第173話 一戦目
挑戦する順番も無事決まったので、さっそく竜郎は謎の声を呼び出した。
「おーい。聞こえるかー」
〔はいはい。聞こえてますよー。それで、どうなさるか決まりましたかー?〕
「ああ、挑戦することにした」
〔それはいーですね! それでは挑戦者様は、中央の石板に触れてくださーい〕
「あたしっすね」
アテナはそう言うと、《真体化》して《竜装》による竜人型の全身鎧を身に纏い、《アイテムボックス》から竜骨の槍を取り出し準備を整えると、皆に見送られながら少し離れた中央の石板にタッチした。
〔いきなり、お一人でチャレンジですか。勇ましいですね!〕
「そりゃどうもっす」
〔では、これからこちらが言う言葉を復唱してください〕
「わかったっす」
アテナは緊張もせず、素の自分のまま淡々と謎の声に対応していた。
〔我は挑戦者〕
「我は挑戦者」
〔戦いを求めし魔なる物よ、我の挑戦に応じよ〕
「戦いを求めし魔なる物よ、我の挑戦に応じよ」
謎の声の言う言葉を、一言一句間違えることなくアテナが復唱すると、触れていた石板が下へと沈んでいき、前方五メートルほどの所に黒い渦が出現した。
そしてそれは次第に形を造り、一体の魔物が出現した。
「まるで死神っすね」
「ゲッゲッゲッゲッ───」
大きさは、やや高めの成人男性程。そして全身灰色の骨で構成された骸骨で、襤褸の黒い布きれで体を覆い、その手には大きな黒い鎌が一本握られていた。
その威圧感は、確かに今までの雑魚とは格が違うように思えた。
「解析魔法を使って、相手の情報を探るだけなら有りか?」
〔だめでーす! それも加勢扱いになりますのでご注意をー〕
「その情報をアテナに教えなかったら、いいんじゃないですの?」
〔ぶぶー。ダメでーーす〕
「ちょっとくらいいいじゃんかー。ケチー!」
〔何と言われようが、それがルールなんですー〕
愛衣と奈々が謎の声に揃って頬を膨らませ、ぶーたれた。
相手の情報を探るだけでもできたら、アテナに限らず他の皆の時にも加勢するタイミングや、それが必要かどうか見極めることが今よりは容易になっていただろう。
この調子だと、《レベルイーター》や《万象解識眼》をこっそり使ってもカウントされそうである。
それらができないとなると、読みがし辛いなと竜郎は苦い顔をした。
「大丈夫っすよー。とーさんたちは、そこで見てこの後の戦いに役立ててくださいっす~」
「ゲェエエエエ─────」
「っと、あぶないっすね~。空気読んでほしいっす」
「ギィィィヒヒッ───」
竜郎を少しでも安心させようと軽い口調で話しかけていたら、自分を見ろとばかりに骸骨はその手に持った大きな鎌を振り上げて、アテナに向かって切りつけてきた。
しかしそれを半身をずらして躱し相手を睨むと、どういう素材なのか頭蓋骨の口部分が歪んでニヤァと笑った。
「ホントにやばいと思ったら、無理しないで助けを呼ぶんだぞ!」
「解ってるっすよ! あたしも、生まれたばかりで消滅なんてしたくないっすからね!」
「ゲッ──」
アテナは全身の竜人型鎧と、そこから漏れ出ていた琥珀色の煙を雷属性に切り替えて、全身と竜骨槍に紫電を纏わせ突きを放った。
しかしそれを向こうも先ほどアテナがやったように、半身をずらして躱してのけた。
「やるじゃないっすか。今までのだと、これで終わってたんすよ」
「ゲッゲッゲッゲッ───」
骸骨は称賛されていると思ったのか、不気味に笑っていた。
「けど、それだとつまんなかったんすよね」
「ゲェェ──?」
「だからあたしの本気、ちゃんと受け止めるんすよ───気味の悪い骸骨野郎!」
「ゲェエエエエッ─!?」
アテナは先ほどと同じように竜骨槍で突いた時、纏っただけだった紫電を一気に膨れ上がらせ、半身で躱そうとしていた骸骨の胸辺りをごっそりと消し飛ばした。
それに骸骨は驚きつつも、手に持った大鎌でアテナを切り付けカウンターを仕掛けてくるも、両足を曲げて体勢を低くしそれを躱し、今度は立ち上がる勢いのまま頭蓋骨を奪いにかかる。しかし。
「ちっ。逃げ足が速いっすね」
「ゲッゲッ───」
それは突然消え失せ、アテナの紫電纏う竜骨槍は空を突き、骸骨はいつの間にか先にいた場所から後方三メートルほど離れた所で、「何かしたか?」とでも言いたげにニヤニヤと笑っていた。
消し飛ばされた胸骨も再生を始め、勝負は振り出しに戻った。
「今の、愛衣には見えたか?」
「…………あれは、見えるとか見えないとかじゃないよ。
ほんとに消えて、後ろに現れてた」
「瞬間移動ですの!?」
「厄介なスキルですね…」
アテナ自身、あれが只の移動ではなかったことは理解していた。
あれが乱用できるとなれば、攻撃は当たらず奇襲し放題である。確かに厄介だ。
けれど、それが本当にいかせるのは、こんな限られた空間ではない。
アテナはチラリと後ろを見てアイコンタクトを取ると、何をしようとしているのか竜郎は解ったようで、頷き返し自分達の周りに雷魔法対策の結界を張ってくれた。
これで心配はないと、また襲いかかってきた骸骨と切り結びながら、大魔法の準備をする。
そんなことにも気が付かず、骸骨は右手一本で鎌を振り回しアテナの首を取ろうとした。
しかしそれをアテナはしゃがんで避けたのだが、魔法に集中していたせいで一瞬相手の思惑を理解するのが遅れてしまう。
「───っ!?」
「ギェェェ──!!」
避けた鎌は何故か半分ほどの大きさになっており、いつの間にかもう片方の左手にも同じ大きさの鎌が握られて、アテナが避けた先に待ち構えるように迫ってきていた。
アテナは慌てて鎧の尻尾部分を操作して体を無理やり後ろに引っ張るが、それでも攻撃範囲から逃れられそうにないので、竜骨槍を無理やり自身と鎌の間にねじ込み軌道をずらすことに成功した。
しかし竜骨槍は、敵の鎌をモロに受けたせいで半分ほど切れ込みが入ってしまい、体勢を立て直す前に放たれた三撃目をそれで受けたせいで、へし折れてしまった。
「くっ、これ結構気に入ってたんすよ!」
「ヒヒッ───」
アテナが怒っているのが余程嬉しかったのか、掠れた笑い声を骨しかない喉で響かせた。
だが、やられっぱなしで終わらせるつもりはない。アテナはつい今しがた完成した魔法を、解き放った。
「はああああああああっ!」
するとこの建物内全ての天井部にカミナリが発生し、何千何万もの雷光が上から降り注いできた。
いくら瞬間移動が出来ようとも、移動先全てを攻撃してしまえば逃げ切れまい。そんな考えのもと、竜郎たちに危害が及ばぬようにそこへ結界を張ってもらったというわけだった。
しかし、これで決まりかと思った瞬間、骸骨はさらに鎌を分裂させる。
一つ一つが十五センチほどのミニ鎌をいくつも造りだしたかと思えば、自分の骨を組み替えて頭蓋骨と手が十本で浮遊する怪物に一瞬で変化した。
そしてミニ鎌を十本の手でジャグリングするように振り回し、自分に降り注ぐカミナリ全てを切り裂いていった。
「そんなこともできるんすか? めんどくさい奴っすねー。それなら──」
それならと、今度は雷属性にした竜力のレールを骸骨にまでまっすぐ伸ばしていき、琥珀色の竜力の煙を増やして結界のように前面部に紫電の分厚い壁を築く。
それから、こちらもまた雷属性を宿した足鎧部を乗せて《竜力路》を発動させた。
バチンと爆ぜるような音を立て、電撃の速度で突進していく。
が、それは瞬間移動で躱された。しかし。
「ギェェェェッ──!?」
また後方三メートル辺りに瞬間移動されたのだが、その先でカミナリに撃たれて手を何本か失っていた。
それでも残った手で何とかカミナリを切り裂いて体勢を立て直しつつ、また骨が再生していく。
なので問題はなさそうであるが、その時アテナは頑なに頭蓋骨だけは守ろうとしているのをしっかりとみていた。
(あれを壊せば終りっぽいっすね、ならっ!)
アテナは魔力節約と実験もかねて、屋内全てにカミナリを落とすのをやめ、範囲を縮小して骸骨の頭上から後方五メートルの範囲に限定した。
それを維持しながら、前面部に厚く張っていた紫電を四つに分け右手足と左手足に巻きつけていく。
そしてアテナは折れた武器を骸骨に投げつけ、それを払った瞬間に突貫した。
「ふっ──はっ、てりゃああっ!」
狙うは頭。左足で上段蹴り、躱された先に右掌底、また躱された先で右で蹴り上げた。
それら全てが躱されるも、今のアテナの手足には分厚い紫電の層を纏っている。それは掠るだけで骸骨の頭蓋骨以外を削り取っていき、みるみるうちに回復量を凌駕して体積を減らしていく。
頭上のカミナリ、アテナの猛攻。これら全てはアテナの縮小したカミナリ帯の外へ瞬間移動すれば解決するはずである。
だがこの骸骨はほぼ瀕死状態になっているにもかかわらず、チラチラ後方を気にしているだけでしようとしない。
その行動に、アテナの仮説はより確信を得ていく。そして極めつけとばかりに、骸骨は後方にスッと移動しアテナに背を向けた。アテナはそれに対して、ここぞとばかりに背中に右蹴りを放った。
しかし骸骨はアテナの後方三メートル辺り、カミナリの無い方へと瞬間移動した。そして攻撃には移らず距離を取るように、瞬間移動の方が速いにもかかわらず普通に浮遊しながら逃げていく。
「連続使用はできず、数秒のインターバルが必要。自分の後方三メートル程度にしか移動できない。
絡繰りが解ければ、大したことのない手品っすね。
他に変わった芸があるなら、早めに見せてくんないと──すぐ死んじゃうっすよ?」
骸骨がどんどん離れていく間、アテナは竜力のレールを真っ直ぐ骸骨に向かって伸ばしていた。そしてアテナは、それに乗って紫電を撒き散らしながら一瞬で距離を詰めていく。
骸骨は上からカミナリが落ちてこなくなったので、大分修復できたのもあってか元の体に戻り、鎌も大鎌に戻して猛烈な勢いでやってくるアテナに背を向けた。
そしてアテナの突撃が触れそうになった瞬間、再び後方三メートル辺りに瞬間移動した。しかし、そんなことは背を向けていた時から予想できていた。
アテナは直ぐに今乗ってきたレールから外れ、事前に隣に引いていたレールに乗り直す。そしてアテナは、後ろに向かってはじけ飛ぶ。
それは、完全回復するまでは徹底的に逃げ回る気だった骸骨は、またもやアテナから距離を取ろうと背を向けたまま必死で逃げている最中のことだった。
「はあああああっ!!」
「ゲィエヒッ───」
後ろ向きのまま紫電撒き散らし滑るように床を走行し、骸骨の真横を通り抜ける間際。アテナは左ひじを体を捻りながら、骸骨の頭蓋へとぶち当て木端微塵に粉砕した。
そしてそのままレールの終着点にまで滑っていくと、目の前には砂のように崩れ去った骸骨の遺灰と襤褸の黒い布きれが、アテナの移動で巻き起こった風に乗って宙を舞い、大鎌は音を立てて床へと落ちたのであった。
《『レベル:24』になりました。》