第161話 海に潜むモノ
道具も出来た。リアのやる気も十分だ。
となれば、やることは一つである。
「リア、道具も出来たということですし、そろそろ…」
「あっ、そうですねナナ。忘れていました」
「ちょっと~忘れられたら困るっすよ~」
「ええ、では──」
「「──では?」」
「寝ます!!」
「寝ますの!?」「寝るっすか!?」
奈々とアテナが驚きの声を上げている間に、リアは気絶する様に眠りに入り、前のめりに倒れてきたところを愛衣が抱きとめた。
「まあ、そうなるわな」
「ずーと、ほとんど離れずにやってたんだもんね。だから二人とも、待ち遠しいのは解るけど、頼むのなら明日だからね」
「あー。そう言えば睡眠が必要なんすよね、忘れてたっす」
「うう……、面目ないですの。おかーさま、リアをわたくしに渡してくださいな。
体を拭いて、生魔法で体調を整えておきますの」
「奈々ちゃんがやってくれるの? じゃあわかった、任せよう!」
そう言って胸に抱えたリアを、同じくらいの背丈の奈々に預け、二人はリア用に立てておいたテントへと入って行った。
「んじゃあ、俺達も風呂入って寝るか」
「うん、そうしよ」
二人はリアも動けない状態で奈々もそちらについているので、二人一緒に入ることは避け、どちらかは直ぐ動けるようにしながら入浴を終え、日中のように明るい小島の中心に置いた犀車の中で眠りについたのだった。
カンカンカンッ。ガッガッガッ。
そんな音が耳に響き、竜郎は目を覚ました。
カルディナが警戒している様子もないので、竜郎は特に危険はないのだろうと慌てることなく隣で寝ている愛衣を生魔法で起床に導いていった。
それから着替えも済ませ外へ出ると、奈々とアテナが地面に座り込んで作業するリアの後ろに立っているのが見てとれた。
その姿で、起床時から聞こえてきている音が何なのか察しがついた。
なので作業の邪魔にならないようにと、二人は静かに後ろから近付いて行く。
すると、ちょうど奈々の牙を一本加工し終わったところだった。
「出来ました!」
「かっちょいいですの!」「おおっ、いいっすねえ」
それは只の一本の牙から、ちゃんとした武器と言えるものになっていた。
まず刺突部分は先端に向かって綺麗に緩く捩じれており、その先端部の尖りも増していた。そして持ち手もちゃんと作られていて、奈々の小さな手の形に合わせた溝が掘られており、握りやすさも増していた。
「おはよう、リア。さっそくありがとな」「おはよー」
「あっ。おはようございます、タツロウさん、アイさん。私自身楽しんでやっている事なので、気にしないでください」
楽しくて仕方がないと言った感じの満面の笑みで返され、よっぽど自分で何かを造ってみたかったんだなとヒシヒシと伝わってきた。
「それが、奈々ちゃんの新しい武器なんだね」
「そうですの。ちょっと持ち手ができるくらいかと思ってましたのに、予想以上でしたの!」
「とーさん、あたしに使えそうな骨を出してほしいっす!」
「ん? アテナに使えそうな骨なあ。具体的にはどんな感じの奴がいいんだ?」
「えっとすね~。こう──」
姉の新しい武器を見て、自分も早く造ってもらいと竜郎に理想の長さをボディーランゲージも交えて伝えていく。
竜郎はそれを見ながら、できるだけ理想的な骨が無いかシステムを開いて《アイテムボックス》の中に入っている竜の死骸を調べていく。
しかし、以前アテナが言っていたろっ骨辺りにもちょうどいい太さと、長さを兼ね備えた理想の部位は見つからなかったので、《アイテムボックス》の分解を使って理想の長さにカッティングした骨の一部を取り出して渡した。
「今手持ちで一番近いのはこれしかないけど、いいか?」
「ああ、大丈夫っすよ。これでも良さそうっすから」
そうして骨を渡し、竜郎達は朝ごはんの支度に入っていったのだった。
それからまた時が過ぎ、奈々のもう一本の牙とアテナには大体竜郎の背丈と同じくらいの長さの骨の槍と、こっそり愛衣が頼んで作ってもらった竜の骨の棍棒が出来上がった。
三人とも出来に満足し、アテナもそこで自分で持ち歩きたいからと《アイテムボックス》を取得した。
こうして長いブレイクタイムを終えて、再び一層目の攻略に戻っていく。
「まずは私が盾を張って、そこを歩いて行けばいいんだよね?」
「ああ。だけどもし次の島にも、二層目に行けるところが無いようなら、空路で一気に探していこう」
「まあ、歩いてたんじゃいつ次に進めるのか解ったもんじゃないしね」
「そういう事だな」
あんな目立つ次の階層への入り口なら、空から見れば一目瞭然だ。だからさっさとそちらから、と思わないわけでもなかった。
しかし、空の敵は一度だけ接敵したが未だ未知数な上に、空を飛ぶだけでエネルギーは消費してしまうので、長い先のことを考えたら低コストで行ける海路でいけるに越したことは無い。
なので皆で話し合った結果、もう一度島を選んでそこへ行き、次の階層へのポイントが無いようなら、そちらに切り替えることにしたのだ。
そして今回目指す島は、ここから三つほど間にある小島を抜けた先にある小島で、直線距離で三キロほど先にある。
どんなに細く気力の盾を並べても、さすがにそこまでは愛衣の制御範囲外なので、大体愛衣を中心に直径五十メートルの円を造る様に海面に敷き詰めていった。
そこを足場にし、先頭にジャンヌとその上にカルディナ、そして最後尾にアテナ、その間に挟まれるようにして竜郎と愛衣、奈々とリア、という並び順で海を渡り始めた。
竜郎はカルディナと協力して海中をまた調べれば、相変わらず中には先に出た魔物の反応がうじゃうじゃとあり、いつ攻めようかと機会をうかがっている様子である。
「こう、じっと見られてるみたいで気持ち悪いな」
「来るならとっとと来てほしいよね。いつ来るかずっと気にしてる方が疲れちゃうし」
竜郎の言葉に愛衣がそう答えると、その後方にいたアテナが話題に乗って来た。
「案外、それが狙いだったりするんすかね。なんかあいつら、妙に敏捷そうな所があったっすから」
「ただの魔物にそこまでの知能がるとは思えませんの。ただどう攻めていいのか解らないだけではないですの?」
「まあ、そうだったらいいんですけど、アテナさんみたいに悪い方に考えていた方が、ここぞという時に直ぐに動けますよ」
レベルも上がって一メートルの巨大金槌も持てるようになり、それと一緒に愛衣からお古の装備も貰って身に着けていたリアは、真剣な顔で隣を歩く奈々にそう言った。
すると奈々はその忠告を素直に聞き入れ、だらけ始めた気持ちに活を入れた。
「俺の予想としては、またどっちの陸地からも離れた時が向こうのアタックポイントだと思ってる」
「そう言えば、前の時もそうだったもんね。陸地に逃げられないようにって事かな」
「多分そうだと思う。けどまあ、リアのいう通り、いつ来てもいいように構えておくのは大事だよな」
竜郎のその言葉に皆が返事をし、さらに歩みを進めていくこと数十分。
先ほど竜郎が言っていた、アタックポイントに適していそうな場所にまでやってきていた。
そこへ近づくにつれ軽口も減っていき、やがて無言でそこを警戒しながら通っていると、予想した結果に添う様に真下の海中からずっとこちらをうかがっていた連中が活動を始めた。
「来るぞ!」「ピュィーーー」
まず先頭を切って一匹のウェットスーツの様な短い毛皮を纏った狼の魔物、愛衣曰く海犬が海中を垂直に走ってこちらを目指し、後に続くように他のものも付いてきた。
その数凡そ三十。それら全てが一つの生物と言いたくなる位、綺麗に隊列を組んで迫ってきている。
「俺達の下にある盾まで後六秒。愛衣、念の為もう少し盾を厚く張っておいてくれ」
「解った」
愛衣は海面に敷いていた盾の厚さを二回りほど増量し、海犬の接敵に備えた。
すると、竜郎の言っていた時間通りに海犬はやって来た。そしてそれら全てが、竜郎と愛衣の真下の盾に突進をかましてきた。
ドドドドドドドドッと雨霰のように足元から立て続けに三十の海犬たちが、盾を突き破ろうと奮闘しているが、スキルですらないただの突進で破れるほど柔な代物ではない。
なので竜郎は愛衣に念話を送って盾に五センチ程の管をあけて貰うと、そこへ太い銅線を通し、アテナと協力して土と雷の混合魔法でそれを操りながら海犬たちを感電させていった。
だがそれで終わりではなく、第二陣、第三陣とやってきて海中の死体がドンドン増していくばかりで向こう側にもこちら側にも成果が見られない。
かといって放置も出来ないので相手をしていたのだが、やがて盾の無い場所からもこちらに上がってきだした。
水中ほど陸地での走りは上手くないようだが、それでも充分速いその健脚で上がってきた海犬達がこちらに群がって来た。
そしてその間も真下からの攻撃が続いており、いよいよ場が混沌と化してきた。
愛衣、ジャンヌ、アテナが率先して前に出ると、こちらに駆けてくる海犬の団体を狩りはじめ、奈々とリアはそこから漏れ出そうになった物を叩き、カルディナは竜郎と水中探査と探査魔法を周囲にかけながら、奈々とリアのアシストも欠かさなかった。
竜郎は竜郎で真下の五月蠅い連中を水と土の闇の混合魔法で、土の刃を海水に混ぜてミキサーの様に回して細切れにして倒していったのだが、不意に探査魔法に何か引っかかりを覚えた。
竜郎はその違和感の方角、自分の後方で盾のある領域の切れ目辺りを解魔法も使って観てみるが何もない。だが、何かがおかしい気がする。
そんな疑惑の目を向けるが、それが何かまでは解らない。
なので一旦それは置いておこうと視線をずらした瞬間、そちらの方角から魔力が集まる様な嫌な反応を感知した。
そこで竜郎は目視するよりも前に、反射的に着ていたロングコートに魔力を流して硬質化させた。
そしてその一瞬の判断が、竜郎を救ったのだった。
「───がっ」
「たつろー!?」「ピュィッ!?」「ヒヒンッ!?」「おとーさま!?」「タツロウさん!?」「とーさんっ!?」
何か弾丸の様な透明な物質が、竜郎の右肩と背骨の中央付近に直撃した。
だが幸いコートを極限まで硬質化させていたおかげで貫通もしていないし、衝撃吸収の効果もあったので致命傷にはなっていなかった。
しかしそれは余程の威力があったようで、吸収しきれなかった衝撃が体に伝わり、一般の成人男性に殴られたくらいの衝撃が体に走ったので、攻撃が当たった部分は赤く痣になっていた。
迫りくる海犬はジャンヌとアテナ、カルディナとリアに任せ、竜郎の元に愛衣と奈々が走り寄ってきた。
竜郎が自前の生魔法で痣を癒す前に、奈々が患部をすぐに治療してくれた。
そして愛衣は足場にしている盾を縮小して、竜郎の周囲に取り囲む分を確保していた。
そうして半分以上キレかかっていた愛衣が代表して、竜郎に問いかけてきた。
「大丈夫? 何があったの?」
「大丈夫だ、痛い所も奈々がすぐ治してくれたし。んで、何があったか今確認中だ。少し待ってくれ」
「解った」
竜郎はカルディナの助力を借りながら、まずは何が自分に当たったのか確認してみた。するとそれは、水だと判明した。
どうやらそいつは、水を超強力な水鉄砲のようにして打ち込んで来たようだ。
そしてその何かは先ほどの違和感の正体だと確信を持ちながら、今どこに行ったのか探していく。
先ほどまでは竜郎もカルディナも戦闘と同時進行で探査魔法を使っていたので、その精度も最低限敵の位置情報だけを集めるだけの物にしてしまっていた。
だからこそ、今回竜郎はそれに違和感しか覚えなかったのだ。
それは液体だった。そして精度を落としたり、何かをしながら行使した探査魔法程度では完璧に見分けられない程に海水とほとんど同化していた。
「見つけたぞ。絶対に逃がさないからな」
周囲に同じ個体がいないか調べても、他の魔物はそれと海犬のみ。
なので竜郎は、その謎の液体魔物に注視しつつ、何があったのか調べた結果を愛衣たちに伝えていったのであった。
次回、第162話は2月1日(水)更新です。