第163話 箱を開ければ
二人がいつもの姿に戻ったカルディナたちやリアと合流すると、やはり皆も竜郎が持っている銀箱が気になっているようだった。
だが、こうも魔物の血の匂いが漂う場所では落ち着かない。
ということで、この辺一帯の海犬がいなくなったということもあり、死骸処理と魔石の回収をしてから目指していた島へと移動したのだった。
「ここにも次の階層へ行くポイントが無いみたいっすね~」
「となると、次は空から一気に探すしかないか…」
小島に上陸して辺りを見渡してみるが、それらしいものは見当たらなかった。
なので次は空から行くしかないかと竜郎が嘆息していると、そちらよりも興味のあるものに夢中な愛衣が話を変えてきた。
「それはとりあえず置いといてさ、早く箱を開けようよー」
「わたくしも、そっちが気になって仕方がありませんの。リアから見ても大丈夫なんですの?」
「そうですね。中が見えないので何が入っているのかまでは解りませんが、その箱は本当にただの入れ物のようですから、開けてしまってもいいと思います」
「なら、とっとと開けてみるか」
解魔法だけでなく、《万象解識眼》でのお墨付きも貰えたという事で、竜郎は何か飛び出してきてもいいように箱を砂浜に置いて海の方に向けると、銀箱の後ろに回ってそっと蓋を開けた。
「何か飛び出したりしてないよな?」
「ピュィー」
念のためカルディナに危険性を問うてみたが、大丈夫だと頷いてくれた。
ということで皆で箱の正面に回り込んで中を見てみようとした、その時。ゴゴゴゴゴゴ……と、重低音が下から響いてきた。
今竜郎たちがいる小島を含め、この辺り一帯が微かに震動しているようで、皆は足を止めて辺りを警戒し始めた。
すると竜郎とカルディナの水中探査魔法に、引っかかるものがあった。
「これは……島が浮上してきている?」
「どういうこと?」
「俺たちがいる小島のすぐ近く、大体あのあたりに向かって島みたいなのが上がってきてる。この速さだと、あと二、三分ってとこか」
竜郎はちょうど自分たちが向いている正面の海から、少し真っ直ぐ進んだところを指差して伝えた。
「何か危険性はありそうですの?」
「探査できる範囲で言うのなら、危険性はなさそうだな」
「なら、視認できるまで待っていても良さそうですね」
「そっすね~。んじゃあ、その前に箱の中身を見ちゃうっす」
「あっ、そうだよ。箱の~中身は~なっんじゃっろな~」
特に危険性は見られないということなので、愛衣は安心して妙な即興ソングを口ずさみながら箱の正面に回り込んだ。
すると中には、水色の羽衣が畳まれて収納されていた。それを愛衣はむんずと掴んで取り出すと、広げて両肩に乗せて前に垂らしてみた。
「あっ、すべすべしてて、ひんやりしてて気持ちいいかも」
「不用意に身に着けたりするなって…。しかし何だこれは。
単なるオシャレアイテムってわけじゃなさそうだけど」
「それは…………ああ、そういうことですね。アイさん、気力をその衣に込めてみてください」
「これに? わかった」
リアがその羽衣の正体を解明したようなので、愛衣は素直に気力をその羽衣に込めてみた。すると愛衣の体表面部がリアルな水模様に変化していき、最終的に三百六十度どこから見ても、人の形をした水が立っているようにしか見えなくなっていた。
「これは、水中迷彩ってことでいいのか?」
「はい、そのようです。ちなみにあれは、魔力でも起動できますから武術系統の方でも、魔法系統の方でも使いやすくなっているみたいです」
「へえ、ちょっと便利そうだな」
「わあ。すごーい」
愛衣が水中迷彩を纏った状態で海水に手を付けると、どこからどこまでが自分の手なのか目視では解らないほど周りの水に溶け込んでいた。
とは言うものの、竜郎と愛衣が戦った大海犬のように、存在自体が水に変化したわけではなく、あくまで見た目が水に見えるようになっただけなので、探査魔法をかけられればどんな低レベルな相手でも見つけ出すことは可能であろう。
「おかーさま。わたくしも使ってみたいですの!」
「そうなの? じゃあ、はい」
愛衣が羽衣を肩から外すと、元の姿にパッと戻り、それを奈々に手渡した。
「ずるいっす~。奈々姉、終わったら次はあたしに貸してほしいっす」
「わかりましたの。では、早速」
奈々が羽衣を肩にかけて魔力を込めれば、たちまち全身に水中迷彩がかかった。
さっきまで客観視することができなかった愛衣も、改めて他の者の見た目が変わっていくのをみて驚きの声を上げていた。
そしてそれが終わればアテナが身に着け、カルディナ、ジャンヌ、リア、竜郎の順番で遊んでいると、先ほど言っていた島が見えてきた。
なので竜郎は一旦 《アイテムボックス》に水中迷彩羽衣をしまって、皆でそれを注意深く観ていると、その島の中心部には次の階層へと続く光る溜池が存在していた。
「あんな所にあったのか」
「あれじゃあ、一生探し回っても見つからなかったよね。なんで突然出てきたんだろ」
ザザアアッ──と波飛沫を上げながら、その島は完全に浮上し終わった。さらに竜郎たちの小島から数メートル離れた所に固定されると、そちらの島からこちらの島へ向かってパタパタパタと音を立てながら、船のタラップのような物がゆっくりと伸びてきた。
そして竜郎たちのいる砂浜にまで伸びて、そのタラップが繋がると、その島は完全に何の挙動も見せなくなった。
「考えられるところで言うのなら、この箱を開けることが条件だったのか?」
「そのようですね。もっと正確に言うのなら、あの島を呼びだす条件は、特定の魔物を倒した時に必ず出てくるドロップアイテムの箱を開けること。です」
「必ずってことは、あの大水犬を倒した人は皆これを持っているってことなのかな?」
「違うんじゃないか? 前に読んだダンジョンの本によると、魔物を倒した時に出てくるドロップアイテムはいくつかある候補の中からランダムで選ばれるって書いてあったし」
「そうなの? ってことは、もっとしょぼい物や、良い物もあったりするのかな?」
「かもな。けどドロップ率100%はおいしいな。次に会う機会があれば、また倒しておこう」
「それじゃあ、もう次へ行くっすか?」
既に次への扉は開かれている状態なので、そうすることも可能ではある。しかし先ほど大規模な戦闘をしたばかりなので、ここで休憩を一度はさんで、完全に回復をしてからでも遅くはないだろうと竜郎は提案した。
それに皆も賛同してくれたので、とりあえず次の階層に渡るポイントのある島にタラップを歩いて移動し終えると、その周辺で食事がてら休憩を取ったのだった。
リアの防具を竜骨で造ったり仮眠をして時間を過ごし、十分体力なども回復したところで、いよいよ二層目に向かうことになった。
一層目の時は入った瞬間奇襲をかけられたので、今回は雷、風、火、水、の属性を光魔法でブーストしてシールドを張り、それから一斉に光る溜池に飛び込んだ。
「……今回は特に何もなさそうだな」
「ピュィーーー」
カルディナも特に敵性反応はないと判断したので、魔法を解いて辺りを見渡した。
今竜郎たちが立っているのは大きなドーナツ型の丸い形の赤茶色の大地で、内側の穴の部分には直径百メートルほどの湖が広がり、外側には草木生い茂る緑の大地が広がっていた。
そしてさらに気になったのは、湖の中央に十メートルほどの小島が浮かんでおり、そこには四隅を太い石柱によって支えられた三角屋根の石の建造物がたっていた。
「湖の真ん中にある、あの建造物が気になるな」
「あからさまに、何かありますよーって感じだもんね。どうする、まずあそこに行ってみる?」
「そうだな。あそこくらいしか目ぼしい所が無いし──ってあれ?」
「曇ってきましたの」
今まで太陽が頭上に出て大地を照らしていたのだが、急に黒い雲がかかり始めて翳りが見えてきた。その雲は次第に増していき、完全に太陽を隠してしまった。
薄暗くなってしまったので、竜郎は光魔法で照らそうと思った矢先。
「危ないっ!」「うおっ──」
愛衣に突然首根っこを掴まれて後ろに飛んでいくと、竜郎のいた場所にカミナリが直撃した。
そしてそれは、これで終わりではなかった。
今度は奈々とリアのいた付近に落ちてきて、それをアテナが雷魔法を使って捻じ曲げ湖に落とした。
そしてカミナリの襲撃が続いてきたので、竜郎とアテナが一緒に雷のシールドをドーム状に張って、そこへカミナリが当たるとシールドと同化して地面に流れていくようにした。
突如来襲したカミナリ群は、それから十分ほど竜郎たちのいる辺りに落ち続けた末、曇り空が晴れて太陽が顔を見せるようになった時、ようやく止んだのだった。
「やっと止んだっすけど、多分これでもう御終いってことにはならないっすよね」
「たぶんな。しかし、カミナリの定期便とかシャレにならんぞ」
「けど、前兆があるってのは良心的だよね」
恐らく仄暗い曇り空になった時が、カミナリの予兆とみて間違いはなさそうなので、竜郎もそれに頷いていると、リア一人だけは違った意見を持っていたようである。
「ですが、ここはダンジョンです。そう思って気を抜いている時に、突然雷を落とされる可能性も否定できません」
「それは言えてますの。今まで回ってきたところも、常識なんて無視して滅茶苦茶な場所でしたの。ということで、アテナの出番ですの!」
「あーまあ、そうっすよね。それが一番、負担も少ないっすからね~」
「「??」」
雷魔法が使えるからなのだろうが、寝ている時以外は竜郎もやった方が省エネになるだろう。そんな風に二人は考えて、首を傾げていた。
すると、アテナは見た方が早いっす。と言って《真体化》した姿を皆に晒した。
「アテナの《真体化》を見るのは初めてだが、カルディナたちと違ってほとんど変わらないんだな」
「でも、手足に入れ墨みたいな模様が付いて、そこからオレンジ色っぽい煙が出てきてるけど、それは大丈夫なの?」
「大丈夫っすよ。それはとーさんたちの感覚で言えば、髪の毛に近い物っすかね。
伸ばしっぱなしにもできるし、切ることもできるっすから」
「だけど、髪みたいにただ出てるってわけでもないんだろ?」
「そうっすね。これにあたしの属性魔法の魔力を通せば──っと、ちょっと皆離れてほしいっす」
「はいはーい」
アテナの要望通り皆で一定の距離を取ると、手足からでていた琥珀色の煙を雷魔法の魔力に変質させた。
すると、アテナの手足に紫電が常にバチバチと音を立てて纏わりついていた。
「それは、アテナ自身にはダメージは無いんだよな」
「そっすね。なんせ、あたしの体の一部っすから。それで私の体の一部ってことなんで、こんなこともできるっす」
アテナがそう言うと手足の紫電が上に昇っていき、大きな傘のような形状になって頭上にとどまった。
「へー面白いね。けどそれって魔法でも普通にできるんじゃない? わざわざその煙を変化させる必要ってあるの?」
「あるっすよ。魔法でこの状態を維持しようと思ったら──」
「常に魔力を消費し続ける」
「そうっす。だけど、これはあたしの体の一部を変質させてるだけっすから、これを消し去られない限り、魔力的な消費はゼロなんす」
「エコだね!」
「エコっす。世界に優しいアテナちゃんっす」
「ってことは、それで常にカミナリ対策をしていてもらえれば、対策費もかからないと」
「そうですの。だから、アテナが適任なんですの!」
我が妹を誇るように満面の笑顔でそう言ってきた奈々の頭をポンポンと撫で、ついでにとばかりにアテナやカルディナたちも撫でると、さっそくカミナリ対策をしてもらいながら、湖の中央を目指すことになったのだった。




