第170話 そして次へ
最後のお題と思われる魔物の死体を取得した竜郎たちは、さっそく台座のある湖の小島へと文字通り飛んでいった。
そうして竜郎が台座に触れれば、システムが自動で立ち上がる。
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無限アイテムフィールド内に、既定の素材を確認しました。
ダンジョンに捧げますか?
はい / いいえ
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ここは勿論「はい」を押して、最後のお題である魔物を無事受け渡すことができた。
すると今までと同じように、台座に刻まれていた木の実の絵が消えていき、そしてさらに台座も砂のようにバサアア……と崩れてしまった。
これで竜郎たちは全ての課題をクリアしたことになったので、次の層への道が開けるはずである。
しかし、待てど暮らせど何かが起きるような兆候は一切なかった。
「あれ? 何も起きないぞ。何か間違えたりしたのか」
「いえ、そんなはずはないと思うんですが……」
「だよね。ちゃんと台座からも絵が消えたうえで崩れてたし」
竜郎たちが困惑気味に台座の辺りを調べてみたが、やはりなんともなっていなかった。さてこれはどういうことだと首をひねりだした頃、たまたま外を見たアテナが声を上げた。
「とーさん、かーさん。外を見るっす!」
「外?」
「なになにー」
何事かと入り口まで駆け足で向かっていくと、なんと森があった区画が消滅し、湖を取り囲むように巨大な光る池が広がっていた。
「そういうことか」「でっかあ」
「どうりで、この部屋を探しても何もないわけですの」
「ダンジョンというのは、何が起きても不思議じゃないとは聞いていましたが、目の当たりにすると、その言葉が大げさでないことがよく解りますね」
こうして次へ渡るポイントを確認できたので、今までの宝探しゲームが無駄でなかったことに一同安堵した。
「よし、それじゃあ今日はもう休もう。時間的に今は夕方くらいだし、次の階層がのんびり休めるような場所とも限らない。
だからここでもう一泊してから、次の階層へ行ったほうがいい」
「そっか。もうそんな時間なんだねー。やっぱり夜が来てくんないと時間の感覚がおかしくなっちゃうよ」
「ですね、私も三日目あたりから完全に時間の感覚がくるってしまいました」
「そうなんですの? 私は特にそういった感じはありませんの」
「あたしもないっすねー。その辺はやっぱり、魔力体生物だからなんすかね」
どうやら、カルディナとジャンヌも時間の感覚はそれほど薄れてはいないらしい。暑さにも寒さにも強く、そういう所まで強いとなると、改めて適応能力の塊のような子たちだなと竜郎は感心しつつ、有難い存在だなとも思ったのだった。
「じゃあ、とりあえず飯にしよう。リア、カルディナたちの魔力補充が終わったら俺も手伝うよ。何をしたらいい?」
「あ、それならご飯を炊いてもらえますか?」
「解った」
「私もなんか手伝うよー」
「では、アイさんにはですね───」
それからリアを司令塔に、それぞれの役割をてきぱきこなし始めた。
竜郎は今日の分の食材を《無限アイテムフィールド》経由でリアの《アイテムボックス》に移動させてから、直ぐにカルディナたちを呼び寄せて魔力補充を行った。
そして次に、ご飯を炊く準備に取り掛かる。
昨日 《無限アイテムフィールド》になったことで、いくらでも収納可能になったというのもあり、寝ている間に時間を弄り、こちらの世界の米をその強い繁殖力に任せて大量栽培した。なので、現在竜郎は数年分の米を有していた。
こんなにいらんだろうにとは思いつつも、竜郎はその中から拳大の米の実を数個取り出して、魔法で適当に造った米割り用の器にいれて、小さな金槌でガンガン叩いて細かく砕いていった。
それができたら、ここ数回の飯炊きで得たデータを元に、呪魔法で火魔法の加減をインプットし、水を入れた鍋のしたに取り付けた板で熱していった。
さらにそれを《無限アイテムフィールド》内に収めて時間を弄り、一瞬で炊き終わる。そして時間を止めて、炊き立ての状態を維持したままリアたちにできたことを伝えた。
そうして出来上がったのは、ウツボの肉と竜の肉のから揚げと、ご飯、サラダ、果物を絞ったジュース。
から揚げの味付けが竜郎の世界とは違ったが、それはそれで美味しかったので満足げに腹いっぱい頂いた。
腹も満ちた所で、さっと軽く風呂にも入ると、今現在竜郎は愛衣と寝るために張ったテントの中で次の階層に行く前に今あるSPを使ってしまうことにした。
「今日の朝方に巨大ウツボから吸い取った分でかなり稼げたから、SPは(293)。だから生魔法をレベル8、雷魔法をレベル10で、トータル(265)でいこうかな」
「奈々ちゃんに今あげられる生魔法の限界レベルに、アテナちゃんの称号効果ってことだよね」
「ああ。俺だけの強化じゃなくて、他の子たちの強化につながるものを優先しておきたいからな」
「うん、いいと思うよ」
「じゃあ、取っちゃうな」
そうして竜郎は生魔法と雷魔法のレベルを上げ、残りSPは(28)となった。
《称号『雷を修めし者』を取得しました。》
そしてまずは奈々を呼んで生魔法の因子を更新し、アテナの雷魔法も更新したいところなのだが、そのためには《真体化》を解いてカミナリ対策を一時打ち切る必要がある。
しかもその間竜郎もかなり集中を要するので、カミナリ対策を完全に無くすことになる。
屋内であるし、今までここにいる間落ちてきたことはない。だからそこまで心配する必要もないのかもしれないが、リアが少し前に言っていたようにダンジョンでは何が起こってもおかしくない。
ということで、その間は竜郎とアテナを除いた全メンバーで最大警戒をしていてもらうことになった。
そうしてできるだけ手早く更新し、再びアテナには《真体化》してカミナリ対策に戻ってもらった。
「結局カミナリは来なかったね。やっぱりここには落ちないし、あの雲が出てる時にしか来ないんじゃない?」
「まあ、それならそれでいいんだけどな。どうせあとは次の階層に向かうだけだし、念のため最後まで警戒はしておくつもりだ」
「しないで誰かが傷つくよりも、取り越し苦労を味わう方がいいかあ」
「ああ。そうだな」
そうしてお休みのキスをしてから、竜郎たちは眠りについたのだった。
竜郎が目をさますと、愛衣の顔がドアップで映っていた。
その寝顔が可愛らしいことこの上なかったので、竜郎はギュッと抱きしめてそっとキスをした。
それから生魔法で愛衣が起きてからも、しばらく抱き合いながらキスを交わし合ってから身支度を整え、石の建造物内に張った寝るのに使ったテントから這いだした。
朝食も食べ装備品も完璧に身に着けると、《真体化》したジャンヌが小島に横付けし、皆で乗りこんだ。
そして一気に赤茶のドーナツ状地帯を通り抜け、次の階層へ──と誰もが思った時であった。
赤茶色の地面の上空にジャンヌの鼻先が入った瞬間、本当に何も、愛衣すら気が付くことができないほど前兆なく中空からカミナリが連続で降り注いできた。
「「「「「「「───!?」」」」」」」
幸いアテナの《真体化》による煙状の竜力を雷属性にしていつでも受け流せるように、しっかりと上に展開していたため無傷ですんだが、それが無ければ誰かに直撃していた可能性が高かったであろう。
その事実にみな目を見開き、今は雷が止んだ先、よく晴れたままの上空を見上げた。
「あ─────っぶな…」
「ちゃんと対策取っといて良かったねー…」
「転ばぬ先の杖とはよく言ったものですの」
「ほんと、今のはやばかったっすよ。いやほんとに」
「今後もこういうことがないとも限りませんし、気を付けないといけませんね」
リアがポツリとつぶやいた言葉に、誰もが頷いた。
「執拗にカミナリを落とす法則性を見せつけておいてから、目の前にゴールをぶら下げて気が緩んだ時を見計らって最後の最後で裏切ってドカン。
相変わらず、ダンジョンてのは性格悪いな」
「あれ? でも、たつろーも同じようなことしてなかったっけ? ほら、熊の時とかさ」
「──あっ。……………あ、相変わらずダンジョンってのは味なことをしてくれるぜ!」
「ふふっ、なんだかなあ」
愛衣は背中からもたれかかるようにして後ろに座っている竜郎の胸に頭を押し付け、腰に回っていた手を握ったのだった。
突発的な事故を無事回避して、ようやく次の階層へ竜郎たちは飛び込んでいった。
今度もどんなことがあってもいいように、竜郎は外側から火、水、風、雷、土の層のバリアを張って皆を囲んでいた。
そしてそのままやってきたのは、真っ暗闇な場所だった。
それに竜郎以外のメンツが一瞬動揺するが、竜郎はそれどころではなかった。
「なっ!? 結界が壊れる!」
ここへやってきた瞬間、今まで感じたこともないほど大きな力で三百六十度全てから強烈な圧力がかかってきて、竜郎の抵抗空しく五種の属性からなる結界はいとも簡単に壊されてしまった。
まずいっ。誰もが光無きこの場で何が起こっているのか理解できずに固唾を飲んだ。けれど、その強烈な圧力は竜郎たちには届かなかったようで、何も起きはしなかった。
それに何だったのかと、竜郎は光魔法を使う前にカルディナと広範囲に探査をかけると、驚くべき状況下にいる事を理解した。
そしてまた、その瞬間にシステムが勝手に起動して、このような表示をメンバー全員に見せてきた。
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耐深海モード消失まで、あと【597秒】。
スキルポイント(1)消費につき、60秒延長可能。
スキルポイントを支払いますか?
はい / いいえ
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「なにこれ? どういう──ってあれ、なんか変」
愛衣は自分の喋った声がやたらとくぐもって聞こえたことに違和感を覚え、手足もまるで水のなかにいるかのような抵抗があった。
それに疑問符を浮かべている間にも、システムに表示された秒数が減っていく。
なので竜郎は、今いる場所と、ここに表示されている事柄から読み解いた推測をできるだけ完結に皆に伝えた。
「みんなよく聞いてくれ! 今俺たちはどれだけ深いかは解らないが、海の底にいるらしい。
それで今表示されているものを察するに、俺たちが現在五体満足でいられるのは、このシステムによる耐深海モードが適用されているからだと思われる。
だからこれが切れる前に、一刻も早く上に出る必要がある!」
「ええっ!?」「ヒヒンッ!?」「ですの!?」「深海ですか!?」「まじっすか……」
竜郎の声は水魔法で音の振動を増幅させて届かせていたが、皆の驚きの声はくぐもって正確に聞き取れなかった。
「ラスト十秒になったら、構わないからSPを払ってくれ!
その前にもヤバイと思ったら迷わず延長だ! ここだと水圧が強すぎて俺の魔法じゃ対処できない!
ということでジャンヌ、その大きな翼で水を掻いて一刻も早く上を目指してくれ!」
「ヒヒーーン!」
《真体化》した状態で入ってきたのは僥倖だったと、竜郎は急いで全員をジャンヌとワイヤーで繋いで離れないようにした。
今回は何処まで深いか解らない。だから、いたずらに魔法を使って昇って燃料切れになるのは避けたい。であるのなら、魔力さえ残っていれば無尽蔵の体力を持つジャンヌに自力で泳いでもらうのがいいだろうと竜郎は考えた。
「ジャンヌ。俺が光魔法で照らしたら、魔物が襲ってくるだろうが、構わず上を目指してくれ。そっちは俺たちでなんとかするから!」
竜郎の声を聴いたジャンヌは大きく頷き、光魔法で辺りが照らされるまで待った。
そして竜郎はさらに、真水を水魔法で生み出してそれで自分たちの周りを覆った。
水の遮断は無理だが、海水を真水で遮断することは可能だった。
それができたのを確認すると、最後に全員に聞こえるように竜郎はこう言い放った。
「俺が光魔法で照らした瞬間、色んな魔物が俺たちに襲い掛かってくる確率が高い!
各々迎撃の準備を常にしておいてくれ」
皆が頷くのを探査魔法で確認した竜郎は、できるだけジャンヌの道筋を照らし出せるように、広範囲に渡って光を照らし出した。
そしてそれがスタートの合図とばかりに、ジャンヌは上を見据えて、その大きな翼でグイッと水を掻いたのであった。