させながら笑顔を浮かべた。
その素直な表情に皆がほっこりしていると、謎の声が話しかけてきた。
〔では、次の挑戦といきましょー!〕
「いきましょーって言っても、この床を直してからの方が良くないっすか?」
現在リアの戦闘の余波で、突起物の破片が散らばったり、氷のように摩擦係数の小さい場所が広がっている。
そんな状態では、次の愛衣が十全に戦えないであろう。
なのでリアが直してこようと一歩足を前に出したが、それは謎の声に止められた。
〔そういうのは、こっちでやるからいいですよー〕
「え?」
〔なおれ~〕
謎の声が気の抜ける適当としか思えない呪文を唱えると、一瞬で元の綺麗な床面に変わった。
〔とまあこんな感じで、戦闘中は手出ししませんが、その後はこうやって直せますので、じゃんじゃん暴れてくれて構いませんよー〕
「そうなの? それじゃあ、いっちょ頑張って壊してみようかなあ」
〔おー! 頑張ってぶち壊してくださーい!〕
「それでいいのか、お前は……」
何故か壊されることに微塵も抵抗が無い謎の声に、竜郎は思わずそんな声が漏れ出ていた。
そうして純金製の宝箱を回収し、魔物の死骸をどうしようかと竜郎が思っていると。
「これ、私が貰ってもいいですか? この魔物の骨は実にオーソドックスな構造をしているので、鍛冶の練習に使えそうなんです」
「そうなのか。肉の方は?」
「人型──まあ、今は元という形容詞がついちゃいますけど……のモノを食すのは抵抗がありますし、皮とかも──あ、足の蹄は欲しいです!」
「足の蹄な。それじゃあ、一旦俺のに仕舞って~分解からの~リアの《アイテムボックス》へ、これとこれを送信っと。これでいいか?」
リアはシステムを開いて《アイテムボックス》の中身を確認すると、「はい、大丈夫です」と頷いてくれた。
「そんじゃあ、行きますかね」
「愛衣、相手がなんかやばそうな魔法を使ってくる奴だったら、遠慮なく俺を呼んでくれよ」
「わかってるよ。でも、たつろーならきっと私が危なかったら何も言わずに来てくれるでしょ?」
「勿論。いつだってそういう俺でいたいし、いるつもりだ」
「わたしもだよ──」
そうして誰はばかることなく、お互い見つめ合ってキスを一度かわすと、そっと離れてまた見つめ合った。
〔あの~、……そろそろいいですか?〕
「おっとすまん」「ああ、ごめーん」
〔まあ、いいですけどねー。それじゃあ、挑戦者は石板の前まで行ってくださーい〕
「はーい」
愛衣は元気よく謎の声に返事をすると、何も気負う様子もなく、天装の弓を腰につけ万全の状態で石板へと歩みを進めていくのであった。