第172話 ルール説明
深海の洞窟を抜けた先にあった空気に満ちた空間を抜け、そのまま奥へと進んで階段を上ると、そこには巨大で豪華絢爛な装飾がなされた教会が鎮座ましましていた。
「こんな所に教会? 誰が使うってんだ」
「来るのにも命がけって、誰も来たくないよね」
「でも、やたらと綺麗な建物ですのー」
奈々はそう言って、大きな教会を下から上へと見上げた。
「けど、今はタツロウさんの光魔法で照らしてるから見えるだけで、普段は真っ暗ですよね。
装飾の意味がない気がしますが……」
「そうっすよねー。なのに無駄に豪華で、違和感しかないっすよ」
アテナのいう通り、もしもこれが地上にあったのならその煌びやかさに対し素直に感嘆していただろう。
しかしこんな所に立っているものだから、それが余計に怪しさを爆発させていた。
さらに中を探査魔法で調べようとしたが、探査の魔力が弾かれて内部を一切知ることができなかったのも、それに拍車をかけていた。
「とりあえず中に入るかどうか決める前に、この教会周辺を探索してみよう」
「だねー。案外これはフェイクで、実は後ろに次の階層へ行くポイントがありましたーとかあるかもしんないし」
「今までのダンジョンの性格からして、それもありそうっすからね」
そうして皆でこのやたらと大きく絢爛な教会を見学するかの如く、周辺をぐるりと回り始めた。
しかし教会を一周してみても、次の階層への入り口どころか魔物も罠もない。
ならば上かとジャンヌに乗せてもらい上空から見据えるが、ただのとんがり屋根が見えただけだった。
「ないな」
「ないね」
「なーんも、ない! ですの」
「これはもう、入れってことなのかもしれませんね……」
「こんな怪しい所にっすか~? まあ、これ以上ここを探索するなら、それしかないっすけど」
カルディナとジャンヌも、アテナの言葉にうんうんと頷いていた。
あからさまに何かありますよオーラを醸し出すここをスルーし、再び引き返して深海を探索するというのも一つの選択ではある。
だがもしこの中に次への道が続いているのなら、最終的に戻ってくる羽目になり、かなりの回り道になってしまうであろう。
ということで、物理にも魔法にも強いジャンヌに《成体化》の状態で前に立ってもらい、その真後ろにあらゆる状況に対応できるように竜郎。
その竜郎を挟むように左に愛衣、右に奈々が、その後ろにはリアとアテナがついた。
そうしてジャンヌが重そうな扉を鼻先で押し開け、皆で入っていった。
教会の中は、横長の椅子が置かれ前中央には祭壇が……という、竜郎たちの思い描いていた場所とは違った。
内部は床一面スカイブルーで、その中央にポツンと六十センチくらいの石板が置かれ、壁や天井部には数えきれないほどのタイルと、ステンドグラスに彩られ、ここだけは教会の雰囲気を醸し出していた。
ただ不思議な所はといえば、この中は竜郎の光魔法で照らさなくとも真昼のように明るかった。
「カルディナ、特に何もないよな?」
「ピュィーーイ」
「何もないそうですの」
あれだけ怪しかったのに、結局は無駄足になっただけかと思い始めた頃。
誰も触れていないのに、開け放たれていた入り口が大きな音を立てて閉じた。
これは何か来る。と皆が警戒をしたとき、突然第三者の機械を通したような女性の明るい声が教会内に響き渡った。
〔はーい、みなさん今日はー。本日はエクストラステージにお越しいただき、誠に有難うございまーす!〕
「えくすとらすてーじ? ってことは、ここは攻略ルートとは全く関係ないってこと?」
〔そーでーす! 別にここに来なくても、ダンジョンは攻略できますよー〕
「うわわ、なんか返事が来たよ、たつろー」
「会話ができるのか」
〔できますよー。だって私は、あなた方にルール説明をできるだけ解りやすくお伝えするために話しかけているんですからねー〕
なんだか随分くだけた印象の口調に毒気を抜かれそうになるが、何やら聞き捨てならないことを言われたので、竜郎は気を引き締めて問いかけた。
「ルールと言ったか?」
〔はい、言いましたよー〕
「ということは、俺たちに何かをさせようとしていると思っていいのか?」
〔そうですねー。とりあえず、やるかどうかを決めるのはあなた方ですが、ルールを聞いてくれなきゃ、ここからは出しませんよー!〕
「それじゃあ、ルールを聞いた後でやりたくないと思ったら、すんなりここから出してくれるのか?」
〔もちろんですー。じゃあ、聞いてくれますー?〕
竜郎は確認のために皆に視線を送ると、満場一致で頷いていた。
「わかった。聞かせてくれ」
〔わーい。久しぶりの仕事だー。っごほん。それでは、ルールを説明します。
まず貴方たちには、こちらが用意した魔物と戦ってもらいまーす〕
「ふんふん。それって勝ったらいいことあるの?」
〔ありますよー。それらに勝つとー豪華賞品が当たる!?〕
「どっちですの!」
〔ふふーん。それはあなたたちの運次第。
用意されているのは、四等、三等、二等、一等、特等の計五等級! 魔物討伐後に、その中からランダムで様々な景品が贈られまーす〕
「ってことは、最悪でも四等は貰えるってことっすね。ちなみに特等だとどんなのが貰えるんすか?」
〔景品内容も、その時々で違いますからこれとは言えませーん。でもきっと凄いと思いまーす〕
なんだか緊張感の無い説明に本当かよと誰もが突っ込みたくなるが、それを抑えて竜郎はまた謎の声に問いかけた。
「確率は一律、五分の一だと思っていいのか?」
〔ぶぶー。違いまーす。等級が上がるにつれて、その分確率は低くなっちゃうのでーす! けどー〕
「けど何?」
〔その確率あげる方法があるのでーす!〕
「確率を上げる方法ですか。けどそれは何もしなくても、してくれるわけじゃないんですよね?」
〔そのとーりー。でも、挑戦するだけなら簡単なんですよー。
なんせ、挑戦人数を減らすだけですからねー〕
「挑戦人数?」
この謎の声が言うには、ここにいるパーティ全員に一度限りの挑戦権が与えられ、大人数で一気に使うか、少人数で少しずつ使うかで確率が変動するらしい。
一人でなら特等が出る確率が一番高くなり、そこから一人増えるごとに確率は減っていき、五人以上で挑むと確率上昇の恩恵が無くなるとのこと。
「一人一回挑戦権があるってことは、今の俺たちでいうと最大七回魔物と戦闘できるってことか?」
〔そうでーす〕
「途中参戦はありっすかー?」
〔ありでーす。けどその場合、どんな小さな加勢でも挑戦権一回分とみなし、人数ボーナスも減りますのでご注意をー〕
「挑戦する人数によって、相手のレベルというか強さは変わったりしますの?
または途中参戦したらその分、敵が強くなるということは?」
〔特に変わりませーん。ですから大人数で挑めばー、純粋に戦いが楽になるということですねー〕
「挑戦権を、他の人に譲渡することは可能ですか?」
〔できませーん。あくまで、一人につき、一回です。
でもー、挑戦権を放棄することはできますから、やるかどうかはご自分で決められまーす〕
譲渡ができれば戦闘が得意なメンバーに渡してしまおうと思っていたリアだったが、思惑が外れて苦い顔をした。
いくらレベルが上がってきたとはいえ、純粋な戦闘職ではない自分では足を引っ張りかねないと思ったからだ。
「それじゃあ、挑戦権を失った者が他の者の挑戦中に横やりを入れたらどうなるんだ?」
〔その時点でエクストラステージ終了で魔物も消失しまーす。
そして、それまでに得た景品も没収。一度ダンジョンから出ない限り、再挑戦は不可能になりまーす〕
「強制終了ってことだと思っていいの?」
〔そうですねー。その認識で合ってるかとー〕
となると最悪手に入れた景品を犠牲にしてでも、誰かが危なくなったらわざと割って入って強制終了させるという手もあるか。と、竜郎はそのルールを頭の片隅に置いておいた。
「他にまだ話してないルールってある?」
〔他ということになると、後はもうルールがないことがルールですかねー。
殺るか殺られるか、どんな手を使っても勝利を勝ち取ればおっけーです。さあ、どうしますか?〕
「それに挑戦するまで、ここに魔物って出るのか?」
〔でませんよー。ここは神聖な決闘の場。ですからねー。それでは、挑戦し──〕
「じゃあ、皆。ここで作戦ターイム。警戒は一応しつつ、どうするか話し合おう」
〔あれ。直ぐに挑戦しないんですかー?〕
「そんなポンポン決められるほど、簡単なことじゃないだろ。
それとも、倒せばいい魔物ってのは片手間に倒せるくらい弱いのか?」
〔いえ。少なくとも、ここに来るまでに遭遇した魔物とは比べ物にならないくらいには強めですよー〕
ここまでくる間に出会った魔物たちは、40レベル未満だった。それらを加味すると、50レベル台の敵が出てきてもおかしくはない。
これは余計に気軽に決められないなと、皆が危険度を上方修正しておいた。
〔それじゃあ決まったら、いつでも気軽におーいと呼びかけてくださーい。それでは、ごきげんよー────〕
そうして謎の声は無くなり、静謐な静けさだけがこの場に残った。
ということで、愛衣はまず聞いておかなくてはいけないことを聞くことにした。
「じゃあとりあえず、多数決を取ろっか。今回のイベントに挑戦してみたいと思うひとー!」
竜郎、愛衣、奈々、アテナは手を上げ、カルディナは右翼を、ジャンヌは鼻先の角を上に突き上げた。だが、リアだけは手を下げたままだった。
「リアは反対か?」
「反対というか、まだ皆さんにフォローしてもらわないと不安なんです。
もしかしたら私のせいで、強制終了させてしまったりしてしまうかもしれませんし……」
「うーん。別にそこまで重く考えなくてもいいんだよ?」
「そうですの! 攻略にも関係ないのですから、リアは気楽にいけばいいですの。
それにたった数日とはいえ、だんだん戦闘に加われるようにもなってきて、槌の扱いも様になってきてるですの!」
「そう、でしょうか?」
「そうですの。それに───」
それからも奈々に色々と励まされた結果、最終的にリアも賛成側に回った。
そうすると今度は、挑戦の仕方を考えていく必要がある。
例えば、安全性を考慮して全員でやってもいいし、レア報酬目当てに単騎で挑むというのも有りといえば有りだった。
「あたしが最初に、一人で挑戦してみたいっす。
それで今後どれくらいの魔物が出てくるのか見極めて、きついようなら援護しに来てもらえばいいっすからね」
「アテナもレベルが上がってきているし、任せてもいいかな。
じゃあ、とりあえずアテナが一番目に挑戦してそのまま倒せた場合、リアが参戦するなら割って入りやすい最初の方が良いし、二番目とかどうだ?
ルール的にも、ヤバそうならアテナ以外の誰かを投入できるし」
「──解りました。やってみます!」
奈々に先ほど励まされたのが効果覿面だったのか、今のリアは自分がどこまでやれるのか試してみたいとさえ思うようになり、やる気に満ちていた。
「んで、リアの援護が必要なかった場合。次に出るのは──」
「ピュィーーィユー」
「おとーさまとおかーさまがいいのではと、カルディナお姉さまがおっしゃてますの」
「ヒヒーーーン」
「その方が、割って入りやすいって言ってるっす」
「それはそうなんだがなあ」
竜郎や愛衣としては、いざという時ルール的にはカルディナたちの援護ができないというのは辛い。
なので最後の方に回るつもりだったのだが、どうやらカルディナたちはその逆に竜郎や愛衣が危険な時に入れないというのは看過できなかった。
一番目を希望したアテナとて、最も情報の少ない状態での戦いをかってでたのだから。
竜郎と愛衣からみてもカルディナたちの意思は固く、最後までその意見が変わることは無い様子。
結局その後の話し合いにより全戦闘で上手くいった場合──アテナ、リア、愛衣、竜郎、奈々、カルディナ、ジャンヌといった順番で、今回のステージに挑むこととなったのであった。