第153話 悪さの正体
竜郎の予想では、リアには余計なスキルが混じってしまったからこそ、妙な体質に変化したのだと考えていた。
そしてそのスキルさえ《レベルイーター》で吸い取ってしまえばどうにかなり、そのおまけにSPも手に入るかもしれないと、一石二鳥作戦を決行した。
ただ、もしもそれがレベルのないスキルだった場合のことが一番心配ではあった。
レベルのないスキルに関しては、《レベルイーター》は完全に無力であるからだ。
しかし、今回はその心配に限っては杞憂であったようだ。
予想通り、竜郎はリアに不利益を与えているスキルも見つけることができたし、それにはしっかりとレベルも付いていた。
けれど─────。
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レベル:1
スキル:《万象解識眼》《健康体 Lv.-5》《器用・特大 Lv.-10》
《土精の祝福+8》
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(マイナスかよっ! くそっ、そういうことか。
あくまでスキルはプラス方向だけど、そこから引いてくスタイルね。
どこぞのボスガエルも、そうだったのを思い出したぞ)
『愛衣さんやー』
『どしたー、たつろーさんやー』
『ちょっと相談してもいいかのー』
『ええですよー』
どっと疲れた竜郎は何故かおじいさんのような声音で愛衣に念話を送り、今の状況を知らせていった。
『マイナスかあ……。そいつを取ったりすると、やっぱり?』
『たぶん、SPがプラスになることはないだろうな』
『もしマイナスに働くとしたら、どれくらいになりそ?』
『プラスと同じ普通の計算でいいのなら、SP(-70)だと思う』
『あれ、そんなもんなの? それなら、これから中級から上級者向けのダンジョンに行けばすぐ稼げるんでない?』
『そうだが、あくまで予想だからどうなるかまではハッキリ解らない。
それに《器用・特大》がなんだか不吉だ。だから、愛衣にまずは相談したんだ』
『んー。多少マイナスがそこから上下したとしても、大丈夫っしょ。なんとかなるなる』
『適当だなあ。まあ、理不尽すぎるようなことにはならないだろう。
それにこれでリアを救えてさらに優秀な鍛冶師になれば、鍛冶師探しにホルムズに行かなくてもよくなるかもしれないし、トータル的にはプラスになる可能性は十分にあるか。……それじゃあ、やるって方向でいいな』
『いいよ。どうなったって。私は竜郎の傍にいるんだからヘーキだよ』
『ありがとう。じゃあ、やるぞ!』
『おうさー。やったれー』
愛衣の声援を脳内にこだまさせながら、竜郎は思い切ってマイナスのスキルに手を出した。
するとちゃんとマイナスのスキルも吸い取っていき──結果。
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レベル:1
スキル:《万象解識眼》《健康体 Lv.0》《器用・特大 Lv.0》
《土精の祝福+8》
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──と、災厄の種は無事刈り取れた。それをしっかりと確認した竜郎は、口の中にできた黒球を飲み込んだ。
すると普段ならじんわりと温かくなるはずの胸の辺りが、スッと冷えていくような感覚を覚えた。
それに嫌な予感がした竜郎は、直ぐに自分のステータスのSPの部分を確認した。
(げっ、俺のSPが(-153)になってる。確か前までは(27)残していたはずだから、今回のマイナス値は(180)。
やっぱり《器用》じゃなくて《器用・特大》だったから、換算ポイントが高かったんだろうな……)
『愛衣ちゃーん。俺のえすぴーがー、えすぴーがー』
『もしかして、予想以上に減っちゃた的な?』
『ざっつらーいと。今現在、俺のSPは(-153)になりました。借金です。ローンです』
『あらあら、まだ若いのにー。って、そんなことを言ってる場合じゃないね。けど(-153)なら、まだ許容範囲かな。
レベル3のダンジョン一回攻略分で帳消しにできそうだし、レベル7のダンジョンなら半分もしないで返済完了でしょ?』
『多分な。これでリアが自分で動き回ることができれば、レベル7のダンジョンで皆で楽しいパワーレベリング大会も開催できそうだし。今回は、何も言わずに目を瞑ろう』
『まあ、わざわざ恩着せがましく言うのも柄じゃないしね』
そうして、念話会議を終えるまでの間ジッと立っていたリアは、いつも鉛を背負っていたかのように重かった体が急激に軽くなり、歩くだけで悲鳴をあげていた体が嘘のように気力に満ちていた。
その完全に体が忘れていた感覚になれず、喜びというよりも、どうしたらいいのか解らないといった様子だった。
「リア、どうだ。君にあった余計なスキルを、ゼロにできたはずだが」
「─────はい。なんだか、体が浮かび上がるんじゃないかってくらい軽い気がするんです……」
「ちょっと見てみよう。解魔法を使うぞ」
「は、はい。お願いします」
一言断ってから竜郎が解魔法でリアの体調を調べれば、以前は解析すると濁った水のようにドロドロとした感じだった虚弱体が、完全に澄み切った健康体へと変化していた。
「リア。解魔法での解析でも、君はもう完璧な健康体だ。
それに、不器用なのも治っているはずだ。んー……、何か試すものはないか」
「折り紙なんてどう?」
そう言いながら、愛衣は自分の《アイテムボックス》から正方形の紙を取り出して、竜郎とリア、奈々と自分にそれぞれ一枚ずつ手に持たせた。
「折り紙か。確かに、器用かどうか一目瞭然だからな。鶴とかでいいか」
「うん、てかそれしか知らないし」
「おりがみってなんですの?」
「折り紙っていうのは、この紙を折り曲げて色んな物を作る遊びのことだよ。
最初は解んないだろうから、私とたつろーのマネをして折ってみて」
「わかりましたの!」「わかりました」
そうして奈々は竜郎の手元を、リアは愛衣の手元を見ながら折り紙で鶴を折っていった。
まず、竜郎は小綺麗な鶴を普通に折り込んだ。そして奈々は、ちょっとくたっと顔のひん曲がった鶴を折った。
言い出しっぺの愛衣は、豪快に折り目が所々ずれ、両翼の形も違う変な形の鶴を作り上げた。
そして一番の目的であったリアの作品はといえば、この場の誰よりも綺麗に真っ直ぐ紙が折られ、美しい風格のある鶴を作り上げていた。
「初見でこれか。もう、どう見ても不器用とは言えないな。
というか、愛衣のを参考にしてよくそこま──げふんげふん」
「ん? 今、たつろーなんて言おうと──」
「はははっ、これでもうリアは大丈夫そうだな!! 良かった良かった」
「はい。こんなに思うように手が動いたのなんて、初めてかも知れません……」
「この空気の中で、平常でいるあなたが羨ましいですの…」
リアは、自分で初めて作り上げた鶴に感動していただけなのだが、奈々はいまいちそのあたりの機微が解らず呆れている間、竜郎は愛衣に奥につれていかれ何やら話し合いを始めだしたのだった。
その後、愛衣の責めを躱し見事いちゃつきに変換することで事なきを得た竜郎は、首筋にキスマークを付け、腕に彼女を纏わりつかせた状態で戻ってきた。
そしてその頃になると、リアもようやく普通の状態になれたのだと実感が湧き始め、今すぐにでも走り回りたい気分なのをそっと我慢した。
「今すぐにでも動きたいって顔をしているところ悪いが、ここで暴れないでくれよ」
「そんなことしませんよ。それに、嫌でも今後動くことになりそうですし」
「そうだねー。レベル7のダンジョンって、結構な難易度みたいだし」
「だが、そんな所に虚弱体質だったリアがいるなんてまず思わないだろうし、入ってしまえばダンジョン内で別パーティに狙って会うことは難しい。いい隠れ場になるはずだ」
「その時間で、モー助とやらの立場が悪くなってしまえば、言うことないですの」
「だなあ」
奈々の言葉に竜郎は賛同するものの、さすがに高い権力を持ったモーリッツがたかだか数週間で一気に転落するとは考えにくい。
その地位も使って色々と悪あがきもするだろうし、まだ表に出ていない商品もあるだろうから。
だが、見つからない期間が長ければ長いほど、それも目撃者すらいないとなれば、以前のリアの体質的に本当に死んでしまったのではないかと勘違いする可能性も出てくる。
そうなれば、余計躍起になって無茶な手を打ってポカをやらかす。なんて、上手い具合に事が運べばいいなあと希望的観測も持っていた。
「そんじゃま、とりあえず明日にはダンジョンに向かうから、その前にパーティ登録しておこう。
そうすればクリアした時も、報酬のSPが手に入るだろうし」
「はい。それじゃあ、こちらから申請しますね」
「おっと、それならジャンヌも出てきてもらう」
「ヒヒン」
ジャンヌが小サイの状態で出てきて、竜郎に抱きついてきた。それをガシッと逞しく受け止めようとして真後ろに倒れそうになった竜郎は、横にいた愛衣に支えてもらい無事に済んだ。
それから無事にパーティを組むことに成功したので、リアの今後の育成計画もかねてステータスを見せてもらうことになった。
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名前:リア・シュライエルマッハー
クラス:-
レベル:1
気力:50
魔力:50
筋力:10
耐久力:10
速力:5
魔法力:10
魔法抵抗力:10
魔法制御力:5
◆取得スキル◆
《万象解識眼》《土精の祝福+8》
残存スキルポイント:3
◆称号◆
なし
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「《万象解識眼》はもう知ってるけど、この《土精の祝福+8》ってのはどんなスキルなの?」
「ああ、それですか。それは、ドワーフの血が入っている証明みたいなものですね。
他種族の血が混ざっていない血筋であるほど+の値が高くなりやすく、その逆は低くなる傾向にあるそうです。
ちなみに、私の家は完全な純血ドワーフの家柄なので大体4以上にはなるはずです」
「そんなスキルも有るのか。ちなみに、それは血筋を証明するだけじゃないんだろ?」
「ええ。土精とは鍛冶師の祖のような存在でして、その恩恵を得ることで鍛冶系統の取得スキルポイントを+値が高いほど多く引いてくれたり、覚えやすくなっていたりします。
後は、鍛冶師のスキルを取ると選べる専門特化の選択数も増えるとかなんとか」
「せんもんとっか? それってなんですの?」
「えーと、専門特化というのはですね──」
鍛冶師はあらゆる装備や防具など、物造りに関してその右に出る者はいない。
しかしその中でも鍛冶術スキルがLv.5に達した際に、自分が最も造りたい物を選択することができるようになる。
そしてそこで特定の種類を選ぶと、その選択した物にだけ他よりも優れた技術を以って製作できるようになるという。
例えば剣を選んだのなら、同一人物が剣と槍を同じように造ったとしても、品質は剣の方が上になる。といった具合だ。
「ってことは、普通の人は1個しか選べない専門特化を、リアちゃんの場合8個も選択できるってこと?」
「いいえ、9個です。最初の一つ目は、誰にでも与えられる権利ですから」
「そいつは……。まさか種族が違うだけで、そこまで差が出るとはな。俺だったら、絶対に鍛冶師になろうとは思わないぞ」
「ええ、ドワーフの血が少しでも入っていれば最低でも二つは選べますし、何か《土精の祝福》に代わるスキルでもない限り、名のある鍛冶師になるのは難しいでしょうね」
「確かに、難しそーですの」
「ただ、他の何をも捨てて、ただ一種の物だけを作り上げることに専念した結果、それだけは負けないという人種の鍛冶師は少なからず存在しますし、情熱さえあれば誰でも挑む価値はあると思っています」
「根性がある人なら、その域へと到達できるってわけね! そう聞くと逆に燃えるかも」
愛衣は目を輝かせ、達人の域に達した只の人種の見知らぬ鍛冶師の物語を夢想して興奮していた。
そして竜郎はといえば、オブスルの鍛冶師のおっさんを思い出していた。
人種のように見えた彼は、もしかしたらそんな壁に嫌気がさしてあんなやる気の無い性格になってしまったのではないか。もしそうなら、ああなってしまう人が出てきても仕方のないことなのでは、と。そんな風に考えて、今なら少しおっさんに優しくできる気がしたのだった。
まあ、あくまで気がしただけであるのだが……。