第152話 リアの未来図
リアが目覚めてから、竜郎とカルディナ、奈々で一通り体調の検査と補強をし、もう一度箱の中で体育座りして入ってもらって、博士とレジナルドに別れを告げて外に出た。
すでに夜という事もあり辺りは暗く陰ってはいるものの、植物の形をしたオシャレな電灯がついており、月明かりと合わせて足元が見えないという事も無かった。
そうして竜郎と《幼体化》モードでポケットに入っていたカルディナで、解と闇の混合魔法で誰にもばれないように探査魔法を発動させながら、できるだけ人に見られないようにタイル調の地面を歩いて進む。
そしてその後ろから、リアの入った箱を軽々と抱える愛衣と奈々が付いて行く。
まずは博士の家の裏手にぐるりと回ってから、入ってきた町の門とは反対のさらに奥に向かって歩いて行くと、右に大きくカーブする傾斜の浅い上り坂が見えてくる。
そこを進んでいくと、やがて小さな公園が顔を出した。
博士の話によれば、町の隅にある上に、もっと大きく景観のいい公園が数年前に作られてしまったのもあって、昼間には偶に子供が遊んでいることもあるようだが、夜にはほとんど人が来ないらしい。
ただ、ドが付くほどの深夜になると、二人きりになりたいカップルがちょくちょく訪れるアレなポイントになっているので、人目を避けたいのならそれまでにここを出る必要がある。
「んじゃあ、愛衣。ちょっとその箱をここに置いてくれ。
それからリアは出てきてくれ。ここには今、俺たち以外に誰もいない事は解っているから」
「ほーい」「わかりました……」
愛衣の明るい声とは打って変わって、キャリーカートで運ばれていた時よりも揺れが大きかったこともあって、箱酔いで気持ち悪くなっていたリアは弱々しい声音をあげた。
「大丈夫ですの? ほら、しっかりするですの」
「うぷ……。あーがと…ごじゃ……ます……、ナナ」
青い顔で吐きそうなのを我慢していたリアに、奈々が生魔法をかけて体調を整えてあげた。
そしていつも悪い顔色がマシな部類にまで戻ったところで、竜郎は今からやろうとしている小細工の概要を皆に向かって説明し始めた。
「これからリアに、呪と闇と解の混合魔法をかけようと思う」
「その心は?」
「リアに掛けられていた呪いを解析した時に、呪魔法と闇魔法の組み合わせについてかなり知識が増してな。
そのおかげで内的にしか使えなかった呪魔法を、外的に使う方法を思いついたんだ」
「がいてき……ですの?」
「詳しく説明するよりも、愛衣には直接見て貰った方が良いな。
それにリアはその目を使えば、何が起こっているか解るだろう。
奈々とカルディナは手伝っている間に解るから、とりあえず誰かくる前にすぐ実践に移ろう」
そうして竜郎は闇魔法を、奈々には呪魔法を、カルディナには解魔法をそれぞれ最大出力で使ってもらい、イメージ通りの魔法を組み上げていく。
すると愛衣の目にはリアの全体像がぼやけて見えだし、何だと目を瞬かせている間に、またはっきりと形を取り戻していった。
「え? リアちゃんが消えて、知らない人になっちゃった?」
「よし、成功したみたいだな」
「こういうことですか」
「ええ? どゆこと?」
リアはその目で観たため、どういう魔法なのか感覚的に理解したのだが、愛衣はまだ意味が解っていなかった。
そこで竜郎は、愛衣にも解るように説明をした。
それによれば、この魔法はリアを見た人間に呪魔法をかけるもので、それにかかるとリアの素顔ではなく、まったくの別人の顔に見えるというモノらしい。
さらに、これだけではただの幻覚のようなモノになってしまうので、解魔法からも逃れられるアーレンフリートの呪魔法を参考にし、そこまでの技術には届かなかったものの、並みの解魔法使いなら誤魔化せるように闇魔法で改造した。
そして最後に届かない技術を穴埋めするために、解と闇の混合魔法で探査魔法に対して、目で見た人物だと判定するように偽装すれば、見た目も身長も違う別人を造りだすことに成功した、ということなのだそうだ。
「へー。よく解んなかったけど、つまりはとんでもなくバレ難い幻覚だと思っとけばいい?」
「ああ、その認識でいいよ。これなら、外を歩いているところを見られてもばれないだろ」
「だけど、顔も背丈も誤魔化せるなら、いっそのこと透明人間みたいに見せることはできないのかな」
「さすがに、あるものをないように見せるのは難しいな。
それこそ、リアに呪いをかけたアーレンフリートとかいう奴レベルでもな──……」
「どうしたの?」
「いや、リアがいた場所まで行ったのに、本当にそういう魔法を使ったのかもしれないなと思ってな」
ただ竜郎の場合、本来一人でしかできないはずの混合魔法を、魔力体生物の力を借りて三人分の出力でもって実現させた魔法だ。
それをたった一人でとなると想像もできない。なので、他にもっと違った何かがあるのかとも竜郎は思う。
「あー。そんなに凄い人だとしたら、あんまり敵対はしたくないね」
「そうだな。俺みたいに全体的にというのも良いとは思うが、一点突破型はそれだけを突き詰めていくから厄介そうだ。
もし今後、会うことがあったのなら穏便にいこう。それじゃあ、宿に行くぞ。リア、立てるか?」
「わたくしが、手を貸してあげますの」
「ありがとうございます。ナナ」
見た目は血色のいいどこにでもいそうな人種に偽装しているが、中身は虚弱体質なままなので、奈々が腕を組むような形で寄りかからせて、生魔法も使って何とか自分の足で歩けるようにはなっていた。
なので竜郎たちはできるだけゆっくりとした足取りで、以前泊まった宿にまで歩いていった。
そうして宿に着いた竜郎たちは、とりあえず今夜は試したいことがあるので、三人でも十分広い一部屋を取った。
そして取った部屋に着いたら、まずリアはソファに寝かせて楽な姿勢を取ってもらったところで、体に掛けた呪魔法を解いて素顔に戻ってもらった。
ちなみに竜郎のレベルが50から1レベル上がって登録スロットが一つ増えたので、念のため取っておいた五つ目のスロットを遠慮なく使ってこの、姿を偽装する魔法をセットしておいた。
ただ竜郎一人でやると中途半端に姿が歪むだけになってしまうので、完全な形でやるにはカルディナと奈々のアシストが必須の魔法ではあるのだが……。
それから外から見えないように窓にカーテンをかけ、カルディナには《成体化》してもらって、誰かこの部屋に近づいてもすぐ察知できるように探査魔法を頼んだ。
「それじゃあ、リア。単刀直入に聞くが、──君の目で俺や愛衣のことをどれだけ知った?」
「──っ。………正直、見るつもりはなかったんですよ。
でも、なんでこんなに色々な魔法が使えるのかと疑問に思ってしまった瞬間、芋づる式に解ってしまっただけで、自発的に探ったわけではないんです」
「うん、まあそれは解ってるつもりだよ。だからそれだけでどうこうするつもりはないから、ハッキリ教えてほしいな。
じゃないと、私たちもどう接していいか決め辛いし」
「でははっきりと。タツロウさん、アイさん。あなた方は、この世界の人間ではないのではありませんか?」
竜郎が初めに人種と自分を紹介した際に、明らかにリアは不審な顔をしていた。だからこそ、《万象解識眼》のことを聞いた際もしかしたらとは思っていた。
ただこちらは、人間ではない謎の種族ぐらいに思われていると考えていたのだが、まさかピンポイントで異世界人ということまで解ってしまっているとは思っていなかった。
「……正解だ。だが、そんな簡単に別世界の人間の存在を認められるということは、こっちじゃソコソコあることなのか?」
「いいえ。タツロウさん達の世界ではどうか解りませんが、こちらの世界で私のような特殊な人間以外に、異世界人などといっても笑い飛ばされるのがおちです」
「ってことはだよ。こっちでも異世界人って、お伽噺みたいな扱いってことでいいの?」
「ですね。表沙汰にされてないだけで、裏では……とか言われたら、一般人にしか過ぎなかった私には解らないですけど。
世間一般的には異世界なんてある事すら認識されてません。
私も今改めてタツロウさんの口から聞いて、内心驚きが隠せない程なんですよ?」
「異世界についてや、その人物についての本とかが無い時点で予測はしていたが、現地人からお墨付きが得られたのは一つ収穫だな」
予想が確信になったところで、これからは変に異世界人だということを隠そうとしなくても、そもそもこちらの現地人にはその発想すらないと解っただけでも二人はより気が楽になった。
「それじゃあ、異世界人という事は初見で解ったという事は、それ以外の情報も解ってるって事だよな」
「……レベルイーター。武神。そしてその能力の概要と言えば、伝わりますか?」
「───ああ、ばっちりだ。ハッキリ言ってくれてありがとう」
「うん、これで変にリアちゃんの事を疑いの目で見なくて済みそうで、ほっとしたくらいだよ」
「そう言って頂けると、私も気が楽です」
変に隠されれば、逆に知っているのに話していないだけなのではないか。そんな疑念にかられながら接するのは疲れるため、あえてあまり隠さなかった面もあったが、これで竜郎達側もある意味では気楽に行動ができるというものだ。
そして竜郎は、ここまでこちらの手札がばれているのなら、それを不用意に口に出さないようにし、尚且つリアにとってもいい方向に行くような、そんな道を提示できないかと今の考えを告げることにした。
「提案なんだが、もし俺達がリアの虚弱体質と手先の不器用さを治すことができたのなら、鍛冶師になって俺達が元の世界に帰れる様になるまでの間だけ、力を貸してくれないか」
「そっ、そんな事が出来るんですかっ?」
「まだ推測でしかないから確実に~とは言えないが、一つこれじゃないかという心当たりがあるから提案してみた。
──それでだ。先の提案には続きがあってな、その目とドワーフの種族特性が合わされば、かなりの鍛冶師になる事が出来るんじゃないか?」
「そうですね、はじめ私の両親はそうなることを望んでいましたから。
しかし神がかり的に不器用なせいで、碌にスキル習得も出来なければ、虚弱体質のせいでレベルも上げられないので、スキルポイントも手に入れられない。
だからこそ、宝の持ち腐れになっているんです」
「ああ、だがそれが克服できたのなら、俺達が帰るまでのリアの身の安全とレベル上げも手伝おう。
そして俺達がいなくなった後でも、一人で生活できるようにしよう。
その代わり、俺たちの秘密は絶対に漏らさず、その目のスキルと合わせて鍛冶師として支えて欲しい。どうだろうか?」
この話は博士の家で時間を潰している間に念話で話し合っていたので、愛衣も了承済みの事である。
なので愛衣は、黙ったままリアの答えを待っていた。
「それは私が秘密を洩らさないように、監視するとも取れますよね」
「そうだな。異世界人云々はまだしも、《レベルイーター》はこの世界の住人にとって大切なスキルを無くしてしまう事が出来る。
そんな物を持った人間が、受け入れられる場所などないと思わないか?
だから悪いが最低でも帰る見込みが完全につくまでは、もう君を目の届かない場所に置くつもりはない。
だから、監視だのなんだのと思ってくれても構わない。俺たちは徹頭徹尾、自分たちが最優先なんだから」
「そうですね。それでその監視者さん達は私を監視しながら、ご丁寧にレベルを上げてくれて、身の安全まで保障してくれて、御自分たちがいなくなった後のケアまでしてくれようとしているんですか。随分、優しい監視者もいたものです」
リアはいつもの少し翳りのある笑みではなく、どこか冗談めかした心からの微笑みを竜郎と愛衣に見せてくれた。
そして、今後の自分がどうしたいのか頭の中で良く考えてみた。
リアは本当に幼い頃、父が一から何かを作り上げる作業に憧れていた。
自分もいつかシュライエルマッハー家を継いで、もっと大きくして、両親を楽にしてあげたい。そんな気持ちを持っていた。
だからこそ、虚弱体質になってからも、何とかできないか試してみたことは何度もあった。
手先が不器用になってからも、何度も努力すればいずれはと思って試してみたこともあった。
……だが、その全ては無駄だった。その行動は両親を楽にさせるどころか、負担さえかけていた。
だからこそ、モーリッツに引き取られる頃には諦めて、寝たきりの病人のような生活になってしまっていた。
だが、ここで竜郎達を信じてみて、もし本当に鍛冶師という幼い頃に憧れた存在になれるのだとしたら……。
もう、自分がシュライエルマッハーを継ぐことは無いけれど、それでも今リアは心からなりたいと願った。
「もし……。もしも、私がタツロウさんたちの邪魔にならないような体になれたのなら、そのお話を受けたいと思います」
その言葉をリアが発した時、どこかに消え去ってしまっていたと思っていた熱い何かが胸にこみ上げてくるものを感じた。
そしてそれは、今までとは全く違う覇気のある目が二人に語っていた。
だからこそ、それがいやいやではないことに安堵しながら、竜郎も頷いた。
「ああ。リアが約束を守る限り、俺たちが君を守り育てよう」
「よろしくね! リアちゃん」
「はい、よろしくお願いします」
三人で何故か頭を下げあう。そんな謎の光景に、奈々はなんじゃこりゃといった顔をしながらリアの横に歩いていった。
「おとーさまたちの世話になるということは、わたしくしたちも一緒ということですの。
ですから姉妹を代表して──よろしくですの」
「よろしくお願いしますね。ナナ」
「しかし、何故わたくしだけ呼び捨てなのでしょう。リアは生意気ですの!」
「ふふ、だってそれが私の中で一番しっくりきたんですから、仕方ありません」
「むう……しっくりなんて、きませんのー」
恐らく背丈が似ているため、親近感がわいているのだろうと竜郎は思いながら、緩んできた空気を一度引き締め直す。
「リア、だが今話したのはあくまで俺がやることが成功できた場合の話だ。
もし俺の推測が的外れだったのなら、さすがに君が君の力で生きる未来を与えることはできないのだと、覚悟してくれ」
「あー……そうなっちゃうと、ぬか喜びになっちゃうのかあ。そう考えると、恐くなってきちゃったよー」
「それでも、もし駄目でも、少しのあいだ夢が見られたと思って諦めます」
「まあ駄目だったら、別の方法を帰れるその時まで並行して探してもいいんだが、最悪のことをちゃんと考えてくれているのはこちらもありがたい。
それじゃあ今からやってみたいと思うが、心の準備はいいか? 整理がつかないようなら、明日でも──」
「いえ、大丈夫です。ここで先延ばしになる方が辛いですから」
リアのその覚悟の決まった瞳に、竜郎も応えるように力強く見つめ返すと、さっそく推測に添ってまずは情報を集めるところから始める。
「まず確認なんだが、リアは自分のステータスを見たことは当然あるよな」
「はい? そりゃあ、当然あります……けど」
「そこには、自分にとって不利になるようなスキルは無いよな」
「そりゃあ、ないですよ。スキルっていうのは、自分にとってプラスになるものなんですから」
「その認識は、この世界では共通なんだよな?」
「……だと思います」
そこまでで竜郎は、もしかしたら、マイナスになるようなスキルはステータスには表示されない。という説が正しいのではないかと確信をより強くした。
システムがインストールされ、スキルを使えるようになったのが全ての始まりだとしたら、例えば《虚弱体質 Lv.10》や《不器用 Lv.10》の様なスキルも一緒に与えられたのだとしたら、元気だった子供がそんな風になってしまうのも頷ける。
そして《レベルイーター》なら、システムには表示されないような隠れたスキルだろうと観ることができるはずだと踏んでいた。
「俺は今からリアに、《レベルイーター》を使う。
だが今のところシステムを触れる状態の人間に使って、どういう風にそれが認識するのか、おかしくなったりはしないのかなど、そんな実験はしたことが無い。
だからもしかしたら、リアのシステムに何らかの異常が出てしまうかもしれない。
それでもいいのなら、俺はリアを治せるよう最大限やってみるつもりだ。どうだろう」
「このまま何もしなかったら、私のシステムは一生役立たずです。
なら少しくらいおかしくなったって、どうってことないです。だから、思い切り好きなようにしてください」
「解った。最善を尽くすことを約束する」
そう言って竜郎は、口の中に黒球を造りだした。
「それが《レベルイーター》の、Υ□ИШですか。凄いですね」
「ん? なんだって? それに、リアにはこの黒球が見えるのか?」
「はい、私の空色の方の目にはくっきりと」
「へー。ああ、あとこの黒球のことをさっきなんだかよく解らない言葉で表していたが」
「Υ□ИШ?」
「そうそれ、それはどういう意味なんだ?」
「Υ□ИШは∥ёрのΠ●で、ΘΓα£ってことですけど、多分意味は私にしか解らないと思います」
発音も語順もハチャメチャで、不快音にしか聞こえない言葉に竜郎は目を丸くさせた。
「……もしかして、今のわけ解らん音のような何かの意味を、研究者たちは解読しようとしていたのか?」
「みたいですね」
「俺には無理そうだ」
もうそこを考えてもしょうがないと、竜郎は出来上がった黒球をリアに向かって吹いたのだった。




