第160話 鍛冶師が初めにする事
びっくり貝探しをしている途中。竜郎は、あるものを見つけた。
それはここへ入る前、別の冒険者の女性に貰ったダンジョンから帰還するための道具である帰還石だった。
解析魔法で貰った物と比べてみても全く同じ反応なので、恐らく本物で間違いない。
そしてそれと同じものが、他にも十数個ほどこの小島内に落ちていた。
「それって、いつでも帰れるん。だよね?」
「ああ。そんな名前ではなかったけど、入る時に貰ったものと同じだ。しかもこれ、この小島内にちらほら落ちてるぞ」
「ってことは、実はそんなに貴重な物でもなかったんすかね」
「まあ、只で貰ったんだし逆にありきたりな物の方が気は楽だよ」
「そうだね。逆にすっごい珍しい物だったら、裏があるのかって心配になっちゃうし」
とりあえずダンジョン内でいつでも帰還できるのは便利なので、竜郎は残ったびっくり貝を全て処理してから、安全に帰還石を計十六個手に入れた。
他に目ぼしい物もないようなので、とっとと次の島に向かおうと提案しようとした時、奈々が口を開いた。
「それで、リアはもう《槌術 Lv.3》になりましたの?」
「さすがに、まだですよ。私もドワーフという種族柄《槌術》は上がりやすい方なんですけど、アイさん程ではないんですから」
「あー。でも何も魔物相手だけに使ったりしなくても、訓練だけでもスキルはレベルがあがったっすよね?」
「そうだな。愛衣なんて、最初木の棒を振り回しただけでスキルを覚えてたし」
「あったねえ、そんな事も。それでそんな事を言うって事は、アテナちゃん的には、ちょっと訓練してみようぜ!ってこと?」
「そうっす。あたしも武器欲しいっす~~」
「わたくしも加工して欲しいですの~」
よっぽどちゃんとした武器が欲しいらしく、奈々までもが駄々っ子のように訴えかけてきた。そこで竜郎は時計をだして時間を見れば、あと少しでお昼になろうとしていた。
「もうこんな時間か。もうすぐ昼飯時だし、安全を確保したこの小島内で少しやってみるか?」
「あっ、言っておくけど強制じゃないからね。リアちゃんがやりたくないなら、その気持ちは尊重するよ?」
愛衣がもしやりたくなかった場合に断りやすいように気遣いながら、リアの顔を見れば、その顔は嫌どころか闘志に燃えていた。
「──特訓。ぜひ、やりたいです!」
「おっしゃあ。ならあたしが手伝うっす! 相手がいた方が、上達もきっと早いっす!」
「わたくしも、お手伝いしますの!」
『ありゃりゃ、意外にも熱血タイプだったのね、リアたん……』
『たんて……。まあ、今まで碌に体が動かせなかったのに、今やステータスも上がっていくらでも動けるんだ。色んな事がしたくてしょうがないんだろうさ』
『そっか。そうだよね』
竜郎と愛衣がしみじみ念話で会話をしている間にも、奈々とアテナ、そしてリアの熱気はヒートアップしてきた。
なのでこのやる気に水はさすまいと、竜郎は何も言わずに先ほどしまった大金槌をリアに渡した。
リアはそれを持ち上げて、中段に構えて奈々とアテナに相対した。
「本気でやってもいいですか?」
「いっすよ~。レベルは今はそっちが上っすけど、地力が違うっすから」
「そうですの。今のリアは、まだそんな心配をする段階には立てていませんの。
だから思いっきり、打ち込んで来なさいですの!」
「アテナさん、ナナ……解りました。胸を借りさせていただきます! はあああっ」
何やら熱い努力物語が始まりだしたので、それを横目にカルディナとジャンヌに警戒をしてもらいながら、簡易的な椅子と机を出して、のんびりいちゃつきがてら見学させてもらう事にしたのだった。
それから二つ椅子を出していたというのに、いつの間にか竜郎は愛衣を横向きに膝に乗せ、見つめ合いながら語らっていると、息を切らせながらも溌剌とした顔をしたリアが駆け寄ってきた。
「タツロウさん、アイさん! ついに、《槌術 Lv.3》になりました!」
「おおっ、おめでとう」
「これでリアちゃんも、鍛冶師になれるね!」
「はいっ!」
今まで見たことも無いほどにニッコニコの笑顔にこちらまで嬉しくなり、愛衣は《アイテムボックス》からタオルを出してリアを労いながら汗を拭いてあげた。
「あ、ありがとうございます」
「どーいたしまして」
そこでようやく自分が相当浮かれていることに気が付いて、すこしクールダウンすると、愛衣は微笑ましげな表情をしながらタオルをしまった。
「それでは、さっそく《槌術 Lv.3》を《鍛冶術》に変換したいと思います」
「ああ、リアは+8の《土精の祝福》を持ってるから、それだけでいいんだよな」
「はい、そうです。+6以下だと火魔法が、+2以下だと土魔法も必要になりますが、+7以上だとどっちも取得しなくていいですからね」
「もの凄いアドバンテージだよね、それって」
「ですね。けど世の中には+10以上で最初から《鍛冶術》を所持していたり、レベル2以上だったりする人もいますからね。
そこまで私が特殊と言うわけではないんですよ───と。無事、とれました」
竜郎たちと会話をしながらポチポチとシステムを操作して、リアの《槌術 Lv.3》は《鍛冶術 Lv.1》に、そしてクラスも槌術家から鍛冶師へとクラスチェンジした。
「どうですの?」
「すぐできそうっすか?」
「いえ、まずは道具作りからさせてください」
「道具作りって、こんな所でできるの?」
「はい、それでタツロウさん。魔力を通したことのない金属のインゴットや鉱石なんかを持っていませんか?」
「あるぞ。魔力を通していないとなると、鉄がいくつかとフェバス鋼、銅、軽銀が少しずつだな。
鉱石ってなると……えーと、正式名称はなんて名前だったか……あの熊みたいな外見で、背中に水晶がゴツゴツ付いてる奴」
もうしばらく会っていないうえに、その間にもさまざまな出来事が押し寄せてきていたので、金のクマゴローという身内にしか通じない名前しか最早憶えてはいなかった。
そんな曖昧な記憶からリアに大体の特徴を伝えると、首を傾げて少し考え込むようなそぶりを見せた。
「うーん…………熊で水晶…───デフルスタルですか?」
「それだ! そいつの水晶でいいなら、白、青、金があるな」
「デフルスタルの黄金水晶ですか!? なんでまたそんな貴重な物を…」
「私たちがこっちの世界に来た時にたまたま出くわして、なんやかんやあって倒した時の戦利品だよ」
「戦利品って、……丸々一体分ですか?」
「うん、そうだよ」
「どうりでお金にあまり頓着しないはずです……。って、そうじゃなかった。
ならもしよかったらそれもちょっとでいいので出してみてくれませんか?」
「ああ、いいぞ。まだたくさんあるし、今から出す物は好きに使ってくれ」
そう言って竜郎は鉄、フェバス鋼、銅、軽銀の金属と白、青、金のデフルスタルの水晶を出しておいた。
「黄金水晶だけでもこんなに……。これだけあれば黄金水晶だけで、一生使える道具が作れる気もしますが、それだけの物を作るにはまだ早いかもしれないし……」
「道具を作るのにも道具が要りそうだが、どうやって作るんだろうな」
「ねー。ちょっと気になるかも」
「───よし」
頭の中で造りだす工程を組み立てたリアは、気合を入れると両の手の平を上に向けて重ねてから腕を前に突きだし、自分のスキルに発動を命じた。
すると、重ねた手の平から赤茶色の全長三十センチほどの金槌が現れた。
リアはその金槌を右手に握りしめると、竜郎が出した素材の中でまずは鉄を手にした。
そしてその鉄を、左手に赤茶色の炎を纏い手に取って火をそれに移していく。
そうしたら今度は、右手の槌を振るって打ち付けいつの間にか粘土の様に柔らかくなった鉄の形を整えていく。
それが終われば、纏わせた火を左手に戻した。するとそこには、今リアが持っている赤茶色の金槌と瓜二つの鉄の金槌が出来上がっていた。
「おおっ、何かできてる!」
「確かに凄いが、自前で金槌が出せるのに、わざわざ作る必要があるのか?」
「ええ勿論。このスキルで造った金槌を、今造った金槌に重ねることで強化できるんです。
そしてその強化した道具で、さらに上位の素材の道具を造って、そしてまたそれで上位の物を……と続けていくことで、段階を踏んでより高性能な物に昇華していくんです」
「なんか、めんどくさいっすねえ~」
「こういう作業が好きでない人は、確かに嫌かもしれませんね。
では、これからフェバス鋼で同じものを、そうしたら合金を何種か作ってそれらでもやって、最後に黄金水晶の道具に取り掛かりたいと思います」
「…………道具作りだけで、どれくらいかかりそうですの?」
「そうですね、十時間ほど頂ければできると思います」
「十時間ですの!?」「じゅっ、十時間っすか!?」
竜郎は話を聞く限り時間がかかりそうだなあと思っていたので、そこまでの衝撃は無かったのだが、早く作ってほしいがために特訓の手伝いをした奈々とアテナにはショックが大きかったようだ。
「それじゃあ、今日はもうここで野営することにして、リアは思う存分道具作りに励んでくれ。昼飯とかの準備も、こっちでしとくから」
「ありがとうございます。その代わり、絶対に良い物を仕上げてみせます」
「うんっ、期待してるね」
未だに呆けている奈々とアテナをほうっておいて、竜郎と愛衣は昼飯の支度を始めたのだった。
それから竜郎は時間も空いたことなので、さっそく先ほど手に入れたSPを消費してしまうことにした。
前はSP(-153)だったのが、今現在では(355)。
もっと返済までかかるかと思いきや、たった一層で返せてしまうあたり、さすがレベル7のダンジョンだと感心しながら使い道を考え始めた。
「雷魔法をレベル8。生魔法をレベル6で計(330)消費でどうだろ」
「雷魔法はアテナちゃんの強化で、生魔法は強い敵と戦う時用の保険ってとこ?」
「ああ。一層目ですら、少しまごついてるからな。
念のため、回復手段も上げておこうかなってな。んじゃあ、これでいいか?」
「うん、いいよー」
そうして竜郎は雷魔法と生魔法を上げ、さらにその因子をアテナと奈々に移植しなおした。
それから時は過ぎ、辺りは昼同然に明るいのだが時間的には夜になった頃。
警戒はしつつも各々時間を潰し、夜食も食べ、そろそろ風呂の支度でもしましょうかと思い始めていると、食事以外ではほとんど作業していたリアが顔を上げた。
「できました!」
「おっ、できたか」
「どれどれー」
リアの邪魔にならないようにと少し距離を取っていた一同は、興味深げな顔をしながら周囲に集まった。
するとリアの周りには、様々な素材でできた金槌やそれを使う時のための台座となる金床、鑿や鑢や鋏が数種。
その他にも素人では何に使うのかすら解らないような道具も並び、逆に良くこれを十時間程度で作り上げたモノだと皆そろって驚いた。
「これ全部一人で造ったのか。すごいな」
「って、あれって黄金水晶のハンマーだよ! どうやって加工したの!?」
「ああ、これですか。さすがに《鍛冶術 Lv.1》では不可能だったんですけどね。
途中でレベルが上がって《鍛冶術 Lv.3》になってから、この目を最大限に使用すれば、工程は複雑怪奇でしたが何とかできるようになりました」
「なら、この──例えば、鉄の道具はもういりませんの?」
奈々がそこらじゅうに散りばめられた中でも、一番貧弱そうな鉄の道具たちを指差した。
するとリアは、ゆっくりと首を横に振って否定した。
「いいえ。確かにこの中では黄金水晶の物が最も優れた道具ですが、そればかり使っていればいいものが作れるというわけでもありません」
「いいものが一番! って気がするっすけどねえ」
「はい。勿論メインはこれになるんでしょうけど、素材や加工方法など、様々な条件によっては一番安価な鉄製の道具が適している場合もあるんです」
「その辺、職人って感じがするな」
「うん、多分私たちには絶対わかんないだろうし」
竜郎と愛衣が尊敬の眼差しでリアを見ると、若干居心地悪そうに苦笑いした。
「本当の職人は、何にどんな道具を使うのか経験や先達の教えから学んで得て積み重ねていく人たちだと思います。
けれど私の場合は、ズルっ子ですから真の職人になんてなれませんよ」
「けど、これからの人生でリアが生み出すものは、《万象解識眼》じゃなくてリア自身じゃないか。
だから他の職人達と同じように、積み重ねていくものは絶対にあるはずだろ」
「そうそう。それに最初から《鍛冶術》を持っている人がいたりする平等な世界じゃないんだから、いまさらズルっ子もへったくれもないよ。
偶々リアちゃんは情報という面でアドバンテージを持てただけであって、それで真の職人って奴になれないなんてことはないと思うよ」
「それは─────いえ、そうですね。これからも悩むことはあるんでしょうけど、何か一つでも自分自身で重ねていこうと思います」
完全に晴天とまではいかなかったが、それでもどこか吹っ切れたような顔で、リアは竜郎たちに微笑みかけたのであった。




