第16話 分断作戦
「今からでも逃げられると思うか?」
「たぶん、イノシシ無視して逃げてても無理だったと思うよ」
「だよな…」
そう言いながら、竜郎は急いで《レベルイーター》を使って、スキルレベルの吸出しを優先して取りかかっていた。
このいかにもボス面の熊だけでも無力化できれば、戦況はだいぶ変わるはずだからだ。
それに竜郎は、あのオオカミモドキのボスの、《統率》を失った時の仲間割れを思い出していた。ここで、それが起これば漁夫の利も夢じゃない。
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レベル:51
スキル:《統率 Lv.0》《かみつく Lv.5》《引っ掻く Lv.5》
《嗅覚 Lv.2》《爪襲撃 Lv.0》《岩吐き Lv.0》
《突進 Lv.5》《黄金水晶鎧強化 Lv.0》
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さっきの爪の斬撃を躱したことに警戒したのか、三匹は不機嫌そうにこちらと距離を空けつつ、取り囲みにかかっていた。それにこれ以上は無理だと、特に危険そうなスキル以外の無効化とレベルの吸出しは諦め、黒球を途中で飲み込んだ。
(あの金ぴか水晶の熊の《統率》は無くなったが、どうだ)
竜郎の期待とは裏腹に、青水晶の熊たちはしっかりと黄金水晶の熊に従っていた。当てが外れた竜郎は歯噛みしながらも、愛衣に黄金水晶の熊の状態を教えた。
「愛衣、あの金ぴか水晶の熊ができるのを、かみつく、引っ掻く、突進、だけにした。
おそらく遠距離攻撃の類は無効化できたはずだ」
「じゃあ、近くにいない時は青いのだけ警戒すればいいんだね」
「ああ」
「なら、いける……かも?」
愛衣が思案顔で、けれどもどこか確信を持った声でそう言った。
「何がだ?」
「たつろー」
「ん?」
「青いの一体だけならたつろー一人で倒せる?」
その突然の質問に、竜郎は何が言いたいのだと思いながらも、一先ず考えてみる。
「……一体だけなら何とかできると思うが──まさか」
「うん、ちょっと私があの二体引き付けとくから、その間に数を減らしてほしいんだ」
「危険すぎる。それだったら俺が───」
「たつろーだと死んじゃうよ。でも、私なら引き付けるだけなら何とかできる。適材適所ってやつだよ」
その作戦を聞いた竜郎は、確かにそれならと思ってしまっていた。しかし、愛衣を危険な方に向かわせるというのは、飲み込めないものがある。
だが、そんな竜郎の気持ちなど待ってはくれない。三体が定位置に付き、すぐにでも飛び掛かってきてもおかしくない状態になっていた。
「じゃあ作戦開始!」
「くそっ」
それに愛衣は一方的に決行し、一番右端にいた黄金水晶の熊に向かっていってしまった。
動いた針はもう戻せない。竜郎は意を決して、愛衣の突貫からボスを守ろうと動き出す青水晶の熊の内の、一番左の一体にだけ舐めるように火炎放射を放った。
「てめえは俺だ! 熊野郎っ」
愛衣のために今できることは、一秒でも早くこいつを始末することだ。そう言い聞かせて竜郎は愛衣とは逆方向に体を動かした。
「グオオオォーーーーーー」
火魔法を浴びせられた青水晶の熊が、思惑通りこちらに向いた。見れば水晶に覆われていない前面部が焼け、毛が無くなっている部分が斑に広がっていた。
だが、言ってみればそれだけで、致命傷とは程遠い。これを倒すのにはあれでは足りない。
故に竜郎は次の手を打つ。土魔法の魔力を生成し地面に流し込んでいく。そんなことは知らない青水晶の熊は、ただ竜郎が棒立ちしているようにしか見えず、何もない虚空を引っ掻くような動作に入った。
「させるかよっ」
例の爪の斬撃を飛ばす技、《爪襲撃》というスキルを使おうとするが、竜郎の指から高熱のレーザーが射出され、毛が焼け落ち禿げた皮膚に突き刺さる。
「ギャッ」
熊の悲鳴が上がり、何もできずに腕を下した。それは光魔法に火魔法を合わせた魔法で、熱光をレーザーにして撃ち込むものであり、速度は文字通り光速。一瞬腕を上で溜める動作が必要な《爪襲撃》では、モーションに入ってからでも十分に間に合わせることができる。しかもご丁寧に腕を上げるとき、胸部の禿げた皮膚を晒してくれるのだから、竜郎にしたら間抜けな一手としか言いようがない。
「グゥオオオオオーーーーーーーン」
しかし、この熊にそれを理解する知能はなかった。性懲りもなく《爪襲撃》を放とうとし、さっきと同じところをレーザーで焼かれ悲鳴をあげる。
「間抜けが、時間がないんだ早く来い……」
竜郎はあえていたぶるようにして、こちらに誘導したいのだが、熊はこちらに来ないで遠距離から攻撃しようとしてくる。途中、《岩吐き》で口から岩を射出しようと顎をあげたが、それも竜郎のレーザーを受けて、中断させられた。
都合六度、同じ場所にレーザーを受け続け、ようやく血が噴き出してきた。
それでようやく無駄だと悟ったのか、竜郎に向かって四足歩行でガシガシと地面を蹴って突進してきた。
「来た……」
それを慌てず観察し、竜郎はタイミングを測る。
「今っ!」
青水晶の熊が目標地点に入り、尚且つ後ろ足に重心がかかった瞬間に、地面に流して維持していた魔力にイメージを送る。
「グォッ!?」
その瞬間、地面がぐにゃりと形を失い熊の下半身を飲み込むと、すぐに元の地面へと戻った。
「《レベルイーター》!」
なにが起こったか理解していない目の前の熊に、至近距離で黒球を当てて、一旦後方に下がって距離をとる。
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レベル:32
スキル:《統率 Lv.2》《かみつく Lv.6》《引っ掻く Lv.7》
《嗅覚 Lv.1》《爪襲撃 Lv.6》《岩吐き Lv.4》
《突進 Lv.5》《青水晶鎧強化 Lv.6》
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「貰うぞ」
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レベル:32
スキル:《統率 Lv.2》《かみつく Lv.0》《引っ掻く Lv.0》
《嗅覚 Lv.1》《爪襲撃 Lv.0》《岩吐き Lv.0》
《突進 Lv.5》《青水晶鎧強化 Lv.6》
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時間短縮のために、最後の一手に邪魔になりそうなものだけを吸い取り、黒球を飲み込んだ。
もちろん、その間にも穴を掘って抜け出そうとする青水晶の熊に、チマチマと嫌らしくレーザーを当てて邪魔をするのも忘れていなかった。
「後はっ」
竜郎は今まで以上に集中して、火魔法に光魔法を混ぜ込んで強化した魔力を生成し、ゴルフボールサイズの炎球を作りだし、目標に近付いていく。
青水晶の熊はそれに警戒を露わにし、叫んで威嚇しながら《爪襲撃》を放とうとするが、動きがピタリと止まった。気力が爪に全く集まらなかったからだ。
そして、その隙を竜郎は見逃しはしない。思い切って一足飛びに距離を詰め、熊の大口に炎球を放りこんだ。
「グゴッ!?」
竜郎はその炎球に魔力の糸を細く伸ばして、ラジコンのように操作する。まずは喉を通り食道を焦がしながら胃に、さらに胃を焼き破って腹の中央へ移動させる。この時すでに青水晶の熊は悶絶し泡を吹く勢いだが、これで終わりではなかった。
「はあっ!」
その竜郎の声と共に炎球は一気に膨れ上がって、臓腑を全て巻き込み燃え上がった。腹の皮は破れこそしないが大きく膨らみ、所々に罅のような裂傷をいくつも負った。
実はこの炎球は、竜郎が限界まで圧縮した大炎球で、それを腹の中で元に戻しただけなのだが、効果は覿面。表層部は頑丈だったが、中身はそうではなく、内臓を焼いた煙が口から上がる。
「────ォ──ォ─ォ……」
《『レベル:21』になりました。》
ついに青水晶の熊は、腹の中身を全て炭にされ絶命した。
「次だっ」
だが、それに目もくれず竜郎は次の戦場へと走り出した──が、あちらに視線を向けたとき、そのあまりにも凄惨な場面に足が止まった。
「うそ……だろ…………」