第150話 強力なスキルの秘密?
竜郎達はそろそろリアを箱から出してあげたいのだが、この家の家主である人物には一言断っておきたいので待っていた。
だが、数分経ってもピポリンを凝視しながら手元の紙に何かを一生懸命書いて、こちらに見向きもしてくれなかった。
そんな様子にどうしたもんかと思っていると、レジナルドがその空気を察してか博士を呼び戻してくれた。
それに竜郎が目線で礼を言うと、レジナルドはまた爽やか筋肉スマイルで返してきてくれた。
その無駄に爽やかなのに胃もたれしそうな笑顔を受け流しながら、竜郎はこちらに博士がやってくるのを待って話を切り出した。
「博士。実はもう一人連れてきているんですが、出てきてもらってもいいですか?」
「ああ? 連れてきてるって……その箱の中にでもいるのか?」
ピポリンに夢中で気が付いていなかった博士だが、冷静になってみれば怪しい人一人が入れられそうな箱に目を向けた。
「はい、そうです」
「普通そういう事を言うのなら、家に入れる前に言うものだと思うがな。
ああでも、僕も興奮していたし説明する時間もなかったか。それじゃあいい、好きにしてくれ」
「では、お言葉に甘えまして」
竜郎は板一枚で覆われている蓋の接合を解こうとすると、リアが箱の中から問いかけてきた。
「あの、博士と呼ばれていた人以外に、レジナルドという人がいるようですが。もしかしなくても、その人は商人ですよね?」
「ああ。でも、この人は大丈夫だと思うが……。あの、レジナルドさん」
「何かな、タツロウくん」
心配なら直接探ってみようと、竜郎はレジナルドに目を合わせた。すると優雅にレジナルドは、微笑みかけてきたので一気に聞いてしまう事にした。
「付かぬことをお聞きしますが、モーリッツ・ホルバインという商人の事を知っていますよね?」
「そりゃあ、知ってるよ。商人で、ましてや商会ギルドに名を連ねている者で、モーリッツ・ホルバインの名を知らない者はいないだろう。
なんせ数年前までは商会ギルド内ではランク5辺りだったのに、急激に年間の純利益を伸ばしていって、今やそのランクは9。
その功績でリューシテン領の商会ギルドの長にまで上り詰めた男。こんな目立つ商人は、他に中々いないよ」
レジナルドほどの情報収集能力が無くても、商人なら誰でも知っているくらいの有名人。そんな情報を頭に入れつつ、竜郎は次のもっとも聞いておきたい質問に移る。
「レジナルドさんは、交友が有ったりしますか?」
「ふーむ。交友というほどのものは、あまりないね。お互い顔と名前や、どんな品物を取り扱っているか等を把握している……くらいか」
「仲がいい、という事は無いんですね?」
「そうだね。というか、どちらかといえば私個人はあまり好ましくないとさえ思っている。
ここだけの話にしてほしいんだがね……なんというか、彼の商売は薄っぺらいんだよ。
ただ新しいと言って売りつけては、直ぐに別の新しい商品を売りに出す。
その開発能力には舌を巻くが、商品一つ一つに誇りを持っていないのが良く解る」
「そう、ですか。質問に答えてくれて、ありがとうございます」
「あまり今の話を吹聴されては困るが…、まあ君と私の仲だ。気にしないでくれよ」
そう言って何でもないという風に笑いかけてくれたレジナルドだが、彼がもし本気で嘘をついていたのなら、彼からしたらひよっこの竜郎にそれを見破る術は無い。
なので竜郎はリア本人に今の話を信じるかどうかを判断してもらい、彼女が信じられないというのなら、このままレジナルドには何も明かさないと決めた。
「今の話を聞いて、信じられるかどうか自分で決めてみてくれ」
「私ですか……? そう言われても……」
しかし、リアはそもそもレジナルドを全く知らない。それなのに今の話を信じるかどうかといわれても、正直判断に迷うところだ。
そんなリアを見かねてか、今まで黙ってみていた愛衣が箱の横にしゃがんで話しかけた。
「あのね。もしここで私達がレジナルドさんに話したせいで、何か悪い方向にいったのなら。
私達と一緒に、全力で逃げよ。それも貴女の事をだーれも知らないくらい遠くに。
そのモー助とか言う商人がどんだけ凄いか知んないけど、私達が本気だしたら絶対に逃げられる。
だから、とりあえず今は私達を信じてくれないかな。そんなに長く一緒にいたわけじゃないから、難しいかもだけど……」
「………………わかりました。長くないといっても、赤の他人の私にここまでしてくれたんです、ここからどうなろうと覚悟を決めます」
「それじゃあ、上の板を取るがいいか?」
「お願いします」
愛衣の後押しでリアが決心したのを確認した竜郎は、箱から天板の接着を土魔法で取り去って、それを上に持ち上げてみれば、中から汗ばんだ様子で体育座りをしていた彼女が立ち上がった。
するとレジナルドは勿論、面倒事は御免だぞとばかりに博士の視線も集まった。
「さんざん勿体つけておいて、普通のドワーフのガキンチョじゃないか。
ちょっと痩せすぎているのは気になるが、この娘がなんだと言うんだ」
「話の流れ的に、モーリッツ・ホルバインと関わりがあるというのは間違いないだろうし……。
そうなると、彼の技術躍進の秘密を彼女が握っていると考えていいのかな?」
まるで子供が悪戯でもしかけた時のような、少し意地の悪い笑い顔でいきなり核心を突かれ、竜郎たちはモロにそれが表情に出てしまった。
なのでもう今のでこの男は確信しただろうと、竜郎は開き直った。
「───レジナルドさん。実は初めから知っていた、なんてことは無いですよね?」
「いやいや、さすがに私でも事前にそこまでは読み切れないよ。
ただ君たちは商人と渡り合うというのなら、もう少し表情を隠す訓練をした方がいいとは思うがね」
そう言ってクツクツと笑うレジナルドに、竜郎たちが苦笑いしていると、意外な事に博士が先ほどの話に食いついてきた。
「あのいけ好かないモーリッツの秘密か。気に入った、僕にも聞かせてくれ」
「えーと、知ったら面倒事に巻き込まれるかもですよ?」
「僕の家に、その面倒事をぶち込んだ張本人が言うんじゃない。
それにモーリッツをあの場所から廃せるのなら、研究の邪魔にならん程度で手伝ってやってもいい」
「ずいぶんモー助の事嫌ってるね。博士さんは、何か恨みでもあるの?」
「モースケ? ああ、暗号か。それなら街中で言ってもばれないな。僕もこれからはそう言おう。
──それでだ、あいつがリューシテン領の商会ギルドを纏めるようになって、確かにこの領の経済が活性化している。
だがモースケが就任して以来、本来流れてはいけない物まで裏で平気で手に入るようになった。
例えば中毒性のある薬、捕獲や殺害が禁止されている動物たちの毛皮や肉や角、他にも挙げればきりがない。
おかげでこの近辺の生態系が崩れて、いずれ植物たちにも確実に影響が出てくると言うのに手を変え品を変え、収まるどころか年々ひどくなる一方だ。
それに妙な連中も増えてきて、治安も昔に比べて悪くなってる。あいつがいなくなれば、大きく変わる一歩になるかもしれんだろ」
とんでもない早口で博士が色々まくし立ててくるものだから、半分ほど竜郎たちには聞き取れなかったが、要するにイリーガルな代物を裏で売るために、手段を選ばず乱獲しているので、博士の研究対象の植物にも影響が出てきて激おこ。という事らしい。
そしてそれが始まりだした時期や手段から見て、モーリッツが先導しているのではないかと博士はほぼ確信していた。
「えーと。博士がモー助に怒っているのは良く解りました。ですけど、今からいう事をあまり派手に喧伝しないで欲しいんです」
「む。何故だ」
「彼女の、リア・シュライエルマッハーという一人の少女が、危険にさらされるかもしれないからです」
「ふーむ。どういうことかな、タツロウくん」
竜郎の穏やかでない発言に目を細くしたレジナルドが、姿勢を正しより真剣に聞く体勢に入った。それに倣う様に、博士も解ったからとりあえず話せとばかりに鼻を鳴らした。
しかし長話になりそうなので、とりあえず円形のテーブルについて、竜郎、愛衣、奈々、リア、レジナルド、博士の順に四角い箱の様な背もたれのない椅子に座った。
「まず、この子のスキルなんですが──」
そうしてリアにも話してもらいながら、ここに至るまでのいきさつをこの場の人間達で共有していった。
「つまり、その娘のスキルであの地位に就いた。けど、今その娘はモースケの元にいない。ってことはだ」
「その子がモーリッツに今後見つからなければ、それに頼りきりだった彼は利益が出せなくなっていき、遠くない未来に失脚するという事だね」
「なんだ、それじゃあ半分終わったような物じゃないか。僕が手伝うまでもないな。
これで後は、後任にまともな奴が出てきてくれるようにできれば完璧だ」
「しかし実質この領の物流のほとんどを握っているモーリッツの目から、失脚するまでの間逃げ続けるのは難しいよ。どうだい、ほとぼりが冷めるまでリャダスに戻って私の手伝いをしてみる気はないかな?」
レジナルドのその言葉にリアが身を固くしたのを見た竜郎は、そうでないだろうと思いつつ、しっかりと確認する必要があると問い返した。
「それは、リアの能力を当てにして、とかではないですよね?」
「おや? ああ、すまない。私としたことが、気を急いて配慮に欠けていたよ。リアくん、すまないね」
「いえ……」
「ただね、リア君には悪いが、私が手伝ってもらいたいのはタツロウくん達であって、君のスキルにはさほど興味が無いんだ」
「───え?」
リアは初めて聞いたその言葉に、目を丸くしてレジナルドをじっと見た。
それにレジナルドも微笑み返すと、言葉を続けた。
「確かに君のスキルを私が利用すれば、モーリッツよりも稼ぐ自信がある。だがね、それはもう私の力ではない。君の力だ。
私には、我が家と私自身が築いてきた矜持がある。そして何より──そんな商売は、つまらないだろ」
「そう───ですか」
少なくとも今の言葉を本気で言っていたというのは伝わったのか、リアの肩から力が抜けていった。
「あ、ちなみに僕らは戻らず進むつもりなので、レジナルドさんは手伝えませんから」
「おや、残念だ。いるかどうかも最早怪しかった魔物をパッと行って取ってこれる手腕を、我が家で生かしてほしかったのだがねえ」
さして残念そうには見えない様子で、レジナルドは肩を竦めた。
そして話は、リアのスキル付与直後からの体質変化の話題に移り始めた。
「システムがインストールされてからおかしくなったとすると、やっぱり原因はそこに有りそうだよね」
「この場合システムというより、スキルだろうな。それほど例はないが、強力なスキルを持った人間に体質異常が現れたというのは聞いた事がある」
「そうなんですか?」
「ああ、スキルが強力すぎて体が拒否反応を起こしているだとか、乱用できないようにシステムが制限をかけているだとか、色々言われているようだ。
だが最近ではシステムが使用者を保護するために、何かしら別のものをインストールしているのではないかというのが、通説らしいぞ。
通常システムがインストールされるのは、自我が芽生え始めた幼少期だ。
そんな子供に、まともに扱えないような危険なスキルが渡ってしまった場合、自身の力で自分を殺してしまうかもしれないからな」
つまり、システムがスキル保持者を保護するために、安全装置的なスキルを別に付与しているのでは。という事らしい。
「確かに……。今はともかく、もっと小さな頃にこれが十全に使えていたのなら、情報の過剰摂取で頭がおかしくなっていたかもしれません。
ある意味、虚弱だったからこそ強制的にスキルをダウンさせられて、あらゆる事象を勝手に頭に入れられるのを防いでくれていたのかも…」
何やらリアには保護機能というのがしっくりきたようで、口に手を当て考え込みだしてしまった。
「でも、それなら保護機能って外せないの? おっきくなったら、いらないよね?」
「さあな、実際にそれがあってるかどうかも解ってないのに、外し方なんて解るわけないだろ」
ならもっと根本を聞いてみようと、竜郎は博士にこんな質問をした。
「じゃあ逆に、強力なスキルが手に入る条件みたいのってありますかね?」
「それは強力なスキルを持ってそうな、君達みたいな人間の方が知ってるんじゃないかな?」
博士が意地の悪い顔で竜郎と愛衣を見てきたので、竜郎は知らん顔をし、愛衣は吹けもしない口笛を口ずさみながらそっぽを向いた。
博士は愛衣の方へ呆れた顔をするが、ため息を一つ吐くと先ほどの問いに思い当たる仮説を提示してくれた。
「僕が思うに、強力なスキルを持って生まれた奴は、システムがインストールされた時の状態が鍵を握っているんじゃないかと思っている」
「とゆーと?」
「あー。つまり、その時の身体能力や性格、知能や持っている性質。それらを鑑みて初期スキルを与えているんじゃないかという事だ。
だから種族的に優れているエルフや妖精、天魔、竜などは、インストール時の能力値も高いから強力なスキルを受け易いのではないかっとな」
その言葉に、竜郎の頭の中で一つ合致するものがあった。だがそれを悟られないように、できるだけ平静を装って博士に問いかけた。
「…………それじゃあ、極端に言ってしまえば、初めから大人の状態でこの世に生まれたら、種族的に優れていなくても強力なスキルが与えられるかもしれないんですかね?」
「ああ? 初めから大人だと? あー……、そりゃ例え普通の人種であっても、大人なら他のどんな種族の幼児と比べられても群を抜いて知能も高ければ身体能力もそこそこ、体格や性格なんかもしっかりしてるし……有りえるかもな。
ただこれも仮説だから、あんまり信じるんじゃないぞ」
「ええ、解ってます」
竜郎は思いがけない所で、自分達が何故 《レベルイーター》や《武神》などといった壊れ性能のスキルが手に入ったのかという、不確定ながらも、何処か腑に落ちる情報を得られたことに感謝した。
そして同時にその仮説が正しいのなら、幼少期のリアには《万象解識眼》というスキルは身に余るモノに思える。
であるのにインストールされたという事は、釣り合いを取るために足を引っ張る余計な何かも同時に与えられているかもしれない。
そしてスキルの足を引っ張るなら、その逆もスキルなのではないかと竜郎は考えた。
「自分でステータスを確認した時に、見えないスキルってありますか?」
「見えないスキル? 少なくとも僕は知らないな。レジナルドはどうだ?」
「私も知らないねえ。タツロウくんはその見えないスキルが、リアくんの体質変化に影響していると考えたのかな」
「はい」
「だがそうなると、手の出しようもないねえ。気の毒だけど、それが正しかったらリアくんは一生その体質と隣り合う事になるよ」
「やっぱり、そうですか。もう、まともに生きていくことは出来ないのですね……」
レジナルドの言葉にリアは、半ばそうなのではと思っていながらもショックが隠せていないようで、もともと青かった顔が白くなっていき、やがて意識を失ってしまった。
「ああ、私のせいですまないね。言葉を選ぶべきだった」
「いえ、それにあくまで仮説ですから。ふとした瞬間に、それを紐解く何かを見つけられるかもしれないですし」
「君は前向きだな。さすが高ランク冒険者は違うってね」
博士からの冷やかしを竜郎は受け流しながら、頭の中では解決方法が既に浮かんでいた。だからこそ、余裕を持てたのだ。
そうして倒れてしまったリアを奈々が介抱しながら、《アイテムボックス》から出したマットに載せて寝かせている間、暇になったので最初から気になっていることを博士とレジナルドに聞いてみた。
「あの、そういえばレジナルドさんは何故ここに?」
「ん? 何故って、そりゃあ水槽を届けにさ」
「当主自ら?」
「おい、あまり詮索は──」
研究内容の核心部分に触れられたくないと睨んで制したが、それにレジナルドはどこ吹く風と笑い返した。
「いいんですよ、博士。彼らは知っていますから」
「何っ!? 何故知っているんだ!!」
「それは私が話したからだよ」
「話しただとっ。キサマ、領主に殺されても文句は言えんぞ!」
「大丈夫ですよ。彼らは、その領主様に気に入られているのですから」
「───は? ってことは、最初からこっち側の人間か。くそっ、ならもっと早く言ってくれ」
竜郎たちは知っている。竜郎達を気に入ってる領主。そしてレジナルド。植物の博士。これらの情報により、竜郎はこの二人がどういう関係であるのか朧げに掴めてきたのであった。