第167話 二つ目のお題
愛衣の持つ天装の弓は、変化に必要なだけの気力を十分に受け取り、新たな姿を皆の前に晒した。
その形は、以前のただ厚ぼったく重そうなだけの弓ではなくなり、大きさは三メートル弱から二メートル強まで縮小され、三十センチはあった幅も十五センチほどにスリム化していた。
そして色も飾りっ気のない鉛色一色から、愛衣の鎧の色に合わせてきたのか黒色ベースで、意味は解らないが幾何学模様の装飾がなされていた。
「小さくなって取り回しやすくなったけど、これだと槍はどうなっちゃうんだろ」
「出してみればいいんじゃないか?」
「それもそうだね。いでよ槍~」
そんな愛衣の間の抜けた声にもしっかり反応し、今までは外側に向いていた方からワイパーのように飛び出してきていたのが、この形になったからか木が生えるように真っ直ぐ弓の先端部から飛び出してきた。
こちらは愛衣の心配もよそに、太さも長さも形状に至るまで全く同じものだったので、操作性は以前と変わりないようであった。
そして皆が槍に注目していると、弓の持ち手の側面から謎の棒がにゅうっと伸びてきた。
「おかーさま、その横棒はなんですの?」
「なんだろ……。正直、ちょっと持ち難いからしまってほしーんだけど」
「あっ、それをアイさんの鎧の腰辺りに当ててみてください」
「んん? こうかな──ってななな何っ!?」
リアの言われるがままに謎の棒を腰元に当てると、平たい棒の先端部からU字型のアームが出てきて愛衣の腰をガシッと挟んで固定された。
「何が起こったんだ?」
「えっと、何か私にくっついたみたい。でもこれだと横幅とるから歩き難い──」
んだけどな。と言葉を続けようとした瞬間、今度は大弓の両端が折れ曲がって互いにクロスした状態で収納された。
その状態でも槍は健在で、左右の位置が逆になっただけで、他に気になる所は無かった。
「もしかしてアイさんは、以前にどこかで手で持って扱うことに不便を感じたのではありませんか?」
「あーそうだね。弓を使うんじゃなくて、槍の方を使うのにも持ってなくちゃいけなかったから、ちょっと不便だなあって思ったことは何度かあったけど……もしかして?」
「だと思います。ざっくりとそれを解る言葉で表すのなら、その武器は生きています。なので愛衣さんの想いに応えて成長したいと考えているようですよ」
「成長できる武器かあ。天装って凄いんだね」
「まあ天装というか、その中でも成長できるのはほぼ自動兵装型だけですけどね」
「へえー」
より使いやすくなった天装の弓の表面を優しく撫でると、持ち手部分の中央に嵌められた青い石が一瞬光ったように愛衣は感じた。
そして愛衣は何気なく弓の両先端部から伸びたまま、地面にくたっと垂れていた槍を見て、さらに今もなお広がる絡みつく草も見て、一つ閃いた。
「できるかな──よっと」
「うおっ──て、そんな使い方もできたのか」
「おおっ、こりゃ楽ちんだね」
そう言ってやって見せたのは、二本の気力の槍先を三又に変えて、それを足のようにして地面に横向きに乗せると、そのまま球体の関節部を上に伸ばして愛衣ごと宙に持ち上げた。
それはまるで、槍というより二本の長い足のようであった。
その槍を歩くようにのっしのっしと動かすと、弓と腰部で繋がっていた愛衣も一緒に動いた。
自分の足で歩いているわけでもないので、足に絡みつくような不快感も感じない。
「こりゃいいね。戦闘の幅も広がりそうだよ」
「確かに第三、第四の足が生えてきたようなもんだしな」
「そう言われると虫みたいで嫌だけど、手も槍を使いたいだけなら一本空いたし、弓を使いたい時はこうしてっ」
愛衣が弓を使いたいと思った瞬間、腰にジョイントしていた棒部分が一瞬で持ち手の中に引っ込んで外れると、それを空中で掴んで速射もできた。
そうして一通りこねくり回し、使い方も大体解ってきたところで、愛衣は腰に弓を付け槍のアームを伸ばして立ち上がり、さらに弓を広げてその上に竜郎とアテナ、リアの三人を乗せたうえで、のっしのっしと森を歩き出した。
「この状態って、愛衣は疲れたりしないのか?」
「そりゃあ気力とかは消費してるけど、たつろーとくっついてれば消費した端から回復してるからプラスマイナスむしろプラスだよ」
「それならいいんだ」
どうやら本当に、愛衣は自分プラス三人を乗せた状態でも問題ないようであった。なので安心して、竜郎はまだ続く森の奥地へと目を向けたのだった。
そんな風に移動して、何度目かのプロペラの魔物とカミナリの来襲も回避し、計四時間ほど森をうろつき回っていたのだが、未だに謎の実を見つけることは叶わなかった。
「あ~も~、どこにあるの~」
「この辺りには、無いのかもしれませんね……」
「歩く方は改善できたが、湿度と温度がなあ。これさえ何とかできれば、ちが──」
散々移動しても見つからないことに愚痴っていると、カルディナが言葉を遮って魔物の反応を訴えかけてきた。
「ピュィーー」
「何? またプロペラーが来たの?」
「──いや、愛衣。ちょっと止まってくれ」
「解った」
そうして愛衣の弓から降り、竜郎はカルディナと共に改めて解析魔法をつかうと、あのプロペラ攻撃をしてきた魔物と、別の魔物の二種類の反応があった。
しかもその一方は、今いる場所から動こうともしないで、プロペラの魔物を待ち構えていた。
その様子を皆に伝え、竜郎達は目立たぬように、普通に歩いてその魔物たちの方へと進んでいった。
そしてその数分後に見えたのは……。
「なにあれ……」
「でかい魚が地面に突き刺さってるな」
「気持ち悪いですの」
「私もそう思います」
「あたしもっすー」
そこには尾びれの方が地面に突き刺さり、ぼーと空を見つめる一メートルほどの鯛のような形をした真っ赤な魚がいた。
それを気味悪そうに物陰から見ていると、竜郎たちより少し遅れてプロペラの魔物が四匹、足に小さな果物のようなものを持ってやってきていた。
それらの狙いはこの魚なのか、近づいて周りを飛び回っても微動だにしないので、饅頭のような体を横に割くようにして口を広げて、頭から四匹が齧り付こうとした。
しかしその瞬間、件の魚が縦半分にバカッと開くと、その内部の粘つく粘液に塗れた赤い触手で四匹を絡め取って体内に引きずり込み、再び開いた体を閉じて元の形にぱたんと戻った。
「「「「「「「……………………………………」」」」」」」
その一部始終を見ていた竜郎たちは、その埒外な光景に唖然としたまま、かすかに聞こえるゴリゴリと何かを噛み砕くような咀嚼音に暫く耳を傾けた。
「えーと………もしかしなくても、お題の魚ってあれじゃね?」
「あっそっか。確かにリアちゃんの書いたスケッチと見比べても、そっくりだね」
「そんじゃあ、あれを持ってけば二つ目クリアっすね」
「ですけど、あれをどうやって引っこ抜きますの?」
「手でやると、ばくっといかれちゃいそうですからね」
最初は薄気味悪さからくる気持ち悪さだったのが、先ほどの捕食シーンで嫌悪感からくる気持ち悪さにクラスアップし、女性陣はこぞって触りたくなさそうな顔をしていた。
なので唯一の男性である竜郎は、自分がやるしかないと立ち上がった。
「カルディナ、尻尾の方がどうなっているのか知りたい。手伝ってくれ」
「ピュイッ」
まずは敵の全体像を知るために、地面に埋まっている部分がどうなっているのか、解と土の土中探査魔法で探っていく。
すると、ご丁寧に埋まっている部分もちゃんと魚の尾びれの形をしているのだが、それより先には根っこがくっ付いていた。
そして判明したのはそれだけではなかった。
実は、そこから広範囲に渡って別々の地面に刺さった数百匹の魚と繋がった、巨大な一体の植物型の魔物だと判明したのだ。
それを皆に伝えると、一様にあんなものがそんなにいるのかと、巨大な植物というよりそちらの方が嫌そうな顔をしていた。
「うーん。とりあえず触らない限りは動かないみたいだし、もう少し近づいて《レベルイーター》を使ってみるかな」
さすがに竜郎一人で行かせるわけにもいかないので、《レベルイーター》が使いやすい距離にまで皆やってくると、竜郎は黒球を吹いてその魚に当てた。
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レベル:39
スキル:《使い魔生成》《自己再生 Lv.7》《触手操作 Lv.3》
《粘着酸液 Lv.3》
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(《自己再生 Lv.7》って、かなり高いな。
この分だと、普通はこれ一匹切り取ったぐらいじゃ、すぐに再生するんだろうな。
あとは、この《使い魔生成》ってのはいったい何のことだ?)
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レベル:1
スキル:《使い魔生成》《自己再生 Lv.0》《触手操作 Lv.0》
《粘着酸液 Lv.0》
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今回この魔物を倒すには、全ての地面から生えている魚を駆除して回る必要がありそうなので、個体のレベルも竜郎が吸い取っておいた。
そしてスキルレベルも吸い取り終ると、口の中にできた黒球を飲み込んだ。
「なあリア。あいつに《使い魔生成》ってスキルがあったんだが、どんなスキルか見てもらえないか?
この辺一帯に他にも大量にいるみたいだし、念のため知っておきたい」
「解りました」
リアが空色の目に変えて、《万象解識眼》で魚型の植物魔物を観てみると、そのスキルの概要をしっかりと理解することができた。
「どうやら、この使い魔というのは、アイさんの言うプロペラーのことのようですね」
「え? でもさっき攻撃してたよ?」
「知能が高い物は生み出せないようでして、本来この魔物は使い魔を放って餌を食べさせたりして成長させ、大きくなってきたところで自分を囮に食いつかせて使い魔を食べ、栄養にするという生態の魔物のようです。
けれど勿論、それ以外にも不用意に近づいてきた者も襲ってくるようですが」
「回りくどい奴だな。けど、なんでプロペラーが異様に弱かったかは解明できたわけか。ダンジョンではなく、魔物が生んだ魔物だからってな。ありがとな、リア」
「いえ、お役にたてたようで何よりです」
そうして少し横道にそれたが、色々解ってすっきりした竜郎は本来の目的に戻っていく。
「よし、これで無事SPも奪えたんだが……それでも直接触るのは抵抗あるし、土魔法で掘り起こすかな」
竜郎は皆が見守る中、土魔法を使って地面に魔力を通していき、魚の尻尾からもう少し奥深くの場所を正確に見つけ出し、そこを捩じっていく。
すると、ぶちぶちっと他の魚たちと繋がっていた根っこが千切れていく。
魚を見れば、ぶるぶる痙攣を始めたかと思えば、体を縦半分に開いてその中の触手がのた打ち回り、か細い一本に至るまで全ての根を千切り取ると、やがて体をあけっぴろにしたまま活動を停止した。
魚モドキの体の中から胃酸のような少しすっぱい臭いが立ち込め、吐き気を我慢しながら解魔法で生死を確認してみた。
すると確実にその魚モドキには生体反応が無いので、竜郎は《アイテムボックス》の中に少し離れた所からしまった。
「うええ……。なんか変な臭いがまだ残ってるし、もう次からは見つけても無視しようね」
「ああ、俺も今まさにそう思ってたところだよ」
未だ香る悪臭をジャンヌが風魔法で払ってくれ、ようやく草木の匂いだけに戻っていった。
「これからどうしますの? まだ、謎の実を探しますの?」
「いや……。今日はもう、湖の真ん中に立ってる建物の中に戻ろう。ここでキャンプするのは俺や愛衣、リアにはキツイ」
「ですね。ドワーフは比較的暑いのは平気な種族なんですが、湿気は苦手なんです。
ですから、私もここではちょっと寝られそうにないです」
「あたしもこんな所嫌っす。何と言っても、この雑草が鬱陶しいったらないっす」
「だよねえ。それじゃあ帰りはどうする?」
ここでの愛衣のどうするは、帰りも探しながら湖の畔まで戻るか、それとも完全に今日は捨てて明日以降またやってるかということである。
それを竜郎はちゃんと汲み取り、これ以上続けても集中力を切らして事故に繋がりかねないと、今日はジャンヌに乗って帰ることにした。
「じゃあ、ジャンヌ。この辺一帯を開けるから、そしたら皆を乗せてくれ」
「ヒヒーーーン」
念のため、謎の実がないか一通り確認した後、竜郎は風魔法で竜巻を起こして一帯を円形の野原に変えると、そこでジャンヌに《真体化》してもらって皆が背に乗り込んだ。
そして一気に上空へと飛び上がると、そのまま湖へ向けて一気に飛んでいったのであった。