第174話 リアの戦い方
アテナが無事魔物を打ち倒すと、教会内の中央にあった石板が再びズズズッと下から湧き上ってきた。
そしてちょうどその頃、アテナの耳にはレベルアップの知らせが届いていた。
「おっ、経験値は結構高かったみたいっすね」
〔おめでとうございまーす! 無事、お一人でクリアしたことが認められました!〕
竜郎が自衛のための結界を張ったのはさすがにカウントされないだろうとは思っていたが、ちゃんと一人でクリアしたと言われ内心アテナはホッとした。
「そっすか。そんじゃあ、なんかくれっす」
〔わかってまーす! では抽選ターイム。じゃかじゃかじゃかじゃか───〕
「ああ、それ口で言っちゃうんすね」
「──じゃん。出ました! 一等しょー!!〕
謎の声がそう叫んだ途端、アテナの目の前のスカイブルーの床からニョキッと縦横一メートルほどの黄金の宝箱が現れた。
「一等しょー。ってことは、特等は逃しちゃったんすね。残念っす」
〔クリア人数一人でも、特賞はあんまり出ませんからねー。
でも、一等だっていいものだと思いますよ。
それにその純金製の箱も一緒に貰えちゃうんですから、お得ですよー〕
「んじゃあ箱も貰っとくとして、早速開けてみるっす」
〔どぞどぞー〕
アテナが黄金の宝箱に手をかけた時、ちょうど竜郎たちも合流してきた。
皆の視線が黄金の宝箱に注目する中、アテナは豪快にバカッと開けた。
すると、中には宝箱の大きさには似つかわしくないほど、小さな指輪が入っていた。
その指輪を手に取って見てみれば、幅は一センチほどで台座の部分は平らな六角形になっており、そこへ埋め込まれるようにして黄色の石が入っていた。
「こんなちっさいのに、この箱は無いんじゃないっすか?」
〔一番小さい箱って、それしかないんですよねー〕
「アテナ、それはどんなアイテムなんだ?」
「えーと……。ああ、箱の中に説明書が入ってるっす」
只の指輪にしか見えなかったアテナは、竜郎の質問に解らないと答えようとした時、箱の底に羊皮紙のような紙が巻物が如く丸められてあるのを発見し、開いてみれば概要が記されていた。
「なになに……、これは豪運の指輪っていうアイテムみたいっすね。
それから効果は…………一週間に一回だけ使えて、使用すると一時的に運がものすごく良くなる──らしいっす。
んで、使用可だと指輪の石は黄色、使用不可だと透明になるらしいっすから、今は使える状況っすね」
「確かアテナちゃんって、《乾坤一擲》っていう運に左右されるスキルがあったよね。
それ使う時にその指輪を発動すれば、結構使えるんじゃない?」
「俺もそれを思ってた。まるで、アテナのために出てきたみたいなアイテムだな」
〔そりゃ、そうですよー。挑戦者が要らない物を渡すわけには、いかないですからね。
二等以上だと、ちゃーんとその人が使える物が出てくるんですよー〕
「ちなみに、三等以下はどうなるんですの?」
〔そっちは完全ランダムですねー。だから、いらない物が出てくる可能性も十分にあるので、いらない物が出ても文句言わないでくださいねー。
でもまあ、一人クリアをすれば滅多に三等以下は出ませんから、そこは安心してくださーい〕
やはり一人でクリアするのが、一番実入りがよさそうだなと竜郎は思ったが、同時に欲にかられて大事なものを落とさないように自戒の念も強めておいた。
そんなことを竜郎が思っている間にも、アテナは自分の右手人差し指に豪運の指輪をはめておいた。
そして次にアテナは、骸骨が使っていた鎌と襤褸の布切れを指差して謎の声に問いかけた。
「あの魔物が持ってたやつは、貰ってもいいんすか?」
〔オーケーです。倒した後の魔物は、好きにしてもらってかまいませーん〕
「とーさん、あの鎌あたしが使ってみてもいいっすかね」
「勿論。あれはもうアテナの物だ。いらないなら貰うが、必要なら自分で持っていてくれ」
竜郎がそう言うとアテナは頷いて小走りで大鎌と、黒い布切れも一応拾って戻ってきた。
布切れは今はリアに負担をかけるわけにいかないので、後で観てもらうことにして、鎌を試しに二、三振り回し、骸骨がやっていたように分裂できないかと思っていると、直ぐに二本の鎌になった。
どうやら持ち主の魔力を吸って、イメージ通りの形に変化してくれる鎌のようだった。
これは良いとアテナは上機嫌で、それを自分の《アイテムボックス》へとしまっておいた。
アテナの試し振りも終わったようなので、次の挑戦をと竜郎がリアを見ると緊張しているのか、肩を強張らせて立っていた。
「そんなに緊張していたら、勝てるものも勝てなくなるですの! リラックスですの~」
「わ、わかってはいるのですが、どうも一人でというのは初めてですからね。
っと、もういいですよ、ナナ。大分緊張が解れました」
「それなら良かったですの」
奈々はリアにギュッと抱きついて、生魔法を使って強制的にリラックスさせていき胸の鼓動を抑えていく。
そしてそれが収まったのを自分でしっかりと確かめると、奈々はゆっくりと体を離した。
「では、いきます!」
「リア、どんな魔物が出てくるか解らないから、最初はできるだけ俺たちの近くで待ち構えてくれ」
「解りました!」
「頑張ってねー。後ろでちゃんと見守って、本当に危ない時はちゃんと助けるから、気楽に頑張って!」
「はい!」
愛衣の声援にも元気よく答えて、リアは石板の前まで歩いていく。
そして謎の声が話しかけてきた。
〔またまたお一人で挑戦ですね。なかなか血気盛んで、魔物たちも喜んでますよー。
それでは挑戦者様、石板に触れて復唱を────我は挑戦者〕
「我は挑戦者」
〔戦いを求めし魔なる物よ、我の挑戦に応じよ〕
「戦いを求めし魔なる物よ、我の挑戦に応じよ」
リアがアテナと同じ文言を復唱すると、触れていた石板が下へと沈んでいき、前方五メートルほどの所に黒い渦が出現した。
それを見たリアは直ぐに後ろに走っていき、できるだけ竜郎たちと近い場所に立って魔物の出現を待った。竜郎たちもいきなり攻撃を仕掛けてこられても、直ぐに守れるように身構えておく。
そして魔物は姿を現した。
高さ二メートル弱で、カラスの様な顔に筋骨隆々な野太い胴体に太い象の足。人と同じような形をした手には、一メートル半ほどのハンマーが片手一本ずつに握られていた。
「重量級タイプっぽいが、やれそうか?」
「そう──ですね。どうやら素早いタイプではなく、見た目通り力押ししてくるタイプのようですので、一人で一度やってみます」
《万象解識眼》を発動させ、紅い目から青い目にしながら相手の情報を盗み見ていく。そしてその結果、リアは何とかできるかもしれないと判断した。
「無理そうなら、直ぐに私たちを呼ぶんだよ?」
「無理するな! ですの」
「解ってます。無理して死んじゃったなんて、笑えないですからね。じゃあ、いきます!」
両の手に持ったハンマーをグルグル回しながら、じっとこちらを見ていたカラス顔の魔物に、リアは竜郎から最初に貰った金槌を自分で改造し、柄が一メートルほどで先端部は圧縮して縦十センチ横十五センチほどに縮小した物を両手で握り、果敢に向かっていった。
「ガアアガアアガアッ!」
「ていっ」
のしのしと向こうからもこちらに向かってきたので、リアは手に持った金槌に鍛冶術スキルから造りだされた全く同じ形の赤茶の金槌を重ね合わせる。
そしてそれに赤茶の炎を纏わせると、スカイブルーの床をそれでなぞって炎で床に蛇行した線を描きながら下がっていく。
自分から向かってきておきながら、手に持った武器を床に引きずりながら左右に揺すって後ろ向きに下がっていくリアに、カラス顔はおちょくっているのかと眉根を顰めた。
だがこの魔物はその程度で癇癪を起こして突撃してくるほど、馬鹿ではなかった。
リアが金槌を引きずっていった部分には、床に染み付くように未だ赤茶の炎が揺れている。
カラス顔は警戒しながら、手に持ったハンマーで床を叩いたりこすったりして消火しようとするも、消えることは無かったので、今度は象のような足先で触れてみると、熱くも無ければ燃えもしない。
なんだ見かけ倒しの炎かと安心してその上をのしのしと歩いて、後ずさっていくリアに追いつかんと進みだした。
そしてカラス顔が炎が最初に床に書かれた起点部と、現在のリアまでの距離の半分ほど来たところで、金槌を上に持ち上げ床から離すと、導火線のように長く繋がった炎の線の終着点に打ち落とした。
すると普通なら床を打ち鳴らす音が響き渡るはずなのだが、ズボッとぬかるんだ泥のように金槌の先端部を飲み込まれていった。
その不可解な現象に、何だと魔物は足を止めてしまった。
そしてその瞬間、リアが金槌を上にまた持ち上げると、赤茶の炎で描いた部分全てにニ十センチの鋭くとがった突起物が床からニョキッと生えて炎が消え去り、カラス顔の魔物の足に突き刺さった。
それに驚きバランスを崩したカラス顔は後ろに倒れ、重そうな自重によって背中にその突起を深く突き刺し、何とか首から頭は庇ったものの、その代償として両肩から両肘にかけてグッサリと突起がめり込んでいた。
「ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ、ガア゛ア゛ッ、ガア゛ア゛ア゛ッ」
「まだです!」
再び赤茶の炎を纏わせた金槌で今度は突起のない部分を飛び跳ねながら、リアの小さな足で器用に走り抜け魔物の右足先にまでやってくる。
今度はその膝関節部分に向かって金槌を振りおろし赤茶の炎を付着させると、二撃目で表面の皮を変形させ、ミルククラウンのように捲れあがらせ骨を顕わにさせる。
それにまた悲痛の声を上げる魔物を無視して、剥き出しになった骨部分に三撃目を与え骨に赤茶の炎を塗布する。
四撃目で関節部の骨を変形させ、本来曲がらない方向にUの字に曲げて固定した。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ─────ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」
「あぶなっ──」
激痛に意識が飛びそうになる中で、突起部分の痛みは無視して上半身を無理やり起こし、口から黒い霧を吹き出してきた。
しかし、それをリアは自重よりも重い金槌を力任せに横へ振って自分ごと数メートル先まで飛んで回避した。
「──はあっ、はあっ。──ほんとはっ、もう、一本やっときたかったんですけどっ。しょうがないっ、ですね……」
「ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーーーーーーーーーーーッ!!」
「ううっ、滅茶苦茶怒ってますね……。恐いです……」
あんたの方がこえーよ、と竜郎たち全員が心の中で思うだけで誰も口にはしなかった。
そんな風に思われているとも知らずに、リアは蛇行した突起物の線の上をもがく魔物を青い瞳の方で観ていた。今度はどこを壊してしまおうかと。
今リアが行っていた技は、鍛冶術における変形と創造。
鍛冶術で生み出した赤茶の炎を物質に纏わせることで変形させ、それに鍛冶術で造りだした槌でもってイメージを伝えることで創造するというもの。
しかしこれは本来、その物質を深く理解しなければ創造はおろか変形もできない。
まして、血の巡りや体調、個体差などばらつきのある生きている魔物に対してそれを行うなど不可能と言っても過言ではなかった。
けれどリアは、特別な目。即ち《万象解識眼》を持っている。
これにより、普通の鍛冶師がしなくてはならない知識の積み重ねや、成分や構造の解析といった工程をすっ飛ばし、今の自分のレベルが許す範囲での変形と創造を行使していた。
勿論、今のリアのスキルレベルはまだそこまで高くはない。なので、凝った形に創造することも変形させることも出来ない。
だが、ただ曲げたり折ったり尖らせたりと、単純な形だけに限定し形を壊すことだけに注視すれば目の前の魔物や、ここの床程度の素材ならできてしまうのだ。
「右の肩は───、左は───っと、時間切れですね」
「ガア゛ア゛ッ!! ガア゛ア゛ッ!! ガア゛ッガア゛ッガア゛ッガア゛ッ!!」
カラス顔はついに、突起物を自分のハンマーで壊してしまえばいいことに気付き、痛みをこらえ、血をまき散らしながら滅茶苦茶に両腕を振り回して辺り一面の突起を砕いてしまった。
そして平らな面にまで這って抜け出すと、右手に持ったハンマーを杖のようにしてフラフラと立ち上がった。
「──はあっ、はあっ。それじゃあ、第二ラウンドといきましょう。上手にあなたを壊してあげますね」
気力を循環させて体力をできるだけ回復させてはいるのだが、それでも《万象解識眼》を行使しすぎたせいで、体が重くなってきていた。
しかし相手は、こちらよりも満身創痍。
これで負けるわけにはいかないのだと、リアは《万象解識眼》を切って紅い目に戻したのであった。