第156話 悶着
料理がしたい。
そう言ったリアに竜郎は快く購入した料理本を数冊渡し、カルディナの魔力補給を兼ねた触れあいタイムを過ごした。
そしてその後は、二人は御者席にリアは本を集中して読むために個室の中に入って、椅子にちょこんと座って表紙を捲った。
これで料理のレパートリーが増えるかもしれないと、二人はまだ見ぬ料理に心躍らせ出発したのだった。
それから夜になり、早速とばかりに気合の入ったリアとその助手の奈々が二人で、竜郎がなんだか良く解らないままにいつか使うかもしれないと買った調味料も含めて使用していき、ついに料理らしい料理が一品完成した。
ご飯は竜郎が温め直したのを使用し、それにリアが竜肉や野菜に簡単なひと手間を加えた結果、ここに竜肉丼が完成した。
これは博士の家で食べた焼いた竜肉を乗せただけの物ではなく、簡単な肉の煮込み料理が載っているのである。
かかっているタレは日本の牛丼とは違うのだが、甘辛い匂いが鼻をくすぐり、二人の腹は限界だった。
「それでは」
「「いただきますっ」」
「い、いただきますっ」「どうぞですの」
竜郎と愛衣にならってリアも手を合わせて頂きますをしてから、竜郎の造った即席スプーンを使って食べ始めた。
その間にも二人は箸で竜肉丼をかっ込み、見る見るうちに丼の中身が空になった。
おかわりも欲しい所であったが、今日の分の米は全て食べ終わってしまったので、腹八分目で我慢しておく。
そうして竜郎と愛衣はリアに深くふかーくお礼をいって、片づけをかって出た。
しかし結局竜郎、愛衣、奈々、リアの四人で片づけを済ませ、簡易浴場テントをだして、竜郎と愛衣が一緒に入り、その後に湯を魔法でさっと入れ替えてリアも体を綺麗に洗った。
それからはもう寝るくらいしかすることも無いので、竜郎と愛衣は個室のロフトで、リアは犀車の横に出した上等なテントで眠りについた。
その間、いつものようにカルディナ達は一晩中警護に当たってくれたのだった。
「うーん、リアちゃんだけ外に出しちゃって良かったのかなあ」
「って言っても、ロフトは二人で精一杯だし、下は机とか固定しちゃってるから今更外すのもなあ。
もういっそ《アイテムボックス》にもかなり余裕があるし、休憩用の家でも作るか」
「おっ、テントじゃなくて家を持ち運ぶって、どら焼き好きの狸ロボットみたいでいいね!」
「あれは家を運ぶとか、そういう次元を完全に超えちゃってるけどなあ。
まあ、おいおい作っていこう。リアの鍛冶師スキルが上がって手伝って貰えれば、俺だけじゃできないような凄いのも出来るかもしれないし」
「あー。それもいいね! ふふっ、また楽しみが出来ちゃった」
可愛らしく自分の腕の中で笑う愛衣への愛しさが爆発し、竜郎はギュッと抱きしめる力を強めて唇を奪った。
愛衣も竜郎の腕に力が入った瞬間にどうなるのかは察していたので、驚くことなくこちらからも深いキスをしていった。
そんなことを数分間もしていた為、少々盛り上がり眠気が吹き飛びそうになってしまったので、明日も早いと生魔法を使って気持ちを静めてから、抱きしめあって眠りについたのだった。
次の朝が来たのだが、この日はあいにくの雨模様。
といっても大振りではなく小雨ではあるのだが、ジャンヌにはスピードを緩めてもらい、人間メンバーは風邪を引いてもいけないので、個室に入って過ごした。
それから道は只の石畳の道ではなくなり、グルグルと螺旋を描くように上へと伸びる山道に入って行く。
実は今回竜郎達が目指しているダンジョンは、山の頂上にある。
山と言っても富士山と比べるべくもないほどの標高であるので、多少雨が降って滑りやすくなっていようと、魔力さえあれば無尽蔵の体力を持つジャンヌにとっては朝飯前である。
そうして雨の中でもジャンヌは元気に奈々を乗せ、ゆっくりと確実に頂上を目指した。
ジャンヌの頑張りもあって、竜郎たちは無事夕方頃にはダンジョン近くまで辿り着くことが出来た。
途中からは徒歩だったので、竜郎が軽銀をさらに魔法で軽く丈夫に造った傘を愛衣、奈々、リア、《成体化》したアテナにも作って渡し、手で持てないカルディナは《幼体化》して愛衣の頭に乗り、ジャンヌは《幼体化》の状態で奈々を乗せて一緒に傘をさして貰っていた。
ちなみに、カルディナ達は風邪もひかなければ、濡れて体を冷やすことも無い。
なので傘やカッパの類は必要ないのだが、パッと見幼女や動物たちには傘を貸さず自分達だけさしているようにしか見えないので、その様にした。
そんな風に皆で話しながら歩いて行くと、やがて頑丈そうな黒い壁に阻まれた場所が見えてきた。
そこには兵士の様な恰好をした人間二人が槍を持って、大きな門の横に雨の中でもだらけずにビシッと立って控えていた。
その物々しい様相に軽く驚きながらそこへと向かって行くと、案の定門の前で兵士に止められた。
「そこの者、止まりなさい」
「はい、なんですか?」
「何ですか、ではない。ここは子供が来るような場所ではないんだ。
レベル7のダンジョンだぞ? 止めておきなさい」
向かって右側に立っていた男が、悪意からではなく親切心で竜郎を見て、愛衣を見て、そして最後に小サイのジャンヌにのって金属の傘をさしていた奈々を見てそう言い放った。
ちなみにちびっ子の一人であるリアは、成人女性に見えるようにしてあるので、この兵士の対象からは一応外していたようだ。
「大丈夫です。それが解ったうえで、僕らはここに来たんですから」
「駄目だ駄目だ! 今すぐ引き返しなさい」
『こりゃ、聞く耳持たないって感じだね』
『ああ、こうなったら印籠を見せるしかなさそうだな』
『印籠? ああ、アレかあ』
竜郎の意味を正しく理解した愛衣は、一緒にシステムを起動して身分証を提示した。
「これを見てください」
「何を見せられても、駄目なものは駄目だ」
右側に立っていた男は身分証を見ようとしないで、頑なに帰らせようとしてきたが、左側に立っていたほうの兵士が何を見せようとしていたのか気になったのか、こちらをチラリとのぞき見てきた。
「───っ!? お、おおおおいっ、スチュアート!」
「なんだヴァル、うるさいぞ。暇ならお前からも──」
「ちちち違うってっ──みみみ」
「耳?」
「身分証を見てみろって!」
「身分証だと?」
なんだそりゃと、左側に立っていた男が指差す方に怪訝な顔で視線を向けると、その先には竜郎と愛衣の身分証がシステムから表示されていた。
そしてそこには、冒険者ギルドから与えられたランクがしっかりと表示されていた。
「え? これって本物───」
「本物に決まっているだろっ、国や町から支給されるプレートの身分証なら出来るかもしれんが、システム経由の物をどうやって誤魔化すってんだよ」
「そ、そうだな。……それで、どうしよう」
「どうしようってそりゃ、ここは謝ってとっとと通しちまおう」
「それだ!」
何やら内緒話の様に顔を突き合わせて兵士の二人が話し合っているが、その内容は竜郎たちに丸聞こえでこちらはどんな表情をしていていいものかと苦笑いを浮かべた。
「すいませーん。ではどーぞ、お通りくださーい」
「いやあ、人は見かけで判断したらいけませんなあ。あははは」
「えっと、あー……じゃあ、中に入りますね」
「どぞどぞ、あっ、足元滑りやすくなってるんで、お気をつけてお通り下さいねー」
『すごい変わりようだね。別人みたいだよ』
『まあ、通してくれるって言うのなら、もう何でもいいよ』
『それもそっか』
そうして張り付けたような笑顔で手を振る不気味な兵士二人を背中に見送り、全員外壁のトンネルを抜けて中に入って行った。
大きく平らに切り開かれた山頂には、レベル3のダンジョンの時の様に色々な施設で賑わっているかと思いきや、大きな石造りの買取所がドンと配置され、他は店でも何でもない、恐らくは兵士たちが生活する建物や詰所などだけしかなかった。
それに人も偶にちらほら見かける程度で、過疎地かと錯覚するほど殺風景な場所であった。
「食べ物屋さんとか、武器屋さんとかも見当たらないし、何も無い所だね」
「やっぱ、このレベルになると挑める人も少ないから、店とかも出そうとは思わないんだろうな」
「見る限りお客は少数の兵士ぐらいでしょうし、すぐ潰れてしまいそうですの」
「あの買取所も私営ではなく、国営の様ですしね」
そう言われて大きな買取所を見れば、竜郎が本で見た疎覚えの知識から、この国の国旗に記されているマークがでかでかと記されていた。
「まあ遊びに来たわけじゃないし、いいんだけどな。
それじゃあ、今日はもう暗くなってくるだろうし、空いてる所で野営をして睡眠をしっかりとって、それから明日の朝にダンジョンに向かおう」
竜郎のその言葉に誰も異存はないようだったので、できるだけ邪魔にならなさそうな空き地に犀車とテントをだして、その日は早くに就寝した。
雨は止んだが、まだ日が照らない曇り空の中。朝早くに全ての支度を整えた一行は、さっそくダンジョンの入り口に向かって歩いていた。
入り口は入ってきた門から直進して、看板を右に曲がったところにあるというのは昨日の間に調べておいたので、迷うことなく進んでいると、やがてポイントが見えてきた。
「あれ、他にも入り口の溜池付近に誰かいるね?」
「ほんとだ、俺たち以外の冒険者パーティだろうな。鉢合わせして話しかけられても面倒だし、少し歩調を緩めよう」
今は何処で何をしているかも解らない他人とは関わり合いたくないので、前にいる冒険者たちがさっさとダンジョンに入って行くように願いながら、ゆっくりとした歩調に全員が切り替えた。
だが向こうもこちらに気が付いて、何故かこちらを待つように溜池の前に陣取っていた。
「おいおい、勘弁してくれよ。こっちがあからさまにゆっくり歩いてるんだから、関わりあいたくないって気が付いてないわけないだろうに」
「うーん。なんか待ってるみたいだし、一旦引き返す?」
「その方が目立ってしまいませんか?」
「わたくしも、そう思いますの。何か後ろ暗いことがありますのー、と言ってる様なものですの」
「めんどい奴らだったら無視して、さっさとダンジョンに入っちゃえばいいんすよ~。
どうせ中は広いんだろうし、会う事もないっすからね~」
「アテナの案を取り入れるか、その時は合図を出すから皆気に留めといてくれ」
一同頷いたのを確認した後、竜郎達は歩調を戻してできるだけ気にしてないように装いながら進んでいった。
竜郎たちが目を一切知らない冒険者らしき人間達に向けることなく、避けて通り抜けようとしたが、白いローブを着た、ウェーブのかかった長い茶髪で、どこのグラビアアイドルかと言いたくなるほどグラマラスな女性が、嫌みのない笑顔で話しかけてきた。
「ちょっと待ってくれないかい?」
「何か用ですか? 朝早いうちにダンジョンに入っておきたいので、用があるのなら手短にしてもらえると有難いんですが」
「そうなのかい? ゆっくり歩いてたものだから、暇なのかと思ってたよ」
「こうやって話しかけられて、時間を取られる方が嫌だったからゆっくり歩いていたのかもしれませんね」
笑顔で嫌味を言われたので、こちらも笑顔で対応しておいた。
「まあいいや。兵士の家族ってわけでもなさそうだし、格好からして同業者だろ?
子供と動物ばかりの様だし、変わったパーティだから興味が湧いてね」
「はあ…。それで何ですか?」
「ふーん。つれない子だねえ、冒険者同士での繋がりっていうのも、馬鹿に出来たものじゃないんだよ?
どこでどんな美味しい情報が転がっているか解ったもんじゃないんだから」
「確かにそういった事もあるんでしょうけど、僕らは早めに攻略に入りたいんです。
それでなくとも、長丁場になってもおかしくない場所ですよね?」
「ふう──。解ったよ。引き留めて悪かった。私らは後から入るから、先に入りな」
「どうも。それじゃあ、皆いこうか」
竜郎達の前にジャンヌ、後ろにはアテナが付いて最後まで気をぬかないようにダンジョンに入ろうとしたその時。
先ほど話しかけてきた女性の仲間であろう、小柄な男が突然剣を抜いて背後から切りかかってきた。
それに対し愛衣とジャンヌが動こうとする前に、一番近くにいたアテナが、《成体化》なので《竜装》ではなく《魔装》というスキルに型落ちした状態で行使する。
すると一瞬で真っ白なグローブ型の指まで覆われた手甲を装着したアテナが、その攻撃を真正面から右手で受けると、余った左手で男の喉笛を容赦なく掴んで持ち上げた。
「げぅぇっ──」
「何のつもりっすか? そっちがやる気なら、ぶち殺すっすよ?」
「─────ぇっ───ぁ──」
只でさえ黙っていると恐そうに見えるアテナが、本気の眼光で向こうのパーティ全員を威圧した。
さすがに殺すのはやりすぎだとは思っているのだが、相手の思惑が解らずにどうしたものかと竜郎が思っていると、カルディナが袖口を引っ張って剣を嘴で差した。
なのでアテナに受けられた剣を魔法で調べると、刃が丸く潰された訓練用の物だった。
「アテナ。離してやってくれ」
「了解っす~」
「がはっ────はっはっ……」
男は涙目になりながら、訓練用の剣を片手に覚束ない足で仲間の元に戻って行った。
「それで、どういう事か一応説明してもらえます?」
「いや、驚かせてすまないね。今のが防げない様じゃ、全員直ぐに死んじまうと思ったんだが、余計なお世話だったみたいだね」
「では、敵対するつもりはないという事でいいんですね?」
「ああ、もちろんだよ。けどまあ、不意打ちを仕掛けたのは確かだからね。
只で一つ面白い情報を提供するから、手打ちにしてくれないかい」
「興味深いですね。聞かせて下さい」
本当の情報かどうかは解らないが、向こうも本気で殺しにかかってきたわけでは無さそうなので、その話とやらを聞いて早く終わらせる事にした。
だからこの時は、口では興味深いと言いながら、実際は大して興味を持ってはいなかった。
けれどその話は、竜郎達にとっても面白い話であった。
「ここのダンジョンのボスは、今まで四種類確認されてたんだ。
けどね、ここ最近新たにもう一種類追加されたらしいんだよ。どんな魔物だと思う?」
「どんなと言われても、何か特殊な魔物なんですか?」
竜郎がどうせ考えても当たるわけがないので、当たり障りのない回答で先を促した。すると、女性はニッと笑って少し溜めた後こう言い放った。
「───竜種らしいんだよ」
「……亜竜とかではなく、竜種なんですか?」
「ああ、私達が直接見たわけじゃないが、別のパーティの連中が命からがら逃げ帰ってきてね、鱗を何枚か持ってきたんだよ。
その鑑定の現場に居合わせたが、確かに竜の鱗として認められたんだよ」
「それが本当であるのなら、確かに面白そうですね」
「だろ。だがもしそいつに当たったら、帰還ルートは常に確保しておきな」
そう言いながら女性は竜郎に向かって、手の平サイズで八面体の白く光る物体を放って来た。
カルディナが特に警戒を促さなかったので、竜郎は素直にそれをキャッチした。
「これは?」
「帰還石といってね。その名の通り、そいつを持って帰還を願えば一度だけ、何処に居ようとダンジョンから出られる入り口が開けるって代物だよ」
「これも、お詫びですか?」
「まあ、そっちは先輩からの餞別だ。あと、これで本当にチャラにしておくれよ」
このアイテムの価値が解らないので、貰い過ぎていないかと気にもしたが、持っていればいざという時皆の命を守れるかもしれない。
なので、あちらが良いというのなら素直に受け取ってしまおうと、それを《アイテムボックス》にしまった。
「では、貰っておきます。これで今の件は、二度とこちらからいう事はしません」
「そりゃ助かるよ。いきなり攻撃してくる危険な奴ら、なんて吹聴されたらたまんないからね」
そうして竜郎達は女性たちのパーティに別れを告げて、今度こそ何事もなくダンジョンへと突入したのだった。
次回、第157話は1月25日(水)更新です。




