第157話 攻略開始
ダンジョンレベル7。
生半可な者ならば、すぐに死を迎えることになる、難易度の高いダンジョンである。
そして竜郎たちは、そこへ踏み入れた瞬間にその洗礼を受けることになる。
竜郎がダンジョンに入ったという認識をする前に、四方八方から黒い何かが飛びかかってきた。
「でりゃっ」「ヒヒーン」「や~」
「「「「「「「ピギャァァァーーー」」」」」」」
それに対し愛衣、ジャンヌ、アテナはその動きにいち早く反応し、その攻撃が当たる前に、全てを拳や角で打ち払った。
すると、それは甲高い鳴き声を上げて死んでいった。
「これは……貝か?」
「でっかいねー。三十センチくらいはありそう」
それは愛衣の言っていたくらいの大きさの二枚貝で、貝の隙間から黒くて根元から伸びるほど太くなっていく触手のような物で、その先端部には細かく尖った歯の生えた口が付いていた。
どうやら竜郎たちがダンジョンに飛ばされたポイントで待ち構えていたようで、着いた途端に貝の中から一斉に飛び出してきたようだった。
「あっ、タツロウさん。この黒い体の部分は何の役にも立ちませんが、貝の方は色々使えます」
「ん? そうなのか。それじゃあ、貝殻は持ってくか」
「リアちゃん、これって何に使えるの?」
「これは火に強いので、耐火性の物を作る時に粉末をそれに混ぜ込むといいんです。後は防虫効果とか汚れにも強いです」
「それは、目のスキルで見たんですの?」
「はい。けどこれは普通に使われている技術ですから、そのままでも売ることはできますよ」
「とりあえず便利そうだから、見つけ次第貝殻は拾っていこうか。
……しかし、今回のダンジョンはこういう感じの所か」
貝殻と黒い体の中にあった濃紺色の魔石も回収し辺りを見渡せば、今立っている場所は砂浜、後ろを向けばチョビチョビと疎らに草の生えた五十メートル程の小さな島なのだと解る。
そしてその島の周りは海に囲まれており、その海には他にも小島がいくつも浮かんでいた。
「あ~、あれで島を渡って次の階層にいくポイントを見つけろって事っすかね」
「そうみたいだな」
アテナが指さした先には、砂浜の上にジェンガの様に聳え立つ、高く積まれたプラスチックの様な質感の、大人四人が二列で乗れそうなボートがあった。
さっそく使えるか解魔法で調べてみると、意外なことに穴やヒビなど航海中に破損しそうなボートはないと出た。
「カルディナ、そっちは沈みそうなボートを見つけられたか?」
「ピュィー」
念の為カルディナにも聞いてみるが、首を横に振ってそんなボートは見当たらなかったと意思表示した。
「けどさあ。これ全部使えますよーって言われても、な~んか怪しいよねえ」
「レベル3のダンジョンにあったものには、必ず欠陥品があったですの」
「あの、私の目でも確認しておきたいので、いくつか横に並べてくれませんか?」
「ああ、確かにその目なら何か見つかるかもしれないな。愛衣、アテナ、手伝ってくれ」
「はいよー」「りょうかいっす~」
そうして愛衣とアテナでひょいひょいと巨大ジェンガでもやるかのように、ボートの塔を崩さぬ様にいくつか引っこ抜いて横に並べていった。
「これとこれは、やめておいた方が良いです」
「何故か、俺達にも解る様に説明できるか?」
「はい。ざっくりと言ってしまえば、あそこの海に浸けると段々と溶けていき、ハチの巣のように穴だらけになってしまいます。
けれど、つけていない状態だと全く問題のないボートなんです」
「ここまでくると、解魔法対策まで取ってきてるのか。厄介だな」
そう言いながら竜郎は、実験だとばかりに水魔法で海の水を吸い上げ持ってきて、リアが指したボートの中にそれを注いだ。
その状態で暫く放置していくと、海水の入ったボートから気泡が湧き始め、やがて穴がいくつも開きだし水がこぼれていった。
「これで海に乗り出して行ったら、皆沈んじゃうっすねー」
「だね、そんじゃあ大丈夫そうなのをいくつかリアちゃんと選んでおくね」
「ああ頼む。念の為 《アイテムボックス》に予備も入れておきたいから、気持ち多めで頼む」
「わかったー」「解りました」
愛衣はリアを連れてボート選びに向かったので、竜郎はカルディナと一緒に今も地雷の様に隠れ潜んでこちらが来るのを待ち構えている、貝の魔物の位置を正確に探し出して闇魔法で印を付けていく。
それから愛衣とリアの方へと戻って行くと、二十隻ほどのボートが並べられていた。
「みてみて、これ全部だいじょーぶなんだってー!」
「いや、そんなにいらんがな」
とは言いつつも、せっかく二人が選んで持ってきてくれたボートなので、とりあえず全て《アイテムボックス》にしまっておいた。
こうして念のため海路用の足も入手したところで、竜郎はリアのレベル上げをすることにした。
このまま一レベルでいては何もできないし、せめて一人で何かできるくらいには、ここで成長させてあげたかった。そのために、先ほどマーキングしておいたのだから。
竜郎は闇魔法で黒くマーキングした場所から少し離れた場所に立ち、それより近くに奈々が姿を薄くして浮遊した状態で右手に竜の牙を持ってより近くに接近していた。
そして念の為アテナにも、奈々のフォローに直ぐ向かえる位置にいてもらいながら、まずは土魔法で土人形を作って、それを地面に潜む貝の魔物に突撃させる。
竜郎としてはそれを囮にして飛び出してきたところを奈々に串刺しにしてもらい、そこをリアがハンマーで殴るという作戦であった。
しかし、土人形の乗った地面を動かしながら一メートル、三十センチ、十センチと近づけても、一向に飛び出してくる気配がない。
なので魔物が埋まっているであろう周りで土人形を動かしてみたり、音を立てたり、振動させたりとするが無反応だった。
「出てこないねー。人間以外には反応しないのかな?」
「うーん、そこまで高性能ではない気がする。しかし……気配でも、振動でも、音でもないとすると後は──熱か」
「っていうか、それもリアちゃんに聞けば直ぐに解るんじゃない?」
「ああ、けどさっきボート探しをして戻って来た時に気付いたんだが、すでに疲れが来てるみたいだからな。
あの目は結構体力を消耗するスキルのようだし、自分で考えられるのは自分でやることにした」
「なーる」
竜郎と愛衣は、奈々とアテナの裏に控えてジッと待っているリアに一瞬目線をやると、すぐに戻して今度は土人形を土に返して、ひと肌ほどの低温炎の人形を造りだして魔物の方へ近づけていった。
すると、地面に埋まっていた二枚貝の口がバカッと開いて飛び出してきた。
「フィーッシュですの!」
「おお、奈々姉やるっすねー」
「そっちもですの」
只の低温の火に向かって飛び出した黒い触手状の本体を、奈々が側面から一気に接近して先端から少し下あたりを牙で突き刺し、地面に縫い止めた。
そうなると、貝殻の方が奈々に向かって突撃してきたのだが、アテナにひょいと二枚貝の接合部分を抓まれて成すすべなく生け捕りにされた。
「後は奈々、《吸精》で限界まで弱らせてくれ」
「はいですの」
奈々が《吸精》を始めたのと同時に、竜郎も《レベルイーター》を発動させながら近くまで歩いて行き、貝の魔物に至近距離で黒球を当てた。
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レベル:23
スキル:《熱感知 Lv.3》《かみつく Lv.5》《歯微振動 Lv.3》
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(げっ《歯微振動》てこれ、もしかして噛みついた後に、あの細かく尖った歯を振動させて切り取るって事なのか?
エグすぎる…。これだとジャンヌの硬皮でも、噛まれたら不味いかもしれないな)
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レベル:23
スキル:《熱感知 Lv.0》《かみつく Lv.0》《歯微振動 Lv.0》
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「よし、こっちは終わったぞ。奈々はどうだ?」
「殺さずに上手に瀕死にするのが難しいですの………………ふぅ、これならあと一撃でお陀仏ですの」
「あららー。あんなに暴れてたのがウソみたいに、ぐてーっとしちゃってるね」
スキルを奪い、体力を奪い、すでに二枚貝の魔物は偶にピクリと痙攣をおこすことしかできず、後はリアが止めをさすばかりである。
竜郎は《アイテムボックス》から一メートルの金槌を取り出して、奈々と一緒に呪魔法を使ってリアに筋力アップを促した。
そうしたら一応警戒はしつつ、奈々が体液が飛び散らないようにゆっくりと竜の牙を引っこ抜いてから、リアに先ほどの金槌を持ってもらう。
そしてリアは補助もあってその大きな金槌を振り上げ、中身が飛び出たままの魔物に向かって勢いよくそれを振り下ろした。
「ビッ───」
「うう、手が痺れました……」
地面はそこまで硬くなかっただろうが、それでも重力の力も借りて渾身の一撃を放ったためか、ドンッという大きな音と共に、魔物の口部分を押しつぶして地面にめり込んだ。
《スキル 槌術 Lv.1 を取得しました。》
《『レベル:11』になりました。》
「あっ、レベルが上がりました。それに、《槌術 Lv.1》も手に入れました!」
「一気に十レベルアップか、なかなかの滑り出しだな」
「これなら結構楽に、三十レベルぐらいにはなれそうね」
「だな、こんな雑魚っぽいのでもSPは(27)、レベルは23もあったし、もっと深く潜れば俺達のレベル上げも出来そうだ」
そう言って竜郎は魔石と貝殻を回収してから、他にも何匹か埋まっている魔物釣りに出かけたのであった。