第164話 宝探しゲーム?
いつでもカミナリが落ちてきてもいいように、アテナはさらに琥珀色の煙を追加して、それをまた雷属性に変えて自分達の周囲に皿のような形にして浮かべ、別の方向へ放出する細い線状物を地面に垂らした。
そうして対策も取れたところで、今回空で警戒が必要そうなのはカミナリだけだったのでジャンヌに《真体化》してもらい、湖の中央まで一っ飛びしてもらうことにした。
「ヒヒーーーン」
「ありがとな、ジャンヌ」
空を飛んで湖の中央の小島までやってくると、ジャンヌはそこへは大きすぎて入りきらないので、尻尾を付けてそこを伝って竜郎たちは上陸した。そうしたら、《幼体化》してジャンヌ自身も島へと飛び乗った。
島に立つ三角屋根の石の建造物をぐるりと一周見て回り、四面ある壁のうち一つに飾り気のない石の扉らしきものが備え付けられていた。
「ここ以外に、入り口は無いみたいだね」
「だな。罠みたいなのは無さそうだし……、入ってみるか」
「じゃあ、あたしが開けるっす」
「ああ、頼む」
アテナが石の扉に付いていたコの字型の取っ手を握り、押しても開かなかったので引いてみれば、ゴゴゴと石同士が擦れる音と共に隙間が開いた。
そこでチラリとアテナが目配せを送ってきたので、竜郎は頷いて一気に開いてもらった。
それから警戒しながらアテナが中を覗いてみたのだが、窓も明かりもない部屋なので真っ暗で何も見えなかった。
「ん~中は真っ暗っすね。とーさん、光魔法で照らしてほしいっす」
「解った」
光魔法で光球を十個造り、それを操って部屋の中に入れていった。
「おおっ、明るいっす」
「でも、何にもなさそうですの」
開け放たれた扉からアテナが中を覗き込み、その横からひょっこり顔を出した奈々も建物の中を見渡した。
けれどそこには、真ん中にぽつんと石を切り出して造られたような台座が置かれているだけで、後は何もない殺風景な光景が広がっていた。
竜郎とカルディナで探査魔法をかけても罠も変わった物もなかったので、皆でその中へと入っていった。
しかし中に入ったところで、真ん中に石の台座が置いてあるだけで何もないので、当然のように皆がそこへ集まっていく。
「この台座、何か絵が彫ってあるな」
「これはお魚と……何だろ、何かの木の実? それと蛇かな」
「…………どうやら、これら三つをこの階層内から探し出して、この台座に捧げることで次への階層へのポイントが開かれるようですね」
「まるで宝探しゲームですの」
リアが台座を見たことで、その仕掛けを看破したのを聞いて言った奈々の一言に竜郎もまさしくそれだなと感じた。
「それが、どこにあるかまでは解らないんだよね?」
「そこまでは……。この台座が、どういう仕掛けなのかしか解らないので」
「まあ、直ぐに答えが解っただけでも有難いさ。
それに多分魚は湖の中、木の実と蛇は俺たちが最初にいた場所の周りにあった森林地帯にあるんだろうし」
「でも何の魚かも、何の実かも何の蛇なのかも解らない状況からってのは面倒そうっすね。一種類しか、いないならいいんすけど」
「確かに次への入り口をただ探し回るより、下手したら手間かも知れませんの」
何やら空気が重くなり始めたのを感じた竜郎は、それを振り払うようにパンと手を打ち鳴らした。
「ここでただ愚痴ってても進まないんだ。一つずつ確実に探していこう」
「そうだね。んじゃあ、この絵をスケッチでもしてく?」
「そうだな。──ちなみに俺に絵の才能はないから、他の誰か頼んだぜ!」
「ふっ、右に同じく。だぜ!」
竜郎と愛衣は共に揃って、何故か最高の笑顔でサムズアップした。
逆に言えば、それくらい自信を持って描けないと自負しているのだ。
その空気を皆は察して、できるだけそこに触れないようにカルディナ、ジャンヌは、人型メンバーにそれぞれ目を向けた。
「わたくしは、あまり自信ないですの」
「あたしもっす。ってことで、リアっち頼んだっす」
「リアッチ? って、わたしですか?」
「まあ、折り紙も上手かったし。そういうのが得意なんじゃないか?」
「そうだね。それに、多少へちゃむくれでも私たちよりはマシだろうだし、やってみるだけやってみてくれないかな」
絵などまだシステムもインストールされてもいないような幼少期に描いたことがあるくらいで、まともに筆をもった記憶などなかった。
しかし、こう言ってくれているのならと、リアは描いてみることにした。
そして竜郎から、紙とペンを貰い台座の絵をスケッチしていった。
「なんだ、かなり上手いじゃないか」
「うん。元の絵と瓜二つだよ!」
「ご期待に添えられたようなら、良かったです。でも……」
「でも、なんですの?」
「今更こんなことを言うのもアレなんですけど…。土魔法か何かで型取りした方が早かったんじゃ…」
「あー…」「そっかあ!」
スケッチという言葉が先に出てしまったため、他のことに意識が向かなかったからか、竜郎もその考えに至らなかったようである。
「ま、まあっ、リアの新たな特技が見つかったと思えば…………いや、すまんかった」
「い、いえっ。えーと……い、いやー、私に絵の才能があったなんてーう、うれしいなぁ~」
「リア、大変ですの。あなたに演技の才能が無いことが発覚しましたの」
「ううぅ……。そこは黙ってスルーしてくださいよ、ナナ。あなたのお父さんのフォローをしてるんですからっ」
「はっ、しまったですの! あまりにヘタッピでしたから、ついうっかり言っちゃったじゃないですの!」
「私のせいなんですか!?」
「いや、もうなんだこれ……」
竜郎の妙な言い訳から始まり、変な方向へ話が向いてぐだぐだになり、この話題は流れていった。
せっかく描いてもらったので、その紙を持って外に出ようとするが、外はカミナリの兆候が表れてきていた。
そこでこの中にいた場合どうなるのか気になったので、実験もかねて石の建造物の中に引きこもっていると、カミナリは湖に落ちたり、そこを縁取るように存在する茶色の地面に落ちたりしていたが、今いるこの場所には一つも落ちてくることはなかった。
「こりゃ、休憩場としても使えるかもな」
「屋根と壁もあるし、魔物もいない。確かにいいかも」
「んじゃあ、宝探しに疲れたらここにということにしよう。皆もそれでいいか?」
一人一人顔を見て問いかけると皆揃って同意してくれたので、カミナリが完全に止むのを待ってから外に出た。
「ちょうど目の前に湖がありますし、魚からいきますか?」
「その方が効率的だな。えーと、このスケッチからして鯛みたいな形の魚か」
「鯛かあ。食べられそうなら、余分に取っておきたいなぁ」
「そうだな。しばらくはダンジョン生活が続くだろうし、現地調達もしておきたい」
肉と野菜、果物はどうにでもなるが、魚はできない。そういった意味でも、ここで食べておきたかった。
「それで、とーさん。どーやって捕まえるんすか?」
「魚と言うくらいですから、釣りとかですの?」
「素人の釣りじゃあ心もとないからなあ。ん~……、とりあえず探査魔法で魚の居場所を探してみよう。カルディナ」
「ピューーー」
ということで水中探査を使って湖の中を調べていくが、どういうことかこの湖には魚はおろか生き物の反応すらなかった。
それに首を傾げながら、精度を度外視しながら広範囲に探査をかけてみても結果は同じだった。
「どったの、たつろー?」
「この湖、魚どころか何もいないぞ」
「ええっ」「ヒヒン!?」「ですの!?」「そんな」「まじっすかあ…」
とても美しい湖。とまでは言わないが、そこまで劣悪な環境の湖でもなさそうだ。であるのにかかわらず生き物が何もいないというのは、些か奇妙に思えてならなかった。
しかし、実際に何もいないのは自分で調べたことなので否定もできない。
となると、どうやって魚を捕まえろと言うのかという話になってくる。
皆で話し合おうにも、いない所から魚を出すというのは屏風から虎を出せと言うようなものだ。
なので一休さんのように頓智でどうにかしろとでも言うのかなど、ただの愚痴大会になってしまい、建設的な意見が出ることは無かった。
「もー捕まえてほしいなら、ちゃんと用意しておいてほしいよ~。職務怠慢だぞー!」
そのことにムシャクシャした愛衣は、たまたま近くにあった小石をえいやっと湖に投げた。
それは投擲スキルによって綺麗なフォームで投げられ、ただの小石を投げただけだというのに、小さな隕石でも落ちたのかというほどの水飛沫を上げた。
「相変わらず滅茶苦茶な威力だな───ってなんだ!?」
水飛沫が完全に落ち切った頃。急にズズズッと音を響かせ、湖が震動で波紋を浮かべ始めた。
竜郎は直ぐに原因を調べようと、カルディナに目で合図を送ろうとしたが、その必要もなかった。
何故なら、その原因があちらから姿を見せてくれたのだから。
「あれって、絵に描いてあった蛇じゃない!?」
「いや。絵に描いてあったってのは合ってると思うが、アレは蛇じゃない。ウツボだ!」
愛衣が小石を投げた十メートルほど向こう側に、水面から頭と胴体を少し出した推定10メートルはありそうな黄色に黒の斑模様の巨大ウツボがそこにいた。
スケッチした絵と見比べてみても、なるほどウツボと言われても頷ける形をしていた。
「んじゃあ、アレを捕まえればとりあえず一個クリアっすかね」
「きっとそうですの! とっ捕まえるですのおおおっ?」
奈々が声を上げて戦闘の準備を始めようとしたところで、また不気味な重低音と共に湖が震動し始めた。
「そうかっ。湖の中じゃなくて、湖底の土の中に潜ってたのか!」
「たつろー。調べるのは後でいいよ!」
竜郎が何故何もいなかったはずなのに、あんなにも大きな個体を見逃していたのかと再びカルディナと水中探査の魔法を行使した結果。
数十匹の巨大ウツボが湖底の地面から、体をくねらせ一斉に飛び出してきた。
そのため、あっという間に竜郎たちは鋭い歯を持った獰猛な巨大ウツボの群れに囲まれてしまっていた。
「確かに、呑気に調べている余裕はなさそうだな…。リア! アレって生け捕りにした方が良いのか?」
「形が大きく変わってない限り、死んでいてもいいはずです!」
「よし、というわけで遠慮なしで一気に叩くぞ!」
「おー!」「ピュィッ」「ヒヒンッ」「はいですの!」「解りました」「了解っす」
そうしてここに、七対三十強の戦いの幕は切って落とされたのであった。